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「お呼びでしょうか、殿下」


 仮面の下に完璧な笑みを張りつけ、ソファに深く沈む王子の前に跪く。いつかは拒めた聖女の誘いも、王子直々の呼び出しとなればそういうわけにもいかない。夜遅く招かれた小さなサロンには、王子クロードとアンリを筆頭にした護衛の騎士が五人ばかりカーディナルの来訪を待っていた。

 ソファの傍らには小さな丸テーブルがあり、水差しとグラスが置いてある。当然クロード一人分だ。呼び出されたとはいえ歓待を受けるとは思っていない。そもそもカーディナルの席など用意されていないのだから。


「……君がカーディナル・フォウか。こうして直接、君とだけ言葉を交わすのは初めてだね。できればこれが最後であってほしいものだけど……そういうわけにもいかないか」


 クロードは物憂げに呟いた。クロードもカーディナルも、ともに禊の旅に出る者だ。多少の無視はできたとしても、仲間全体の不利益になるほど意思の疎通を怠るわけにはいかない。こちらから積極的に話しかけることはないが、どうしても外せない用事があるときは会話を試みる……カーディナルがそう考えていたように、恐らくクロードのほうでもそう思っているのだろう。できればそんな機会はなくていいと、何故かクロードのほうでも願っている雰囲気ではあったが。


「カーディナル、君はスミレと親しくしているらしいね。嘘やごまかしは無意味だ。目撃者が何人かいる。君達二人が連れ立って歩いていたり、君の客室(へや)に彼女が入っていったりするのを見た者が」

「……ええ、事実です。ですが、宮廷の風紀を乱すようなことはございません」

「それについてはどうでもいいんだ。スミレはあくまで聖女様のご友人(・・・)だからね。彼女が誰に想いを寄せられようが、彼女が誰を恋い慕おうが、そんなことに興味はない」

「私達はそのような間柄では、」

「どうでもいいと言っただろう。同じことを何度も言わせないでくれたまえ」


 ぴしゃり、冷たい言葉と眼差しではねのけられる。多分、クロードにとってはスミレもカーディナルも“人”ではないのだろう。同じ感情を持ち、同じ心を抱くものだとみなしてもらえていないのだ。

 もしもカーディナルがスミレを手籠めにしても、そしてそのせいでスミレが壊れてしまっても、クロードは今と同じ声と表情で「どうでもいい」と吐き捨てるに違いない。女神が連れてきた二人の少女のうち、クロードにとって大事なのは聖女リリ一人だけなのだから。


「……では、一体いかなるご用で私をお呼びになったのですか?」


 それが不快で、苛立たしくて。必死に感情を抑え、努めて平坦な声で問う。答えはあっさり返ってきた――――あまりスミレと親しくしすぎないでくれ、と。


「それは……どういう意味でしょう?」

「言葉通りだ。僕が、そして母上が、城の者達にこう命じている。スミレには冷たくするように、と。どうせみな聖女のおまけなんかにはいい感情を抱いていないだろうから、この一言で十分なはずだった。スミレの待遇の改善を求める声も上がっていないし、リリだけは不公平を訴えているがそれを聞き入れる気など僕らにはない。叛いているのはリリと君だけだ。君はもともと城の人間ではないから、知りもしなかったんだろうが」

「……何故、そのような勅命を?」


 どこかで話がねじ曲がった。修道院で暮らすカーディナルの耳には、綺麗な部分しか届いていなかった。城の者達は悪意をもってスミレを冷遇していた。うすうす勘づいてはいたことだが、実際に首謀者の口から聞かされるのはやはり衝撃が大きい。


「理由を話すつもりはない。それは君に言うことではないからね。三王国には長年受け継いできた伝統があり、女神の宮殿(サンクチュエール)の聖職者からの達しがあり、そして僕には僕の考えがある。僕はそれに基づいて行動しているだけだ。……だからカーディナル、君に改めて命じよう。これ以上スミレと親しくしないでくれ。他の者と同じように、君も彼女に冷たく当たるんだ」

「拝命いたしかねます」


 とっさにそう言っていた。考えるより早く口をついた反逆の言葉に、クロードの背後に立つ騎士達が色めき立つ。それを手で制し、クロードはけれどむっとしたように顔をしかめた。


「どうしてだい?」

「……意義を感じられないからです」


 なんとか理由をひねり出す。何も考えていなかったのに否定の言葉を紡いだのは失敗だった。それでもそれらしい理由はすぐに思いつく。多少の棘を含んでいるが、どうせわかりはしないだろう。


