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愛ゆえに狂う  作者: ルノア
第一章 『Story Begins-物語の始まり-』
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1-18.『規格外の男たち』

「バッシュさん……!」


 ナンバーズの四番が来てくれた。それはレニが考えうる中でも、最高の援軍であった。


「君が熱く燃やすもの、聞かせてもらった!」胸をひとつ叩くバッシュ。「久しぶりに心躍ったよ」


 壁の中に足を踏み入れた大男は、その惨状と圧倒的な敵の数を前にしてもなお、ナンバーズの風格漂う笑みを絶やさなかった。


「レニ君、見つけましたよ」


 ちらりと壁の外に目配せして、言う。群がるマジロ型など、どこ吹く風だ。


 返事は、数発分の銃声。レニにとっては聴き慣れた、心地の良い音色だった。


「外は取り込み中だそうだ。ひとまず、こちらを片付けるとしようか」


 外で忙しなく鳴り続ける発砲音と薬莢の転がる音を背に、バッシュは敵に臆することなく戦いへの一歩を踏み出した。


 彼の何が人を惹きつけるのか。英雄然とした堂々たる言動は人々を勇気付け、鋼鉄のように輝く肉体美はあらゆる敵をも跳ね返す。これまで救った人間は数知れず。聞けば嘘のような逸話は、語り尽くせないほどに多い。


 分け隔てなく万人に優しさを振りまく彼を、逆に誰が嫌悪しようか。


 そんな偉丈夫の出立ちが、マジロ型を本能的に後退りさせた。


 バッシュは右手に持った武器に火薬の塊を詰め込む。銃器に使用するような普通のサイズのものではない。大砲の弾かと見紛うほどの巨大な特注品である。


 それほどの火薬を要する武器だ。当然、人の手に収まる代物ではない。


 それは、人の上半身ほどはある鉄の杭打ち機。それを戦闘用に改造したバッシュのオリジナル武器、”パイルバンカー”である。マジロ型が大量に蠢く分厚い壁を一瞬で粉々にするその威力はもちろんのこと。何よりも凄いのは、人が扱うことを前提とされていない、この超重量武器を片手で軽々と振り回すことのできるバッシュの肉体にある。


「危ないから、少しの間伏せていると良い」


 にこりと微笑み、穢れの無い白い歯を見せるのがナンバーフォースマイルだ。


 マジロ型達の注目はいまや完全にバッシュを向いている。他の者へ向けられるはずの敵意を、彼が一手に引き受けているのだ。


 レニとハロルド、そしてふたりの若い兵士は言われるがままに地に伏せた。


 安全を確認したバッシュは「うむ!」とひとり頷くと、パイルバンカーの杭先を敵に向ける。


 示し合わせたかのように、マジロ型数匹が同時に体当たりをしかけた。その突撃がバッシュに重なろうとしたその時である。


 パイルバンカーの後部が火を吹き、煙を吐いた。


 耳をつんざくような爆音とともに打ち出される巨大な鋼の杭。驚異的な硬さを誇るはずのマジロ型を、いとも容易く四匹まとめて貫いた。それでもなおその威力は衰えることを知らず、後方で控えていた二匹をも貫いてようやく地面に落ち着く。


 その威力は敵味方を黙らせた。舞い散る砂が降り注ぐ、わずかな音でさえよく聞こえるほど、壁の中は静まり返ったのだ。


 見た者の度肝を抜く、凄まじい破壊兵器である。強いて唯一の弱点を言うならば、この兵器がバッシュ以外に扱うことの出来ない物で、単発であるが故に再装填に時間がかかる点だろうか。


 それを知ってか知らずか、残ったマジロ型はこれを機にと再び襲いかかる。


 しかし、それは全くの計算違い。パイルバンカー自体は、バッシュをナンバーズの四番手たらしめる主たる要因ではない。それを扱うことのできる、本人にあるのだから。


 鍛えに鍛え抜かれた無敗の筋肉は、喰人蟲の体当たりを軽く受け止め、マジロ型の脚や外殻でさえも殴り壊してしまうほどの人間離れした腕力を持つ。


 もはや人類としては規格外の強さだ。


 杭の無くなった鋼鉄のパイルバンカーは殴打武器と化してマジロ型を叩き伏せ、バッシュの肉体は敵を殴り飛ばし、へし折り、果ては素手でその殻を剥ぎ取りもした。


「うむ。どんどんかかってきなさい!」


 そしてバッシュの果てしない持久力による、この余裕の表情である。ものの数分で敵の半数以上を壊滅させてなお、息切れひとつしていない。この短時間の間に、一体何匹の蟲を駆除したというのだろうか。


