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【完結】グッバイ、アンノウン  作者: 観夕湊
第六章 話せて良かった

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2.

 たこ焼きの屋台では立川たちがまだ並んでいた。とはいえもうすぐ順番が回ってきそうだ。とりあえず邪魔にならなさそうな参道の端に寄って、当たり障りのない話題で時間を潰す。

 しばらくして、ほくほく顔でたこ焼きのパックを持った加納さんと、やけに疲れた様子の立川と合流した。俺たちがいない間に一体何があったのか気になるところだが、訊いたら面倒なことになりそうなのであえてスルーする。


「そういやさっき並んでた屋台で聞いたんだけど、今年はお化け屋敷が来てるらしいぜ」


 雑談しながらみんなで加納さんの買ったたこ焼きをつついていると、ふいに立川がそんなことを言い出した。あ、これは何か嫌な予感がするぞ。

 花村さんが不思議そうに首を傾げる。


「お化け屋敷? 屋台で?」

「そうそう。これ食い終わったら行ってみようぜ」

「えぇーっ? お化け屋敷って言ってもどうせ子ども騙しでしょ? 行ってもつまらないんじゃないの?」


 何事にも前向きな加納さんが珍しく難色を示した。


「そんなこと言って、加納はああいうの苦手なだけだろ。幼稚園や小学校の肝試しでびーびー泣いてたもんな」

「い、今はそんなことありません!」


 意外だが、どうやら加納さんは肝試し系のアトラクションが苦手らしい。俺もそういうのは一切ムリなので少し親近感が湧く。しかし加納さんがいくら反対しても、場の雰囲気的にはそのお化け屋敷の屋台に行くことになりそうだ。花村さんの目も少し輝いているし。


「じゃあ別にいいだろ。花村だって行きたいよな?」

「うん、ちょっとどんなのか興味ある」


 そりゃあそうだ。何たって屋台のお化け屋敷だもんな。滅多にお目にかかれるもんじゃない。俺もどんな風なのか見てみたい気はあるが、でもやっぱりムリなものはムリだ。


「立川、悪いけど俺はちょっと……」

「あ、そっか。お前お化け屋敷ダメだもんな。じゃあ小山は別行動で」


 俺のトラウマを知っている立川はあっさりと頷く。こいつのこういうムリに強要してこないところは好きだ。


「えぇ? 小山君が参加しないなら行かなくても良くない?」

「オレと花村は行きたいんだよ。そんなに嫌なら加納も小山と一緒に別行動すればいいだろ」

「え……」


 立川、それはさすがにちょっと酷いと思うぞ。ほら見ろ、加納さん今傷ついたような顔したじゃないか。

 花村さんも心配そうに二人を見ている。しかし加納さんの様子に気づかない立川はその方向で話を進めようとする。


「どうする? オレと花村、小山と加納で一度分かれるか? 花火までまだ少し時間あるし、あとで合流でもいいだろ」


 そういやこいつ、加納さんのこと苦手なんだっけ。だとしたら立川的には加納さんと離れられた方が嬉しいんだろう。加納さんは苦しい片思いをしてるな……。自分が花村さんに片思いしていることもあり、ちょっと同情してしまう。しかしこれは二人の問題なので、俺が口を挟むことはできない。


「小山はそれでいいか?」

「うーん……まあ俺は別に構わないけど……」


 嘘だ。加納さんと二人という状況は本当ならめちゃくちゃ避けたい。なぜなら俺は花村さんの誤解を解きたいので。でもこの状況で加納さんをつっぱねるのはさすがにかわいそうだ。このまま俺と二人で回るという状況もかわいそうだけど。