「頼れる者もいない、いたいけな少女をよってたかって虐げよなど……誇り高き王族の言葉とはとても思えません」

「殿下を愚弄するのか、カーディナル!」


 顔を上げて不遜に言い募ると、すかさずアンリが抜刀した。左の首筋に冷たいものがあてがわれ、わずかに血がにじむ。深緋(こきひ)の髪が数本はらりと舞った。きらりと鋭く輝く銀は、しかしカーディナルの熱を奪うには足りない。手袋が裂けて血が滴るのも構わずそれを押しのけ、仮面越しにクロードを射抜くように見つめる。


「それが君の答えか」


 クロードは小さくため息をついた。「いいだろう、そこまで言うならこの命令は撤回しようじゃないか。君は君で好きにやればいい」……そう言って、彼は手元のグラスに水を注いだ。


「無礼は許そう。だが――貴様の薄汚れた血で城を穢すな」

「――ッ!?」


 ひゅっと心が凍りつく。滴る水の冷たさより、いっそう身体の温度が下がる。激しく脈打つ心臓とは裏腹に血が引いていった。しかしそれらはすぐにこの身を焼き尽くす炎に変わる。一度味わった冷たさを反動に、昏い炎は激しく燃え上がった。


「申し訳ございませんでした」


 丈の長い祭服のおかげで、水をかけられたとはいえ直に濡れた部分は少ない。魔具の仮面は多少水も通してしまうが、口元が濡れただけだ。燃え滾る炎を必死で鎮め、身なりを整え、悠然と微笑む。けれどそれが気に食わなかったのか、クロードは水差しを手に取った。


「愚を犯した貴様の頭を、僕が冷やしてやる。……何をしている、早く(ぬか)ずけ!」

「……はっ」


 どぼどぼと注がれる水を無言で浴びる。騎士達、特にアンリはまだ不満そうだったが、クロードがこれで手打ちにするならと渋々引き下がった。ラムグルナは政教一致の王政国家だ。女神に認められ、統治の権利を授かった三つの一族が統べる三王国が一つ、紅蓮の炎のラムグルナが王の座を約束された王太子。彼への反逆の代償がこの程度で済むなら安いものだろう。


*


「……よろしかったのですか、あの程度で赦して。あの男は殿下の命に叛いたのです。もっと重い処罰を……」


 ずぶ濡れのカーディナルを退出させたあと、濡れた床の後始末をさせるため呼んだ使用人が来るのを待つ間、アンリは声を潜めて主君に問うた。クロードは、先ほどとは打って変わって穏やかな微笑を浮べている。


「いいんだよ。あの命令は、彼に対してはそこまで強制するべきものでもなかったから。……僕が気分を害したのは別の理由だ」

「はぁ……」


 クロードと女王が下した命の意味をアンリは知らない。けれど確かに聖女のご友人の存在は不可解で、その座を乗っ取ろうと画策した不埒者なのではないかと勘ぐったこともあった。こちらが歓迎すべきは聖女一人で、女神が遣わしたのも聖女だけのはずなのに、このご友人とやらは一体何者なのだろう。聖女ではない怪しい来訪者は、たとえ無力な少女の姿をしていたとしても丁重に扱う気にはなれない。異界からの客人だなんて、アンリ達にしてみれば人間ではないのだから。

 聖女には敬うだけの理由がある。女神の証を持ち、女神の力を身に宿すのだから。聖女がただの人間ではないのは当然だ。彼女はいわば現人神。人と同格だとみなすなど畏れ多い。しかしご友人にそれはない。女神の証も、女神の力も持たない、現人神の出来損ない。いや、神だとみなすのもおこがましいか。だからスミレが迫害の対象となったとしても、アンリの心は痛まなかった。

 女王と王太子の勅命は、城の者達に余計な気疲れをさせないためのものなのだと自分の中で納得のいく説明をつけ、それに粛々と従っている。城の者は誰もがそうだろう。カーディナルは城の人間ではないが、禊の旅の同行者だ。当然従うべきであるはずなのだが、主君が赦すというならいいのだろうか。


「虐げられる者同士、せいぜい傷を舐め合ってひとときの甘い夢でも見ているがいいさ。……その愚かさの代償は、自分達で支払うことになるだろうけどね」


 クロードは嗤う。母女王似の優しげな顔を憎悪に歪ませる主君の姿に、アンリは思わず息を飲んだ。


*

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