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第34話 夜見坂 凪は真実を語る

 1年1組、()()35()()


 そのうちのふたりは前日までに死んでいるため、学校に居たのは33人。


 それが、たった数時間で崩壊してしまった。


 死者18人。


 後遺症が残るほどの重症者9人。


 命に別条がないが回復に時間のかかる重症者2人。


 かすり傷程度の軽傷者3人。


 無傷、1人。


 もちろんこれは外傷だけ。


 心の傷を含めたら、本当の意味で深い傷を負わなかった人は夜見坂くんくらいのものだろう。


 誰もがぐちゃぐちゃに壊され、殺されてしまった。


 たったの、一日で。


 夜見坂(よみさか) (なぎ)


 言葉巧みに人を操り、他人に人殺しをさせる殺人鬼。


 私はもう、彼とは二度と関わり合いになりたくはなかった。


 しかしその願いは――叶わない。






菊理(くくり)、ごめんね。お母さん今日は仕事行かなきゃならないの」


 自宅アパートの玄関先で、お母さんが靴を履きながら私に頭を下げる。


 なにも謝ることは無いのに。


 だってお母さんが働くのは私のためだから。


「ううん。大丈夫だよ」


 事件から1週間もの時間が流れれば、これ以上会社も休暇を許してはくれないだろう。


 お母さんが私を残して会社に行くのは仕方のない事だった。


「なにかあったらあの刑事さんに電話するのよ」


「うん、分かってる」


 私はそっと首元に手を伸ばす。


 まだ傷口が完全には塞がっていないため、包帯でぐるぐる巻きになっていたが、命に別状はない。


 あの時、暮井刑事が適切に処置してくれたお陰で私は死なずに済んだのだ。


 感謝に思う……べきなのだろう。


「それから、今度からはなにかあったらお母さんにもきちんと言ってね」


「……分かってる。ごめんなさい」


「菊理が謝ることじゃないから、ね?」


 私はいじめられていたことをずっとお母さんに黙っていたのだけれど、警察経由でとうとう知られてしまったのだ。


 でも、そのことでお母さんは私を責めることはしなかった。


 静かに私を抱きしめてから、辛かったねとだけ言ってくれた。


「うん」


 私が素直にうなずくと、お母さんは納得したのか仕事へと出かけたのだった。


「…………」


 からっぽの玄関を前に、残された私はたったひとりで呆然と立ち尽くす。


 事件が終わってから今日まで、治療や事情聴取にお母さんの面会と、私のそばには必ず誰かが居てくれた。


 例え犯人扱いされたとしても、学校で毎日感じていた刺すような悪意よりはよほどマシだった。


 だから、久しぶりにひとりになって少し寂しかったというのはある。


 耐えられないほどではないけれど。


「勉強、しなきゃ……」


 事件が起きていたあの時とは違う。


 私は私の日常を取り戻すために、あえて普通で在ろうと――。


 ピンポンと、玄関に取り付けられたチャイムが私の思考を遮った。


「――――」


 嫌な、予感がする。


 なにか言い知れない、汚泥のように粘ついた気配が扉の向こう側から感じられた。


「おっはよ~。お見舞いにきたよ~」


「――っ!」


 こんなにも軽薄で薄っぺらく、中身のない言い方をするのはひとりしか居ない。


「君のお母さんが出ていくのを待ってたんだけどさ。なんだか浮気してる間男みたいだよね」


「夜見坂、くん……」


「あれ、僕そんな名前だったっけ? まあとにかく今すぐにでも入れてくれると嬉しいな」


 私はもう、夜見坂くんとは関わり合いになりたくなどない。


 しかしここで断ることは不可能だろう。


 後で何をされるか知れたものではないからだ。


「……分かった」


 私はため息交じりに返事をすると、しぶしぶ玄関の鍵を開けたのだった。


「やあ、その首に巻いた包帯かっこいいね。中二病みたいだよ」


 開()一番そんな戯言を振りまきながら、ずかずかと玄関に踏み入ってくる。


 夜見坂くんは学校も無いのに学生服に身を包み、相変わらず印象の薄い顔に作り笑いを張り付けていた。


「夜見坂くんは、どこも怪我してないんだね」


「まあね、慣れてるからさ」


 夜見坂くんは事件当時、いつの間にか姿を消していた。


 彼の性格ならば最前列で人形劇を(たの)しむものだとばかり思っていたのだが違ったらしい。


「次のためにも、一番大事にすべきは我が身なんだよ」


 実に夜見坂くんらしい理由だが、納得するよりも先に背筋が寒くなってしまう。


 夜見坂くんは今確かに次という単語を口にした。


 きっと彼はまだ殺し足りないのだ。


「もしかして、ここに来た理由って……」


「うん? ああ、察しがいい()は大好きだよ」


 夜見坂くんは軽く首を傾げ、粘着質な笑みを浮かべる。


 正直、この予想は外れていて欲しかったのだけれど、大正解だったみたいだった。


「まだ15人生きてるからね~。きちんとトドメを刺してあげないとかわいそうでしょ?」


「トドメって……」


 なんとか生きているだけで、ほとんど死んでいるも同じひとだっている。


 そんな人はもう放っておいてあげてもいいだろうに、夜見坂くんは違うらしい。


