お姉さまの背中にGが居る!?~来栖 真理子の章~【3】(終わり)
「じゃあ、こんどは右手を見せて欲しいんだけど、いいかな?」
「は……はい!?」
突然、鈴絵が驚いた表情で声を上げた。余りの驚き様に、私も少し驚いてしまう。
(い、一体どうしたのかしら……?)
気になって少しだけ顔を覗き込むと、その様子は先ほどとはうってかわって、まるで無実の罪で捕まった挙句、裁判で死刑を言い渡されたような絶望の表情を浮かべていた。
(な……!?!?!?!?!?)
い、いえ、私は別に右手を見せて欲しいといっただけで、鈴絵が落ち込むようなことは何一ついってはいないのですが……。
しかし、鈴絵の表情は尋常ではないほど切羽詰まっているものだと、初めて会話したばかりの私でも一目瞭然だった。
私は適切なフォローをするために、落ち着いて今までの状況を急いで整理することにした。
……明示的に【監禁調教百合えっち】したい……といった訳ではない。
……鈴絵が私に触れるまで、私から何か行動を起こした訳ではない。
……鈴絵が触れてからの会話は……挨拶や雑談程度で特に鈴絵を傷つけるような言動は無かったはずだ。
……となると手相占い……?
でも左手は素直に見せてくれましたし、女難の相は出ていましたが、鈴絵には悪いようには結果を伝えなかったはず。
う~~~~ん、全然理由が分かりませんわ……。
心配になった私は、鈴絵に優しく声を掛ける。
「河野さん? ど、どうしました? すごく顔色が宜しくないようですが……?」
私の問いかけに、鈴絵は苦しそうにしながらも作り笑いをして私に健気に応える。
「だ、大丈夫です……。 先輩……。 み、右手ですね……少し、待ってください……」
そういうと、鈴絵は何かぶつぶつと呟き始める。申し訳ないのですが、正直少し怖かった。
そんな鈴絵の様子を眺めていると、何かを決意した……? いや、何かを諦めたようなそんな表情で右手をゆっくりとスローモーションのように上げていく。
踏切警報機の音が鳴り響く中、極度の緊張を感じた私は口の中に溜まった唾液をゴクリと喉に通しながら、右手の動きに注視する。
その瞬間、何かが私の目の前を横切っていく!
「えっ!?!?!?!?!?」
突然、目の前に立っていた鈴絵の姿が一瞬で消える。それと同時に、踏切警報機の音とは異なる何かがぶつかる大きな衝撃音が、私の耳に痛いほど響き渡ってくる!
「!? い、一体何が……?」
余りの衝撃に目を閉じてしまった私は、何が起こったのか確認するためにゆっくりと目を開ける。
そこには踏切の手前で倒れている鈴絵。
そして、踏切の手前にある電柱に激突して白い煙を上げながら半分ほどぺしゃんこになってしまった原動機付自転車と思われる残骸。
そして、その運転をしていたと思われる、高校~大学生くらいだろうか? 金色短髪の男性が情けない声を上げながら倒れていた。
私は、一目散に鈴絵の元に駆け寄って無事を確認する。
「だ、大丈夫ですか!? 河野さん!?」
私は、頭を動かさないように鈴絵の耳元で呼びかける。
「う……、う~~~~ん……」
どうやら息はしているようでホッとする。見た所外傷もないようなので、あの大破している原動機付自転車と正面衝突……という訳ではないようだ。恐らく少しだけ体が当たってしまったのではないだろうか?
しかし、鈴絵が私の前に居なかったら、私が鈴絵のように原動機付自転車と接触して吹き飛ばされていた可能性が高い。
も、もしかしたら、鈴絵が私を庇ってくれたのかも……な、なんてまさかね……。
そ、そんなことより、とりあえず救急車を呼ばないと……!
「痛てーー! 痛てーーよぉ! おい、そこのあんた、早く救急車を呼んでくれ!」
情けない悲鳴を上げながら、私がスマートフォンで電話をする姿を見たからだろうか? ずうずうじくも、私に【救急車を呼べ】と命令口調で話しかけてくる。
見た所、倒れて足を抱えているが、あれだけ暴れながら喚き散らしているのだから怪我も大した事はないだろう。
私は、倒れている男の顔の前に立つと、スマートフォンで119番へ電話を掛ける。
「ぐほぉ!?」
電話を掛けると同時に、その男の顔面に蹴りを入れる。もちろん、周りの人間に悟られないようにこっそりとだ。
「!?!?!?」
突然何が起こったのか分からない男、言葉にならない言葉を発し、悶絶しながら顔を手で押さえる。
私は、そんな男の様子に躊躇することなく、二度三度蹴りをこっそりいれる。
「もしもし、119番ですが? ○○町○○丁目○○番地で女子学生と原動機付自転車の接触事故がありまして、至急救急車をお願い致します」
三度目の蹴りを入れると、男は白目を剥いて動かなくなった。
「女子学生は息はしていましたので、命に別状はないかと思います。原動機付自転車を運転していた方ですが……」
私は、足元の男を睨みつけると、もう一発蹴りを入れる。
「はい、運転していた方は、頭を強く打ってもうダメかもしれません!」
******
消毒液の独特の匂いが微かにする病室内、鈴絵に付き添って病院まで来てしまった私は、無事手当も終わり安眠している彼女の姿に安堵する。流石に、こんな状態の鈴絵に何かするほど外道ではない……が、多少顔を摩る位なら問題ないだろう。
私は、鈴絵の顔を頭から頬まで、軽くなぞる様に優しく摩る。
時折、鈴絵は【気持ち悪い……】、【もう食べれないよ……】と苦しそうにうなされていた。もしかしたら事故の影響で悪夢を見ているのかもしれない。ああ、なんて可哀そうなのかしら。
私は、鈴絵の傍らに座ると左手をそっと握りしめ、鈴絵の表情が良くなるまでずっとそうしていた。
それから1時間ほど経ったころだろうか?
