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【完結】グッバイ、アンノウン  作者: 観夕湊
第四章 とうとう気づいてしまった

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2.

車内は行きと変わらず人気がない。だけど行きと違うところが一つだけあった。

俺はちらりと視線だけで隣の座席を見やる。そこには無表情でスマホの画面を見つめる花村さんの横顔があった。どうも、家族の人からメッセージアプリに連絡が入っていたらしく、メッセージのやり取りをしているらしい。わざわざ俺に気を遣って返信してもいいか断りを入れてくれたのは、生真面目な花村さんらしい。俺がいつもツルんでいる友達だったら絶対に黙ってスマホをいじり始めている。特に立川なんかが。

 今、俺たちは帰りの電車に二人きりで揺られている。俺も、花村さんも、さっきからずっと無言を貫いているので、この車内で聞こえるのはタタン、タタン、という規則正しい走行音だけだ。

 驚くべきことに、俺と花村さんは降車駅が同じらしい。実は自宅の場所も案外すぐ近所だったのだと話をしていて気がついた。待ち合わせは現地の最寄り駅だったが、互いの家の場所がわかれば別々で帰る必要もない。何だかんだと結局近くまでは一緒に帰ろうということになった。

 花村さんがスマホを見ているのだから、きっと俺もスマホを操作していても許されるだろう。と思う。だけどどうしてもそんな気分にはなれなかった。


――小山くんって本当に加納さんのことが好きなの?


 脳裏を過ぎるのは花村さんに喫茶店で言われたあのひと言だ。恥ずかしながら俺は、あの時の会話で初めて自分が何か勘違いをしていたのではないかということに気づいた。すぐには返事ができなかった俺に、花村さんは畳みかけるように訊ねてきた。


「小山くんは、加納さんのどこが好きなの?」


 思いも寄らなかった質問に、俺はやっぱり一瞬だけ言葉に詰まった。だけどすぐに気を取り直して加納さんの良いところを挙げていった。

 加納さんは俺の所属している部のマネージャーだ。いつも明るい笑顔でみんなを支えてくれている。加納さんの口から出てくる言葉はどれも前向きで人を肯定するものばかりで、誰かの悪口どころか愚痴のひとつも聞いたことがない。クラスメイト相手にも、誰にでも分け隔てなく接しているし、実際男女問わず加納さんを慕っている人は多い。そして俺はそんなところを、人として尊敬している。だけど不思議なことに、加納さんに惹かれた理由のひとつ一つを口にしていく度に、それは本当に「好き」という感情なのか疑問が生じた。

 俺が感じているのは「好ましい」という感情であって、「好き」という感情とは違うのではないのかとふと思ったのだ。そして加納さんの「好ましい」ところを花村さんに聞かせることに、どういうわけだか罪悪感が募った。花村さんが俺の言葉を黙って聞いてくれるばかりか、時折「そうだね」「わかる」と肯定してくれることがまた何だかやるせなかった。


「じゃあ、今日一緒に水族館に行くのも、本当はわたしじゃなくて加納さんが良かったんじゃない?」

「……え?」


 ひと通り俺の話を聞いた花村さんに静かにそう問われた時は、正直意味がわからなかった。


「相手がわたしじゃなくて加納さんだったら……って、思わなかった?」

「まさか。そんな失礼なこと思わないよ。今日だって楽しかったし、誘ってくれたのが花村さんで良かったよ。ちょっと強引だったけど」

「……そう、なんだ」


 花村さんは戸惑ったように眉尻を下げて、ケーキの最後のひと欠片を口に運んだ。しばらく考え込むように咀嚼して、アイスティーをひと口飲んで、そしてストローで氷を突っつくようにしてグラスを弄んだ後、意を決したように顔を上げた。


「あのね、こんなことを言うのは失礼だと思うんだけど……。それって、小山くんの周りで一番好感が持てる女の子が加納さんだったってだけじゃないかな?」

「……」

「恋愛感情の「好き」と人としての「好き」は、別物だと思うよ」


 そうかもしれない。それが、俺が彼女の言葉を聞いて真っ先に思ったことだった。花村さんに図星を突かれた俺は、だけどこの時素直に「そうかもしれない」と頷くことができなかった。自分の気持ちのはずなのに自分が一番理解できていなかったと気づかされたのが、そしてそれを花村さんに見破られたというのが、どうしようもなく恥ずかしかったのだ。


