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Side ―愛しき記憶―  作者: 清月 香
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間違い

ここに愛しい記憶を残しておこう。

―決して忘れることがないように―。


2050年 4月

 まだ刺すように冷たい空気の中、やわらかな日差しをたっぷりと含んだ花びらが舞い落ちる。

それは薄桃色の春の雪。


 国立 水森みずもり学園高等学校の敷地内で、今を盛りとばかりに咲き誇る数千本もの桜並木の道は、さきほどから多くの人々でごった返していた。同じ制服に身を包んだ彼らは談笑したり、満開の桜を背景に自撮りをしている人もいれば、ベンチに座って読書をしている人もいたりと、みんな思い思いにうららかな午後のひとときを過ごしている。そんな中、足早に校舎へ向かって歩いていく少女が一人。彼女は手の中の学生IDカードに視線を落とした。無表情のなかで瞳だけには困惑の色が浮かんでいるようだった。

彼女の名前は春陽由芽はるひゆめ。持っているIDカードに印字されているのは、彼女のまったく知らない名前―青葉優希あおばゆうき―。



 「そうそう、この人もさっきIDカードが違うって言って、持ってきてくれたのよ。」

由芽が事務室でカードを見せると、事務員の先生はなにやらゴソゴソと上着のポケットを探り、春陽由芽と印字されたカードを渡した。それは間違いなく由芽のカードであった。とりあえず、カードが無事に戻ってきたことに内心で安堵のため息をつく―表情は無のままではあったが―。事務室の中では石油ストーブがついているらしく、先程から少しガス臭いような生温かい空気が充満していた。

「そうだったんですね。あの、青葉さんはどちらに?」

由芽は事務室を見回したが、青葉優希らしい女の子はどこにも見当たらない。彼女も自分のIDカードがなければ困るはずなのだ。

「それが、なんでも用事があるとかで帰ってしまったのよね。」

「え、、、。」

どうやら一足遅かったようだ。なぜもっと早くカードを確認しなかったのだろう、と思うと急に申し訳ない気持ちが沸々とわいてくる。この学校は校門を入ってすぐの場所に改札機のようなものが設置されていて、自分のIDカードをかざさなければ校舎に入れないようになっている。今日は入学式だから入れたが、明日からは配布されたこのカードがなければ登校できないはずであった。

「すみません。私、気づくのが遅くなってしまって。あの、明日、青葉さんはどうなるのでしょうか?」

由芽がカードの配布ミスに気づいたのは、校門をちょうど出ようとしたところでだった。その時にはもう彼女は気付いて届けに来ていたのだろう。もう少し早く気づいていれば、彼女にカードを返せたかもしれない。

「大丈夫ですよ。明日はこちらで対処しますから。」

事務員の先生は青葉さんのIDカードを預かると言った。カードを渡すと、先生は苦笑気味に言う。

「毎年こういうことはあるのよ。なにせ6000人以上も入学者がいるから。あなたも入学早々に災難だったわね。」

たしかに毎年このくらいのことが起こっても不思議ではないのかもしれない。でも、いくら人数が多いからってそれでいいのだろうか?内心ツッコミを入れたくなったが、とりあえず挨拶をして事務室をあとにした。

 

外に出ると冷たい風が頬をなでつけ、そのあとを太陽の光がやさしく照らした。由芽のなかには、まだ少し青葉さんに対して申し訳ないという気持ちがあった。

学校が始まれば、どこかで会うかもしれない。そしたら、今日のことを謝って、彼女にお礼を言わなきゃいけないな、とどこかで思いつつ校門を出る。

 ―このときの由芽が大きな勘違いをしていたことを知るのは、ほんの数日後のことであった。




 2040年は日本にとって改革の年だった。新しい法案が次々に可決され、いくつものプロジェクトが開始された。その中の1つが国立 水森学園高等学校の設立だ。当時、ITの分野で他国から遅れをとっていた日本は、ITだけでなくより多くの分野で世界に通用する人材育成を行うために、最新の技術と設備を取り入れ、全31科から成る大規模な高校を設置することを決定した。そして世界で初めての試みに挑戦したのである。それは「人間・人造人間アンドロイド 共学制度」―。

日本では2027年頃には人間とそっくりな人造人間が製造され、一般家庭にも販売されていた。彼らの生活は傍目から見れば人間とさして変わらないものだった。しかし、当時の彼らは人間の「道具」でしかなかった。人造人間の製造が開始される年には

・AI対策省に人造人間の所有登録を申請し、登録が完了した者のみ、所有を認める。また人造人間による所有登録は認めない。

・人造人間のみの世帯は認めない。

・人造人間の製造にあたっては、国から正式に許可された工場のみこれを行うことができる。また、人造人間の左前腕部分に個体識別番号を明記することを義務とする。

など100条以上からなる「人造人間製造・所有法」が制定されていた。これによって人造人間は人間の所有物として定着し、彼らは厳しい環境で酷使されたり、人間からの暴力の対象となることも少なくなかった。製造開始から2年ほどたった頃、いつしかスクラップ工場には無惨な状態になり、打ち捨てられた何千体もの人造人間が毎日運ばれるようになっていた。その中には、成長モードのついた少女や赤ん坊の人造人間までいたという。そして2030年頃になると人造人間の逃亡が相次ぐようになる。彼らが人間と同じような心を学習によって身につけたのか、それとも単に防衛プログラムが作動しているだけなのかは分からないが、人間から暴力行為を受けた可能性のある人造人間たちが集団逃亡をするケースが多くなってきたのである。彼らの中には、スクラップ工場へ行き、自身の破壊を依頼するものまでいた。これらの事件はニュースでも大きく取り上げられ、次第に「人造人間にも人権を与えるべきだ」という世論の声が高まっていった。2040年、そういった声を受け、「人造人間保護法」が施行され、人造人間にも人権がある程度認められるようになる。安全上の観点から製造番号明記の義務は残されることになったが、社会は大きく変化したのだった。

そしてその5年後、水森学園高等学校が設立されることとなる―。

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