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【完結】グッバイ、アンノウン  作者: 観夕湊
第六章 話せて良かった

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3.

 人波に逆らって境内の外へと向かう。駐車場のところまで出ると、喧噪が遙か遠くに聞こえる。ヒグラシの物悲しい鳴き声が耳を打つだけで、そこは別世界のように静かだった。

 祭り目当ての人たちは、みんな花火を見るために境内に集まっているのだろう。来た時の人混みが嘘のように、ここにも街道にも他の人の姿は全くない。


「あーあ」


 完全にひとりになったことで気が抜けた俺は、盛大にため息をつく。

 やってしまった。あのおばさんが花村さんに接触する可能性があったのはわかっていたはずなのに、すっかり存在を忘れていた。この間花村さんを家に呼んだ時点で、俺がもっと気をつけておくべきだった。これは完全に俺の落ち度だ。


(やっぱ嫌われたかな……)


 それとも気持ち悪いと思われただろうか。

 こんなことは別に今に始まったことじゃない。これまでだって残ってくれた友達はそれなりにいるが、離れていったヤツも同じ数だけいる。だけど好きな女の子の耳にあの噂が入ったと思うと辛い。まるで告白する前に失恋した気分だ。


「……帰るか」


 どうせもう花火を見る気分でもない。

 家に帰って、適当に何か食べて、今日はもう寝てしまおう。中途半端にしか食べていないせいで、実はそこそこ空腹だ。こんな時でも食欲は衰えないらしい。俺の神経は意外と図太いようだ。


(このマンボウ、どうするかな……)


 花村さんに渡す勇気はもうこれっぽっちもない。かといって俺の部屋に置いておくのも気が引ける。

 みのりさんが帰ったら渡してしまうのが一番かもしれない。さっきほしいようなこと言ってたし。

 そんなことを考えながらのろのろと歩き始めた時だった。


「小山くん……!」


 背後から追いかけてきた下駄の音と声に呼び止められ、思わず息を飲む。まさか。いやそんなはずは。だけど一抹の期待をどうしても捨てきれなくて、俺は恐る恐る振り向いた。

 視界に飛び込んできたのは、息を切らせて走ってくる花村さんの姿。


「良か、た……追いつけて……」


 立ち尽くす俺の前まで駆け寄ってきた花村さんは、息をつきながら切れ切れに呟く。きっと必死で追いかけて来てくれたのだろう、額にうっすらと汗が滲んでいる。


「ど、どうし――」

「あの!」


 どうしたの?と訊こうとした俺の声を遮って、花村さんが声を張り上げた。


「ごめんなさい! さっきの人、急に何かよくわからない話をしてきて……それで、びっくりしちゃって……でも立川くんの言う通り、何も知らないのに勝手な憶測で判断するのは違うと思って……だから小山くんに直接聞かなきゃって……それで……」


 花村さんの声が段々尻すぼみになって途切れていく。

 話の内容が内容だ。きっとこうして面と向かって俺に問いただすのはとても勇気がいることだろう。だけど花村さんはちゃんと俺と向き合ってくれようとしている。それがすごく嬉しかった。

 少しの沈黙の後、花村さんは深く息を吸って真っ直ぐに俺を見た。あの日俺を水族館に誘った時のような、思い詰めた表情をしていた。


「勝手なことを言ってるのはわかってるの。でも、ちゃんと話を聞かせてほしい。小山くんが、嫌じゃなければだけど……その、聞いてもいいかな?」


 この子はどうしてこんなに強いんだろう。俺は、花村さんが勝手に俺から離れていくものだと決めつけて、逃げようとしていた。ちゃんと花村さんと向き合う勇気がなかった。そんな自分がとても情けなくなった。だけどこれは花村さんが頑張って作ってくれたチャンスだ。俺も勇気を出してこの子と向き合わなきゃいけない。


