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「あ、あの、カーディナルさん。これ、よかったら……その、食べてください……」

「私に、ですか」


 出立を明日に控えた日の昼下がり、カーディナルの客室にやってきたスミレはどこかぎこちない顔で紙袋を抱えていた。蚊の鳴くような声で差し出されたそれを受け取ると、かさりと小さな音がする。軽い。はて、中身は何だろう。食べ物のようだが、わざわざそんなものを差し出される心当たりはなかった。


「この前のお礼、です。いらなかったら捨ててください!」

「はぁ」


 包みを眺めているうちに、スミレは逃げるように走っていってしまう。よく見ると紙袋にはどこかの店のものらしい紋章が印字されていて、そういえばつい昨日聖女と聖女の侍女に対して支度金が渡されたという話を思い出して。旅に必要なものや資金は別で用意されているはずだ。だからそれは、旅の間二人が自由に使うための金という意味だと思う。そもそも二人はこの世界の通貨など持っていないはず――――なら、これを買う金はどこから捻出したのだろう。


「侍女殿、よければ今日もお茶をしていきませんか? どうせなら一緒に食べましょう。今日も働きづめなのでしょう。少し休憩していってもいいと思いますよ」


 遠ざかる背中に呼びかける。わざわざ与えられた小遣いを削ってまでカーディナルのために用意したのだ。少しぐらい彼女自身に食べてもらってもいいだろう。


「え、でも、これは、何度も助けてもらったお礼ですから……」

「ああ、そういえばそんなこともありましたね。気にせずともよろしかったのに。……では、言葉を変えましょう。貴方の時間を私のために使ってほしいのです。そのお礼として、何か召しあがっていってください」


 聖女を狙う男は多く、その中にカーディナルが混じることは誰にも歓迎されない。だからカーディナルは聖女に近づくことができない。けれど聖女の侍女は違う。王族が下した勅命のせいもあり、男達は誰も彼女に敬意を払わない――――しかし彼女は、この世界において聖女から別格の扱いを受けるただ一人の少女だ。

 侍女の口からカーディナルのいい評判を聖女に聞かせることができれば。聖女に直接群がる男達とは別の方向から聖女に訴えかけることができれば。聖女はきっと、カーディナルに関心を抱くだろう。他の男達とは違う、カーディナル・フォウという青年に。


(魔術師殿、貴方の心配は無意味なものです。何故なら私は聖女殿を愛する気などないのですから。……聖女殿のほうが私に興味を持ってくれたとしても、その責任は私にはありません)


 人は嫌いだ。素顔を覆うこの仮面を見て、向こうのほうから遠ざかってくれるならそれでいい。

 けれど、本音を隠す仮面を被るのは慣れている。必要ならば、遠ざかろうとする者を引き留めることはする。

 優しい声音の提案に、スミレは戸惑いながらも頷いた。仮面の下でほくそえむ。たとえ相手がか弱い少女であれ、いいように使うことに心は痛まない。自分の居場所を――――この存在を他者に認めさせるためならば、なんであろうと利用する。初めて母に出会ったあの日、そう心に決めたのだから。


「今日もコーヒーでよろしいですか?」

「は、はい。お願いします」


 ちょうど小腹がすく時間帯だ。スミレを椅子に座らせ、軽食の用意をする。カーディナルと同じようにスミレも口下手らしく、交わされる会話は弾むというほどのものではない。けれど不思議と気まずさや居心地の悪さはなかった。 


「あの、紅茶、お好きなんですか?」


 ふと、スミレはカーディナルの手元を見てそう問いかけた。今日飲んでいるのはアップルティーだ。そういえば、以前彼女を招いたときも自分のティーカップにはレモンティーが注がれていた。


「これはただの紅茶ではなく、着香茶の一種ですが……どちらにせよ、特段好きというわけではありませんよ? そのときの気分で選んでいるだけなので、こだわりなどは特にございません。茶葉の買い置きがあるだけです。侍女殿はコーヒーのほうがお好きなようですが」

「はい。わたし、あんまり紅茶とかって飲んだことがなくて。興味はあるんですけど……」

「おや、そうでしたか。では、試しに飲んでみますか?」

「あっ、ありがとうございます!」

 

 何気なく尋ねれば、思ったよりも乗り気の返事が返ってきた。もう一つティーカップを取り出して、テーブルに置いたままのティーポットからアップルティーを注ぐ。差し出したアップルティーを、スミレは恐る恐る口に含んだ。