うなされることも無くなり、穏やかな寝顔になった鈴絵の表情を見て安堵した私は、一旦病室を出て学園に連絡することにした。
学園へ連絡した後、ご両親の連絡は私からさせてもらうことにした。
決して今のうちにご両親に媚を売っておこうなどというやましい考えはこれっぽっちもなく、軽傷ですので先生方の手を煩わせるまでもない……という判断からですわ。
事前に調査していた鈴絵の家に連絡を入れると、鈴絵の声によく似た女性の方が電話に出てくれた。事情を話すと何度も感謝され、こちらにすぐ来られるとのことだった。
折角なので、鈴絵の親御さんにちゃんとに挨拶をしてから学園に戻ることにしよう。け、決して好感度を上げておこう! などということではございません。
連絡も終わり、鈴絵の病室に戻った私は、ベッドがもぬけの殻の状態の病室を見て驚愕する。
「ええっ!?」
たった、10分かそこら程度の時間なのに! 私は急いでベッドの下や、窓を開け鈴絵の姿を探す。しかし、鈴絵の姿は何処にも見当たらない!
ま、まさか、私以外の何者かに拉致監禁されてしまったのでは!?
そ、そんな……、まだ手で顔を摩ったくらいしかしていないのに……。私より先に誰かに監禁されてしまうなんて……。そんな絶望的な後悔の念に駆られてしまう。
「……せ、先輩……? どうしたんですか?」
そんな私の背後から声がした。私は、その声に引き寄せられるかのように鈴絵を抱きしめる。
くんか、くんか! ああ、これは紛れもなく本物の鈴絵ですわ!
「む……むぎゅぅ……!」
「ああ、良かった河野さん! 突然居なくなってしまったのでびっくりしました」
「せ、先輩……苦しい……」
うっかり力を入れすぎて抱きしめてしまったようだ。名残惜しいですが、私はゆっくりと鈴絵から手を放す。
「ああ、ごめんなさい!」
どうやら鈴絵はただのトイレだったようだ。その後、鈴絵に聞かれ私は事の経緯を話すことにした。
踏切近くでチキンレースを開催していた珍走団の原動機付自転車が勢い余って、鈴絵に接触し事故になってしまったこと。
鈴絵のおかげで、私は傷一つなかったこと。
ちなみに、運転手を何度も足蹴りしたことはもちろん伝えていない。
納得した様子で私の話に耳を傾ける鈴絵の姿を見て、私は改めて無事だった事に安堵する。
「とりあえず、親御さんには連絡したから、もうしばらくしたらくると思うわ」
「いえ……ありがとうございます。先輩にご迷惑かけてすいません……」
「い、いえいえ、こちらも役と……じゃなかった、全然気にしなくて良いのですよ。むしろ河野さんのおかげで私は無事だったのですから、むしろお礼を言うのは私の方ですわ」
「そ、そうですか……。それなら良かったです……」
……せっかく二人きりでもありますし、私はもう少しだけ鈴絵と親睦を深めようとある提案をすることにした。
「……えっと、それでね? 何かお礼をしたいのですけど、何かある?」
「……え!?」
「なんでも好きなものいってね、お小遣いで買えるものなら頑張ってみるから……」
「じゃ……じゃあ……」
「せ、先輩のこと、お姉さまと……呼んでもよいでしょうか……」
……! なんということでしょう!? 思いもかけない返答に私は動揺してしまう。思わずガッツポーズしそうになるが、何とか自尊心が働き失態をさらさずに済んだ。
「え……!? ええ、もちろん、是非に。ああ、その代わり私も鈴絵と呼んで良いかしら?」
「は、はい……せんぱ……じゃなかった、お姉さま!」
「ふふ、これからよろしくね、鈴絵」
まるで夢のような結末に、私は満足する。
珍走団はムカついたけど、半日でここまで鈴絵と仲良くなれたのだから、人生はプラスマイナスゼロとはよく言ったものですわ。
******
こうして私の衝撃的な一日は終わり告げた。鈴絵のご両親にも気に入られて、今では先輩・後輩以上のまるで仲の良い姉妹のような関係になっている。
【監禁調教百合えっち】な関係もいずれ達成したいとは考えつつも、今はもう少しだけ仲の良い姉妹のような関係を続けていたい。そんな事を思いながら、私は、またこの開かずの踏切で、立ち止まっている。
「真理子お姉さま、おはようございます!」
「ええ、おはよう、鈴絵」
私と鈴絵はまるで当然のように、手を繋ぐと開かずの踏切が開くまでずっと握り続けるのだった。
【真理子サイド END】




