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【完結】グッバイ、アンノウン  作者: 観夕湊
第七章 きっと、今なら

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20/23

1.

 始業式の日、俺は花村さんと会えるということに何の疑いも持っていなかった。夏休みが終わればこれからも毎日学校で顔を合わせられるだろうと高を括っていたのだ。だから登校してクラスの中に花村さんの姿が見つからなかった時は、体調でも崩したのだろうかと少し心配になりはしたが、花村さんと会えないことを残念に思うだけで大して問題視していなかった。ショートホームルームで担任が話を始めるまでは。


「突然だが、花村は家庭の事情で転校することとなった」


 クラスメイトが一斉にざわつき出す中で、俺は顔から一気に血の気が引いていくのを感じた。


(何も言ってなかった……)


 花村さんと会ったのはあの夏祭りの日が最後だった。でもメッセージのやり取りは毎日してたし、そんな素振り、ちっともなかった。俺は花村さんから何の話も聞いていない。

 それから担任が何を話したのか、ちっとも記憶がない。頭の中が真っ白だった。気づけばショートホームルームは終わっていて、校長の話を聞くために体育館に向かっていた。


「大丈夫か、小山」


 生徒の波に流されるようにフラフラと渡り廊下を歩いていた俺の腕を、誰かが掴んだ。顔を上げると、立川がこちらを覗き込んでいた。こいつがへらへらしてないなんて珍しいな、と場違いなことを思っていると、立川が眉を潜めてため息を吐いた。


「すっげー顔色悪いじゃん。保健室行くぞ」


 立川は近くのクラスメイトに教師への伝言を頼むと、俺を保健室へと引っ張って行く。どうやら体調が悪いと勘違いされたらしい。そんなに酷い顔色をしていたのだろうか。しかしその手を振り解く気力もなく、俺は立川に引きずられるまま人波に逆らいながら、その観察力に内心舌を巻いていた。


「失礼しまーす!……って、誰もいねー。ま、いっか。ほら小山、ベッド行けって。寝てろ寝てろ」


 誰もいない保健室に必要以上に賑やかしく入室した立川は、俺をベッドへと押しやりカーテンを引く。されるがままだった俺は、だけどさすがにベッドへ横になる気にもなれず、腰を下ろすに留めた。

 こうして静かな場所に連れてこられると、途端に思考が冷静になる。同時に、しくしくと訴えていた胸の痛みがぎゅっと締め付けられるように強くなった。


(終わった)


 また失恋した。今度は告白すらしないうちに終わってしまった。しかも今回の方が片思い期間は短かったはずなのに、比べものにならないほどダメージがでかい。花村さんが「失恋したらひと晩は泣く」と言っていたが、今ならよくわかる。これは泣く。ていうか泣きたい。恋人はムリでも、せめて友達と呼べるくらいには仲良くなれていたと思っていたのに、もしかしてそれは俺だけだったのだろうか。

 気を抜けば今にもじんわりと滲み出しそうになる涙腺を堪え、両手で顔を覆う。とても辛い。この胸の痛みと喪失感は母さんが死んだ時に似ている。いや、あの時は事前に覚悟が決まっていたからそれよりも酷いかもしれない。

「はーっ」と大きく息を吐き出すと、頭上から「うわ、辛気くせーっ」という声が聞こえた。ガタガタと椅子を引きずる音がする。きっとどっかから調達してきたのだろう。こいつ、付き添いという名目で校長の話聞くのサボる気満々だな。


「どうしたんだよ小山。もしかして落ち込んでんの? あっ、わかった! お前さては大好きな花村と別れたんだろ!」


 別れたも何もそもそも俺と花村さんはつき合ってすらいない。それは俺が登校日にきっぱり否定してたので立川もわかっているはずだ。だからこの言葉も、立川からしたら単に俺を茶化しているだけなんだろう。しかし痛いところを突かれた俺は、返す言葉もなく呻いた。


「は? え? ……マジ? お前ホントにフられたの?」


 焦ったような声が聞こえた。そのまましんと気まずい沈黙が落ちる。予想外の俺の反応に、立川も何を言っていいのかわからないのだろう。ごめんな立川、お前は何も悪くない。いや、お前の言葉に追い打ちをかけられたのは確かだけど、これは事故みたいなものだ。そういうことを伝えたいのだが、如何せん俺は心に未だかつてない重傷を負っている。上手く説明できる気がしない。