「ありがとう、話すよ。あんまり気分のいい話じゃないかもだけど」


 そう言った俺の笑顔は、多分ぎこちなかったと思う。だけど花村さんが安心したように少しだけ微笑んでくれたので、俺もほんのちょっと救われたような気分になった。


   ◆ ◇ ◆


 とりあえずどこか落ち着けるところへ、ということで、参道から外れた社務所裏に移動した。さっきの駐車場でも良かったが、ここには石造りのベンチがあるのだ。出店もないので人もあまり寄りつかない。ゆっくり話をするにはもってこいの場所だった。


「あのおばさん、何て言ってた?」

「それは……」


 俺の質問に、花村さんは答え難そうに言い淀んだ。

 ……まあ、あれは酷い話だ。心ある人なら誰だって、あんな内容の噂を本人の耳に入れるのは躊躇うだろう。俺に初めてこの話をしてきたのは心のないヤツだったわけだが。

 しかしお互いの齟齬をなくすためにも、花村さんが何を聞いたのか知っておかなければならない。俺は苦く笑って先を促す。


「大丈夫、何を言われたのか大体の見当はついてるから。正直に話してくれる?」

「……小山くんのお母さんって、小山くんのお父さんのお姉さんって、本当?」


 うん、まあ、まずはそこからだろうな。そこには少し複雑な事情があるのだが、事実なので素直に肯定しておく。


「うん、そうだよ。俺の親父と母さんは実の姉弟」


 花村さんの顔が曇った。隣に座る俺がやっと聞き取れるような小さな声で、俯きがちにぼそぼそと言う。


「……小山くんは姉弟の間に生まれた子だって。あそこの家は、まともじゃないから関わっちゃいけないって……。あの人、この前小山くんちに遊びに行った時にわたしのこと見かけたみたいで、それで話しかけてきたみたい」

「そっか……」


 どうせそんなことだろうと思った。聞いた話が完全に予想通りだったので、俺の頭はかえって冷静になる。

 しかしどこから説明したものだろう。あまり重たい話だと思われたくないが、今の時点でもう十分に重たいと思われている気がする。もうこの際どんな説明の仕方をしても一緒なのかもしれない。


「俺さ、親父と血が繋がってないんだ。いや、母さんと親父が姉弟だから全く繋がってないわけじゃないんだけどさ」


 少し迷った末、結局結論から述べることにした。花村さんが驚いたように瞬きしてこちらを見る。


「養子なんだ、俺。血縁上は親父は俺の叔父さんなの」

「そう、だったんだ……。仲がいいからちっともわからなかった」

「うん。俺は親父のこと実の父親以上に思ってる。親父も多分、そう思ってくれてる。……でも、あのおばさんはそのことを知らないからさ。あの人が勘違いしたのにも理由があるんだ」


 昔、母さんには同棲していた婚約者がいたらしい。だけどその婚約者はいいとこの家の人で、実家が用意した結婚相手が別にいた。婚約者の両親に別れるよう迫られ、母さんは相手のために身を引くことにして自分の家に戻った。だけど別れた後に妊娠していることに気づいた。

 どこにでもある、ありふれた話だ。だけど問題はここからだった。

 母さんと同棲していた男が、結婚を目前に事故で死んだのだ。そこの家は跡取りがその人ひとりだけ。家を継がせる人間がいなくなり、困ったその相手の両親は、母さんが俺を身ごもっていることを聞きつけて、生まれた子を寄越せと言ってきたらしい。

 それに激怒したのが親父だ。親父は俺と母さんを守るために相手の家と徹底的にやり合い、俺が生まれてすぐ特別養子縁組みの手続きをしてくれた。お陰で俺は母さんと引き離されることなく、小山貴史として二人から大切に育てられたというわけだ。


「でもちょっと、タイミングが悪かったというか……。母さんが帰ってきて、少ししてから妊娠が発覚して、出産だったからさ。変な勘違いをされたみたいなんだ。まあそんなとんでもない勘違いした人なんてあの人だけだから、近所の人は誰も取り合ってないんだけど。でも、俺と知り合ったばかりの友達とかは、それを聞いて信じちゃうヤツが何人かいるんだよなぁ」