「次は、夕映(ゆうばえ)、夕映です」


 車内に駅アナウンスが流れた。降車駅だ。スマホの液晶を眺めていた花村さんが顔を上げる。


「花村さん、ここから徒歩だよね。北口? 南口?」


 どちらからともなく立ち上がった俺たちは、降り口側のドアの前に立った。自宅の方向を聞くと、簡潔に答えが返ってくる。


「北口」

「じゃあ一緒だ」


 電車がゆっくりと停まり、ドアが開く。車内の冷気を吹き飛ばすようにむわっとした空気が肌にまとわりつく。暑い。今はホームの屋根に遮られているが、きっと陽射しもかなりの強さで照りつけているのだろう。

 そういえば予報では、今日の最高気温は三十六度に昇るらしい。自宅までたかが十分ちょっととはいえ、いつもだったらうんざりとする道のりだ。それが僅かでも明るい気分になったのはまだもう少し花村さんといられるから。さっきまで花村さんの言葉で沈んでいたのに、我ながら現金なやつだ。

 二人で改札を出て北口に向かう。


「俺は西方面だけど、花村さんどっち?」

「わたしも今日は西」

「今日は?」

「スーパーに行かなきゃいけないから」

「ああ」


 駅の北口を出て西に向かうと、確かに大きなスーパーがある。俺も親父と一緒によく買い出しに行く店だ。花村さんも利用しているということは、思っていた以上に近所に住んでいるらしい。もしかしたら知らないうちにすれ違っていたりしたのかもしれない。


「お使いでも頼まれた?」

「ううん、自分の夕飯の買い物。今日はうちの親二人とも仕事で帰ってくるの遅くなるから、外食で済ますって。さっき連絡があった」

「……そっか」


 どうやら花村さんの両親は共働きらしい。

 ひとりで自分の分の夕飯を作ってもくもくと食事をする花村さんを想像して、何とも侘びしい気分になった。親父の仕事柄、俺もひとりで夕飯を食べることは多いので他人のことは言えない。しかし最近ではすっかり慣れたものの、やっぱり食事は誰かと一緒の方が楽しいものだと思う。少なくとも俺は。


(そういや確か、今日は店、定休日だったな)


 親父は駅の南口で小さなバーを経営している。週末は書き入れ時だが、週の頭となる今日は定休日だ。つまり家に親父がいる。俺は料理がからきしだめだが、店を経営しているだけあって親父の料理は絶品だ。時々やかましく自画自賛するのが玉に疵だけど。


「良かったら、うちで夕飯食べてけば?」


 気づけば俺は花村さんにそんな提案をしていた。


「は?」


 花村さんは驚いたように足を止め、まじまじと俺を見上げた。

 まあ、普通はそういう反応だよな。俺と花村さんはつき合っているわけでもなければ友達と言うのもおこがましい関係だ。少なくとも終業式まではただのクラスメイトでしかなかった。お互いの家を行き来するような気軽な仲じゃない。

 だけどそんなことを言い出したら、そもそも今日だって二人きりで水族館に行くような仲でも、食事をしながら恋愛の話をする仲でもなかったわけで、だったら花村さんがこれからうちに遊びに来ることは何もおかしな流れではないと思う。


「この後他に何か予定ある?」

「な、ないけど……」

「じゃあうちに遊びにおいでよ。今日親父いるし、夕飯は期待できると思う」

「でも、急にお邪魔したら迷惑でしょ? それにお父さんのお休みの邪魔したら悪いよ」

「あー、大丈夫大丈夫。あの人もてなすの好きだから」


 とはいえ、さすがに何の断りもなく急に友達を連れてきたら怒るかもしれない。いや、かもしれないじゃなくて絶対に怒る。でもひと言断りを入れておけば絶対にダメとは言わないだろう。

 まだ何か言いたそうな顔をしている花村さんに気づかないふりをして、俺は親父に電話をかけた。


   ◆ ◇ ◆


「ただいまー!」


 玄関から、奥に聞こえるように少し声を張り上げて帰宅を知らせ、後ろで所在なさげに佇んでいる花村さんを促す。


「お、お邪魔します……」


 花村さんは小さな声でそう言うともじもじと家の中に入ってきた。今朝の無表情とつっけんどんさはどこへ行ってしまったのかというほど、戸惑いを隠しきれない顔でそわそわとしている。それも致し方ないだろう。多少強引に連れてきてしまったという自覚は自分でもある。


