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チートはブタ箱と共に

 床の冷たさで目を覚ますとそこには誰もいなかった。

 辺りを見回すとどうやら牢の中に入れられたようだ。

 石造りの床は冷え切り、俺は頑丈な鎖で手足を拘束されつながれていた。

 勇者の持前の力で壊そうとしたが、なぜか力が入らなく諦める羽目になった。


 仕方なく大人しくし、考えを巡らせる。

 なぜルミナは能力にかからなかったのか。

 冷静になって考えてみてもおかしい。

 確かにルミナは俺と目を合わせていた。

 発動条件は満たされていたはずだ。

 それに試合をした時には明らかにかかっていたように思える。

 そもそも俺は勇者だ。

 少し考えなしに行動しても大抵の行動は見過ごされると思ったから今回のような行動をとったわけだ。

 侍女が手籠めにされるぐらいは必要経費ととられるだろうし、ルミナは邪神の討伐後に俺を国につなぎとめるために紹介された側面があるはず。

 ルミナの独断にしても勇者を捕まえるのは悪手のはずだ。

 考えれば考えるほど分からなくなってきた。


 悩みうなされていると扉が開く音がし、誰かが階段を下りてくる音がそれに続く。

 足音が止まり、俺が顔を上げるとやはりそこにはルミナがいた。


「おはようございます。気分はいかがですか?」


「今の言葉で気分を害されたよ。」


「それはいいことを聞きました。あなたのようなクズ野郎の気分を害することができて私は幸せです。」


 そう言って彼女は微笑む。


「なんでこんなことをしたのか聞いてもいいかな?」


「そうですね。いきなりであなたも理解できていないでしょうし少し説明しましょう。なぜ勇者が召喚されるのかは知っていますね?」


「邪神を討伐するためだろう?」


「じゃあなぜ邪神を討伐しなければならないのでしょう?」


「女神からは魔素を汚染し文明を破壊するからと聞いたぞ。」


「ええ、そうです。邪神は魔素を汚染します。しかし、実際に汚染された魔素はどのようになるか知っていますか?」


「人が触れられないものになるとかじゃないのか?」


「いいえ、ただ少し変質するだけなのです。それを汚染ととるか変化ととるかは実のところ人次第なのです。」


「でも実際被害が出てるんじゃないのか?そうじゃなければ俺が呼ばれる意味がない。」


「ええ、確かに以前人類が使用していた魔法機器は利用不可能となりました。しかし私の所属する組織、シェオルは邪神によって汚染された魔素を使った魔法機器の開発に成功しました。不具合や他の良くない結果も現れていません。つまり邪神のしていることは汚染ではなかったということです。」


「まだ良くない要素が発見できていないだけじゃないのか?」


「もしかしたらそうかもしれません。ではなぜ、まだ完全に悪の存在だと判明していない邪神を勇者を12人も召喚してすぐに排除しようとするのでしょうか?」


「女神は邪神のことを悪の存在とあらかじめ認知していたということじゃないのか?」


「ならもっと説明があってもいいでしょう。それにもっと不思議なのは女神は勇者を召喚した際、神託を下して邪神に汚染された魔素を勇者による邪神の排除で浄化し、元の魔法文明に戻すと言いました。しかし我々の研究の結果、勇者による能力の使用は周囲の魔素を取り込み、消去することを引き起こすと判明しました。我々はこの結果を直ちに発表し、女神に説明を求めました。しかしそれに対する女神の返答は勇者を我々に派遣し殲滅することで行われたのです。」


 ううん、これが本当なら中々に衝撃的な事実である。

 確かに俺に女神がした説明は文明を破壊する邪神を止めろというものだった。

 それ以上の説明はされなかったのだ。

 勿論これ以上の余計な説明は不要とした可能性はある。

 さて、どっちを信じるかだが…


「そういえば何で俺の能力は効かなかったんだ?」


「そうですね。そっちのお話も致しましょう。それはあなたが既に私の能力にかかっていたからです。」


 何だって!?まさかルミナも勇者だったのか?

 魔法は使えないはずだしそれしかなさそうだが…


「ああ、残念ながら私は勇者ではありません。正真正銘こちらの世界で生まれた一般人ですよ。」


「じゃあなぜ能力を?」


「邪神が出現したことにより引き起こされたことは魔素の汚染だけではありませんでした。女神が勇者に能力を与えるのと同様に邪神も能力を与えていったのです。それにより私も能力を授かりました。私の元々得意だった光魔法に沿った能力を授かりましたよ。ここまで言えば何をされたのかわかりますか?」


「まさか錯覚か?」


「…向こうの世界ではこういった研究は進んでると聞いたのですが間違いだったのでしょうか?光の操作によって視覚を刺激し、催眠状態を引き起こすことができることを知らないのですか?」


 まさかこの中世ヨーロッパみたいな世界でここまで研究が進んでいるものなのだろうか?