「何それ。名誉毀損じゃない」


 花村さんは怒ったように唇を尖らせた。


「小山くんのお父さんはどうしてあの人のこと放っておくの?」

「警戒してるみたい。変な揉め事を起こして、俺の実の父親の実家につけ入る隙を与えたくないんだって」


 父方の祖父母はまだ健在らしいが、接近禁止命令というのが出ているらしく、この歳になっても俺は会わせてもらったことがない。実の父親の顔も知らない。別に会いたいとも知りたいとも思わない。誰が何と言おうと俺の父親は親父だけだ。

 でも、時々不安になることがある。俺はきっと、親父の人生を犠牲にした。やりたかったことも結婚も遠ざけ、生き方も何もかも変えさせてしまった俺を、親父は邪魔だと思ってないだろうか。


「親父には本当に感謝してるんだ。でも、同じくらい申し訳ないとも思ってる。きっと俺のせいで色んなことを諦めてきたんだと思う。さっきみたいに謂われのない誹謗中傷を受けることもあるし……俺、時々怖くなるんだ。親父は、本当は俺のこと、どう思ってるんだろうって。俺のこと、恨んでないのかなって。俺がいなければ親父はもっと自分の幸せを優先できたはずなのに、俺が親父の人生をめちゃくちゃにしたんじゃないかって……。そう考えると、すごく怖い。怖くてたまらなくなる……」

「……」


 重たい話だと思われたくないと思っていたはずなのに、結局重すぎる本音を漏らしてしまった。花村さんも黙っている。きっと何を言えばいいのかわからないのだ。

 しばらくの間、息が詰まるような沈黙が続く。

 祭りの喧噪は、駐車場にいた時よりもずっと近い。だけどやっぱり今の俺には遠くて、どこか別の世界のようだった。さっきまで、俺は確かにあの明かりの中にいたはずなのに、このぽっかりとした孤独感は何だろう。俺はこの話をして花村さんに何て言ってほしかったのだろう。自分の気持ちが自分でもよくわからない。


「……あのね、小山くん」


 最初に重苦しい空気を破ったのは花村さんだった。


「わたしね、実は、小山くんのお父さんからお願いされたことがあるの」

「お願い……?」


 思わぬ告白に思わず顔を上げて花村さんの方を見る。そして息を飲んだ。花村さんは真剣な面持ちで、真っ直ぐに俺のことを見つめていた。


「小山くんのことをよろしくって。これからも仲良くしてほしいって。小山くんは本当にいい子だから、何かあってもちゃんと本人と向き合ってほしい、色んな人から色んなことを言われるかもしれないけれど、それについては小山くん自身を見てから判断してほしいって」

「……」


 まるで心臓がぎゅっと掴まれたようだった。知らなかった。親父がそんな風に花村さんに頭を下げていたなんて。一体いつの間にそんな話をしていたのだろう。


「わたし、この話を聞いた時、小山くんのお父さんがどうしてこんなことを言ってきたのかよくわからなかった。でもさっきのことでわかった。小山くんのお父さん、わたしがあの人に話しかけられることをきっと予想していたんだと思う。きっと立川くんとかにも、同じように声がけしてたんじゃないかな」


 その言葉にはっとする。言われてみれば、立川も「何か変な話聞いたんだけど」と真っ先に俺に事情を確認してきた。もしその陰で、花村さんの話のように親父が立川に頭を下げていてくれたのだとしたら? そんなこと、今までちっとも考えたことがなかった。


「小山くんのお父さんは、小山くんのこと、本当に大切なんだよ。そうじゃなかったらわたしにあんなこと言わないと思う。それにこの間小山くんの家に遊びに行った時、お父さん本当に楽しそうだった。小山くんが不安に思う気持ち、理解できるよ。だけど、小山くんがお父さんのことそんな風に思ってるなんて知ったら、お父さん、きっと悲しむんじゃないかな」


 花村さんの言葉のひとつひとつが胸に沁みる。目と鼻の奥がつんと痛くなる。


「大丈夫。小山くんのお父さんは、ちゃんと小山くんのこと大好きだよ」


 そんな風に優しく言われてしまったら、もうダメだった。声を殺して泣く俺の背中を、花村さんのやわらかい手がずっと撫でてくれていた。

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