脅迫
ヴェロニカは水の注がれたゴブレットを手に取り、水を一口口にし、話を再開した。
「楡木様を神聖フレイミア帝国にお連れした理由ですが、端的に言うと依頼です。探偵として楡木様に仕事の依頼を申す為ここにお連れしました。仕事内容は人探し、厳密に言うなら犯人探しです。何の犯人かと言うとこれから起こる殺人事件の犯人です。予告殺人なら予告される前に犯人を見つければいいじゃないかと思われるかもしれませんがそれは無理な話なのです。不可能なのです。ポッシブルなのです。日本国では諦めたらそこで試合終了と言う言葉があるようですが、諦めなくても試合終了してしまう事もあるのですよ。すみません話が逸れましたね。どこまでお話しましたか?」
「安心しろ。何一つ聞き取れてないから始めから話せ」
ヴェロニカは話し出したら聴き手の事を考えず、喋りまくるタイプの人間らしい。
「まず俺の質問に答えろ。俺はなぜここに連れてこられた?」
「仕事の請け負ってもらう為、お連れしました」
「一応言っておくが、俺は魔法なんか使えないし、奇策を考えるような頭は持ち合わせてないぞ。あとオンラインゲームも無双できる程やり込んでないからな」
小説投稿サイトには異世界への転生をスタート地点にした小説が数多く存在し、それらの物語は主人公が持つ卓越した現代知識、またはやり込んだオンラインゲームの強大なステータスを駆使して異世界で成り上がっていく展開が多い。
異世界に連れてこられた楡木はその主人公と同じような物だった。
しかし楡木は自覚できる程の知識も持って居ないし、ネットゲームもやり込んで居ない。
やり込むどころか、レベル二十(兵種はナイト)になった辺りで投げ出しているので。一騎当千などできる筈無かった。
しかしそんな心配も全くの杞憂に終わる。
「ご心配は要りません。優秀な魔術師も戦闘の策を考える軍師も、戦いを知り尽くした兵士も間に合っております。そもそも隣国のシニストラ公国とは三日後に和平条約を結ぶことが決定していますので戦いはありません。因みにオンラインゲームは私がそちらの世界に行った際、レベル八十三のエナジーナイトになるまでにやり込みました」
「やり込んだのかよ……」
異世界人がまさかのネトゲ廃人だったとは予想外だった。どうでも良いけど……
「話しを戻しますね。単刀直入に言うと楡木様をお呼びした理由は、探偵として仕事を依頼する為です。休みの日だからと言って依頼を拒否しないでくださいね。日本国には休日出勤という奴隷制度が有るそうですから」
「奴隷制度に見えることは否定しないが、それを笑顔で言うな」
楡木は会社に勤めた事が無いから休日出勤がどんな物か分からないが、ヴェロニカの言う通り奴隷制度みたいなものなのだろう。
「てか、なんで俺が今日休みって知ってるんだ」
「寝言で話しておられました。あと匂いフェチである事と、十三歳の頃に狐の仮面を被りながら町を徘徊していた事も」
「分かった!もう話すな!」
楡木は叫んで、ヴェロニカを黙らせる。
昨夜寝言でどんな恥ずかしい話を暴露したのか気になったが、聞きたくはなかった。
他人の口からそれを語られ様ものなら、とてつもない自殺衝動に襲われるだろう。
「それで?依頼って何の依頼なんだ?」
「殺人犯を探し出してもらいます」
「は?」
殺人という言葉が出た瞬間、楡木は思わず訊きかえしてしまう。
「もう一度細かく言いますよ。殺人事件の犯人を見つけ出してもらいます」
「いや、言い直さなくても分かってるし聞こえてるよ」
やはり聞き間違いでは無かった。
「なあヴェロニカさん」
「呼び捨てで構いませんよ」
「じゃあヴェロニカ。お前は探偵を勘違いしてる」
「勘違いですか?」
ヴェロニカは意味が分からないと言わんばかりに首をかしげる。最も、笑顔を崩さない辺りとぼけているだけかもしれないが。
「探偵は殺人事件を解決する職業じゃない。人殺しの犯人を見つけるのは警察の仕事だ。この世界の職業事情は知らないが、少なくとも治安を守る警察組織みたいなのが居るだろ?殺人事件の捜査は少なくともそう言う奴らの仕事だ」
「そうですね」
あっさりと認めた上、笑顔を全く崩さない辺り、楡木の指摘は想定内だったらしい。
「しかし昨夜楡木様は仰いましたよね。機会があれば殺人事件の解決したい。自分にはそれだけの推理が出来ると」
「確かに酔った勢いでそんな事言った気がするが……それでも殺人事件の捜査は警察の仕事だ」
昨夜の過ちを無理矢理取り消そうと楡木必死で捲し立てる。
「確かに……本来なら楡木様が仰る通り、殺人事件等の犯罪捜査は帝都の治安を守る帝都衛兵団の職務。しかし楡木様に依頼する殺人事件は少々特殊なのです」
「特殊か……言ってみろよ。その特殊な理由とやらを」
