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第1話 vs 演技派のヒロイン令嬢 149回目の婚約破棄とここまでの経緯

「サナ嬢、君とは婚約破棄させてもらう!」

 ジャック様からの婚約破棄宣言です。私と婚約破棄した後は横にいるクリス嬢と婚約なさるそうですね。

「クリスへ嫌がらせをしていたと聞く。そんな女とは思わなかった!」

 横にいるクリス様は涙を浮かべて震えていらっしゃいます。

 ジャック様は私が行った罪を淡々と述べていき、クリス様は親の仇を見るかのような視線を送ってきます。私はすべての罪を認めます。ジャック様の婚約破棄を受け入れ、婚約破棄の申請用紙にサインを行います。


 こうして私は149回目の婚約破棄をしたのです。


****


「サナ、ありがとう。これでジャックが魔物討伐隊の任務に行ってもきっと大丈夫だわ」

 先ほどの、私を射殺すかのような視線は何だったのか、と思ってしまうほどに、ケロッとした表情で親しげに声をかけてきたのは、クリス様です。とんだ演技派女優ですわね。

「これ、今回の婚約破棄代ね! あと最近流行りの歌劇のチケットを手に入れたから、気になる人と誘っていくといいわ」

 クリス様はるんるんとスキップをしながら去っていきました。


 茶番劇を見ていただいたところで自己紹介と参りましょう。

 私、サナ・ヴェルトラウトハイトはヴェルトラウトハイト辺境伯家の長女です。婚約破棄される悪役令嬢役を仕事にしています。

 何を言っているのかわからないという顔をしていますね。私もまさか婚約破棄にお小遣いが稼げるほどの需要があるとは思っておりませんでした。


 さて、私の事情を説明するために、まずはこの国、ハートフル帝国の説明から始めましょう。ハートフル帝国はマギカ大陸の西部に位置する大陸で一番大きな国です。

 ハートフル帝国では、信教の自由は保障されておりますが、大多数は女神フロルス・ソフト様を主神とするフロルス教を信仰しております。

 歴史的な背景も大きいのですが、現代では単純に大きな現世利益が見込めることが主な理由だと思います。フロルス教徒は、特定の条件を満たすことで、「称号」が得られるのです。

「称号」を得た人間は、まさに女神の祝福を得たようなもので、「称号」に応じた恩恵が受けられます。例えば、龍種の魔獣を単独で30体倒すともらえる「ドラゴンスレイヤー」ですと、龍種と対峙したときに通常の2割増しの力が出せるとされています。

「称号」を得られたかどうかは、鑑定魔法の使い手が判定いたします。フロルス教会の司祭になるには鑑定魔法が使えることが条件とされていて、教会に行けば「称号」を確認できます。司祭でなくても鑑定魔法が使えれば「称号」の確認は行えますが、教会に行けばわかるものをわざわざ習得する方は多くないらしく、私の通う学園で身につけているのは、幼馴染のビブリオ・ヘルトくらいのものです。


 ヴェルトラウトハイト辺境伯家は、昔から魔獣が多く生息しており、危険の多い土地なのですが、それゆえに、騎士の戦闘訓練に向いております。騎士を目指す方を短期で預かり、鍛えることも国への貢献の一つなのです。ヴェルトラウトハイト辺境伯家は経験値稼ぎの修行の場の一つとして有名であり、経験値辺境伯家などと呼ばれてもいるそうです。

 ビブリオは伯爵家の次男で、将来は騎士として出世して爵位を得るか、政略結婚の駒となるかのどちらかになると思われます。いずれにしても魔獣と戦う力があれば困ることはありませんので、ヴェルトラウトハイト辺境伯家によく戦闘訓練に送り出されておりました。

 ただ、ビブリオは、少々偏執的な気質がありましたから、訓練よりも興味のあることがあればそれにかかりっきりになって情熱を注いでおりました。幼いころは魔法へ情熱を注いでおりましたので、鑑定魔法もそうですが、一般的に普及している初級、中級とされる魔法は一通り覚えているそうです。訓練には身が入っていませんでしたが、魔法の試し打ちのため魔獣狩りには行っていたようで、魔法での戦闘については今でも学園でも上位に入るほどです。

