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【完結】グッバイ、アンノウン  作者: 観夕湊
第六章 話せて良かった

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16/23

1.

 普段閑散としている駅前は、珍しく人でごった返している。毎年この季節と年末年始には必ず見られる光景だ。この近くにある神社はそこそこ有名で、境内も広く、必然的に祭りや初詣の時は少し離れた地域からも結構人が集まってくる。屋台や出店も多く、こういう日は駅前の通りもいつも大賑わいだ。


「小山ーっ! こっちこっち!!」


 喧噪を裂いて立川の大声が俺を呼ぶ。声のした方を見れば、改札近くのコンビニの前に立川と加納さん、花村さんの姿があった。待ち合わせ時間には遅れていないはずだが、どうやら俺は最後らしい。人波を縫ってできるだけ急いで三人に駆け寄る。


「待たせてごめん」

「へーきへーき、オレらさっき着いたばかりだから」


 そこのコンビニで買ったらしいペットボトルをしゃかしゃか振りながら立川が答えた。……それ、炭酸飲料だろ。後で蓋開けた時に爆発しないか?


「花村もちょっと前に来たとこだし。な?」

「うん」


 立川に振られ、花村さんがこくりと頷く。そうすると俺の目は、いやがおうにもその姿に釘づけになる。

 今日の花村さんは、紺地に白い朝顔が細かく敷き詰められた柄の浴衣を着ている。藤色の帯に花の形をした水色の飾り帯がお洒落だ。髪はどうやっているのか、後ろでふんわりと結い上げられ、やはり花を模した髪飾りで留められている。水族館に行った時の髪型も珍しかったが、こんな風に完全にアップにしているのも珍しい。普段は制服の襟で隠れているうなじが、浴衣と髪型の組み合わせで完全に露わになっている。何だか見てはいけないものを見ている気分になってしまい、いたたまれなくてそっと視線を逸らす。心臓の方はもちろんさっきからドキドキしっぱなしだ。

 目を逸らした先で、今度は加納さんと目が合ってしまう。当然と言えば当然かもしれないが、こちらも今日は浴衣姿だ。

 加納さんの浴衣は花村さんとは真逆で、白地に青い花柄だった。花の種類なんて朝顔と向日葵とバラくらいしか見分けられない俺には、残念ながら何の花かは判別できない。でも意識が違う方へ行ったお陰か、ちょっと気持ちを落ち着けることができた。何でもない風を装って口を開く。


「だったら良かった。加納さんも花村さんも今日は浴衣なんだ。二人とも似合ってるよ」

「本当? ありがとう!」

「……」


 俺の言葉に加納さんは嬉しそうに笑顔を浮かべ、花村さんは気恥ずかしそうに俯いた。こうして並ぶと改めて対照的な二人だ。

 因みに俺と立川は安定のTシャツとGパンだ。前回は大人っぽい装いの花村さんと二人だったので恥ずかしかったが、今回は同じような服装をした立川が一緒なのでかなり心強い。


「おし! メンバーも揃ったし、そろそろ行くか」


 立川が、持っていたペットボトルで反対側の手のひらを叩いた。どうして加納さんじゃなくてこいつが場を仕切っているのか謎だが、任せておいた方が楽なのでそのまま仕切らせておくことにする。

 俺たちは神社に向かってぞろぞろと歩き始めた。


   ◆ ◇ ◆


 道中も人は溢れていたが、やはり境内の熱気は格別だ。参道には所狭しと屋台が並んでいて、それぞれ行列を作っている。ただでさえ八月は熱帯夜なのに、人いきれで更に空気がむっとしている。でもそれも祭りの醍醐味なのだろう。

 俺たちは拝殿でお参りを済ませた後、ひとまずそれほど並んでいなかった小じゃがバターをふたつ買い、食べながら見て回ることにした。小山家は歩きながらの飲食は基本ご法度だが、こういう縁日の場ではオーケーということになっている。


「やっぱ飲み物系とかき氷の屋台は行列がすげーな……。コンビニで買っておいて正解だったわ」


 立川が横から俺の持っている小じゃがバターをひょいひょいつまみながら言う。こいつは俺に対して遠慮というものを知らないようで、小じゃがを取る度にバターを大量にさらっていく。別にいいんだけど。


