辛いよりも何よりも悔しい
――ガチャッ…バタンッ!
その時点で男はおかしいと気づいていた。いつもより早い帰宅で連絡もないし、ただいまの声が聞こえないからだ。
いつもなら疲れていても、ただいまと言うはずなのに
―――トットットッ
歩いてくる足音に、あぁ、彼女の足音だ。と玄関に繋がる中扉が開くのを待ってそちらを見る
――――ガチャッ
「…ココア、飲む?」
「〜ぅ、ううう、、ふぅ、ぇ…」
あ、これはココアより抱き締めるのが先だと、近づいてくる泣きじゃくった顔の彼女を抱きしめる。声を張り上げて泣けばいいのに、そんな事しないで声を殺すように、泣いている。
痛々しくて、頭をたくさん撫でる、背中も勿論撫でて、崩れ落ちそうになる彼女を、なんとか誘導してソファーに腰掛けた。
「あんね、」
「うん」
「お前はっ、がんばりが、っ、けほっ、ぅぅ…!!」
「ん、息ちゃんとすって、がんばりが?」
「がんばりが、たりない、って、頑張ってない、って、いわれたぁ…」
「そっか」
コアラのように膝に乗っかって泣きじゃくる彼女を、強く抱きしめる。もう一度、そっか。とつぶやいて、僕は言う
「僕は、頑張ってたの知ってるよ。毎日、遅くなって帰ってきて、頑張ってたの知ってるよ。」
「〜ぅうう、っ…なんでよぉ…! なん、で…! わた、しが、わるいって、ケホッ…なるのぉ…!」
「うん、おかしいね」
ぽん、ぽんっと背中をゆっくり叩く。嗚咽が酷く交じる中、彼女は語る。
「悪いんだけど、この書類よろしく」
発端は、その別の課の同期の男の書類だった。そいつは、契約ごととなれば有望だったが、契約を取るために横暴にも答えたきたが事務処理や手続きがずさんで、その被害を被るのはいつも周囲やその下請けだった。だから、その書類を受け取ることすら嫌だったが、頼んだ! と言ってその男は、上司に連れられていった。
接待役でも任されたんだろう。思わずため息が出た。周りにいた他の同期が、どんまい、なんかあったら手伝うよ。と言わんばかりにお菓子をくれた。
でも任された以上やるしかないとその書類を見て処理をこなしていく、発注数の打ち込みを行い下請けの会社に連絡を入れる下準備を行っていく、これで書類が揃ったと、ふと予定表を確認した時
「…なに、これ。うそ、でしょ…?」
明らかに、納期がまにあうはずのない日数で予定が組まれている。急いで同期にも事情を話して日程を確認してもらう、だか、自分のミスではない、つまり、最悪な状況であることが証明された。
急いで、この契約を取ってきた男に連絡を入れる。繋がらない。諦めずに、二度、三度掛けたときにやっと繋がり事情を話すと
『あー、それさー、どうにかならない?』
「何、おっしゃってるんですか?」
『いや、それで契約しちゃったし』
「…こちらの課になぜ相談してくれなかったのですか」
『絶対断るっしょ。でも俺らは契約取るのが仕事だから』
「万全の状態で提供できるものにかかる最大の日数というのがあります…! それが出来ないのを分かり切って契約取ってこられても困るのはこちらなんです…!」
『でも、それで会社が成り立つんだからやるしかないしょ。その為に頑張ってよ。それじゃ、接待の途中だから』
「ちょ…!」
そう言って切れた電話に、自分の上司の所に足早に近づく
「申し訳ありませんが、無謀です」
「…すまないが、やるしかない…とってきた契約を変更できないか伺ったが、その条件で契約してて欲しいと言ったのはこちらだと、すまない」
「っ、」
そこから納期に追われる日々が始まり、気付いたら寝落ちてるのは当たり前、朝帰りをする羽目になり、恋人さんにもくまが酷いと心配されるなか、あたためなおしてくれたご飯をさっと食べる。寝るまもなく行ってきますと、また会社に戻る。新人はなるべく返し下手に眠なる中ミスが出ないよう、自分や同期が仮眠をお互い取りながら処理をこなす。他の細々した職務も新人を教えながらこなしていく、そんな日が幾日も続き、納期を終えたのが今日。
