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【完結】グッバイ、アンノウン  作者: 観夕湊
第六章 話せて良かった

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4.

「……ごめん、情けないところ見せて」

「ううん。もう大丈夫?」

「うん、大丈夫。……ありがとう」

「なら良かった」


 しばらくしてようやく落ち着いた俺を見て、花村さんは安心したように微笑んだ。俺の背を撫でてくれていた手がゆっくりと離れていく。

 それを惜しいと感じられるくらいには、俺も気持ちに余裕が出てきたらしい。まだ不安は完全に消えたわけではないけれど、花村さんに話せたことで心が大分軽くなっていた。花村さんに話せて良かった。


「すっかり話込んじゃったね。花村さん、みんなのところに戻らなくて大丈夫?」

「うん、大丈夫。それに多分、わたしがいるとお邪魔になっちゃうし……」

「ああ……確かに」


 もともと加納さんにしてみれば、立川と二人きりで祭りに来たかったに違いない。まあ、立川があの様子では今後の進展は厳しいかもしれないが。


「小山くんはやっぱりもう帰っちゃう?」

「うん、そのつもりだけど」

「じゃあ、わたしもそろそろ帰ろうかな。途中まで一緒に帰ろうよ」

「それはかまわないけど……いいの? 花火見なくて」

「いいよ。一人で見てもつまらないし」


 しまった。花村さんが花火を見る機会を奪ってしまった。しかし今更「やっぱり花火を見てから帰ろうか」などと言えるはずもない。

 内心申し訳なく思っていると、花村さんの右手が俺の左手をきゅっと握った。まるでそうするのがさも当然とでも言うように。


(えっ……!?)

「ほら、帰ろう」


 激しく動揺する俺の心内を知ってか知らずか、花村さんは俺の手を引いて歩き始めた。俺はふわふわとした気分でその後をついて行く。

 水族館に行った時は、俺の方から強引に手を繋いだ。それが今は花村さんの方から手を繋いでくれている。これは本当に現実なのだろうか? 夢ならどうか覚めないでほしい。

 静かな社務所の裏手から賑やかな参道へと戻る。屋台の明かり、料理の匂い、熱気、笑い声、祭り囃。そういった様々な音や景色に包まれているはずなのに、俺の五感はそのほとんど全てをシャットアウトしていた。今俺が確かに感じられるのは、自分の心臓の音と繋がれた手の温かさ、そして前を歩くほっそりとした花村さんの後ろ姿だけだ。

 祭りの明かりが遠ざかり、さっきの駐車場に戻ってきた時、前から吹いてくる温い風にのって、シャンプーの香りがふわりと漂ってきた。胸の奥がぎゅっと締めつけられるように痛い。この子が好きだ、と痛感したら、この気持ちをどうしても伝えたくなった。

 立ち止まり、繋がれた手を緩く引く。


「花村さ――」


 そんな俺の声を遮って、背後でドンッ‼と迫力のある破裂音が響いた。


「わぁ……!」


 こちらを振り返った花村さんが、目を輝かせて空を仰ぐ。ドンッ!ドンッ!と続けて鳴り響く重低音に俺も振り返ると、大輪の花火が空いっぱいに広がっていた。


「きれい」


 俺の隣で花村さんがぽつりと呟いた。その横顔があまりにも幸せそうだったので、俺は喉元まで出かかっていた「好きだ」という言葉を飲み込むことにした。冷静さを取り戻した脳裏に一瞬チラついたのは、俺の告白を断った時の加納さんの申し訳なさそうな表情だ。あんな顔を今の花村さんにさせたくない。

 しばらくそのまま、二人して無言で花火を見上げる。夜を彩る鮮やかな光の花は本当にきれいだった。始めのうちはふたつみっつと控えめに打ち上げられていたそれは、最後には派手なスターマインとなって空を染め、白い煙だけを残して消えていった。


「あ……ごめん、さっき何か言いかけてたよね」

「ああ、うん……」


 花火が終わった後、花村さんが我に返ったように俺を見た。今更好きだと言えない俺は、苦し紛れに言葉を探し、そしてようやく右手に持ったままだったぬいぐるみの存在を思い出す。渡すなら今がチャンスじゃないだろうか?


「これ、良かったら。……さっき射的でとってきたんだけど」

「……わたしに?」


 差し出したピンクのマンボウを、花村さんはきょとんとして見つめる。


「本当はメンダコのぬいぐるみを狙ってたんだけど、他の人にとられちゃって、これしかとれなくてさ……やっぱり、迷惑かな?」

「そんなことない! ……すごく、嬉しい。ありがとう」


 花村さんはぬいぐるみを受け取るとにっこりと微笑んだ。その笑顔に俺はほっと安堵する。良かった、不用意に告白しなくて。そんなことをしていたらこの笑顔が見られなかったかもしれない。ぬいぐるみも受け取ってもらえなかったかもしれない。

 今日はこの笑顔が見られただけで満足しておこう。告白はまた今度、日を改めて。

 この時の俺は、そんな暢気なことを考えていた。花村さんと二度と会えなくなる可能性があることなど、これっぽっちも考えていなかった。思えば、どうしてあの日花村さんが俺を水族館に誘ったのか、その理由をもう少し深く考えるべきだったのだ。

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