邪神と女神と勇者召喚
遅くなりました。
その日、女神ヤーは異変を感じ取った。
自分の創造した世界に外部から侵入された感覚は今までに感じたことがなかったため、すぐに違和感を覚えたのだ。
しかし最初はこれが何の感覚かわからず、気づいた時には自分の世界への侵入を許してしまっていた。
ヤーはすぐさま侵入者の正体の特定に乗り出した。
侵入されたときの感覚をたどり、すぐに居場所は判明した。
しかしその異形にそれがいったい何なのか理解することができずにいた。
顔は無く、黒く背の高い男のようなシルエットをしたその者は、侵入し降り立ったその場所から動くことはなかった。
ヤーは近くにあった神殿に神託を下し、人を使って様子を見に行かせた。
すると今まで動かなった侵入者は様子を見に来た人間を見て初めて言葉を発した。
「この世界に住まうものよ、そなたたちをこの世界の神の呪縛から解き放つために私はやってきた。私が力を授けよう。そして自分たちの手で自由を手に入れるのだ。」
様子を見に行かせた人間を通じて観察していたヤーはここで初めてこの侵入者が別の世界からやってきた神だと気付いた。
どうやら自分をこの世界から追い出そうとしているらしい。
それにしても何とも安っぽい言葉だとヤーは侵入してきた神を冷ややかに見ていた。
いきなり知らないものに声をかけられて、はいそうですかと自分の信じる神を自ら倒しに行くなんて人間はまずいない。
ましてや目の前にいるのは倒せといわれた神の神殿で働く者だ。
自分が相手するまでもなさそうだと放置しようとした。
しかし事態は思わぬ展開を迎えることになる。
あろうことかその神の言葉を聞いた人間は喜んで服従を誓ったのだ。
そして渡された瓶に入っている液体を流しこみ、その瞬間ヤーは自分とのつながりが切れたことを認識した。
全く思いもよらない形で自分の世界の住民を奪われたことに驚いたヤーはすぐさまその神と反逆した人間を敵と認定し、近くの国に軍隊を送り込ませた。
しかしあっさりと敗れてしまう。
送り出した軍隊は最新式の装備をそろえているにも関わらず、ほとんど効力を発揮することができなかった。
戦いを見ていたヤーは侵攻してきた神の周囲一帯の魔素が変質していることに気づき、軍隊が普段通りの実力を発揮できなかったことを知ることとなった。
魔素に依存しきった世界の住民に勝利の術はない。
悩みぬいたヤーは魔素に頼らない文明を気付いてきた世界に目を向ける。
神なき世界、地球へと。
★
四門緋十郎は槍術の大家の子供として生を受けた。
幼いころより槍術の道場に通い、親から厳しく教育された甲斐あって神童と呼ばれるほどに将来を期待される存在となった。
しかし緋十郎は次第に実戦的でない現代の槍術の在り方に不満を抱くようになっていった。
親の指導方針により喧嘩に技を使ってはいけないと教え込まれていた緋十郎は喧嘩にめっぽう弱く小さい頃の喧嘩は負け続けていた。
そしてそのその頃のトラウマが染みつき、誰と戦うのでもないのに延々と試合を繰り返す訓練に何の意味があるのかと考えるようになっていった。
戦争もない国で犯罪者を捕まえに行くわけでもない精神の鍛練とかいう実感のつかめない目的で習得しようとする人たちを理解不能な目で見るようになっていったのである。
そして次第に緋十郎は実戦を想定した訓練を行うようになっていった。
そうして行う訓練の中には反則をとられるような技も組み込まれていた。
その結果、実際には負けていないものの試合では反則負けをする槍使いが出来上がった。
当然の如く道場からは破門され、親からも勘当同然の扱いを受けることとなる。
これ幸いと自由の身を喜んだ緋十郎は自分の望む修行を積み、金を貯めて紛争地帯へと赴く。
既に緋十郎は周囲との感覚が大きくずれ込み、実戦を経験したいと感じるようになってしまっていた。
そしてゲリラ組織の傭兵として雇われ、実戦を積み重ねていくうちに実戦を楽しむようになっていった。
槍一本で嬉々として戦場を渡り歩くその様は銃社会に生きる傭兵たちの間で語り草となり、突如として現れてはいつの間にか消えているその戦い方には称賛と恐怖が向けられた。
そして名が知れるということは、マークも当然激しくなる。
当然のように戦場に参加していた緋十郎はある日ついに狙撃されてしまう。
薄れゆく意識の中でも緋十郎の心は実戦への渇望で埋め尽くされているだけだった。
★
そしてヤーは地球で彷徨う一つの魂を見つけた。
ヤーはその魂がきっと自分の世界で戦ってくれると信じ、その魂もまた自分にふさわしい世界だと二つ返事でその願いを承諾した。
無事コオスに降り立った緋十郎は邪神討伐に取り掛かる。
ヤーからもらった能力と地球で鍛えた槍術を武器に、邪神のしもべとなった人間をあっという間に葬り去る。
しかし肝心の邪神には傷は負わせたものの倒すことはできずに撤退を余儀なくされてしまった。
ヤーは正式に侵攻してきた神を邪神として脅威であると人々に告げ、勇者召喚を各国に行わせることで討滅することを決めた。
人々は女神の本気度合いからすぐに終わることになりそうだと喜ぶ。
これが長い戦いの始まりとも知らずに。
次から主人公視点に戻ります。