「これで最後だな」


 バッシュが最後の一匹を屠るまでに、そう時間はかからなかった。


 いまのいままで死に物狂いで戦っていたのは一体何だったのか。そう思えてしまうほど、バッシュとレニとの間には歴然とした力の差があった。これがナンバーズそのひとりの実力なのだろう。


「レニ!」転がり込むように、ひとりの男。「無事か」


 見慣れ過ぎて辟易していたはずの男の衣装が、どこかとても懐かしく思えてしまい、自然と目が潤む。


「ブリンク……来てくれたの」


「当たり前だろう。大丈夫か? 酷い怪我はないか? 動けるか?」


 酷く焦った表情で、ブリンクはレニの身体に異常がないか、いたるところを調べた。


「大丈夫、なんとか」


 ブリンクのこんな顔を見るのはいつぶりだろうか。


「本当だな? 手も足も、指は五本ずつあるな?」


 何度もしつこく確認してくる、この居ても立っても居られないような様子。冗談のようにも聞こえるが、本人は(いた)く本気のようだった。


 レニが幼い頃、連日のように執拗ないじめを受けていた時期があった。エスカレートしたいじめが暴力に至った時、このカウボーイは鬼のような形相で渦中に飛び込んでくると、いじめっ子達をひと睨みで退散させ、傷つきながら泣きもしない我が子を強く抱きしめた。


 あの時と、全く同じ顔だ。


 普段はそんな態度など微塵も見せはしないのに、こうした時ばかりは親の顔が現れる。


「本当だよ、ちゃんと生きてる」


 レニは石の大剣を支えに、ゆっくりと立ち上がった。痛みと疲労で体は鉛のように重たいが、先のことを考えると、いまはまだ歩みを止めて良い時ではない。


「ブリンク、外は?」


 いまだ戦場のざわめきが絶えず流れている。戦いはまだ続いているのだろう。


「五分五分だ。帝国兵の損害はかなり大きいがな」ブリンクはそんなことよりも、レニのことが気になって仕方がないらしい。「それよりもだ。お前の手当てを……」


「待って。俺は本当に大丈夫だから。そんなことよりもジャックさんの作戦、やるんでしょ」


「そりゃそうだが……」言いかけて、口籠もるブリンク。「いや……。そう、だな」


 死線をひとつ越えて成長したレニの姿は、親として何か思うところを与えたのだろう。「言っても無駄だな」と性格を良く知るブリンクはひと呼吸置くと、肩を貸してくれた。


「ハンターの少年」


 レニの背中に声がかかった。


 ハロルドだ。


「この戦いが終わったら、またお会いしましょう」


 終始、抑揚の無い感情の欠けたような口調。顔は凍りついたように、表情が揺らぐことはない。この軍人の考えていることは、やはり良く分からない。


 しかし何故だか心に暖かい何かを感じたレニは、自然と手を挙げて応えていたのだった。


 壁の外に出ると、帝国兵のジャックと、道化師の仮面のナンバーセブン、クラウンが待っていた。


「無事だったか、レニ君!」


 銃剣銃を握りしめたままのジャックが憔悴しきった顔で振り返った。


 対象的に、クラウンは仮面の裏で無言を貫いている。


 しかしふたりとも、同じように血に(まみ)れていた。赤と黒に濡れ、もはや服が元は何色だったのかさえ分からない。


「なんとか……。俺なんかのために、すみません。外はそれどころじゃないのに」


 吐き気を催すような臭いで、レニは辺りの状況を察した。


 壁の中と同様に、盆地の戦況は混沌を極めている。度重なるマジロ型の地ならしに地形は原型をとどめておらず、いくつもの死骸の山が緩やかな傾斜を産んでいた。先ほどまでいた壁の中も、そんな山のうちのひとつだったようだ。


「何言ってるんだよ。君も俺を助けてくれただろう? そんな君を助けるのに理由はいらないさ」ジャックは格好よく言っておいて、続けて恥ずかしそうにぼそりと呟いた。「まあ、俺はナンバーズの御三方に付いてきてただけだけどね……」


「ありがとう、ございます」そんな言葉が、いまのレニには素直に暖かった。「ジャックさんも無事で、良かった」


「ハンターがいてくれたから、なんとか生きてる。そうじゃなかったら、今頃俺も含めて全滅してるよ」額に流れる汗なのか血なのかも分からないものを拭い捨てながら、ジャックは続ける。「それでも、うちの身勝手な上層部のおかげで多くの仲間が犠牲になってる」