「飲み物なら自販機で買えばいいんじゃないか? 値段もコンビニと大して変わらないし」

「あー、ダメダメ。こういう日はすぐ売り切れる。もし買いたいなら今のうちだと思うぞ。花火まで時間あるから今ならまだ人も少ないだろうし」

「えぇー、でも荷物になるしなぁ……」


 とはいえ確かにこの時期の水分補給は大事だ。それに今夜はなかなかに暑い。女性陣もそろそろ喉が乾くころかもしれない。俺は目の前を並んで歩く加納さんと花村さんに声をかける。

 聞けば、花村さんはやはり何か飲みたいと思っていたようだ。一方の加納さんはたこ焼きの屋台が気になるらしく、しかし少し人が多いので並ぼうか迷っているとのこと。みんなで話し合った結果、立川と加納さんが屋台に並び、俺と花村さんが自販機に飲み物を買いに行くという結論になった。立川が大反対していたが、その意見は加納さんにより却下された。


   ◆ ◇ ◆


 社務所横の自販機は、いくつか品切れの商品はあったものの、まだ全部は売り切れていなかった。加納さんから頼まれたものも残っている。

 俺と花村さんはそれぞれ自分の好きな飲料を選び、加納さんの分も買うと、二人が並んでいる屋台まで戻る。心なしかさっきより人が増えている気がする。俺はすぐ後ろを歩いているはずの花村さんを振り返る。


「花村さん、大丈夫? はぐれないように気をつけてね」


 本当はこの間のように手を繋ぎたいところだが、生憎と左手は小じゃがバター、右手はペットボトル二本。これではどうしようもない。


「うん……」


 花村さんはこくんと頷いたが、何か物言いたげな顔でこちらを見た。


「どうしたの?」

「……その、小山くんは大丈夫?」

「何が?」

「だって加納さん、立川くんと二人きりだし……。加納さんの好きな人って、多分その……」

(ああー! こっちの誤解も残ってた!!)


 いや、現場をばっちり見られているから誤解でも何でもないし、言い訳のしようもないんだけど! でもそれは誤解だと声を大にして言いたい。俺が今好きなのは花村さんなの!! この状況はむしろラッキーなの!! しかしそんなことを今面と向かって花村さんに言えるわけもない。


「うん、まあ、終わったことだし……」


 俺は曖昧に言葉を濁した。


「いいんじゃないかな、加納さんも楽しそうだし」

「ほんとに?」

「うん、全然ヘイキ。だから花村さんがそんなこと気にしなくてもいいよ」

「……そう」


 花村さんは少しほっとしたように肩を落とした。うん、ムダな心配をさせてしまい本当に申し訳ない。そしてこの状況が非常にもどかしい。


(どうしたもんかなぁ、これ)


 この誤解を解くのにはなかなか骨が折れそうだ。遊びに誘う勇気がないとか言ってもじもじしている場合でもなければ、今日祭りに誘えたことを喜んでいる場合でもなかった。これは下手をするとこの先ずっと誤解されたままだぞ。そして同情され続けたまま、男として意識されないで終わってしまうぞ。本当にどうすればいいんだこれ。

 自業自得とはいえあまりにも先が思いやられ、思わずため息が出てしまう。


「……」

「ん? あれ?」


 ふいにぎゅっと服が引っ張られる感覚がして、もう一度後ろを振り返る。花村さんが不安そうに俺のTシャツの裾を掴んでいた。


「ごめんね……。やっぱりはぐれそうだったから……」


 やや上目遣いでもじもじとそう言われ一瞬頭が真っ白になる。

 落胆しているところに不意打ちのこの攻撃はたまらない。何だこの可愛さは! 天使か!? 顔は熱いし心臓は今にも爆発しそうだ。俺はぎこちなく前を向く。


「ああ……うん。そのまま掴んでて。その方が俺も安心だし」


 果たして俺は今、ちゃんと冷静に言葉を返せているのだろうか。自分が何を言っているのかきちんと理解できているかも怪しい。しかしこの動揺を花村さんに気づかれたくない反面、気づいてほしいとも思ってしまう、何とも複雑な心境だった。

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