 今は魔法より「称号」の取得条件を調べることに興味があるらしく、称号狂いと一部では呼ばれております。


 そう、この称号狂いこそが私の婚約破棄生活の元凶といえるでしょう。

 あれは私が最初に婚約破棄をされたときの話です。


****


 7月のダンスパーティの最中のことでした。私は婚約者のヨテス様から婚約破棄を告げられました。

「サナ嬢はテレサに実戦魔法学の模擬戦でボロボロにしたり、ダンスパーティで水をかけたりと、たびたび嫌がらせをしていたと聞く。辺境伯家の権力を生かしてそのような行いをする令嬢とは結婚できない。よって婚約破棄をさせてもらうぞ!」

 当主のサインが入った婚約破棄の申請用紙を突き付けられながら、私は嫌がらせとされる行動を思い返しておりました。



 ヴェルトラウトハイト辺境伯家とアイン侯爵家で縁を結ぶため、私は次男であるヨテス様と婚約をしておりました。政略結婚であるので、愛情があったとは言えませんが、学園に通うまでは政略結婚なりに親しくしていたと言える関係であったとは思っております。学園に通うようになってから、ヨテス様は婚約者がいるにもかかわらず、子爵家の令嬢に入れあげるようになりました。

 庶子であるらしく、長らく平民の暮らしをしていたテレサ様は、学園の中でも貴族が通う領地経営科には珍しい気さくな方でした。それがヨテス様には印象が良かったらしく、テレサ様と一緒に行動するようになっていました。婚約者である私にはあまり話しかけてこなくなりました。

 ヨテス様はテレサ様に心からの笑顔をよく見せております。私には見せたことのない表情でしたので、彼らが幸せになるなら婚約解消して身を引こう、と思ったのは5月の中頃のことでしたでしょうか。まさか、あちらから婚約破棄をされるとはこの時は思っておりませんでした。

 アイン侯爵家は魔獣が多く出没する地域を治めております。近頃は特に魔獣が活性化しているそうです。もともとヴェルトラウトハイト辺境伯家と縁を結んだのは、騎士を鍛える機会を増やすことで領地をより安全にする機会を増やすのが目的と聞いていました。

 テレサ様は浄化の魔法が得意であり、魔獣が活性化する時代に現れるとされる聖女とも噂されています。ヨテス様がテレサ様と結婚してもアイン侯爵領の魔獣を抑え込むことが可能と思われます。

 覚醒した聖女は存在しているだけで現れた国全体の魔獣を弱らせたり消滅させたりする力を持っているとされますので、アイン侯爵領だけでなく、この国全体の利益につながります。

 当主である父に手紙で現状を伝えたところ、アイン侯爵家と円満な婚約解消に向けて交渉をしておくとのことでした。同時に、テレサ様が聖女であるならば、聖女として覚醒できるよう、経験を積ませるのをお手伝いするように父から依頼がありました。手紙の文章は依頼の形式でしたが、これは当主命令です。

 ヴェルトラウトハイト辺境伯家の家訓は「国家のための経験値となる」ですので、当主としての父の責務もわからなくはないのですが。家訓を決めたご先祖様は何を考えていたのでしょうか。

 ともあれ、当主命令であれば仕方ありません。さっそくテレサ様を鍛えるために、お声をかけなくてはなりませんね。

 幸いにして、私はテレサ様と同じクラスですし、テレサ様は実戦魔法学の授業がクラスで2番目にお得意でいらっしゃるので、模擬戦のペアを組む際にお話をいたしましょう。実戦魔法学は成績順にペアを組まされる授業なので、常に1位を取っている私とペアになることが多くてちょうどいいですね。


「テレサ様はヨテス様と親しくしていらっしゃいますよね」

「えっ、あっ、すみません! サナ様という婚約者がいるのだから、私だけに構わないでほしいとはヨテス様にお願いしているのですが……」

 テレサ様とはあまりお話をしてきませんでしたが、貴族になって短いものの良識は一応きちんとあるようですね。

「政略結婚ですので、私は愛情があるわけでもありませんし、両家の当主を納得させて円満に婚約破棄できるのであれば気にいたしませんわ。それより、アイン領は魔獣が多いことで有名ですので、実戦魔法学の模擬戦でできる限りの経験をさせてあげた方が良いと思っております。今日から少し本気を出しますので、ついてきてくださいね?」

 その日からテレサ様は私の「かわいがり」に耐える日々が始まりましたが、そのおかげで実戦魔法学の成績もさらに上がっていきました。私怨は入っていなかったと思います。本当です。


 貴族が集まっている学園ですので、月に何回かはダンスパーティが開かれております。あれは6月の終わりの休日に開かれたダンスパーティの日のことでした。学園を守っている守護結界が一部破れたそうで、デビルスカルホーネットが何匹か学園内に入ってきたのです。

