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うわばみさんは類友が欲しい

作者: 絹ごし春雨

※未成年の飲酒は法律で禁止されています。

 透子とうこはうわばみだ。それに気づいたのは、つい最近のことだった。茶色い色素の薄い髪と瞳を持つ透子は見るからに酒に弱そうに見える。20歳を迎えて、好奇心からお酒はちびちび飲んでいた。それも、ビールや日本酒は口に合わず、さっぱりとした甘味のあるチューハイ。それ一択だった。


 でも一人で飲んでいるときは、何も気にしなかった。美味しいなぁというだけで、たまーに買って飲む。それくらいの認識だった。


21を迎える頃、親しかった中学の友達と久しぶりに会おうということになった。どうせなら、お酒飲めるようになったし、飲み会しようよ。そんな流れだった。


 集まったのは透子も入れて5人だった。女子会だ。お座敷のある、ちょっと古びた居酒屋で、飲み放題。問題はその時に起こった。


「久しぶり。みんな変わってないね。今日は乾杯しよ?」


 3時間飲み放題ということで、人生で初めてお酒を目一杯飲むことにした。食べるのもしゃべるのもそこそこに、グラスを空ける。このトライアルに参加したのは5人中3人。浮かれてやらかしたかもってちょっと思った。


その時、こじんまりした店の中で、2階に上がる関係者以外立ち入り禁止の階段のところに、頭に布を巻き、白い服を着た男性が立っていることに気づいた。彼は店員さんだろうか?盛り上がる客席を一つ一つ眺めては、にこにこして満足そうに頷いている。透子は彼と一瞬目があった気がした。あわてて視線をもどす。


