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 城の外に停められていたのは、二頭の銀鎧馬形(シュヴァル)が引く立派な馬車だ。本物の馬のように食事や休息を必要としない作り物の銀色の馬は、けれど本物のそれより速く地を駆ける。さすがは聖女を連れた禊の旅、ほぼお忍びのようなものとはいえできうる限りの贅沢と利便性は約束されているらしい。馬がこれなら馬車のほうもかなりの質が期待できそうだ。どうせカーディナルが座るのは御者台だろうが、快適であることに変わりはない。


「わー、なにこれ! なんかめっちゃピカピカしてる!」

「それは銀鎧馬形(シュヴァル)だ。魔具の一つで――――」

「ふーん、そうなんだー。ほらほらすみれちゃん、乗ろ乗ろ!」

「あっ、う、うん……」


 わいわい騒ぐご一行を尻目にさっさと荷物を積む。持っていた三つの鞄のうち、積み荷になるのは大きな手提げ鞄だけだった。肩から下げているのはただの鞄だが、腰に巻いているほうの鞄は無限収納(パニエ)だ。中には薬の他に、携帯したほうがいいと思った品々が入っている。薬の類を詰めた無限収納(パニエ)はもう一つあり、他の無限収納(パニエ)をともに詰めた大きな手提げ鞄のほうに入っていた。

 誰かに命じられる前に御者台に座って肩の鞄を下ろす。すぐに全員乗り込んだらしく、客室と御者台を繋ぐ小窓が開いた。さっさと出せだのなんだの言ってくるのはカミーユで、それに生返事を返して銀鎧馬形(シュヴァル)を走らせる。銀鎧馬形(シュヴァル)の最大の利点は、手綱さえ握ることができればあとは誰にでも操れることだろう。


「あの、カーディナルさん。わたしもそっちにいっていいですか?」

「はい?」


 スミレにそう持ち掛けられたのは、昼食のために一時停車しているときだった。太陽は真上に昇っていて、王都なんてもうとっくに見る影もない。銀鎧馬形(シュヴァル)のおかげで思っていたより早く最初の目的地に着きそうだった。

 客室の中にはもう誰もいない。みな、外で昼食を食べている。リリがそうしたいと言ったからだ。静かな街道の外れを流れる川辺は聖女殿のお気に召したようで、遠足がどうとか言っていた。その輪に加わる気は初めからないので、カーディナルだけは御者台から降りずにサンドイッチを食べていたが。


「本当は、最初から言おうと思ったんですけど……。やっぱり、その、中は結構いたたまれなくて」

「ああ……。いいですよ、どうぞこちらに」


 それはそうだろう。三人の男達はみなリリを崇めているが、一方でスミレのことは邪険にしている。たとえリリがスミレを輪に加えようとしていても、スミレが居心地の悪さを感じるのは当然のことだ。気づかずすまなかったと謝罪して、彼女のための場所をあけた。


「あれ? すみれちゃん、乗らないの? 運転交代……するわけじゃない、よね?」

「う、うん。ちょっと風に当たりたくて」

「あっ、そっか。わかった! じゃあねー!」


 戻ってきたリリは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐににまりと笑って中に入る。クロード達はそもそもスミレがどこにいようがどうでもいいようだ。こちらへは一瞥もしないまま、リリの後を追って馬車に乗った。


「今の季節、気候は安定しておりません。貴方が思っているより冷え込むときもあるでしょうし、空気は存外冷たいものです。もしも寒いようであれば、これでも羽織っていてください」

「わ、いいんですか?」


 腰の無限収納(パニエ)から黒いゆったりした外套を取り出す。祭服と揃いのそれは飾りらしい飾りもないが、防寒程度の役割なら十二分に果たすだろう。男物ということもあってすみれには大きすぎるかもしれないが、窮屈よりはいいはずだ。すみれは小さな鞄から上着が出てきたことに目を丸くしたが、無限収納(パニエ)の存在を思い出したのか何も言わなかった。


「カーディナルさんも寒いんじゃ……」

「お気になさらず。この格好は、ほとんど寒さを感じませんので」


 カーディナルが着ている祭服は立襟の長袖で、足首まで覆うほど丈も長い。祭服の下にはシャツも着ている。白い手袋とブーツのおかげで肌の露出はさらに少なく、むしろ少し暑いくらいだ。すみれは小さな声で礼を言い、顔を(うず)めるような形で外套にくるまった。


「それでは行きましょうか。危ないですから、急に立ち上がったりしないようにしてくださいね」

「はい、気をつけます」


 速いとはいえ馬車の作りがいいせいかそこまで揺れず、多少の風除けもついている。安全と言えば安全だが、予期しない動作をされれば保証はできない。一応忠告しつつ、馬車を再び走らせる。