「おかえりなさーいっ!」


 やたらきゃぴきゃぴとした底抜けに明るい声と共に、スリッパのパタパタという音が忙しなくこちらへ近づいて来る。靴を脱いで花村さんのために客用スリッパを出している間に、ひょろりとした長身がぬっと現れた。


「あーら、かわいい! いらっしゃい、待ってたのよー」


 声は大して低くない。が、やはりどう聞いても男の声なので、他の人からすればこの口調は違和感があるらしい。俺は物心つく前から聞いているので今更何とも思わないけど。

 花村さんはぽかんとした顔をしている。これまでの経験から俺も「まあそうだろうな」と思う。花村さんの反応は、ある意味全く予想通りだった。なぜなら俺たちを出迎えた親父は、あまり……というか、どう見ても男らしくない格好をしているからだ。

ブルーのカットソーは肩まで出ている襟ぐりの広い女性物だし、七分丈の白いスキニーもおそらくそうだろうと思われる。「アタシってば細身だから女性物でもサイズが合うのよねぇ」と、本人がよく自慢しているからだ。エプロンは黒の無地だが、前でリボンを結ぶタイプなので、それだけ見ればやはり女性らしい。明るく染めた金髪は背中まで長さがあるし、肌は日焼けしている俺とは正反対で日本人とは思えないほど白い。日頃からスキンケアだなんだと口うるさいだけある。おまけに目はカラコンを入れているのでその日の気分によって色が変わる。今日は青だ。化粧の時に相談された。

 男がメイクといえばビジュアル系の外見を想像する人が多いだろうが、この人の場合はナチュラルに女性の中に溶け込んでしまいそうな仕上がりになる。もともと化粧映えのする顔なのか、それとも本人の努力の賜物なのかは知らない。

 この見た目なので、この前スーパーですれ違ったお爺さんに外国人女性と間違われていたのはもうしょうがない。因みに一緒に並んで歩いていても、近所の知り合い以外から父子と見られたことは一切ない。当然と言えば当然なのだが。


「あー……花村さん、これ、うちの親父」


 瞬きすら忘れて驚愕に目を見開いている花村さんに、俺は雑な紹介をした。親父が年甲斐もなくぷくっと頬を膨らませる。


「ちょっとタカシちゃん! そんなかわいくない呼び方は止めなさいっていつも言ってるでしょー。アタシのことはパパって呼びなさいっ」


 四十路手前のおっさんが息子の同級生の女の子の前で何か恥ずかしい主張をしているが、俺はあえて無視することにした。


「親父、こちらクラスメイトの花村さん」

「……あ! は、花村夏歩です」


 これまで固まっていた花村さんが、急に電源を入れられた人形のように慌ててぺこりと頭を下げた。親父みたいなタイプとはこれまで縁がなさそうだし、テレビ以外で初めて見る人種に緊張しているのかもしれない。不謹慎だがかわいい。この際花村さんに俺の親父がどう受け止められるかという心配はとりあえず脇に置いておく。


「カホちゃん! ヤダー、かわいい子って名前までかわいいのねー。初めまして、この子がいつもお世話になってます。父の勇実です。アタシのことは気軽にイサミちゃんって呼んでちょーだい」


 親父がやたらニヤニヤくねくねしながら自己紹介する。わざとやってるんだろう。バーテンダーしてる時はめちゃくちゃカッコイイはずなのにこのギャップは何なんだろうな、ホント。

 因みに縁を切った大半のヤツがこの時点で「生理的に受け付けない」そうで、逃げるように帰って行く。そして縁の切れなかった希少な友人たちの間では俺の部屋に入るなり「その辺の女より美人だった。あれならいける、いや寧ろ迫られたい」などと下世話な話題になり、それはそれで複雑な心境にさせられる。立川なんかはその筆頭で、一度遊びに来て以来どこまで本気なのか、親父のファンを公言して回っているほどだ。


「さぁさっ、そんなとこで突っ立ってないで上がって上がって! あっ、夕飯は期待しててね、腕をふるっちゃうわよー。と言っても大したものはできないけど。いやーん、それにしてもタカシちゃんがカノジョ連れてくるなんて感激だわー。この子ったらこの年になるまで好きな子の話ひとつもしないんだもの。それが今日急にデートとか言い出しちゃったから、アタシってばもう朝からそわそわしちゃって。知らないうちにこーんなかわいい子カノジョにしちゃうんだからタカシちゃんもスミに置けないわよねー」