今更何が来ても驚きそうにない楡木は強気な姿勢でヴエロ二カを挑発する。
「我が国の教皇がある神託を受けました」
「神託は絶対的中する。良い事も悪い事も」
「的中率百パーセント……後食事に出すジュースも果汁百パーセント……」
メイドの補足を聞き流しつつ、時折出てくる固有名詞の意味を忘れないよう頭に書き留める。
「今から半年前、教皇は凶兆の神託を授かります。『六つの月が過ぎ去りし夜、黄泉の案内人が平和の凶剣を朽ちさせる』という神託が」
楡木にはヴェロニカが言った事を一割も理解できなかった。
「六つの月が過ぎ去りし夜と言うのは、予言から六か月後。つまりキッチリ半年後の夜の事を指します」
「厳密言うなら今日の夜だぜ」
「あと十二時間位……」
「そして黄泉の案内人は暗殺者。平和の凶剣というのは現神聖フレイミア帝国軍の最高司令官、セシル・アーヴィングを指します」
「平和の凶剣って言うのはセシル・アーヴィングの異名だぜ」
「戦争終結に繋がった戦いで……呪われた魔剣を使って戦った事からそう呼ばれてる……」
騎士団最高司令官は平和の凶剣の異名を持つセシル・アーヴィング。
また一つ固有名詞を記憶した。
「つまり今夜、その最高司令官殿が殺されるって言う予言が有るんだな」
「そうです」
「じゃあお前たちの努力の方向性は間違っているな」
「はい?」
ヴェロニカは首を傾げる。
「仰りたい意味が分かりませんね」
「殺した犯人を見つけるよりも、その殺しを阻止するのが普通だろ?なぜわざわざ後手に回る必要が有るのか俺には理解できない」
悪い未来が分かって居るならそれを変えようと思うのが普通の流れ。
しかしこの女たちはそのタイムリープ物の作品に必ずある展開をなぜ実行に移さないのか。楡木には疑問でしかなかった。
「その疑問を一言で答えるなら、予測可能回避不可能ですね」
「つまり?」
「電子レンジのタイムマシンが出てくる作品のヒロインと同じ結果になるという事です」
「余計分からなくなったぞ」
「つまりどう足掻いても結果は変わらないという事です。例え殺人犯を見つけ出せたとしてもセシル殿が死ぬ結果は変わりません。別の人間に殺されるかもしれませんし、不慮の事故や突然の病死も考えられます」
「けど当の本人は死ぬ事なんか全然気にしてないんだよな」
「むしろ自分が囮になって殺人犯を捕まえようって意気込んでる位……」
「あの爺さん。自分が和平条約の調停式に行く事も忘れてるんじゃねーの?」
「補欠で教皇が行くって話を聞いたけど……」
「へーそうなんだ」
メイド達の補足情報も交え、殺人事件回避ルートは存在しない事がよく分かった。
「それで?その予言と俺を連れてきた事と何の関係があるんだ?」
「え?」
「分からないのか?」
「探偵って案外大したことない……」
話を飛躍させたのはヴェロニカの筈なのに、なぜ自分が罵倒されるんだ……
「ヴェロニカ……ちゃんと最後まで説明しろ。俺は超能力者じゃないんだ」
「申し訳ありません」
ヴェロニカはへらへらと笑いながら謝罪をする。
こいつ反省してないな……
「つまり、普通の殺人なら、それこそ殺人捜査が専門の衛兵隊に任せられます。しかし今回殺されるのは帝国軍の最高司令官」
「軍で一番偉い人だな」
「フレイミア帝国軍は世界で指折りの強さを持つ軍隊……それを纏めるのが平和の凶剣。セシル・アーヴィング……」
「つまりお偉いさんを殺した犯人を見つけるなんて責任重大な仕事やりたがる奴が居ないから俺に頼んだと?」
「半分正解ですが、話は最後まで聞いてください」
「はいはい……」
楡木はウンザリしながら、頬杖を付いて話を促す。
「セシル司令官が殺されれば、必然的に総司令官の席が空きます。そして我こそは時期司令官となるべく多くの権力者たちは自分が有能である事をアピールそ始めます」
「別に良いじゃないか。有能な奴が偉くなって悪い事は無いだろ」
楡木は短く正論を言ったつもりだったが、二人のメイドはそれを否定する。
「濡れ衣や真実を歪める活躍をした奴が有能なのか?」
「むしろ政敵を消す絶好の機会……今回は邪魔者を消して自分も偉くなる一石二鳥の大チャンス……」
メイド達が言った言葉を聞いて、楡木は少しずつヴェロニカが言わんとする事が分かって来た。
「つまり、身内の調査じゃ真相が歪められる可能性がある。かと言って無関係な部外者に任せるには荷がすぎる。て言うか重すぎて誰もやりたがらない。そして消去法の末辿り着いた方法が、部外者でかつ責任を取る必要のない異世界の人間に調査を任せるって言う方法だったって事か」
「そうです」
「やっと分かったか」
「ちょっと遅い……」
メイド達に賞賛の言葉を期待してる訳では無いが、一々嘲笑の言葉をかけるのは辞めてほしい。
