表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】グッバイ、アンノウン  作者: 観夕湊
第七章 きっと、今なら

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/23

4.

 それからの話を少しだけしようと思う。

 あの後、いつまで経っても戻ってこない花村さんを心配してご家族が迎えに来た。気を利かせて俺と花村さんの話が終わるまで離れたところで待っていてくれた親父は、花村さんのご家族に気づくなり挨拶に来てくれた。

 ひとしきり泣いて落ち着いたのか、その頃には花村さんの表情は晴れやかになっていて、最後は笑顔も見せてくれた。別れ際、花村さんは真っ赤な顔で握手を求めてきた。消え入るような小さな声で「あの、よろしくお願いします……」と恥ずかしそうに言う姿は最高にかわいかった。

 花村さんが北海道に行ってしまってから、俺たちは頻繁に連絡を取り合っていた。こうなると通話料無料のメッセージアプリは本当にありがたかった。会えないならせめて声だけでも聞きたいというのは当然の心理だと思う。とは言え二人とも大学受験を控えているので長電話にはならなかったけど。

 修学旅行の行き先は約束通り北海道を選んだものの、結局日程や行き先が会わず、自由時間に二人で会うことはできなかった。

 その代わり次の春休みと夏休みに、花村さんのご両親が経営する旅館へ親父とみのりさんと三人で泊まりに行った。何を隠そう、この二人、本当に付き合い始めたのだ。お陰で親父の相手はみのりさんに任せ、俺は花村さんと二人でゆっくりデートすることができた。

 デートなのに、花村さんはやっぱり受験対策の問題集を持ち歩いていて、あまりの変わらなさに思わず笑ってしまった。花村さんの行動を予想してやはり問題集を持ち歩いていた俺も俺だけど。お陰で折角の観光デートは、いい感じのカフェを見つけた時点で勉強会へと様変わりした。

 親父とみのりさんは、俺の高校卒業前に結婚した。俺とみのりさんは歳が近いので母というより姉という感じなのだが、保護者として二人で俺の卒業式に出席したかったらしい。残念ながら入籍だけなので、いつか親孝行の一環として結婚式を挙げさせてやれたらと密かに思っている。実際、みのりさんには花村さんのことで色々と相談にのってもらっているし、何かと気を遣ってくれるので、今や俺はすっかり彼女に頭が上がらない。

 親父もみのりさんを溺愛しているし、みのりさんは親父の扱いが上手い。正直親父が女性と縁遠くなってしまったのは俺のせいだという罪悪感があったので、いい人と結婚してくれたことにほっとしている。

 因みにみのりさんが我が家へ引っ越してきてしばらく親父は女装をやめていたが、それも一、二ヶ月の間だけで今はすっかり元に戻っている。みのりさんとしては親父が女装していようがしていなかろうがどっちでもいいらしい。

 そんなあまりにも濃かった月日はあっと言う間に流れ去り、いよいよ今日は俺の大学の入学式だ。


「ちょっとタカシちゃん、何やってるの! 片づかないから早く朝ご飯食べてちょうだい」

「わかってる!!」


 下から聞こえてくる親父の大声にこちらも大声で返しながら、俺は現在鏡の前でネクタイと格闘中だ。スーツなんて初めて着るものだからネクタイの締め方なんかもちろん知るわけがない。スマホで検索してどうにかこうにか説明通りに結び目を作っている最中だった。


「……こんなもんかな」


 ようやくそこそこの見栄えな結び目ができ、俺はまじまじと鏡の中を見つめる。黒に近いグレーの真新しいスーツに紺のネクタイを締めた自分は、見慣れないせいだろうか、何というか、着られている感がすごい。この姿で人前に出るのは恥ずかしいが、そう言っていられないのが悲しいところだ。どうせ今日一日だけなのだからと早々に諦めてダイニングへと向かう。