 いや、確か邪神の出現によって文明が崩壊したと言ってたな。

 それまではもしかしたらそれなりに発展した文明だったのかもしれないな。

 催眠状態を光の点滅によって引き起こすことは知識としては知っていた。

 確か国民的アニメの放送の影響で子供が病院に搬送されることになったのもそれに近い話だったはずだ。


「すまない、そこまでこちらで科学が発達していると知らなかった。ということは俺は催眠術にかけられていたということか?」


「ええ、最初にお会いした時や修練所であなたにかけました。そんなに多くのことはできないのであなたの能力の詳細や考えていることしたことを無意識の状態で語ってもらったくらいですがそれで十分でした。能力の発動条件、侍女にしたこと、私にしようとしたことを知れたのですから。」


 クソッそういうことだったのか。

 能力をかけるつもりで自分がかけられていたとは情けない話だ。

 しかしこの状況をどう打開しようか。

 王女のすることだということはこの国がグルだったということだろうか。


「それで俺をこれからどうしようっていうんだ。召喚されて早々に殺されるのは勘弁してほしいんだが。」


「それには俺が答えよう。」


 急に別の声が発せられる。その声の主は足音を立てて階段を下り、俺の牢の前で止まった。

 そこにはこの国の王ウォルター・ベニヤミンがいた。


「…王様。やはりあんたもグルだったのか。」


「さて、王様とは誰のことを言っているんだろうな。ルミナ、解いていいぞ。」


「…よろしいのですか?」


「どうせ女神は勇者を通じてこちらを覗いているんだ。もう隠したってしょうがない。それにそろそろ頃合いだろう。」


「分かりました。ウィズ様がおっしゃるなら。」


 ルミナと王様が言葉を交わした後、ルミナが何かして王様の姿が変わる。

 そこには方眼鏡モノクルをかけた銀色の髪に藍色の目をした若い男がいた。

 ルミナが能力を使っていたんだろうか。


「俺の名前はウィズロード・ビュトス・アイタス。反女神組織シェオルの長だ。ベニヤミン王国の王は俺が殺し、成り代わった。すべてはこの日のためにな。」


「そして私ももちろんこの国の王女などではありません。私の名前はルミナ・フォラス・アウロラと申します。以後お見知りおきを。」


 なるほど、女神が上手く出し抜かれた格好となったわけだ。

 勇者召喚させた国が罠にはめられていたとはふつう思わないだろう。

 まずこの組織のことは知られていないような口ぶりだったし。

 ルミナまで王族じゃなかったとは驚きだが。


「そしてお前の処遇だが俺たちはいよいよ勇者のことを研究しようということになってだな、肝心の勇者がいないので捕獲しようということになった。というわけでこの国を乗っ取り、まだ力を十全に出せない勇者を捕まえに来たわけだ。」


「ということは俺はお前らに今から実験体にされるというわけか。」


「そういうことだな。なに、死なせはしない。少々薬漬けにはなってもらうがな。」


 クソッ何か助かる手立てはないのか。

 必死に思考を巡らせるがなかなか良い案は出てこない。

 何か俺の能力を使って…そうか、試してみるか。


「フフフフフ」


「何がおかしい。」


「目を合わせるだけが発動条件だと思ったか。」


「なんだと!?」


「俺の声は()()()()だろう?」


「…ああ」


 よし、上手くいったようだ。

 初めての試みだったから心配だったが俺の声に好意を持たせることも能力の範囲内のようだ。

 これでなんとかなりそうだ。


「よし、じゃあ俺をここから解放しろ。そしてルミナをこちらに渡せ。」


「…ルミナ」


「はい。」


 ルミナがこっちにやってきて牢を開ける。

 そしてこっちに来て俺を殴った。


「…ガッ!?」


「馬鹿かお前は。お前の能力がどのような系統のものかわかっている以上、万全に対策をしてここに臨んでいることも分からないのか?俺はお前のアホな質問に呆けただけだ。」


「やっぱりクズな人間ですね。それに私にそんな汚らわしい感情を向けないでください。そもそも名前で呼ぶことは嫌々ながら許しましたが、そんな馴れ馴れしい口を利くことを許した覚えはありません。」


「どうやらよっぽど痛い目にあいたいらしい。いっそ殺してしまった方がいいのかもしれないがせっかく手に入ったいい実験体だ。手加減はしないからせいぜいいいデータを出してくれよ?」


「ま、待ってくれ。」


 ダメだ。なんという馬鹿なことをしでかしてしまったんだ。

 よく考えたらのこのこ首領が現れるわけないじゃないか。

 もはやこれまでか。

 せっかく新しい人生を手に入れたのだからもう少し満喫したかった。


「それではいい夢を。訳も分からず被害にあった侍女の分までちゃんと苦しんでくださいね。」


 彼女の最高の笑顔で僕の意識は閉ざされた。





 その日、一つの国が崩壊した。

 王は無残に殺された姿で発見され、呼ばれたはずの勇者は姿を消した。

 唯一の親族である第一王女の嫁ぎ先の国が乗っ取りを画策し、国内は荒れた。

 それはやがて内乱へと発展していく。

 そしてもちろん王を殺した犯人に話題の焦点が当てられる。

 様々な憶測が飛び交い混乱する中、各国の神殿から女神の神託と共に決定的な情報がもたらされる。


 邪神を奉ずる異端の信徒どもが反社会組織シェオルを結成し、ベニヤミン王国の王を殺した。

 首領の名前はウィズロード・ビュトス・アイタス。

 魔王として闇の世界に君臨し、世に混沌をもたらそうとしている。

 各国は直ちに勇者を差し向けこれを討伐せよ。


 これによりこの反女神組織とその長は初めて表舞台へと上がった。

 女神から魔王と呼ばれ、世界の敵となった男はいったい何を考え、行動するのか。

 今ここにその魔王の紡ぐ反逆の物語が幕を開けた。


これで序章は終わりです。次から過去編に入ります。

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