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私立探偵は異世界を嫌う  作者: 藤木智
7/25

朝食会

「ここに座って……リラックスして待ってて……」


「もう吐くんじゃねーぞ」


 二人のメイドに連れて来られたのは、豪華な部屋だった。

 大きな窓から刺し込む朝日が、広々とした部屋を照らしていた。

 暖炉や棚の上に飾られた装飾品、壁に掛けられた絵画は高価なものに見える。


 しかしそれ以上に目を奪われたのはテーブルに並べられた豪勢な朝食セットだった。


艶々に輝くオムレツとソーセージ。色鮮やかなのサラダに瑞々しいフルーツの盛り合わせ。そしてパンバイキングだと勘違いしてしまいそうな種類豊富なパン。目の前には一流ホテルに出る様な豪華な朝食が綺麗に並べられてた。


普段なら確実に腹から音が鳴るであろう光景を前にしても、今の楡木には食欲が殆ど湧かなかった。

見知らぬ場所で目が覚めて、これほどのもてなしを受けている。


何か裏があるに違いない。


楡木はそう警戒し、こわばった表情で椅子に身を預けていた。


「腹減ってるのは分かるけど、もう少し待てよな」


「主が来たら食べても良い……」


 二人のメイドは空腹で気が立っている様に見えたらしい。

 

 そうじゃないと否定しようと思ったが、無駄と思い、楡木はくぁりにもう少し有意義な質問を投げかける。


「ところであんた達が言う主って誰だ?」


「俺達が仕えている人だ。そしてニレノキをここに呼んだ張本人」


「張本人?」


 メイド達の言っている事がイマイチ理解できない楡木は質問を続ける。


「俺を呼んだってどういう事だよ。凶悪メイド」


「それは主が直接話してくれる。あと俺の名前はコレット。二度と凶悪メイドって呼ぶな」


 背負った剣の一つに手をかけ、鋭い目つきで睨み付けてくるコレットは正真正銘の凶悪メイドだった。


「因みに私はポーラ……美少女メイドって呼んでも良い……」


 淡々と図々しい事を言うクロスボウメイド事、ポーラにはある種の好感が持てそうだった。


「じゃあポーラとコレット。俺が質問してもお前たちは何も答えず、代わりにお前らの主とやらが答えてくれるんだよな?」


「そう言う事だな」


「うん……」


 二人はコクリと頷き、返事をする。するとそれが合図だったと言わんばかりに、部屋の扉が開き、一人の女性が登場する。


「おはよう!主!」


「主……お早う……」


「お早うございますコレット、ポーラ」


 二人のメイドが頭を下げて挨拶をした女性には見覚えがあった。

 小柄ながらも、モデル体型の完璧なプロポーション。

 大人びた童顔から発せられる、張り付いた様な不気味な笑顔。

 昨夜の露出があるドレスと違い、今は白いブラウスに燕尾服のような上着を羽織り、ショートパンツから出た足はロングブーツに収まっている。

 そして明るい所だからこそはっきり分かった。艶やかなウェーブのかかった黒髪は血のようにどす黒く、今はツインテールに結んでいる。

 昨夜とは服装も髪型も違うが、間違い無い。


 彼女は『Clab Magic Knight』で接待してきたキャバ嬢の瑠璃だった。


 ようやく知った人間の登場に対する安堵。

 