 階段のところで俺の様子を見に来たらしいみのりさんとはち合わせた。


「あ、おはよう! もう皆そろってるよ。随分時間かかったね?」

「おはよう、みのりさん。ネクタイが上手く結べなくてさ……スマホで結び方調べながら何とかって感じ」

「そう? そうは見えないけど……うん、似合ってるよ。やっぱり男前はスーツを着ると二割り増し格好良く見えるよね!」

「ははは、ありがと」


 みのりさんの評価は上々らしい。しかし本命は別にいるのだ。この姿をどう思われるかと考えると緊張する。俺はみのりさんの後を追いかけながらそわそわとした気持ちでダイニングに顔を出す。


「やっと来た」


 いつもの女装ではなく、シャツとネクタイの上からエプロンをした親父が、丁度ハムエッグののった皿を持ってキッチンから出てくるところだった。その声に弾かれるようにしてこちらを振り返ったのは――


「おはよう、小山くん」


 そう、先月から我が家の同居人となっている花村さんだ。春からこの近くの女子大に通うことになり、再び北海道からこちらへ引っ越してきたのだ。

 花村さんのご両親はひとり暮らしに反対していたらしいが、どうやってかうちの親父とみのりさんがその信用を勝ち取ったらしく、小山家で預かってもらえるなら安心だということになったらしい。色々とツッコミどころは満載だが、花村さんとひとつ屋根の下というのは俺得でしかないので大人しく感謝している。


「お……おはよう、花村さん」


 花村さんは春物の淡い水色のワンピースを着ている。花柄の細かなレースが全身を覆っているフォーマルなデザインのものだ。ストレートだった髪は今は緩くウェーブがかかっており、両サイドを後頭部で捻るように束ねている。ハーフアップという髪型らしい。

 半年前にも会っているはずなのに、こっちへ帰ってきた花村さんは更に大人っぽさに磨きがかかっていた。控えめだがきれいに施された化粧が余計にそう見せるのかもしれない。お陰で俺はここ最近、朝からドキドキさせられっぱなしだ。


「小山くんのスーツ姿、初めて見た。似合ってるね」

「そ、そう……? ありがとう」


 極力平静を装って花村さんの隣の席につく。褒められたことが素直に嬉しい。気を緩めると顔がだらしなくにやけてしまいそうだ。


「花村さんも、そのワンピースすごく似合ってるよ」

「ほ、ほんと? 良かった!」

「うん、かわいい。花村さんて何を着てもかわいいよね」

「そっ……! そんなことは……ない、と、思う……けど……」


 俺の言葉に花村さんは途端に真っ赤になった。空港で告白して以来、俺は花村さんに対して素直に「かわいい」と言えるようになった。だけど当の花村さんはいまだに言われ慣れないらしく、こうしてすぐに真っ赤になってしまう。かわいい。そのまま恥ずかしそうにもじもじと俯いてしまうところもかわいい。だけどそれをかわいいと言うと確実に怒られてしまうので、これ以上は俺の胸の内に留めておく。


「はいはい、朝から仲が良くて大変よろしい。でも今はとっとと食べちゃいなさい。洗い物済ませちゃいたいから」


 どことなく漂い始めた甘い雰囲気を、俺の分の白米と味噌汁を運んできた親父が両断した。


   ◆ ◇ ◆


 大学へは車で一時間ほど掛かる。このために免許を取得した俺は、今日は助手席に親父を、後部座席にみのりさんと花村さんを乗せて入学式へと向かうことになった。

 入学式は親父だけが出席するため、みのりさんと花村さんには大学の近くのカフェで時間を潰してもらうことになっている。ではなぜみのりさんと花村さんもついてきたのかと言えば、これもまた親父が「学校の前で家族写真を撮りたい! カホちゃんも一緒に!」と駄々をこねたからに他ならない。親父は事ある毎に記念写真を残したがる性分なのだ。死んだ母さんもそうだったので、もしかしたらこれは小山家の習性なのかもしれない。

 かく言う俺も、花村さんとデートの度に何かと理由をつけて写真を撮っている。花村さんが俺に何も言わず転校しようとしたことが何気にトラウマになっていて、とにかく見える形で思い出を残しておきたいのだ。

