1-9.『旧友』
エリィとの合流後、レニとブリンクは集合場所として指定された、ハンターズ本部の一室を目指す。なかでも奥の幹部エリアはレニにとっては未開の土地だったこともあり、数ある扉の先にどんな人物が居て、どんな光景が広がっているのか、膨らむ好奇心が心を弾ませる。
「ブリンク、レニ」
目的の部屋の前に到着した一行の前に、ひとりの男が姿を見せた。肌は健康的な褐色に染まり、細身ながらも筋骨逞しく、植物の蔕でも被ったかのようなボサボサの髪型が特徴的な、見た目野性的な男だ。人懐っこさを映す大きな瞳は、その男の寛厚さを物語っている。傍らに白い巨体の獣を従えた、レニとブリンクが良く知る人物だった。
「トバイアス! 久しぶりだな」
積もりに積もった眠気が一瞬で吹き飛んだかのような勢いで、ブリンクの瞳に生気が宿った。
それもそのはず。レニは知っていた。ふたりが互いを心友と呼び合うほど、固い友情で結ばれていることを。
まだレニがブリンクに救われる前のこと。ある日を境に生きる気力を失い、自暴自棄であったブリンクを慰め、立ち直らせたのがこの男、トバイアスだったらしい。ペアとして初めて任務についた時に気が合うと、それ以降良き理解者として信頼を寄せあってきたという。
ふたりは握手をして抱き合うと、肩をたたき合って久しぶりの再会を喜んだ。
「相変わらず臭うな、お前は」
ブリンクが笑う。
「そう言うな。任務でしばらく風呂に入れなかったんだ。お前こそ、まだそんな格好でうろついてるのか?」
冗談を飛ばしながら笑い合うふたり。
積もる話もあるだろうと思ったレニは、挨拶もそこそこにして、自分はそばにいた白い獣の懐へと飛び込んだ。
「アイシャ!」
地に伏せて耳をそば立てていたその獣は、レニの声を聴くや、さっと顔を上げ、丸々とした愛嬌のある瞳を煌めかせる。アイシャという名の虎はトバイアスの相棒であり、雪のように曇りのない毛色を持つ珍しい種の虎だ。
幼い頃から互いを知るレニとアイシャは、仲の良い兄妹のようにして育ってきた。昔はまだ子猫のように小さかったが、いまではレニよりも大きく成長し、メスさながらの力強い印象さえ醸し出している。
レニはナイフのような鋭い牙を持つ虎に、恐れることなく頬ずりした。少し硬さはあるが、それでいて滑るようにしなやかな毛並みの感触が今も昔も変わらず、たまらない。
彼女も大きくなった親友を認識したようで、猫がそうするように、ご満悦の表情で喉を鳴らし始める。
「アイシャもお前の顔を見られて、嬉しいそうだ」
アイシャの気持ちを代弁するトバイアスを、レニは羨望の眼差しで見つめた。
「いいな、トバイアスは。俺もアイシャと話がしてみたいよ」
「言葉だけがコミュニケーションの全てじゃないさ。彼女の仕草や表情を上手に読み取るんだ。親友のお前なら、なんとなく分かるんじゃないか?」
世界には理解しがたい不思議なことが多くあるもので、レニの大剣もそのひとつであるとは言われているが、なかなかどうしてトバイアスの能力もその奇抜さは負けていない。
トバイアスには、あらゆる動物との意思疎通が可能だった。これは幼い頃、動物に囲まれて生活をしていた時に育んだものだと言い、それを彼は自らの誇りとしている。“動物ほど純粋な生き物はほかにない”というのがトバイアスの座右の銘だ。動物達を愛し、敬う者だからこそできる妙技なのだろう。
「エリィ、ちょっと嫉妬しちゃうな」傍らでエリィが頬を膨らませた。「私なんか、いまだにレニさまに抱き締めてもらったこと、無いのに」
とは言いつつ、彼女もレニに並んでアイシャの毛並みに顔を埋めてみせたのだった。
温厚な白い虎は、そんな彼女も優しく受け止める。
子供たちのジャレ合いを暖かく見守っていたブリンクだったが、一変して難しい顔をトバイアスに向けた。
「で、俺達が呼ばれた案件ってのは?」
「なんだ、何も聞かされていないのか」
「特には」ブリンクは頭を振る。「ジムは死体いじりに夢中だったからな」
「あのじいさんらしいな」
トバイアスは苦笑をひとつ。そして一瞬口を噤んだ後に、二の句を継いだ。
「軍との共同作戦だよ」
その一言でブリンクはある程度のことを理解できたらしく、目を細めた。トバイアスの言葉をゆっくりと嚥下すると、おもむろに嘆息する。
「喰人虫に何かおかしな動きでもあったのか」
「多分な。詳しい話は俺もいまからだ」トバイアスの親指が、背後の扉を指す。「とりあえず、部屋に入らないか」
そして口笛でアイシャを呼び寄せると、従順な虎は迅速に主のもとへと駆け寄った。
「ああ、そうだ。レニ」扉の取手を掴んですぐ、トバイアスが止まる。「席が空いてるから、お前も参加すると良い」
「良いのか?」
そう返そうとしたレニに先んじて、ブリンクが驚きを伴って割り込んだ。
「ホワイトがそう言ったんだ。良いんじゃないのか。日頃のレニの働きを見てのことだろう」
外で待っている予定だったから、あまりに突然のことにレニは戸惑いを隠せなかった。憧れの先駆者達が集う神聖な場に足を踏み入れることができるとは、夢にも思わなかった。至極、光栄なことである一方で、極度の緊張が走る。
「……本当にいいのかな? なんだかドキドキしてくるよ」
「エリィにも、もっとドキドキしてくれて良いんですよ?」
高鳴る胸の鼓動を片手で押さえるレニの腕に、再びエリィが寄り添う。
「え? あ、うん……」
そういう意味では無いのだけど、との思いは吐き出さず、レニは考えてみた。
こうして四人と一匹が並ぶと、何とも異様な光景が出来上がる。カウボーイに、岩を担いだ青年、青年の腕から離れない美少女。そして虎とその主。ハンターは誰もが個性的だった。まるで大道芸人の集まりだ、とすれ違う人々は言うだろう。
それでもトップに君臨するハンター達の個々人の能力は紛れもないホンモノであり、その志はその強さに比例して揺るぎない。そんな中でまだ下位である自分が、彼らと同じ場所で、同じ時間を共有しようというのだ。そんな考えが、レニの喉を一瞬で乾かした。