定番の人の恋愛事情をさかなにどんどん飲み進める。いいですよ。どうせ私にはそんな人いませんから。透子はやけになっていた。

「ねね。私もう無理」

「お会計する?」

「うん」


一人がギブアップしたところでその場はお開きになる。5杯以上、10杯は行ってないと思うけど結構飲んだなぁ。透子も会計のため、立ち上がる。

「あれ?」

トライアルしていた2人の友人の身体がフラフラしている。


「のみすぎたー」

「大丈夫?」

「っていうかなんで透子へいきなの?」


よくよく聞けばろれつもちょっとあやしい。透子とアルコールを飲まなかったチームははあわてて友人の身体を支えてやって店を出る。


「うえぇ。ぐらぐらするぅ」

「ほんと世界がまわるぅ」

「透子、あんた本当に飲んだよね?なんで平気そうなの?」

「え?」


「ちゃんと飲んだよ?一緒のやつ飲んだじゃん」

「にしてはー全然酔ってない」


透子は酔うと言う感覚がいまいちわからなかった。

「ねえ、酔うってどんな感じ?」

「え?」

「まさか……酔ったことないの?」

「そんなわけないよ。いいから教えてよ」


友人はうーんと考えた。

「そうねー最初は、ぽわぽわってあったかくなってー、んで楽しい気持ちになってー気持ちよくなってー。で、飲みすぎると気持ち悪くなる」

「……そっかー」

透子はちょっと遠い目をしてしまった。


「あんたまさか……」

「ないわ。酔ったこと」

「「嘘でしょ!?」」

一斉いっせいに突っ込まれる。が、酔ったことない事実は変わらない。


「酒が水とか、人生損してるっ」

「うん。高いしね。本当に今度から水にしようかな」

真面目に考えはじめた透子にまわりはドン引いていた。

「うわばみって本当にいるのね」

「え?私うわばみなの!?」


「そうでしょ。それ以外考えられない」

友人の言葉はショックだった。私、うわばみ、なんだ……。ずーんと沈みながら、ふらつく友人たちを呼んだタクシーに押し込む。


「またね」

「あんたは?」

「近いし歩いて帰るよ。気をつけて」

「そっか。あんたも気をつけなよ。今度会うときまでに、いい人見つけておくのよ。次の飲み会のさかなにするんだから」

そりゃあ、無理ってものだ。はははと引きつった笑いを返すと、言いたい放題言った彼女たちの乗った車は発進した。


 小さくなるその車を見送っていると、いつの間にかあの、居酒屋にいた白い男性が近くに立っていた。

「よい夜ですね」

彼は透子に話しかけてきた。

「あの場所はどうでしたか? 宴会はたのしめましたか?」

こんなことを聞くって言うことは、彼はあの店の従業員なのだろう。


「はい。楽しめました。店の前で騒いで申し訳ありません」

ぺこりとおじぎをすると、彼は困ったような顔をした。

「実は先ほど、失礼とは思いつつ、あなたたちの話を聞いてしまったのです。あなたは、その、酔った経験をお持ちでないとか」

透子は羞恥で顔が真っ赤になった気がした。

「はい……お恥ずかしながら、そうみたいです」


ふむ。と男性は顎に手をあてた。

「せっかくうちに来ていただいたのに、そのままお返しするというのはこちらの気が済みません」

彼は後ろに回していた手を前にする。その手にはお守り袋のかけられた、小さな瓶が握られていた。


「これは、御神酒おみきです。これをあなたに差し上げましょう」

「え?」

「あの、気を使っていただいてすみません。ですが、私はジュースみたいな甘いお酒しか飲めないのです」


彼は、ちょっと考えてから、自らの髪を覆っていた布をはらりと取り去った。

「え?」

その髪は真っ白だった。

「ご安心を。その瓶の中に入っているのは酔える水です。あなたのお好きな飲み物に混ぜてお飲みください。私はこれでもあの場所にまつられている__酒神なのですよ」


冗談、だろうか。透子はなんと返していいかわからずに、彼を見つめてしまった。

彼は瓶の蓋を取って、透子に匂いを確かめるように言う。

確かに、アルコールの匂いはしなかった。


「信じられなくとも構いませんよ。でも、これは私からあなたに差し上げます。どうかおみやげにしてください」

そのまま、透子に瓶を押し付けると、彼は居酒屋の中へと消えていった。


 悪い人ではなさそうだった。透子は家に帰る道すがら、彼のことを考えていた。もし、透子を騙して、酔わせてなにかするつもりだったら、こんな風に、瓶だけ残して消えるはずはない。彼は自らを酒神と名乗った。あれは、冗談だろうか。


家に帰って、透子は瓶を見つめる。

「酔う。酔える……」

見れば見るほど気になる。別れ際の友達の言葉を思い出す。

『ぽわぽわってあったかくなってー、んで楽しい気持ちになってー気持ちよくなってー』


 お酒って気持ちよくなるものなのだろうか?透子はうずうずした。ちょっとだけ、ちょっとだけ試してみようかな?気持ちがぐらりと傾く。どうせ酔えないんだから、ダメ元でいいじゃない。


もう一度瓶の液体の匂いを嗅ぎ、一滴だけ舐めてみる。水だ。うん問題ない。

透子は、冷蔵庫に入っていたピーチハイをグラスに注ぎ、瓶の液体で半分に割る。


ほのかに甘い液体をぐいっと飲み干した。

こんなもので酔えるわけないか、と立ち上がった次の瞬間。


視界がくらりと暗転した。



次に目が覚めたとき、透子は何かひんやりとしたものに包まれていた。冷たくて火照ほてった身体に気持ちいい。ん?

透子はパチッと目を開ける。


これって

「わたし、よってる?」

「そのようですね」

独り言のつもりが、返事が返って来てびくっとする。透子の目の前には、あの白い男性の顔があった。ここは私の家だったはず。見慣れたワンルームの部屋の光景に見慣れない男性。一体何が起こっているの?


「随分と豪快に飲まれたみたいで」

笑みを含んだ言葉が落とされる。

「言い忘れたのですが、あの水は一口分で酔えたのですよ」

くすくすと彼は笑う。


「あの、どうやってここに?」

いろいろと聞きたいことはあったが、ほわほわして眠くて落ちそうになる瞼をなんとか押し上げて、それを聞く。

「よくごらんなさい。ほら目を開けて」

彼は笑うだけだ。


必死に落ちてくる瞼と格闘していると、目の前にお守り袋をのせた手のひらが差し出される。これが何か?