 しかしカメラだけでは飽き足らず、わざわざ三脚まで持ち出してきた親父の熱量はすごかった。


「タカシちゃんもうちょっとズレて、入学式の看板が見えないわ。あ、カホちゃんはもうちょっと左に寄ってくれる? みのりちゃんはもっと右ね。……うん、いいわね。はい、みんな笑って! そのまま動かないでちょうだい」


 撮影場所から立ち位置まで、細かくあれやこれや指定してようやく満足いく構図になったらしい親父は、タイマーを設定してこちらに駆け寄ってくる。


「水族館」

「え?」

「あの水族館、今度もう一度行こう」


 シャッターが降りる直前、俺は花村さんに囁いた。

 フラッシュが焚かれ、少し遅れてシャッター音が鳴る。親父が駆け寄って写真の出来映えを確認する傍ら、花村さんが目を見開いて俺を見上げた。


「近々閉館するらしいんだ」

「うん、それはこの前聞いたけど……」


 そう、あの水族館はもうすぐ閉館する。館長がとうとう亡くなったらしい。随分ご高齢だったそうなので、それも仕方ないことなのだろう。息子さんが相続したらしいが、個人運営ともなれば、経営の苦しい水族館など余程の思い入れがなければやっていけないに違いない。閉館もやはり仕方のないことだ。


「写真、撮ってなかったと思って」


 寂れてはいたが、母さんが生きていた頃から何回も遊びに行った場所だ。それに花村さんと初めてデートした場所でもある。思い入れはそれなりにあった。何より、初デートであそこで写真を撮っていなかったことを、俺は後悔していた。折角二人きりでゆっくり見て回ったのだから、やはり一枚くらいは撮っておくべきだった。


「……あ、あのね」


 しばらく考え込むように黙っていた花村さんが、そっと俺の袖を引っ張った。


「あるよ、写真」

「え?」


 花村さんはいそいそと小さなハンドバッグの中からスマホを取り出した。手帳型のかわいらしいスマホケースには赤いメンダコのストラップが下がっている。まだ持っていてくれるのかと見る度に嬉しくなる。

 にやけそうになる口元を必死に引き締める俺に、花村さんは一枚の写真を表示して見せてくれた。


「これは……」

「い、一応、ツーショットかな、って……。ご、ごめんなさい……」


 ばつが悪そうに目をそらして小さく謝罪する花村さんがかわいくて、俺は思わず吹き出した。笑いを堪えきれない俺に、花村さんが真っ赤になる。かわいい。

 それにしても花村さん、熱心に写真撮ってるなと思っていたら、こんなものを撮影してたのか。


「それ、後で送って」

「え? う、うん」

「で、この写真とは別に、今度はちゃんとした写真を撮りに行こう。これじゃあいくら何でもちょっと寂しすぎる」

「……はい」


 俺の言葉に頷きながら、花村さんは恥ずかしそうにスマホをしまった。同時に親父がカメラと三脚を抱えて戻ってくる。どうやらいい写真が撮れたらしい。

 車の鍵と一緒にカメラと三脚をみのりさんに預け、俺と親父は入学式に向かった。講堂の前で受付を済ませ、保護者席に向かう親父とは別れた。

 席は学科ごとにまとまっているらしいが、その範囲であれば自由に座っていいらしい。空いている席に適当に座った時、ポケットの中のスマホが震えた。花村さんからメッセージが届いている。

 どうせまだ開会までは時間がある。俺は通知をタップしてメッセージを開いた。


『入学おめでとう』


 そのひと言と一緒に添えられていた写真に、俺は再び笑ってしまった。

 写真には眉を顰めてクラゲを見ている俺が写っている。きっと「宇宙人ぽいな」とか思っていた時だろう。そしてその水槽のガラスには、カメラを構えた花村さんの姿が映っていた。うっすらとしていて解り辛いが、こちらも真剣な顔をしている。表情が硬いのは緊張しているからだろうか。

 この時の花村さんはとにかく無表情だった。だけどきっと、今ならかわいらしい笑顔で一緒に写ってくれるだろう。その時が楽しみだ。

 俺は写真をアプリからダウンロードして、そっとスマホの電源を落とした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