「加納さんはそれでいいの? 俺これから射的の屋台に行くから、多分一緒に来てもそんなに楽しくないと思うけど」


 念のため加納さんが断りやすいようにやんわりとひと言つけ加えた。そうすると少し安心したようで、加納さんも僅かに表情が和らぐ。


「そっか。それじゃあ小山君の邪魔しても悪いし、仕方ないからみんなとお化け屋敷の方に行こうかな」


 目論見通り、どうやら上手い口実になったようだ。加納さんを何とか立川と一緒に行動させることができ、俺も内心ほっとする。やっぱり立川と花村さんを二人きりでお化け屋敷に送り出すのは何か嫌だ。


   ◆ ◇ ◆


 立川たちと別れ、再び参道を社務所の方へ戻る。途切れなく並ぶ色とりどりののれんを確認しながら目的の屋台を探す。


(確かこの辺だったはず……あ、あれだ)


 赤い布地に黒字で大きく「射的」と書かれたのれんを見つけ、人混みを掻き分けて近づく。並んでいる人の合間から景品を見てみると、目的のものがしっかり確認できた。


(やっぱ見間違いじゃなかったか)


 俺が気になっていたのは、この間花村さんが水族館で見ていたメンダコのぬいぐるみだ。さっき飲み物を買いに行く時にこの屋台の前を通りかかり、密かに気になっていたのだ。よくよく見ると水族館で売っていたものよりはひと周り小さいサイズのようだが、このくらいのサイズであればむしろ取りやすくなって丁度いい。幸いそこまで人も並んでいないし、挑戦してみてもいいだろう。

 俺はいそいそと射的の列に並ぶ。しばらく順番を待っていると、とんとん、と肩を叩かれた。反射的に振り向こうとした瞬間、右頬に誰かの人差し指がぶすりと刺さる。これまでも何回か食らったことがあるが、地味に痛いのでやめてほしい。俺にこんな悪戯をしかけてくるのはひとりだけだ。


「やーっぱりタカシちゃんだった」


 案の定、振り返るまでもなく親父だった。ここ連日と同じく化粧もせず、髪を軽く束ねただけのラフな格好だ。服も女装じゃなくメンズのシャツとスラックスという格好で、言葉遣いだけが異様に浮いている。もしやと思いちらりと参道側の方を見れば、みのりさんが列の外で待っていた。


「こんなとこで会うなんて奇遇ね」


 いや、そもそも俺がここに来てるの知ってたんだから奇遇も何もないだろ。ていうか店放置して何やってんだ。


「何でいるわけ?」

「そりゃあ決まってるでしょ! アタシもみのりちゃんとデートよ」


 きゃぴきゃぴと返された言葉に呆れてしまう。雇用主がひと周りも年下の従業員を捕まえてデートって何だよ。職権乱用だろ。


「店は?」

「常連さんはみんなこっちに参加するって言うし、どうせこの時間に店開けててもお客さん誰も来ないでしょー? 今日は花火が終わる頃に開店することにしたの。お祭り帰りなら寄ってくれるお客さんも多いし。……と・こ・ろ・で!」


 親父はそれはそれはいい笑みを浮かべ俺の肩を掴んだ。満面の笑顔なのに目が全然笑っていない。


「タカシちゃんはどの景品を狙ってるのかしらぁ。まさかあの、とぉーってもかわいらしいメンダコのぬいぐるみじゃないわよね?」

「うっ……!?」


 迫力満点に迫られ、思わず目を逸らす。なぜバレているのだろう。誰にも言っていないはずなのに。

 俺の反応が予想通りだったのか、親父はわざとらしくため息をつく。


「やっぱりそうなのねぇ。最近アンタのスマホにメンダコのストラップがついてるからそうなんじゃないかと思ったのよ。それ、アンタの趣味じゃないわよね? 絶対カホちゃんよね?」


 まさかそこまでバレてたとは。親の洞察力って怖い。


「でもねぇ、ひとつ問題があるのよねー」


 親父は頬に手を当ててため息をついた。普段の女装姿ならともかく、どう見ても男の格好をした今の親父がその仕草をしても怖いだけだ。そしてやっぱり何かわざとらしい。というか嫌な予感がするんだが。


「みのりちゃんがね、あのぬいぐるみ、ほしいんですって」

(やっぱりか!!)


