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02:惑星開発事業

 人が宇宙に住むとなった時、もっとも重要視されたのはやはりその環境である。

 これまでとまったく異なる環境下であることを理解していても、それまで住んでいた地球に似せたい。模倣したいと思うのはごく当たり前のことだった。


 かつて、90年代初期の米国にて『バイオスフィア2(第二の生物圏)』というガラス張りのピラミッドの様な一風変わった研究施設が建設され、稼働していた。

 

 地球各地の特別な環境を、それぞれの動植物等を持ちこむ事で再現させたこの施設は、8名の研究者を隔離、滞在させ、農耕や牧畜を行い全ての自給自足を行わせる事を目的としていた。水、食糧はもちろん、普段当たり前にある酸素までがその対象だった。

 結論から言えば実験は失敗。100年という長期計画は、わずか二年で破たんした。

 土中の微生物や建材の特性などによる酸素不足、二酸化炭素の想定以上の増加。それに伴う作物の不作――つまりは食糧の不足。これは一例だが、様々な要因で実験の続行は不可能になったのである。


 それからバイオスフィア2は見学可能な観光地になるが、ここで得られた分析データは、その後の閉鎖環境に関する研究の糧となった。

 その後日本やロシア、イギリス、中国等様々な国で、目指す物は違えど様々な実験が行われ、蓄積し、それらはやがてコロニーやステーションの建造計画において非常に重要な物になるのだった。














「クルトさん、本社からのリストが支社経由の星間通信で届いています。搬入する機材や備品の一覧ですね」

「備品はともかく、機材の内訳は?」


 たまに協力し、時に団欒の時間を取り、そして時に種族の壁を越えた決闘を行いながらもようやく目的のステーションに到着したクルトとリーゼのコンビは、滞在手続きを取ってから適当なホテルを拠点に、ここ数日は買い物や食事で英気を養っていた。

 そんな中、リーゼが管理している仕事用の情報端末に反応があった。仕事の時間が近づいているという実にいや~~なお知らせだ。


「えーと、目に付く物は……大気循環維持装置に水質循環装置各5機ずつ。大気圏内外用それぞれのソーラーパネル及び送電システム、それに環境整備用の遺伝子操作動植物(バイオクリーチャー)……なんだか、テラフォーミングというより、ほとんど小型のコロニー建造みたいな感じですね。クリーチャーの類を用意する辺りはそれっぽいですけど」


 首をかしげてそう呟くリーゼに、クルトは少し黙ってから、


「パラ・テラフォーミングって奴だ。お前はまだ関わったことなかったか?」

「あ、はい。ここに来る前は資源管理部にいたので、主に掘削とか伐採、採掘技術や、それに関連する環境保全などが主でして……」


 リーゼがクルトと組むようになって大体3年。その前から会社に勤めていたのでどこかの部署に当然いたはずなのだが、クルトは聞いた事がなかった。いろんな部署を盥回しにされていたとは聞いていたが、特に話題にする事はなかったのだ。


「あー、分かりやすく言うと、惑星の一部に居住可能な地域ってか……ドームとか大きい家の様な物を作って、それを少しずつ広げるってやり方だ。最終的にはそれを惑星全部にな」

「……地表にコロニーを作るみたいですね」

「あながち間違っちゃいねぇよ。実際、コロニー建造計画の時にはこの技術を流用したって話だ」


 コロニーにせよ宇宙ステーションにせよ、中身はかなり洒落ている。

 閉鎖空間での生活、少しでもストレスや不快感を減らすために、外観やその維持には常にお金と手間暇を掛けている。当然、二人が歩いているこのステーションも。

 どこか庭園と都市を融合させたような街並み。その中心っぽい噴水近くのベンチにクルトが、続いてリーゼが腰を下ろす。


「ただ、これって金がかかるんだよなぁ……」

「そうですか? テラフォーミングだと、まず使えそうな惑星を見つけるだけで時点で国家予算よりも大きいお金がかかりますけど」

「だから大体は複数の企業や国が金出し合うし、それにある一定まで行けば後は惑星の循環機能を少し補助するだけでかなり違うだろ? 無料ってわけにはいかねーけどよ。対してパラの場合は、機能維持のために常に目ん玉飛び出る大金が必須なんだよ。コロニーと同じだ」