「失明したり呼吸器が手放せなくなったりとか、きっとこれからの人生つらいよね。死んだ方がマシだと思わない?」


 確かに夜見坂くんの言う通りかもしれない。


 でもそれはその人が決めることだ。


 私や夜見坂くんが決めることじゃない。


 他人が他人の行く末を決めちゃいけないんだ。


 私はそれを、間違えてしまった。


 だから私は海星さんを失ってしまったのだ。


「……夜見坂くん」


「なにかな?」


 私は一度、深く呼吸をする。


 弱気な自分を心の底に押し込めて決意を固めると、


「もう、やめようよ」


 そう、告げた。


「やっぱりいけないことなんだよ、人を傷つけたり殺したりするのは」


 夜見坂くんに逆らうのはとても勇気のいることだったが、なんとか最後まで言い切った。


 しかし、夜見坂くんは意味が分からないとばかりにきょとんと眼を丸くしている。


「いけないことなのは知ってるよ。()()()()()()()()()()()?」


「な……んで?」


 やはり夜見坂くんと私とじゃ、根本的な考え方が違うのだろうか。


 私はこれ以上誰かを傷つけたくない。


 私は間違っていたんだ。


 だって、海星さんが死んでしまったことが悲しいのは、私が海星さんのことを知っていて、大事だと思ったから。


 でも、本来殺すはずだったあの名前も知らない巨躯の警察官も、誰かから大事だと思われていたはずなのだ。


 そのことを、私は忘れてしまっていた。


 誰が死んだとしても、その死を望み、協力した私は罪深い。


「みんなやってることでしょ」


 断言。


 確かにそうだ。


 みんな、言葉にすればいけない事だと分かる。


 でも、する。


 やってしまう。


 傷つけてしまう。


 だから、夜見坂くんは殺す。


 いや、殺した、だ。


 賛同は出来ないけれど、理解は出来る。


 だって私もその『みんな』のひとりだから。


「夜見坂くんはやっぱり――」


「それに君は違うよ」


 夜見坂くんには珍しく、強い意思が籠った言葉で否定する。


「君は殺されてたじゃないか」


「……え?」


「君はあのクラスメイト達から殺され続けて来たじゃないか。自分で自分の心を殺し続けて来たじゃないか」


 私がいじめられていても、誰も助けてはくれなかった。


 それどころか進んでいじめに参加する人までいた。


 私はそれが苦しくて痛くて……。


「そんなことを強要してきた奴らは許されるのかい? 君が可哀そうだと思ったから」


 だから何も感じなくて済むように、私は私に嘘をついてきた。


 心を騙して、殺してきた。


 毎日、毎日。


()()()()()()()()()()()


 あ――。


「君は可哀そうとすら思われなかったんだよ。許される以前の問題だったんだよ。そんな扱いを強いて来た悪を、人でなしどもを、許していいのかい? 許されていいのかい?」


 だからなんだ。


「彼らは許されるべきじゃない。きちんと罰せられるべきだよ。当然の報いなんだよ」


「報い……」


 しかし現実には決して罰されない。


 子どもだから。


 未来があるから。


 あの甘い甘い蕩ける様に甘い学校というお菓子の世界では、綺麗事の方が大事であり、すべての罪が許されてしまう。


 だから、罰した。


「それにさ、きっと彼らはまた同じことをやるよ。別の場所、別の時間、別の相手に、同じ痛みをおしつけるよ」


 嘘をついた人が得をする。


 相手を傷つけた分だけ自分は傷つかない。


 相手から奪えばそれだけ利益は自分の物になる。


「嘘をついてはいけません、だなんて騙しやすい人間を作るための方便だ。誰かを傷つけちゃいけませんなんてのも、サンドバッグが欲しいだけなんだ。君たちは嘘の中で生きている。家畜として飼われているんだよ」


 つまり、やってしまった者の勝ち。


 やり得なのだ。


 誰も助けたりしない。


 与えてなどくれない。


 奪うだけ。


 こんな痛みが、現実が、そこかしこに溢れている。


 こんな地獄が、これからもずっと続く。


 それこそが世界の真実。


 なんて……下劣で、卑劣で、悪辣で、醜悪で、歪で禍々しいのだろう。


 だから裁いた。


「だから君は続けなきゃいけない。君を守れるのは君だけだ。ほかの誰も守ってはくれない。食い合って、傷つけあって、殺し合って、それでも自分を守らなきゃいけないんだよ」


 夜見坂くんの言葉が私の心を貫いていく。


 誰も助けてくれないなんていう世界の(ほんとう)は、見せないで欲しかった。


 苦くて辛い事実なんて欲しくない。


 痛いよ。


 痛くて痛くてたまらないよ。


「さあ――」


 夜見坂くんがポケットから古ぼけたスマートフォンを取り出して私の目の前に突きつける。


「――殺そう。クラスメイトを殺そう。先生を殺そう」


 私は……。


「今までの世界を、壊そう」


 私は…………。


「嫌だよ、もう……!」


 夜見坂くん(げんじつ)を、拒絶した。

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[一言] さて夜見坂はこの後どうでるのか?
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