「まだ、わからないようですね」

透子の身体を包んでいた冷たいものがキュッと締まり、ざらっとした質感を伝えてくる。慌てて自らを包み込んでいるものを確認する。


うろこ?それは白くて長くてうろこがあった。その先をずっと辿っていくと、そこに青年の胴体がくっついている。彼は、店であった時とは違う白い着物をまとっていた。


「しろへび、さん?」

「はい」

彼がお守り袋の中身を取り出すと、そこにもやはり木彫りの蛇が出てきた。

「これを媒介にしてお邪魔しました。酒神だと言ったでしょう?」

「どうですか? 初めて酔った感想は」


透子は、酔ったとかそれ以前にこれはどんな展開だと内心突っ込んだが、口は勝手に言葉を紡ぐ。

「あのね。あったかくって、しろへびさん、つめたくって、きもちいいのー」

どこの変態だ! 突っ込みつつ、口と身体が止まらない。

さわさわとそのひんやりとした胴体を撫で、ぎゅっとしがみつく。


彼はその様子を目を細めてみていた。その瞳は、いつのまにか赤くなり、瞳孔が縦に裂けている。

「おやおや。随分と可愛らしいことで」

彼は子供のようにしがみつく透子の頭を冷たい手でゆったりと撫でる。


気持ちよくて顔がへにょんと緩んでしまう。これはもう、どうしようもない。

お酒ってこわい。

「私は酒神、うわばみと申します。白蛇と呼んでくださって構いませんよ」


「しろへびさんはーなんで、おみせにいたの?」

「私は、普段シロと呼ばれて、店の手伝いなんかも少々しています。このご時世ですから、このくらいしないと、酒神わたしの存在を信じてくれる人もいないのですよ」

「たいへんなのねー」


そうかそうか、神も働くご時世か。なんだかリアルだ。

「あなたのお名前は?」

「わたしー?とうこ」

「そう、透子さんというのですね」


「今時、あなたほど、純粋に酔えないお酒を楽しんでくれる人も珍しいのです」

「んー?」

「今は、嫌なことを忘れるために酔いたいと言う人も多いですしね」

「そうなんだー」

嫌な社会だ。だがそんなもんか。


だから、と彼はにっこり笑う。

「透子さん、私と友達になっていただけませんか?」

「ん?」

「透子さんも“うわばみ”でしょう?私も酒神ですからね。お酒に強く、酔えないのです」

「ふーん」

神様も色々あるんだなぁ。

「だめですか?」

「いいよー」

ちょっと待て私の口仕事しろ! 透子は全力で突っ込んだが、時すでに遅し。


「末長く仲良くしましょうね?」

意味ありげに微笑む白蛇にぎゅっと巻きつかれて抱きこまれてしまった。

「ほら、類は友を呼ぶって言うじゃないですか」


それって、すべては私がうわばみだから?

どうしてこうなった?突っ込みつつも、なんだか楽しくて気持ちいいしもういっかーと頭の半分が囁いている。


お酒ってほんとこわい。

「もう、のみすぎないもん」


その言葉に、おや? っと白蛇は眉を跳ね上げた。

「私のお酒は悪酔いしないので大丈夫ですよ。また、お持ちしますから、今度は一緒に飲みましょう?」

にこにこと笑う彼からは逃れられそうになくて、

「お酒、気持ちいいですよね? また、飲んでくれますよね?」

こっくりと首が勝手に頷く。


本当に、飲み過ぎには気をつけよう。透子は固く誓ったが、その誓いは、それから一度も守られることはなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 蛇だからですか。 なるほど。 一度もとは毎回ということですか。 うわばみなのに勿体ないのか、どっちだか。 [一言] ども。 飲み放題なら15杯ぐらい行きません? 注文から来るまでが遅い…
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