 こちらも予想通りの返答に思わず口元がひきつる。


「えーっと……つまり……?」

「アタシたち、ライバルね」


 語尾にハートマークが飛んでいそうな口調だが、目つきは獲物を狩る猛獣のようだ。俺の背筋を冷たいものが駆け抜ける。


「はい、次の方どうぞー!」


 青い法被を来た係りの人に声をかけられ我に返る。いつの間にか順番がきていたようだ。


「ほら、呼ばれているわよ」


 親父が俺の背中をどんと叩いて送り出す。存外強いその力によろめきながら、俺は射的台の前に立った。

 同時に二人まで参加可能らしく、隣では俺の前にいた小学生が一生懸命に弾を的に当てようとしている。


(大丈夫、大丈夫。今の時点では親父より俺の方が有利だ)


 自分で自分を励ましながら銃とコルク玉を観察する。射的で景品をとるコツはいくつかあるが、中でも重要なのはこのふたつだ。銃はバネがしっかりしたもの、コルク玉はどこも欠けたり削れたりしていない形の整ったものがいい。

 俺は今用意されている中で一番質が良さそうなものを選ぶと、銃のレバーを引いてからコルク玉を詰めた。係りの人にどの程度の距離までなら近づいてもいいか確認し、できるだけ腕を伸ばして狙いを定める。

 レバーを引くと、パンッ!という乾いた音とともに弾が飛び出していった。メンダコのぬいぐるみが一瞬揺れた。惜しい。当たったが、倒れるほどではなかったようだ。ここの屋台は景品を落とさなくても、倒せばオーケーらしいので、この様子ならいけるだろう。

 もう一度コルク玉を詰め直し、集中して狙う。しかし今度もぬいぐるみは揺れただけだった。弾はあと一発だ。

 最後のコルク玉を念入りに銃に押し込んで、もう一度構える。どこを狙えば倒れやすいかもう一度考えながら狙いを定めていると、割とすぐ近くから射撃音がした。メンダコのぬいぐるみがぽすんと倒れる。


「よっしゃ!」


 いつになく男らしい親父の声がした。隣を見ると、ガッツポーズをした親父と目が合う。おい、そのニヤニヤ笑いやめろ。腹立つだろ!


   ◆ ◇ ◆


 親父はその後、景品のお菓子をふたつ倒し、きっちり全弾的中させ上機嫌で引き上げていった。相変わらずの腕前だ。

 一方の俺は、どうにか最後の一発を的中させることに成功した。とはいってもメンダコのぬいぐるみは親父が当てたものひとつしかなかったので、当てたのはその隣にあったピンクのマンボウのぬいぐるみだ。

 水族館に行った時にマンボウが見れなくて落胆していた花村さんを思い出し、急遽目的を変更して何となくとってしまったのだが、はたしてこれをプレゼントして喜んでくれるかはイマイチ自信がない。これなら普通にお菓子をとって花火を見ながらみんなで食べる方が良かった気がする。


「貴史くん、良かったら交換しようか? あたし、さっきまでそっちのマンボウにしようか迷ってたから」

「あらダメよ、甘やかしちゃあ」


 ぬいぐるみ片手に落胆する俺にみのりさんが声をかけてくれたのだが、親父がそれを許さなかった。


「現実は厳しいのよー。男ならほしいものは自分で勝ち取らなきゃ。社会に出たら否が応にも強い者と雇用主には従わなくちゃいけないんだから。それが嫌だったら、尻尾を巻いて逃げるか、相手を負かせるくらいに自分が強くなるかのどちらかしかないのよ」