 親父は鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌ですたすたと奥へと引っ込んでいく。多分俺たちに話しかけているんだろうけど二人とも何て返せばいいかわからない結果、盛大な独り言みたいなことになっている。ツッコミどころだらけで、最早どこからツッコんでいいのかもわからない状態だ。そしてちょっと気まずい。

 俺は恐る恐る花村さんの方を見た。花村さんは俯いていて、どんな表情をしているかこちらからではわからない。だけど髪の合間から覗く耳が真っ赤に染まっている。いたたまれない。


「何か……ごめん、色々と。朝からあの調子で浮かれまくってるから、強く否定できなくてさ……」

「う、うん……。仕方ないよ、わたしも否定できなかったし……」


 花村さんはそろそろと顔を上げると、困ったようにはにかんだ笑みを浮かべた。俺は何だか急に花村さんを抱きしめたくなった。いや、しないけど。


   ◆ ◇ ◆

「キャーッ、かーわーいーい!! ありがとね、タカシちゃん!」


 水族館で買ったお土産を渡すと親父は大喜びだった。いつも食べているメーカーのはずのお菓子だが、やはり水族館限定パッケージがお気に召したらしい。後でムダに写真を撮りまくるのかもしれない。


「職場の子たちにもお裾分けしなきゃ!」


 見るからに満面の笑顔でそう言われ、俺は戦慄した。まさかとは思うが、これは親父が職場の人たちに「息子がカノジョとデートに行ってきてねー」と自慢して回る流れなのでは。

 どういうわけか親父は、俺が小さい頃からやたらめったら知り合いに俺を自慢して回っているのだ。お陰で我が家(というか親父)とつき合いのある人の中で親父の親バカぶりは有名なのだった。

 身内から他人に「この子はとってもいい子で云々」とやられるほど恥ずかしいことはない。思わず「余計なことは言うなよ」と釘を刺して急いで花村さんを連れて自室へ引っ込むことにした。


「後でお菓子とジュース持ってくわねー」

「よろしく」


 適当にひらひらと手を振って二階へ向かう。我が家は築三十二年のこぢんまりとした一戸建てだ。親父が定期的にシロアリ予防や簡単な修繕を依頼しているので割と小ぎれいに住んでいると思う。父子二人で暮らすにはいささか広すぎるが、親父が死んだ祖父ちゃんから引き継いだ物件らしく、思い入れもありローンも完済済みなので、何だかんだと引き払わずに今も住み続けている。

 俺にあてがわれているのは二階にある三部屋の中でも一番広い八畳間で、昔は親父が使っていたのだそうだ。当時は和室だったらしいが、俺が産まれる前に改装したそうで、今やその頃の面影は一切ない。

 ドアを開けると部屋はほど良く涼しくなっていた。親父が気を利かせてエアコンの電源を入れておいてくれたらしい。


「荷物、その辺に置いて」


 友達が遊びに来た時に使っている折り畳み式のローテーブルを出しながら、部屋の入り口に佇んで中を見渡している花村さんに声を掛けた。

 パイプベッドに学習机、漫画とゲームソフトと申し訳程度の参考書が並んでいるだけの本棚、押入を改装したクローゼットと、ベッドの足下に置かれた小型のテレビ。何の変哲もない普通の部屋だと思うが、こうしてまじまじと観察されると気恥ずかしい。

 クローゼットの端から来客用に置いてある座布団を出して、ローテーブルの周りに配置し「座ったら」と言うと、花村さんは我に返ったように「あっ」と小さく声を上げた。


「ご、ごめんなさい……! 家族以外の男の人の部屋って、入るの初めてだったから……」


 そういえば俺も女の子を部屋に呼んだのは初めてだわ。


(うっっっわ!!)


 気づいた瞬間、ローテーブルに突っ伏したくなったのを辛うじて耐えた俺を、誰か褒めてほしい。全っ然! 全っ然何にもそんなこと考えてなかった‼ え? 待って、俺何やってんの? ひとりで夕飯を食べると聞いて、つい考えもなしに家に呼んでしまったけど、自室に女の子と二人きりとか、これってかなり気まずくない?

 そもそも呼んで何するの? えぇ? ゲーム? 花村さんってゲームとかやるのかな? 俺どうすればいいの?

 入り口からそろそろと俺の向かいに座る花村さんを見ながら必死に冷静を装う。あ、そういや部屋のドア開けっぱだわ。いやでも今日は開けっぱにしておこう。密室は何だかマズい気がする!