 瑠璃の変化。


 瑠璃に対するメイド達の反応と、そこから考えられる瑠璃の立場。


 様々な考えが頭を巡り、楡木は思わず呆けてしまう。


 そんな楡木を横目に、瑠璃はテーブルを挟んで向かいにある椅子に座り、楡木と向き合った。


「お早うございます楡木様。とりあえず朝食をどうぞ。うちのシェフの腕は中々な物ですよ」


 昨夜店で会った時と変わらず丁寧な話し方だった。


 あらゆる状況が飲み込めない楡木を余所に、瑠璃はナプキンを装着し、フォークとナイフを手に食事を始める。


「どうしたのですか?食欲がありませんか?」


「えっと……」


 食欲云々よりも気になる事が山ほどある。


何から訊くべきか……

混乱して口がうまく回らない楡木に、


「主……ニレノキは色々と訊きたい事があるって言ってた……」


ポーラが助け船を出してくれた


「でしょうね」


 ニコリと笑顔を浮かべた瑠璃は食事の手を止め、フォークとナイフをテーブルに置く。


「楡木様。私は貴方が訊きたい事を大方予想が付いています」


「え?」


「ですからまず私が簡単な説明をした上で、楡木様が質問して行くと言う形を取っても宜しいでしょうか?」


「まあ……良いですけど」


 グイグイと攻めてくる瑠璃に口答えする事が出来なかった。

 相手のペースに乗せられるのは好きでは無いが、今はそんな事言っている場合では無い。

 楡木は渋々と瑠璃の言葉に耳を傾けた。


「まず私の名は瑠璃ではありません。偽名と言うか源氏名ですね。探偵である楡木様ならすぐ見極められたでしょうが。念の為言っておきます。では改めて自己紹介を。私の名はヴェロニカ・グラスマイヤー。神聖フレイミア帝国に置いて侯爵の地位についております。齢十八にして爵位を持っているので良い意味でも悪い意味でも注目を集めています。若いだけで目の敵にされるなんて酷い世の中だと思いませんか?あ、すみません。私とした事が客人に対して愚痴を溢す何てはしたないですね。お許しください。それで話は戻しますが、楡木様は先程私が言った神聖フレイミア帝国と言う国の名に訊き覚えが無いと思われます。単に地理の知識が欠如しているとご自分を疑われたと思いますが、その心配は有りません。実際楡木様が住んで居られた世界には神聖フレイミア帝国は存在しません。しかしそれと同じくこの世界にも楡木様が住んで居られた日本国は存在しません。ここまで言ったら大方御察しが付くでしょう。そうです。今私達が居る世界は楡木様住んで居られた世界とは違う次元。つまり異次元に存在する世界、略して異世界なのです。なぜ異世界に居るのかと考えられたかも知れませんが直ぐ説明致します。簡単に言うなら魔法で次元を超え、楡木様をこの場に御連れした次第でございます。悪い言い方をするならば誘拐や拉致に当たりますが、そこは大した問題ではございません。私達は探偵である楡木様に仕事の依頼をしたくてこの場にお連れしましたので、仕事が完了次第速やかに日本国へと帰国する算段を取っております。いえ、この場合元の国では無く元の次元に帰すのですから帰国では無く帰次元になるでしょうか?楡木様はどう思います?」


「うん。そうだな」


 早口で捲し立てる瑠璃に対し、楡木はそれしか言えなかった。

 いや、瑠璃では無くヴェロニカか。

 始めの自己紹介だけ何とか聞き取る事が出来たが、それ以降は何を言っているのか全く分からなかった。

 もう一度ゆっくり言って欲しかったが、また説明を乞うのは何処か申し訳なく思えてくる。

 だからと言って知ったかぶりをして、その場を取り繕っても、後々面倒な事になるのは自明の理。

 どう返すべきか……


 困り果てている矢先、それを察したのかコレットが口を開く。


「ニレノキは今の話分かったのか?俺には分からなかったぞ」


 続いてポーラも口を開く。


「私も分かり難かった……そもそも主は話下手……」


 話が分からなかったのは自分だけでは無かったと少しホッとしてしまう。

 それにしてもこの二人のメイドは何所か馴れ馴れしい。メイドなのに。


「楡木様。私の話は分かりましたか?」

「アンタの名前が瑠璃でなくヴェロニカという事だけは分かった。けどそこから先は全然分からなかったよ」


「そうですか」


 ヴェロニカは笑顔を絶やさず、水が注がれたグラスを手に取り、口に運ぶ。


「では今度はゆっくり丁寧に話しましょう」


「要点を絞って端的に頼むぞ」


「はい」


 ニコリと微笑んだヴェロニカは、コホンと咳払いをして説明を再開した。


「まず今私達が居る場所ですが、ここは神聖フレイミア帝国の帝都ユニオールです」


「は?」


 初端から聞いた事無い固有名詞が出てきて思わず声をあげてしまう。


「そんな国聞いた事無いと言う反応ですね?」


「何かのゲームかラノベの設定か?」


「違います。正真正銘今居るこの国と首都の名前です」 


 嘲笑を感じさせない笑顔でヴェロニカは諭す。


「ああ国ね。つまりここは日本じゃないと」


「御理解いただけましたか?」


「いいや」


 楡木は嘆息し、テーブルに肘を着き、不快な声を上げる。ついでに言うと態度も悪くなった。


「そう言う設定は良いから」


「設定?」


「ここが何所か知らないけどテーマパークか何かなんだろ?」


「なぜそう思うのですか?」 


「なぜって……」


 首を傾げ本気で分からないと言う顔をして訊いてくるヴェロニカに少しイラッと来た。


「神聖フレイミア帝国なんて名前の国聞いた事無いからだよ。俺は地理に詳しい方じゃないが現代に帝国

なんか無い。それに外に居た動物頭の連中も着ぐるみや被り物をしたパークのスタッフだろ?大体お前ら日本語話してる時点でここが日本じゃないって言うのは無理がある」


「そう言う事ですか」


 イラついた口調で話す楡木に、ヴェロニカは笑顔で返す。


「ならばその疑問は一つずつ消化して行きましょう」


「やれるものならやってみろよ」


 どんな苦しい言い訳が出て来るのか見物だ。


「まず神聖フレイミア帝国に聞き覚えがないと仰いましたが。それは当然です。なぜなら神聖フレイミア帝国が存在する世界の次元と、楡木様が住んで居られる世界の次元は全く異なる物。つまり楡木様にとってこの世界は異次元。又は異世界と呼ばれる場所なのです」