「カーディナルさんって、馬車も操縦できるんですね」

「ええ、多少は心得があります。とはいえ、これは銀鎧馬形(シュヴァル)ですからね。誰でもすぐ扱えるようになりますよ。やってみますか?」

「ええ!? 無理、無理ですっ!」


 冗談交じりに訪ねてみれば、青い顔でぶんぶんと首を横に振られた。その反応が面白くて、思わずくすりと笑ってしまう。


「その……仮面越しで、視界とか悪くならないんですか?」

「ご心配なく。実はこの仮面も魔具でして。たとえつけていても、まるでつけていないかのように生活できるんです。視界も呼吸も、それから食事も阻害されません」

「便利なんですね。本当に、外す必要がないんだ……」

「この間からずいぶん侍女殿はこの仮面に興味を示してくださるようですね。もしや、仮面修道会に興味がおありで?」

「そうですね……。少し、気になってます。そこにいけば、わたしもちょっとは自由になれるのかなって」


 軽口のつもりだったのだが、スミレは本気にしてしまったようだ。悩ましげに眉を寄せ、何かを諦めるように遠くを見つめる。その横顔に思わず目を奪われた。


「けど、色々訊いてるのはそういうことじゃなくて、カーディナルさんのことが知りたいからで……あっ、ごめんなさい、突然こんなこと言われても困らせるだけですよね」

「……いえ、大丈夫ですよ。私などに興味を持つとは、侍女殿は奇特な方ですね」


 自嘲気味に笑う。自分のことが知りたいだなんて、そんなことを言われたのは初めてだった。

 スミレのほうから自分に興味を持ってくれたのは都合がいい。聞かれてもいない自分語りをする心労が省けた。そう思うべきだ。けれど、何を言えばいいのかわからない。同情を買いたいわけでも、憐れまれたいわけでもない。それなのに、それを出汁にして侍女には聖女へ話してもらわなければいけない。ああ、でも、惨めな男の半生を語ったところで、好意を得ることに繋がるのだろうか。


「……訊かないのですか、仮面修道会がどのような組織か。それとも、すでに誰かに訊いておられるのでしょうか?」

「カミーユさんとアンリさんから、少し。その……社会になじめなかった人達の逃げ場所、なんですよね」


 それは、最大限に柔らかくした表現なのだろう。仮面修道会にいるのは、大手を振って外の世界を歩けない者ばかりだ。罪を犯した者やその家族、あるいは奴隷階級。そして、表向きには死んだことになっている者。素顔を晒せば後ろ指を指されて石を投げられる者達が集う、最後の安らぎの地。誰からもその生を望まれなかった者達が、寄り集まって仮面修道会という組織を維持している。カーディナル・フォウも、あの組織を構成する者の一人だ。


「ええ、そうです。……私の母親は罪人でした。彼女の罪の名のもとに生まれた私もまた罪人です。私は産まれてはいけない子供で、だから母から捨てられて、仮面修道会に預けられました。……大人達には感謝していますよ。そのおかげで、私は今日(こんにち)まで生きられたのですから。あまりいいものではありませんけどね、仮面修道会なんて。あそこに入りたいと思うとは、侍女殿は変わった考えをお持ちのようだ」

「わたしは……どこにいても誰かと比べられて、誰にも“わたし”を認めてもらえないから、だったらいっそ“わたし”でなくなっちゃえば楽になれるかな、って……。ごめんなさい、すごく失礼で、無神経でしたよね。カーディナルさんは、好きで入ったわけじゃなかったのに……」


 スミレは俯き、ぎゅっと拳を握った。「お気になさらず」精いっぱいの虚勢とともに吐き出した声は、震えてはいなかっただろうか。


「侍女殿が何を考えていようと、それは貴方の自由です。それを責める権利は私にはありません」

「そう、ですか。……じゃあ、失礼ついでにおせっかいを一言だけ言っていいですか」

「……はい?」

「カーディナルさんのお母さんが、何をしたのかは知りません。でも、だからってカーディナルさんまで罪人だなんてことにはならないです。お母さんはお母さん、カーディナルさんはカーディナルさんなんですから」


 そう言ったスミレの顔には、先ほどまでの委縮した様子なんて欠片もなかった。こちらを真摯に見つめる瞳に気圧され、言葉がすぐに出なくなる。スミレはもう一度謝罪して口をつぐんだ。


(違いますよ。私は罪を背負って産まれてきたのです。あの人の犯した罪は、姦淫なのですから)


 それ以上を今のスミレに話しても仕方がないと、心の中でだけ続ける。

 母は夫のいる身でありながら他の男と通じ、あまつさえ子まで身ごもった。

 だから彼女には子が二人いる。恋人との間に生まれた子と、夫との間に生まれた子。その内の一人がカーディナルだった。


 カーディナルは母の罪の証そのものだ。だから忌まれ、疎まれた。生まれ落ちたカーディナルは、父親に存在を知られないまま仮面修道会に預けられた。


 ああ、でも、その業を背負うべきは、不義の子だと罵られるべきは、本当は――――

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