 正論過ぎてぐうの音も出なかったので、みのりさんのご厚意は丁重にお断りした。親父がとったぬいぐるみを花村さんにあげる方がカッコ悪いと思ったのもある。

 とはいえ花村さんが喜んでくれるかはやっぱり未知数だ。正直不安しかない。先ほどとは違い、しょぼくれた気分でとぼとぼと待ち合わせ場所まで向かう。

 ご神木の前に三人の姿を見つけ、とりあえず合流しようとした時、もうひとり見覚えのある年輩の女性が花村さんたちに話しかけているのを見つけた。俺の足は思わず止まる。気づかれないようにそろそろと近づくと、その女性の声が聞こえてきた。


「……だからね、あそこのお家はまともじゃないのよ。悪いことは言わないから、あなたたちもうあの一家と関わるのはやめておきなさい」

(ああ、またか)


 話の内容は見当がついている。この女性はうちの近所に住んでいる人なのだが、どうも我が家をよく思っていないらしい。俺が幼い頃からうちに出入りする人間に対して「あの家には関わるな」と言って歩いているのだ。立川も何度か声をかけられたことがあるそうで、まあ要はいつものことなのだ。

 親父は放っておけと言っているし、立川みたいに我が家に理解のある友達も気にしないと言ってくれている。だから俺もなるべく気にしないようにしていたが、今日ばかりは胸が痛んだ。声をかけるにかけられず、少し遠巻きに様子を見ていると、ふいに立川と目が合った。


「小山ーっ! こっち!! 早く来い!!」


 立川が手を振りながら大声で俺を呼ぶ。女性がはっとしてこちらを見た。加納さんと花村さんも弾かれたように俺の方を見る。加納さんは真っ青な顔をしていた。花村さんもやはり困惑しているようだった。まあそうだろうな、と冷静に納得する反面、いつになくそのことに傷ついている俺もいる。


「つーことで、もういいっすか? オレら友達ともう少し見て回りたいんで」


 立川がいつになく怒りをあらわに女性に言い返す。


「あと、ヒトんちのこと、よく知りもしないで適当なこと言いふらすのやめた方がいいっスよ。いい歳して恥ずかしくないんスか? オレ、あいつからちょっとだけ話聞いて事情知ってるけど、イサミちゃんもあいつもそんなんじゃねーよ。妄想はテメーだけでしてろクソババア」


 女性はさっと顔色を変えると、苦々しげに俺の方を見て足早に去って行った。


「謝罪もなしかよ、ホント終わってるわあのバアさん。……おい小山、早くこっち来いって!」


 苛立たしげに吐き捨てた立川は、再度俺を手招きする。俺は苦笑いでみんなと合流した。というか立川の側に行った。


「お前何突っ立ってんだよ」

「……ごめん、何か声かけ辛くて」

「あんなのデタラメだろ! 何でお前が気にするんだよ。お前はもっと堂々としてろ。イサミちゃんはお前のこと、上手に育ててると思うぞ」

「うん、ありがとう……」


 立川の言葉にいくらか気持ちは励まされたが、何となく怖くて花村さんたちの顔を見れない。というか、この空気でみんなと一緒に祭りを回る勇気がない。

 花村さんはあの話を聞いて俺のことをどう思っただろう。


「ごめん立川。やっぱ俺、今日はもう帰るわ。変なことで楽しい空気壊して悪かったな」

「はぁっ!? 何でそうなるんだよ!」

「いやいや、考えてみろよ。お前はともかく、あんな話聞いた後に俺がいたんじゃ、加納さんや花村さんが気まずいだろ」


 まあ気まずいのは俺もだけど。

 俺の言葉に、立川はやっと二人の様子に気づいたようだ。苛立たしげに舌打ちする。


「マジであのババア余計なことしかしねーな」

「仕方ないよ。あれはあの人なりの善意なんだし」

「悪意の間違いだろ。イサミちゃん何で訴えねーの?」


 答える代わりに俺は苦笑いで肩を竦めた。今ここで広げる話題でもない。


「じゃあ、そういうことで。みんなこの後の花火楽しんで」


 無理矢理会話を終わらせ、まだ何か言いたげな立川を置いて、俺は足早にその場を離れた。怖くて花村さんたちの方は一切見れなかった。

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