「けどヴェロニカ。なぜ俺なんだ?」
「なぜと言うと?」
「この世界の人間だと金や権力を前にして真実を歪める恐れがあるという事は何となく分かった」
「はい。皇帝陛下はそのような混乱を未然に防ぐため、楡木様をお呼びしたのです」
「そこだよ!何で俺なんだ!?俺の世界には探偵なんか山ほどいる。そもそも一端の私立探偵よりも殺人事件の調査を生業にしている刑事や捜査官に頼むのが筋って物だろ。なのになぜ殺人捜査に対してど素人の俺を連れて来たんだ?」
ヴェロニカはクスリと微笑み、杯に注がれた水を一口啜する。そして一気に捲し立てた。
「身体が縮んだ学生探偵に、名探偵の祖父を持つ学生探偵。根暗な古書マニアや美人何でも鑑定士。骨好き美女にカフェのマスター。青い服の弁護士や黒ずくめの刑事。そういう方々では無くなぜ自分が呼ばれたのか……楡木様はそうおっしゃられるのですね」
「そうだが……それ全部二次元のキャラだから」
魔法があるファンタジーの世界で二次元を否定する発言をするとは妙な物だ。
「主は凄い人を知ってるようだが、ニレノキはとてもそうは見えないよな」
「頭悪そうだし……怒ってばかりの単細胞……チンピラと変わらないクズに見える……」
「コレット、ポーラ。幾ら本当の事とはいえ楡木様に失礼ですよ。いくら理想から際限無く離れている若輩者とは言え、そのような言い方をすれば楡木様もお怒りになりますよ。すみません楡木様。わがメイドの無礼な発言をお許しください」
「お前が一番無礼だよな!」
ヴェロニカの発言で怒りのボルテージが吹っ切れた楡木は怒鳴り散らす。
むしろよくここまで耐えていた物だと自分を褒めてやりたい。
「楡木様。度重なるメイドの無礼をお許しください」
「度重なる無礼な事を吐いてるお前が言うなよ!」
「お願いします。怒りを収めください」
「いやお前が引き出したんだけど……」
笑顔で宥めるヴェロニカに免じ、自らを無理矢理落ち着かせて本題に戻る。
「それで?結局何で俺を呼んだんだ?」
「それも神託です」
「また神託かよ……」
神託に頼り切ってこの国は大丈夫なのか?
「それで?どんな神託だったんだ?」
「『朽ちた平和の凶剣を巡る霧を払いたくば、異世界の賢者に頼れ。さすれば霧は晴れ、人々の心に光が満ち満ちるだろう』です」
「意味は?」
「セシル・アーヴィングを殺した犯人を見つけたいなら異世界の探偵に頼りなさい。そうすれば事件は解決してみんな疑心暗鬼なんかしなくなる。と言う意味です」
「それで?なんで俺なんだ」
「神託には続きがあって『背は一七一センチ。髪は少し染めた茶髪でタンテイと言う職業に就いたニレノキと言う名を持つ若者こそ賢者。かの者は平和の凶剣が朽ちる前の夜に酒場へと訪れるであろう』という神託に従い、楡木様をお連れしました」
「神託細かすぎね!?」
そこまで来るともはや預言やお告げでは無く、プロファイリングの域だ。
「とにかく、神託では楡木様が見事事件を解決してくれるという事なので、頑張ってください」
「頑張ってくださいじゃないだろ!そんなヤマ扱いきれるか!」
楡木が今まで扱った仕事は身辺調査ばかりだ。殺人事件なんか許容範囲外だし、国の一大事となる物なら尚更関わり合いになりたくない。
「事件に大きいも小さいも無いと、そちらの世界で見たドラマで言われておりましたが」
「ドラマと現実を一緒にするな!」
「お礼も報酬も用意しますから受けてください。ね?」
「ね?じゃないだろ!金なんか要らないから、俺をさっさと日本に戻せ!」
「事件を解決したらすぐお返しします」
「今すぐ返せ!」
「お断りします」
その言葉を聞いた瞬間楡木は確信する。
これは脅迫だと。
今思えば、ヴェロニカの笑顔も、楡木が依頼を受けざるを得ない状況に追い込まれている事が分かっていたからこその余裕の笑顔だったのだろう。
ここが海外なら大使館に連絡するなり、飛行機や船で日本に戻ると言う方法があった。
しかし今居るのは、海では無く次元を超えた場所にある異世界。
この世界から抜け出すには来た時と同じ方法。つまり次元を超える魔法を用いるしか方法が無い。
そしてその方法が行使できるのはヴェロニカ達だけ。
この世界に連れてこられた時点で、楡木は彼女たちの言い成りになるしか無かったのだ。
肩を落とし、溜め息を着いた楡木は、仕方なく決断をする。
「分かったよ……依頼を引き受ける」
「もう一度はっきり言ってください」
嫌らしい笑みを浮かべたヴェロニカが追い打ちをかける。
「殺人犯を見つけてやるよ!それで良いんだろ!」
「依頼の承諾、感謝します」
「何が依頼だよ……」
脅迫の間違いだろと心の中で呟きながら楡木はテーブルに置かれたパンを一つ掴み、乱暴にかじるのだった。