「異世界?」


「はい。別に楡木様が異世界に居るからと言って、トラックに轢かれたり、ネットゲームのやり過ぎで頭がおかしくなった訳でも、ましてや神の気まぐれで迷い込んだ訳でも有りませんので御安心ください」


 何所をどう安心すればいいのかサッパリ分からなかった。


「じゃあ俺はどうやって異世界に来たんだ?」


「私がお酒に混ぜた眠り薬で楡木様が眠っている間に、次元転移魔法を使用して連れてきました」


「なるほど魔法ね」


 異世界の次は魔法と来た。


 とことんファンタジーな頭をしていると思い、楡木は思わず笑い出す。

 薬を盛られて拉致されたという犯罪めいた事実がどうでも良いと感じてしまう程のおかしな言い分だった。


「なあポーラ。今主が何か面白い事言ったか?」


「言ってない……」


「じゃあ何でニレノキは笑ってるんだ?」


「主の言ってる事を信じず……主を嘲笑ってる……魔法なんか無いって……」


「魔法信じてないのか?」


「そう……主言ってた……向こうの世界では魔法はおとぎ話の中でしか存在しないって……」


「じゃあニレノキにとって魔法は無くて当たり前なのか?」


「そう……」

 可哀そうな物を見る目でメイド達が楡木を見てくる。

 三人の視線が気になり、ニレノキは笑うのを止めた。

 メイド視線が気になったが、それ以上にヴェロニカが笑顔を絶やさずこちらを見据えてきているのが不気味に思えたからだ。

 

コイツの笑顔はやっぱりどこか怖い。


「やはり楡木様は魔法は信じられませんか」


「あ、ああ……」


 あれだけバカにする笑いを放ったのも関わらず未だにニコニコと温和な笑顔を浮かべ続けるヴェロニカ。

 この女には何か得体のしれない胡散臭さ以上に恐ろしい物を感じる。

 地雷を踏んだかもしれない。そう思った楡木は急いでヴェロニカを宥めに入った。


「あ、あの……ちょっと笑い過ぎた。悪かったから怒らないでくれるか?」


「別に怒ってませんよ。しかし魔法を信じて貰えないと話が進みませんね」


 ヴェロニカは顎に手を当てて、二秒ほど考える。そして閃いたと言わんばかりに指をパチンと指を鳴らした。


「じゃあ今から魔法を披露しましょう。そうすれば楡木様も信じてくれますよね?」


「あ……多分?」


 いざ見せられても、何かトリックがあると疑ってしまうだろう。

 だがやる気満々と言わんばかりに、勢いよく立ち上がったヴェロニカに対し、そんな事は言え無かった。


「じゃあまず炎の魔法から!」


 張り切って叫んだヴェロニカは、人差し指を思いっきり突き出した

 炎の魔法と訊いた楡木は火の玉を飛ばす魔法を真っ先に連想する。

 しかしヴェロニカの指先から出てきたのは、百円ライターレベルの小さい火が出ただけで、すぐに消えてしまう、肩すかしのショボイ魔法だった。


「反応薄いですね」


「悪い……」


 なぜか居たたまれない気持ちになり謝ってしまう。

 その後続けざまにヴェロニカは水魔法、風魔法、地魔法を見せてくれた。


「どうですか?魔法信じてくれましたよね?」


「あ、ええっと……」


 どう答えるべきか楡木が迷っていると、二人のメイドが近づき耳元で囁いてくる。


「ニレノキ。ここは正直に言って良いぞ」


「主はちょっとやそっとじゃ傷付く弱い人じゃない……鋼鉄の精神を持っているから……」


 背中を後押ししてくれたメイドに感謝。

 ハッキリと物申す覚悟が付いた楡木は言いたいことを言ってやると決意した。


「じゃあハッキリ言わせてもらうぞ」


「どうぞ」

 ニッコリと笑みを浮かべたヴェロニカは楡木を促す。


「正直な所、お前の言う魔法は全部手品レベルの物だ。むしろ手品と言うのもおこがましい茶番だな。炎魔法ってライター並みの小さな火だし。水に至っては少なすぎて、小便の方がマシなレベルだ。それに風魔法か?髪がそよぐ程度の風なんか無いに等しいし、地魔法って……グラスの水が波打つだけで地魔法なら貧乏ゆすりは大魔法か?人をおちょくるのもいい加減にしろよ」