 そわそわと落ち着かない気持ちを宥めているうちに、パタパタという足音が近づいてくる。


「あらっ、ちゃんとドア開けてるのね。えらいわー。やっぱり節度は大事よねー」


 お盆を持った親父がひょっこりと顔を出してのたまった。おい、やめろ。この状況で節度とか言うな。しかし睨みつけても親父はどこ吹く風でにこにこしながら膝をつくと、俺たちの前にグラスとクッキーの乗った皿を置く。

 グラスの中身は色からして原液を割るタイプの乳酸菌飲料だろう。クッキーは海洋生物の形をしているので俺がさっき渡した土産に違いない。


「あっ、そうそう! カホちゃん何か食べられないものとかある? 献立の参考にするわ」

「ええと……鶏肉は、あんまり……」


 親父の質問に花村さんがおずおずと答えた。花村さんの回答に「あら」と親父が目を丸くする。そう言えば水族館でも言ってたなそんなこと。


「トリ苦手なの? 皮の感触がイヤなのかしら。それとも臭い? あ、もしかしてアレルギーとか?」

「いえ、その……そういうわけではなく……。小さい頃、家族で香港に行った時に鳩の唐揚げが出たんですけど、それが鳥の姿そのままだったので……それが何だか気持ち悪くて……」

「まあ! 食わず嫌い?」


 キラン、と親父の目が輝いた気がした。俺は嫌な予感を覚えて思わず口を挟む。


「おい、余計なことするなよ」

「あらぁ? ふふふ、何のことかしらぁ」

 親父はにやにやしながらとぼけているが、この顔は絶対に企んでいる顔だ。後で絶対にやらかす。冗談じゃない。


「いいから! いつもの調子でいらないお節介は焼くなよ!!」

「あら、何よいらないお節介って! この世の優しさの大半はお節介でできてるの!  お節介の何が悪いの!」

「親父のは度を超してるんだよ! いいから早く戻れよ」

「ハイハイ、わかりました。あっ、カホちゃん、トマトは食べられる?」

「え、あっ、はい! トマトは好きです」


 俺と親父のやり取りを途方に暮れたように見ていた花村さんは、急に会話を振られて慌てたように頷いた。

「良かったー!」と、親父は満面の笑みを浮かべる。


「昨日、お客さんからたくさんトマトをお裾分け頂いてねぇ。二人じゃ消費しきれなくてちょっと困ってたのよ。今夜はトマト尽くしよ! じゃ、ごゆっくり」


 親父はからからと笑いながら去って行った。本当に大丈夫なんだろうな。面倒見がいいのはありがたいが、あの人のお節介はとにかく筋金入りだ。どうにもイマイチ信用がならない。失敗知らずなのがまた質が悪い。


「仲、いいんだね」


 不安が拭いきれず親父が消えていった廊下を眺めていると、花村さんがぽつんとそう言った。


「ん、まあ……悪くはないかな」


 何せ長い間ずっと二人きりで生きてきたのだ。俺が物心つく前から親父はあんな調子だったが、母さんが死んでからはますます母親の役目を背負おうとするようになった気がする。

 母さん曰く、親父も昔はもっと尖っていて目つきが悪かったそうだが(そして昔の写真を見た限りでは実際そうだったのだが)、正直別の意味で今が尖り過ぎていてかつての姿が想像できない。


「さて、どうしようか。この部屋、漫画とゲームくらいしかないんだけど。花村さん何か気になるのある?」


 気を取り直して、俺は部屋の角にある本棚を指さした。親父の乱入でさっきまでの緊張やら気恥ずかしさやらはいつの間にか消えている。ここは悔しがるべきなのか、それとも素直にありがたがるべきなのか。


「それか何か希望ある?」

「希望……ええと……あっ!」


 花村さんは何かを思いついたようにぱっと顔を輝かせた。そしていそいそとバッグの中から取り出されたものを見て俺はぽかんと口を開けた。


「夏休みの課題、とか……」


 ローテーブルの上にそっと置かれたのは数学の問題集だった。ご丁寧に筆箱も持ち歩いているらしい。正直デートで持ってくるものじゃない。


「……何で持ってるの?」

「その……時間が余ったら図書館で勉強して帰ろうと思って……」


 いやいや、花村さん真面目すぎるでしょ。くっそ、でもはにかみながら問題集で顔を隠す姿すっごいかわいいな。ああー、道理でちょっと大きめだと思ったんだよ、そのバッグ!

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