「おいしい……」

「それはよかった。他にもまだ種類がありますから、飲みたいものがあればお気軽におっしゃってくださいね」


 仮面をつけたままティーカップを口に運ぶ。アップルティーは問題なく喉奥へと流れていった。そんなカーディナルの一連の動きを、スミレは不思議そうに見ている。


「あの……失礼かもしれないんですけど、やっぱり食事のときでも仮面は外さないんですね」

「ええ、この仮面は私の一部なので。人前では決して外さぬよう、修道会の戒律で定められているんです」

「ご、ごめんなさい。仮面修道会、でしたっけ。結構厳しいというか……本当に名前の通りなんですね」

「それが我々の運命(さだめ)ですから。ですが、みな望んで仮面をつけていますよ」


 微笑んだまま小さな嘘をついた。確かに、仮面修道会の中には自ら望んで“個”を消した者もいる。けれど、望まないまま“個”を奪われた者だっていた。カーディナルもその一人だ。そうするしか生きられないという意味では、誰もが同じようなものだったが。


「さあ、侍女殿。このケーキも召し上がってみてください。同期の男が薦めてくれた店のものです。味にうるさい男のお墨付きですから、きっと侍女殿のお口にも合うでしょう」

「あ……ありがとう、ございます……」


 今日もテーブルに並べたのはビショップ・ナインが薦める店で買ってきたものだ。彼の話を交えて一つ一つ紹介する。そういえば、これからしばらく王都を離れるのだからもう少し買い足しておけばよかった。夕方にでも買いに行こうか――――ぼんやりそう思っていると、まるで冷水を浴びせかけられたような気分を味わうことになった。


「その……お茶もそうなんですけど、カーディナルさんは、どれがおすすめ……どれがお好きなんですか? そこにあるからじゃなくて、自分で選んだもので」

「……はい?」

「あっ、いえ、な、なんでもありません! どれもカーディナルさんが用意したものなんですから、全部そうですよね!」


 スミレは慌てたように言葉を重ねてケーキを頬張る。問いかけの真意どころかその意味すらわからなかったが、取り下げられたのだから答える必要はないだろう。だから、それについて考える必要もない。ない、はずなのに。何故だろう、何かが無性に引っかかる。

 

「カーディナルさん、今日もごちそうさまでした。ありがとうございます」

「こちらこそ、私などのために時間を割いてくださってありがとうございました。また何かあればお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「はっ、はい! いつでも大丈夫ですっ!」


 窓から差し込む夕日のせいか、スミレの顔は若干赤い。傾きかけた陽に急き立てられるかのように、スミレはばたばたと慌ただしく出ていった。


*


 出立の日の朝、カーディナル達は謁見の間にて女王との拝謁を果たしていた。オルガ・ルイゾン・ド・ラムグルナ。掲げられた夫の肖像画を背にして立つ仮初の女王は、赤紫の目を細めてたおやかに微笑んだ。


「女神サクレイドルの(かいな)(いだ)かれし三王国がひとつ、紅蓮の炎のラムグルナが女王として任じます。王子クロード・ジュリアン・ド・ラムグルナ、騎士アンリ・タレイラン、魔術師カミーユ・アティアス、そして祈術師カーディナル・フォウ。聖女リリ様とご友人のスミレ様をよく支え、女神の宮殿(サンクチュエール)へ向かうのです」


 厳粛な空気に包まれる謁見の間では、誰もが真面目な顔で女王オルガを見ていた。聖女とともに禊の旅に出る者の名を呼び、女王は上品な笑みを浮かべたまま一人一人に一瞥をくれる。そこでようやくカーディナルも彼女の顔をよく見ることができた。

 もう四十も後半に差しかかろうとする年齢のせいだろう。浅緋(あさひ)の髪にはわずかに白いものが混じっていて、顔にもしわが刻まれていた。だが、在りし日を想起させる年相応の美しさという意味ではその美に一点の曇りもない。優しげな風貌の彼女が見た目通りの穏やかな女性などではないことは、嫌と言うほど知っていたけれど。


「禊の旅の果て、いずれの国も女神の祝福を再び賜ることでしょう。先祖の代から受け継いできた百年の平和と繁栄のため、そして我らに続く子らのため、旅立つ貴方達に女神の加護がありますよう」


 オルガが贈る言葉はそれで終わりのようだ。女王の退出と同時に時が動き出した。

 ひとまず自作の身代人形(タリスモン)を全員に一枚ずつ配る。ペンダントの形のそれは、身代人形(タリスモン)のなかでも最上位の、所持さえしていれば自動で効果を発揮するものだ。請け負えるのは致死量相当の怪我までで、一度でも即死級のダメージを受けるか蓄積されたダメージが許容量を越えればその時点で壊れてしまう。注意点を含めて説明したカーディナル手製のそれを、アンリはうさんくさげに、リリとスミレは怪訝そうに、そしてカミーユとクロードは心底嫌そうに受け取った。

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