 どんなものでも、基本的に維持費という物が必要になる。家電製品や車と言った物から、家やビル等の建築物。それこそ、人間関係や信頼などの目に見えないものにまで。


「まぁ、実際の相談役と技術畑の人間はそれぞれ機材なんかと一緒に来るらしいから、詳しい話はその時までお預けだ」





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 大量の機材などを積んだ大型カーゴシップがステーションにたどり着いたのは、ちょうど一週間後だった。


「なるほど、君が支部長が言ってた人員か」

「……確認しました。カスタマーサポート部第5班班長、クルト=ゼイフリード。および唯一の班員であるガイノイド。パーソナルネーム、リーゼ……顔写真と一致しました。変装、整形、頭部パーツの変形、取り換えがなければ本人です」

「む、確実と言えないのは困るな」

「…………そこまで疑うんなら指紋と網膜パターンも確認してくれ。――いや、ジーッと見られても分かんねーだろ」


 そして、仕事の主軸になる人員も同じくだ。

 一人は、聞かされていなければ科学者だとは信じられない少女だ。恐らく16~18くらい。それも、かなり可愛い――いや、綺麗と言うべきか。

 外跳ねのショートヘアに、エクステを付けている辺りお洒落にも気を使っているように見えるが、少々表情に動きがないため、冷たい印象を受ける。


「開発研究部第二室所属、イルムヒルト=クルーグハルト。君と同じドイツ系だ。イルでいい。こっちのガイノイドは私の助手だ」


 イルムヒルト――イルに促され、少し背の低いスーツ姿のガイノイドが一歩前に出る。


「個体名称、MO8191。現在はパスカルと呼称されています。どうぞよろしく」


 同じガイノイドであるリーゼが人間と変わらない表情の豊かさを持っているのに対して、こちらはまるで旧時代の創作物によく描かれていたような無表情無感情の、アンドロイドというよりロボットのような存在だ。


「……ひょっとして、AIを移し替えました? 他の工作機か何かから、人型に」


 それに違和感を持ったのかリーゼがそう聞くと、MO8191――パスカルはコクリと小さく頷き、


「はい。いいえ、少し違います。元々は第二次AI独立戦争時に開発された人型宙間戦闘機の制御AIに向けて調整された個体でした。機体への移植時に戦争が終結したため、計画を変更。この筐体へと移植し、以後活動を継続しています」


 坦々とした口調で語られた出自にリーゼは納得したのか、「あー、なるほどそれで」一人でしきりに頷いている。


「さて、自己紹介も一応済んだ事だ。早速仕事の話に移るとしよう」













「現状をまとめよう。これから向かうE3エリアで、現在地軸の安定に成功した人工惑星――の、元と言える物は6つ。その中で球体に人工プレートの上から圧縮を続けた結果、マグマが精製されて地熱を持つようになったのは2つだけ。その片方で実験を行う」

「実験……なんだな?」

「そうだ」


 大きな電子ボードの前に、先ほどは身に付けていなかった眼鏡をかけたイルが立って説明をしている。

 パスカルはそのすぐ斜め後ろに控えている。


「この業界にいるのならば知っていると思うが……イギリスは宇宙開発において人工衛星関連、そして無重力における特殊鉱石の精製の技術においてかなりの積み重ねがあるが、その一方で惑星開発に関しては実績はほぼ皆無と言っていい。……EUがそちら方面でイギリスを押さえていたからな」

「……他のテラフォーミング計画に一枚噛もうって訳じゃないよな?」

「もちろん。イギリスは、宇宙開発における『完全な拠点』を手にしたいのさ」


 イルがボードを軽く触ると、次々にコロニーやステーションの写真が展開されていく。


「イギリスが所有するコロニー、ステーションだ。だがそのほとんどは、EU所属の国家のいずれかとの共同。そして彼らは未だ、地球型惑星に拠点を持っていない」

「ほとんどの国が持ってねぇだろ。アメリカとロシアが一つずつくらいじゃなかったか? 完全にイジれる地球型惑星ってのは」


 基本的に地球型惑星は報告の義務が国連で決まっている。

 ようするに一国による独り占めは基本止めましょうという話だ。


「そうだ。その結果、その二国に国力が集中している。完全な二極化だな。……東アジア連合あたりは隠し持っているかもしれんが……」


 頭を軽く横に振るイルに対して、パスカルは首を縦に振る。


「どこの国も秘匿しようとする可能性は十分あります。その中で秘匿を貫く事が可能で、かつ単独で開発が可能な国はどこかと言われるとかなり絞られますが」

「まぁ、そういう事だ」


 以降の宇宙開発のために実験惑星という事で、米露だけが一つずつ地球型惑星を所有しており、そこに同盟国が使わせてもらったり、あるいは莫大な金で一部を借り受けている国もある。