そして、こんなに泣く羽目になった原因になった日である。
バタバタと走り込んできた男は
「おい! どういうことだ! システムが起動してないとクライアントから連絡が来たぞ!!」
隣に立って、私を怒鳴りつけた
「え」
すぐ鳴り響いた電話をとり回線を繋いで、怒りの電話を聞く
「至急対応致します、申し訳ありません」
そういって電話を切るとその男は、まだいた。どうしてくれるんだと、喚き散らし、そうして言った
「頑張ってもない奴らが、そうやって俺の足を引っ張っていくんだ! ふざけるな!」
「何を、おっしゃってるんですか?」
「必死に外に出て契約をとってきた俺の邪魔をして! これくらいの仕事ちゃんとこなせよ! 頑張りが足りてないんだよ! 完璧にそれくらいできないのか!」
私向かっていく浴びせられた言葉だったのかわからない。だが、この男は、この課の人間が、皆が死にそうになるなか必死こいていたのに、まだ頑張ってないと声を荒げて出て行った。
「今日は帰りなさい」
何分、立ち竦んでいたのか分からない、けれど上司は、僕がなんとかするから、今日は帰りなさい、と言った。
でも、と譫言のように言うと
「ひどい顔をしているよ、僕は、みんなもだけど君が笑ってる顔が好きだからね。今日は家に帰ってやすみなさい。沢山頑張ったのに休みとらせてあげれてなかったからね」
そう言って、自宅に帰ってきたが、悔しくて、たまらないのだ。頑張ったはずなのになんでこんなふうに言われなきゃならないんだ。
「それはね、腹立つね。悔しいね。泣いて当然だよ」
男は、心から思った。だから、そう言ってもっと泣きなさいと、声をかけた。
「上司さん良い人だね。頑張ったって見てくれてたんだね。優しいね。」
「う゛ん゛いつ、も、はやくしゅっ、きんしてた…」
「上司さん?」
「おく、さん、子供いる、から、夜は、ひっぅ…かえっ、なきゃいけなくて、」
「そうだったんだね」
「いっ、も…いつも、ごめん、ねって、いってからぁ、かえっ、の…!」
「尊敬してたもんね。貶された気がしてやだったね」
「やだったぁ…!」
よしよしとたくさん撫でる。良かったと思えるのは、この子の周りが優しい人でよかったということ。もしも、この上司があの時みたいに、酷い人だったら、きっと泣くだけじゃすまなかったと思うから、ぎゅぅっと力を入れて抱きしめる
「お疲れ様。それから改めて、おかえり」
「ただ、いま」
「がんばったね、偉かったね。疲れたね」
「ふぅ、ぇえっ…!ぅ、く、」
たくさん、たくさんお疲れ様。そう言って泣き止むまで待っている。暫くして、落ち着いたのか、お腹すいた、と言うので作ってあったブロッコリーと一口サイズになるまで煮込んだ野菜のシチューを温め直す
「たべよっか?」
「ねぇ」
「ん?」
「お話聞いてくれてありがとう」
「これから先もいつでも聞くよ?」
「ふふ」
笑った顔を見て、僕も笑って、いただきますと二人して声を揃えてシチューを食べはじめる。
結果的に、エラーを起こしたのは、向こうの課の説明不足で起動仕方をミスったために起きた不具合。
上司は、「こちらには問題が無かったのに、大変有り難いお言葉を頂いた。いやぁ誠に恥ずかしい事だ。だから、今後、納期日を一定以上いただかないと仕事を受け入れないことにしたよ。
え? おかしい? 何がおかしい? 君が取ってきた仕事をこなしてあげるのはこちらだ。毎度毎度酷い目に合わされて、頑張りが足りない私達には、頑張るための時間が必要だろう?
わかっているのかい? 君の取ってきた仕事を潰すのも活かすのも出来るのは私達だ。君はとってきただけに過ぎないんだよ
まぁ、君のさっき私達に言ったことを意地悪に変えしただけなんだけどね。僕はギブアンドテイクだと思ってるんだけど、君は…そうじゃないみたいだからね。」
上司は、ふくよかで少し、髪が後退し始めてるけどすごくいい人