2.
立川がうちに転がり込んできたのはその日の夕方のことだった。何の前触れもなく押し掛けてきた立川を、俺は呆れ顔で迎えた。今二階にはみのりさんがいるので、俺の部屋には通せない。仕方なく今夜から俺が寝ることになった、親父の部屋の隣の仏間でもてなす。
急な訪問にも関わらず、立川の姿を見た親父は「あら、コージちゃんいらっしゃーい! 夕飯食べていくでしょ? 今夜はにぎやかねー」とるんるんでキッチンにこもりに行った。きっとまた張り切って腕をふるうのだろう。
「で? どうしたんだよ、急に」
親父が置いていったお盆から、麦茶の入ったグラスをとって立川に回す。汗だくでやってきた立川は、それをひと息で飲み干すと「はああぁぁぁ」とそれはそれは大きなため息を吐いた。
「何か、加納がうちに来るらしい」
「は?」
「だから、加納がうちに来るらしい。今夜」
「何で?」
「知らねーよ、オレが訊きたいわ! とりあえずまた何だかんだ言われるのがめんどくさいから逃げてきた」
「……俺の家は駆け込み寺じゃないんだけど」
そこで胸を張る立川に思わずツッコミを入れる。しかし今更来てしまったものを追い返すわけにもいかない。仕方なく立川の要望で、夕飯までゲームをして時間を潰すことになった。俺と水族館へ行くのにも学校の課題を持ち歩いていた花村さんとは大違いだ。まあ、受験対策は今日の登校日でみっちりやらされたから、俺も今日は勉強の気分じゃないんだけど。
「そういえばお前、花村のことちゃんと誘った?」
そんな風に立川が切り出したのは、みのりさんへ断りを入れて自室へ取りに行った格ゲーを、二人でプレイしている最中だった。あまりにもあまりな不意打ちに俺は手元が狂って操作をミスる。辛うじて立川の攻撃を避け切ったものの、俺の操作キャラはステージから落ちて彼方へ吹っ飛んで行ってしまった。
「おっ、お前……! 何で急に!?」
「え? だって大事じゃん。オレぜってーやだもん、あいつと二人で祭りなんて」
そりゃあ、わざわざうちまで逃げてくるくらいなんだからよっぽど苦手なんだろう。ここまで嫌がっていると、逆に立川と加納さんが並んだ時にどんなやりとりが繰り広げられるか気になるところだ。しかしあの花村さんを誘うのは、今の俺にはハードルが高すぎる!
「なぁ、それって本当に花村さんじゃなきゃダメ?」
「じゃあお前他に一緒に来てくれそうな女子に心当たりあるのかよ」
「いや、ないけど……女子じゃなきゃダメなの?」
「ばっか、お前! 男は女の輪の中に一人で混ざっても平気だけど、女が男の輪の中に一人でいるのは怖いだろ普通。さすがに加納がかわいそうじゃん」
苦手なくせに相手に対する気遣いはあるらしい。加納さんはもしかしたらコイツのこういうところが好きなのだろうか。
「よし、小山。花村に電話だ」
「は!?」
「電話するんだよ今から! どうせこのままだとお前、俺が帰っても花村のこと誘わないじゃん。ほら、早く! スマホ、スマホ」
「えぇー……」
押し切るようにせっつかれ、もたもたとメッセージアプリを起動する。しかしやはり無料通話ボタンをタップする勇気はない。
「まったく何やってんだよ。ほら」
「ああっ!?」
痺れを切らしたらしい立川が勝手に通話ボタンをタップしてしまった。脳裏を過ぎる数々の罵声を口にする間もなくコール音が鳴り始める。仕方なしに俺は慌ててスマホを片手に廊下へと出た。
「もしもし?」
数回のコール音の後、花村さんが通話に出た。この時点で俺の心臓はバックバクだ。極力向こうに聞こえないよう、音を立てないように何度か深呼吸をして、どうにかこうにか話を切り出す。
「花村さん、こんばんは。ごめんね、急に電話して。今、ちょっといいかな?」
「うん、大丈夫。どうしたの?」
「えーっと……」
……断られたらどうしよう。ここに来て不安が頭を占める。しかし電話は繋がってしまったのだ。もうどこにも逃げ場がない。俺は腹を括るしか道がなかった。
「あのさ、明後日、そこの神社でお祭りがあるじゃん? 立川と加納さんが行くらしいんだよ」
「うん」
「それで、俺と花村さんも一緒に行かないかって誘われて……花村さん、予定空いてる? ムリなら別に断ってくれてもいいんだけど」
やっぱり腹を括り切れなかった。ついつい予防線を張ってしまう辺り、俺は相当気が弱い。しかし内心びくついている俺を余所に、花村さんはさらりと承諾の返事を寄越す。
「ううん、大丈夫。行けるよ」
「ほ、本当に……?」
「うん。わたしも丁度行きたいなって思ってたところだし、ご一緒させてもらえるなら嬉しい」
こんなことがあっていいのだろうか。この瞬間、俺の頭は真っ白になった。
その後、花村さんと何を話してどう電話をきったのか全く覚えていない。気づけばムダに廊下をうろうろと行ったり来たりしていた。
「……何してんの、お前?」
仏間の向こうから呆れた顔でこちらを見ている立川に声をかけられるまで、俺の動揺は続いた。