 惑星開発事業や宇宙開拓事業は、そういった状況を打破しようとする動きから出た物でもあった。


「すでに開拓されている宙域は手を出しにくい」


 もう一度イルが手をかざすと、現在宇宙へと広がり続けている人類の生存系を示す地図が表示されていく。

 最初は地球がアップで映っていた地図はすぐにズームアウトしていき、建造されたコロニーやステーションが次々に分かりやすい青で示されていく。


「特にイギリスはAI独立戦争時に主要な軍事ステーションを落とされ、ステーションも一時押さえられていた。そこまで古い話じゃない。その影響力の低下を恐れていると言う訳さ」

「あの~……ひょっとして、今回の仕事って前倒しだったりします?」


 リーゼがそう尋ねる。

 こちらに来る前に、確かリーゼはこの宙域の実験計画は二世紀近くを費やしたと言っていた。

 十分な蓄積があったのかもしれないが、ここまでの話を聞いていると、どうも今すぐ他国に示せる実績を欲しているような気がするのは確かだ。


 ……と、いうよりそうなのだろう。


 なにせイルが、その綺麗な顔を皮肉気にニヤリと歪めている。


「まぁ、そういう事だ。人口太陽を配置した人工惑星系の中での惑星開発。まずこの計画を大々的に宣伝するつもりだそうだ」

「……国の威信、か」

「軽く聞こえるかもしれんが、決して軽く見てはならない物だ。特に、『大英帝国』という歴史を持つあの国はな」

「…………そう、だな」


 イルが三度ボードに手をかざす。今度は、写真では分からないが恐らく地球とほぼ同サイズなのだろう。

 所々に、巨大な氷塊が無数に突き刺さり白くなっている所がある。


「見ての通り、すでに氷の搬送を始めている。まだ派手に溶けてはいないが、様子を見て一気に熱を加える予定だ」

「大気状況は?」

「少々型落ちするが、1年前から磁気フィールド・パネルを何重にも設置している。火星開発計画時に試作されたのを問題点を見直し、一から設計し直した一品だ。安定と信頼性では最上といっていい」


 ボードには、小型人工衛星が映される。これが磁気フィールドの発生装置なのだろう。

 これらを大量に対象の惑星に



それからは二酸化炭素の大量散布を行っているそうだ。地熱による温暖化が始まっている事から見ても、それなりに安定していると見ていい」

「……イギリス側、キチンとした学者がやっぱりいるんじゃねーか。なんでウチに依頼してきた? 人足不足か? それなら機材大目に用意するとこなんだが……」


 少なくとも基本はしっかりしている。

 自分達がよく相手にする客は、手を組んだ企業による小惑星開発だ。

 そこまで大きくないソレの開発、開拓に関してのアレコレや、あるいは使い道の分からないソレの有効活用方のアドバイスなどである。

 国家相手という仕事は、そこまで多くなかったりする。


「……正直、私もそれは思う。が、まぁ、依頼は依頼だ」


 やれやれと肩をすくめるイルは、中々様になっている。

 とはいえ、どうも妙だ。与えられている情報と現状に……なんというか、齟齬がある気がしてならない。


「すでに先行している作業員――まぁ、私の部下のアンドロイド達が作業に入っている。氷塊の運搬もそうだが、必要な物は私達の積み荷で最後。これらを持っていけば本格的に仕事の開始だ」


 積み荷は全て、自分達の会社が長年惑星開発事業に従事し、失敗を繰り返しながらも蓄積してきたノウハウの塊と言っていい代物だ。

 国家は国家で、またそれぞれの蓄積があるのだろうが……。


 生存圏の拡大は、同時に人と人の距離を遠くし、言語・文化の多様化を産み出していた。

 技術系統などはまさにそれである。


「まずは生活圏を確保し、それを安定させるのが依頼内容だ」

「で、それの計画を立てるかあるいは見直すのがアンタらの仕事なわけだろ? 俺達は?」





「……その、すまないが好き勝手にさせておいてくれとしか聞いていないんだが……支社から何も聞いていないのか?」





「なに、その窓際的なふわっとした命令」




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