 ダンスのためのドレスを身につけたテレサ様と寄り添うヨテス様を見ながら、私は休憩のため、グラスで水を飲んでいました。

 デビルスカルホーネットはオオスズメバチほどの大きさで、骨のような固い外骨格を持った白と黒の蜂型の魔獣です。魔獣としてはとても小さいですが、オオスズメバチよりははるかに脅威のある存在です。

 ヨテス様が雉を撃ちに行ったようで、テレサ様は一人になりました。

 そこへ白と黒の蜂のような何かがテレサ様の背後から近寄ってくるのが見えました。辺境伯令嬢として魔獣を狩ってきた私は、あれは魔獣であろうと気づきましたが、テレサ様は気づいておられないようです。私もテレサ様もドレスのため戦闘は難しいですし、頼りになる殿方は近くにおられません。ヨテス様もタイミングが悪いですね。

 仕方がありません。飲みかけの水に聖なる魔力を込めて聖水に変えていきます。魔獣は聖水をかけると弱る性質がありますからね。

 蜂がテレサ様の肩にぶつかる直前に、水が白く発光するようになったので、蜂をめがけて聖水を投げかけます。テレサ様は突然水をかけられて驚いた顔をされていますが、肩口に聖水をかけられシュワシュワと音を立てつつ弱っていく蜂型の魔獣を見つけると、納得の表情をされました。

 テレサ様は蜂を払い落として、火球の魔法を放って退治をいたしました。

「申し訳ありません。とっさのことでしたので、ドレスまで気が回らず、せっかく着飾ったテレサ様を汚してしまいました」

「いえ、これは蜂の魔獣ですよね? 危ないところを助けていただきましてありがとうございます。ドレスの汚れくらいかまいません。ただ、ドレスが汚れてしまいましたし、学園内に魔獣が出たことを報告する必要がありますので、パーティはこれで失礼しますね。ヨテス様が戻ってこられたら、その旨を伝えておいてもらえますか?」

 魔獣の報告は私がした方が良いかと思いましたが、テレサ様から頼まれたので、承知してヨテス様を待つことにいたしました。

 しばらくして雉撃ちから戻ってきたヨテス様に、テレサ様はドレスが汚れたので戻ったことを伝えると、ふん、なら俺も帰るだけだ、といって去っていきました。


****


 さて、思い返してみても私がとった行動は嫌がらせではありませんが、事実ではありました。ヨテス様は少々思い込みが激しいようですので、テレサ様は今後苦労されるかもしれません。そういえばテレサ様のお姿が見えませんが、どうしたのでしょうか。

 あまり騒動が長引いても周りに迷惑をかけることになりますので、当主のサインが入った婚約破棄の申請用紙に、私のサインをして返します。


「実戦魔法学の模擬戦でボロボロにしたり、ダンスパーティで水をかけたり、といったことは事実だと思いますので、婚約破棄は受け入れます。テレサ様をお大事になさってくださいまし」

 思い込みの激しい方に対して、この場で事実を述べてもさらに激高するだけでしょうし、反目してもあまり意味がないでしょう。人前で断罪ともいえるような婚約破棄の仕方をするとは思っていませんでしたが、もともと婚約破棄は予定していたことですし。


「ふん、分かればいいんだ。さあ、これで婚約は解消された。パーティの出席者も証人になってくれるだろう。ハリエシュ、足止めは十分だ、これからテレサを迎えに行くぞ」

 テレサ様は騎士科のハリエシュ様が足止めをしていたようで、ヨテス様が通信魔法道具を使って連絡しながら庭園の出口に向かっています。


 この後、ヨテス様は事態を知ったテレサ様からこってりと絞られ、1週間口をきいてもらえなかったと後日聞きましたが、もう私には関係のないお話です。


 ヨテス様が去っていく後姿を見ながら、今後について考えを巡らせていきます。今の時代、婚約破棄はそれほど珍しいものでもありませんが、パーティで悪役として断罪されたとなれば少々外聞が悪いでしょう。これ以降婚約者が見つからないなんてこともあり得ますし、そうなると貴族家の長女としての責務が――。


「ああっ! なんてことだ! そんな『称号』があるなんて!」

 空気を読まずに大声を出したのは、そう、称号狂いのビブリオです。

 興奮のあまりヘッドバンギングしながら奇声を発し始めました。

 このように興奮した時は手が付けられないので、とりあえず黙らせるために顎に一発掌底を入れて、気を失わせておきます。ビブリオの襟をつかんで引きずっていき、パーティ会場を後にします。


続く


※雉撃ちとはお手洗いのことですわ!

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