 若干の怒りとイラつきが籠もった感想を吐きだしたが、ヴェロニカは相変わらずニコニコしている。


「楡木様」


「なんだ?」


「小便と言う言い方は少し品が無いと思われますので、せめて聖水と訂正してもらえませんか?」


「言う所そこかよ!?」

 何か言い返してくると思ったが、そんなどうでも良い所を言い返してくるのは流石に予想していなかった。

 そもそも訂正した方が卑猥な気がする。


「仕方ありません……とっておきの時魔法を使いましょう」


 そう言ってヴェロニカは自分が食べていた料理の上に自らの手をかざした。


「何やってるんだ?」


「少々お待ちください」


 今度はどんな手品を見せてくれるのか。

 楡木は頬杖を付き、冷めた目でその様子を見守った。だが何も起きず数秒の時が流れる。しかし何も起きない。


「お前本当に何やってるんだ?」


「時魔法をかけているんです……」


「意味が分からねーよ」

 馬鹿馬鹿しいと思い、楡木は席を立とうとした。だがヴェロニカの手元に目が行き、思わずその場で固まってしまう。


「何だそれ……」

 ヴェロニカが手をかざした料理は痛み、変色し、まるで何時間も放置した食べ物の様な状態になっていた。


「これで良いでしょう」


 大きく息を吐いたヴェロニカは料理だった物が乗った皿を楡木に見せつける。


「時魔法を使い料理の時間を一日程速めました。驚きましたか?これで魔法の存在を信じてもらえましたか」


「ああ……」

 料理が瞬く間に痛み出した事には驚いたが、それ以上に楡木はヴェロニカの変化に驚いていた。


「驚いて言葉も無いのですか?」


「突然頭から血を流しだしたら誰でも驚くだろうが」

 ヴェロニカは頭頂部から滝のように流血し顔の殆どを赤く染め、ホラー映画に出てくる惨殺死体の様になっていた。


 だがそんな大量出血を負っても尚、ヴェロニカは笑顔を崩さない。


「これはこれは……お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ございません」


「見苦しいと言うか恐ろしいよ」


「すぐ治しますから少々お待ちください」


 そう言ってヴェロニカは額に手を当てる。

 

 血を押さえるつもりかと思ったがそうでは無かった。

 

 抑えた手から光が漏れだし、流れ出る血が収まって行くのが見て取れる。これも魔法なのだろう。


「これで大丈夫ですね」

 

 かざした手を戻し、テーブルに置かれたナプキンで顔に付いた血を拭き取る。


「さて……」


 血を綺麗に拭きとったヴェロニカはおもむろに腐った料理が乗った皿を掴み取る。そして、


「汚らしい!」


 開いた窓めがけて、渾身の力でそれを投げ捨てた。

 皿が割れる音と誰かの悲鳴が送れて聞こえてくる。しかしその事には触れられなかった。

 突然起こしたヒステリックにビビってしまったからだ。


「今度こそ魔法を信じてもらえましたか?」 


 ヴェロニカは何事も無かったかのよう、笑いかける


「ああ……信じる」


 楡木はヴェロニカを変に刺激しないよう慎重に返事をする。そして、


「ではここが異世界である事も認めますね」


「なし崩し的にそうなるよな……」


 魔法を信じる=魔法で異世界に連れてこられた数式が自然と成り立ったことを嫌々ながら認めるのだった。


「じゃあ……外に居た動物頭の連中も本物なのか?」


「はい被り物ではありませんよ」


「犬はコボルト。猫はケットシーって種族だぞ」


「耳が尖っているのはエルフ……そして主やニレノキみたいな人がヒューマン……」


「帝都には居ないけど他にも亜人は沢山いるぞ」


「ちなみに私はケットシーとヒューマンの混血種のハーフケットシー……」


「俺はコボルトとヒューマンの混血のハーフコボルトだ!」


 メイドがこの世界の人種について説明してくれた。


 魔法にしろ、人種にしろ、とことん西洋ファンタジーを絵に描いたような世界だ。


「それで?そんな魔法があって異種族が沢山いるファンタジーな異世界になんで俺は連れてこられたんだ?」


「ようやく本題に移れますね」


ヴェロニカはパンの一つを掴み、かじりながら話し始めた。


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