「……知らなかったんだ」

 ようやく、それだけを絞り出すように言った。立川が怪訝そうな声を出す。


「うん?」

「知らなかったんだよ、花村さんが転校するなんて。昨日だってメッセージのやり取りをしてたのに、そんな話ちっとも出なかった……」

「あー……」


 立川は何とも返答し難そうに言葉を濁した。どうやら俺の気持ちを察したらしい。しばらく「あー」とも「うー」ともつかない声を上げて何やら思案していたようだが、やがてガタリと音を立てて立ち上がる。


「ちょっとそこで待ってろ」


 遠ざかって行く足音と、扉を開閉するガラガラという音。完全に立川の気配が消えると、保健室は本当に静かになった。ひとりきりになると、一度冷静さを取り戻したはずの思考は再び混迷を極める。どうして。何で。そればかりがずっとぐるぐると頭の中で渦を巻く。

 そんなに俺が嫌だったのだろうか。別れも言いたくないほどに? もしかして俺の存在は、花村さんにとって迷惑だったのだろうか。花村さんは優しいから、失恋したばかりな上あんな話をした俺を無碍にできず、メッセージのやり取りも嫌々ながらつき合ってくれていただけなんじゃないか?

 次から次へと浮かぶ自虐的な考えに、また傷つく。今まで自傷行為というのは肉体的なものだけだと思っていたが、どうやら精神的にも可能らしい。できれば知りたくなかった事実だ。

 やがて再び保健室のドアを開く音が聞こえた。足音がこちらへ近づいてくる。さっきと同じような雰囲気なので立川が帰ってきたのだろう。多分。


「ほら」


 どさっ、とベッドの隣に何かが置かれた音がした。聞こえてきた声は案の定、立川のものだ。顔を上げてそちらを見やると、置かれたのは俺の通学リュックだった。


「え……?」

「もうお前今日は帰れ。どうせこの後掃除するだけだし、いなくても別に困んねーだろ。帰ってイサミちゃんにでも慰めてもらえよ。人生経験豊富だから俺よりよっぽど何かイイこと言ってくれるだろ」


 もともと立川に慰めてもらう気もなかったが、それにしてもなぜよりにもよって親父に失恋したことを慰めてもらわなきゃいけないんだ……? 頭の中に特大の疑問符が浮かぶが、立川にとってはどうやらそれが名案らしい。呆然としているうちに気づけば俺はリュックを背負わされ、昇降口まで送り届けられていた。


   ◆ ◇ ◆


「……ただいま」


 帰宅すると、家には鍵がかかっていなかった。どうやら親父は今日はまだ出かけていないらしい。店はいつも夜からだが、日中でも買い出しだなんだでいないことが多いので珍しい。いや、最近はみのりさんが泊ってるからそうでもないのか。

 だからと言って居間に顔を出す気も起きず、俺はそのまま仏間に向かった。部屋の隅に荷物を放り投げ、今日何度目かのため息を吐くとそのまま畳に身体を放り出す。しかし感傷に浸る間もなく、襖の向こうから声がする。


「タカシちゃん? いるの? 開けるわよ?」


 返事をする前に襖が開き、親父がひょっこりと顔を出す。


「もう、帰ったら顔くらい見せなさいよ。それにしても随分早かったわね。……あらヤダ、何て顔してんの? 大丈夫?」


 立川同様、親父も俺の顔を見て眉を潜める。俺はそんなにわかりやすいだろうか。


「何でもない。ほっといてくれる?」


 立川はああ言ったが、やはり親父に相談する気なんてとてもなれず、用がないなら出て行くよう手で促した。今は親父のテンションにつき合っているのが辛い。


「あっそう。何か知らないけど、アンタ宛に手紙来てたから置いとくわよ」


 親父は拍子抜けするほどあっさりと引き下がる。そして持っていた封筒を俺の頭の横にそっと置いて部屋を出て行った。

 俺は何を考えるでもなく置かれた封筒をぼうっと見つめる。レターセットと思われる淡いピンク色のグラデーションがかった綺麗な花柄の封筒の表面には、見覚えのある字で「小山貴史様」と書かれていた。

 俺はがばりと起き上がってまじまじと封筒を手にとって見つめる。住所はない。裏返してみたが差出人も書かれていなかった。きっと直接うちに来てポストに手紙を入れていったのだろう。だけどこの字には確かに見覚えがある。

 急いで封を開けると、四、五枚程の便箋が出てきた。やはり封筒とお揃いの綺麗な柄の便箋だ。そこにほっそりとして少し丸みを帯びた、やわらかい、だけど美しい均衡を保った字が、整然と並んでいる。


『小山くんへ まずは、何も言わずにお別れすることを謝罪します。本当にごめんなさい』


 それは、こんな書き出しから始まっていた。

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