「これ以上悪化することがあれば、取返しのつかないことになる」ブリンクが全員に目配せしながら、言う。「そうならないために、ジャックの提案してくれた作戦は成功させなければいけない。そして、戦場が拮抗しているいましか、そのチャンスはない」


 こうしている間も、戦況は一進一退だ。五分ならば、こちら側がいつ劣勢になるとも限らない。可能な限り迅速に作戦を遂行するために、まずは死地と化しつつあるこの盆地を抜け出さなければ。


 脱出口はもう目の前に見えているのだが、道を塞ぐかのようにマジロ型が待ち構えていて、その数は壁の中で見たものの比ではなかった。


 ここさえ突破できれば、作戦の目的地ブラッドハーバーまではすぐなのだが。


「クラウン。道を作って差し上げようか」


 壁の中から、バッシュが出てきた。


「……応」


 仮面の中で、クラウンが呟く。それから、羽根のようにふわりと軽く馬上から飛び降りると、桃色の花があしらわれている腰の鞘に手をかけた。


 無数に群れる喰人蟲に、不敵な笑みを浮かべた仮面を通してひとり対峙する。


 艶やかな刀の光が閃いたのは、文字通り瞬きひとつ分であった。


烏丸(からすま)流抜刀術、其の三……桜流(さくらなが)し……」


 次の瞬間にはクラウンの体はマジロ型達を飛び越えていた。まるで時間と時間との間が切り取られたのではないかと思えてしまうほどの神速である。抜刀し、納刀するまでの映像すら、レニの眼には掴めなかったほどだ。


 疾風(はやて)のような身のこなしに味方は見惚れ、その速さに理解の追いつかない敵は自分の死さえも実感出来なかったであろう。


 出口を塞いでいたマジロ型が次々と血を流し倒れていく。四肢が飛び、腹は切り裂かれ、身体は真っ二つに割れると、散らばった残骸は二度と動かなかった。


 雨のように降るどす黒い鮮血を浴びたナンバーセブンの仮面は、より一層の不気味さを増した。


「ここは私達にお任せを。ブリンクさんは計画通り、街をお願いしますよ。おそらく、ブラッドハーバーにも敵は流れているはずですから、お気をつけて」


 バッシュが親指を立てて、白く輝く歯を見せた。


「すまない。よろしく頼む」


 ナンバーツーであるブリンクが、彼らを信頼する理由はもはや明確だ。人間離れしたふたりの存在は、それだけで弱者に希望を与え、味方を鼓舞する。


 それでもだ。これだけ心強い味方がいると言うのに、あの人型に植え付けられた恐怖心は依然としてレニの不安に影を落としている。それほどまでに奴の放った邪気は禍々しく、凶暴で、そして人間に対する果てしない憎悪を孕んでいるように感じられた。


 混戦広がるこの戦場のどこかで、奴はいまだ息を潜めている。再び相まみえる時、レニには立ち向かうだけの勇気を持てそうにはなかった。


「レニ、乗れ」


 馬を失っていたレニは、ブリンクの手を取り、同じ馬に乗せてもらった。馬首をめぐらせると、ナンバーフォーとセブンが切り開いてくれた道を突き進んでいく。


「ジャック、目的の場所は分かってるんだな?」


 馬を全力で駆りながら、ブリンクは後方を走る帝国兵に投げかけた。


「ええ、港の軍用倉庫に数台格納されてるはずです!」


 なんとか追いつこうと、ジャックは強く馬を蹴る。


「了解。住人の中で死人が出てからじゃあ遅い。一秒も休む暇は無いぞ」


 ブリンクがレニに、そして自分自身にも言い聞かせるように言った。


「うん、やろう。街を、みんなを守るんだ」


 レニはあの時感じたミノリの手の温もりを思い出した。あの時交わした約束が、原動力となってその体を奮い立たせる。先刻の痛みなど、果たさなければいけない使命に比べれば小さなものだ。


「任せてください。こんな下らない地獄、さっさと終わらせてやります」作戦の成功を見据えたジャックの瞳は、燃えるような鋭さを帯びていた。「タイタンを使ってね」

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― 新着の感想 ―
[一言] ナンバー持ちはみんなカッコいいなぁ!! 戦況を決めるはずの作戦。上手くいきますように!
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