ホラーゲーム
目を覚ますと楡木は見知らぬ天井を見上げていた。
柔らかい布団と枕が心地良い。せっかくだからこのまま二度寝を決め込もう。
しかし目を閉じた瞬間、昨夜の出来事を思い出してしまう。
始めて行ったキャバクラの店で付いたキャバ嬢の瑠璃に薬を盛られた事を。
「寝てる場合じゃねえ!」
叫ぶと同時に楡木は飛び起きた。
しかしそれと同時に、頭には鈍い痛みが。
腹には気持ちの悪い何かが渦巻くのを感じ、思わず項垂れてしまう。
考えるまでも無く、二日酔いの症状だった。
「ヤバい……キモイ……」
昨夜どれだけのアルコールを摂取したのか全然覚えていない。
しかし二日酔いの症状からして、しこたま飲んだ(飲まされた)事は容易に想像がつく。
「……しばらく酒は飲まないぞ……」
自らが招いた地獄を体感しながら呟いた楡木は、部屋を見渡し探し物を始める。
部屋には身を任しているベッドの他に、クローゼットとテーブルとイスしか無かった。
空き家に押し込められたのかと錯覚してしまうほどのシンプルな部屋だった。
しかしその少ない家具からは高級感の漂う装飾が施されており、敷かれた絨毯もどこか気品を感じる。
「なんだこの部屋……」
どこかのホテルかもしれないと一瞬考えた。しかし薬を盛られた事実から、ここが只のホテルである筈が無い。
ここが何処で瑠璃は何者なのか。なぜ自分はここに連れて来られたのか。
二日酔いで鈍る頭を働かせながら楡木は思考する。
しかしここが何処なのかはすぐに分かる。なぜなら携帯のGPS機能を使えば簡単に現在地が割り出せれるのだから。
幸いスマホや財布と言った貴重品は全てテーブルの上に置かれていた。
「盗まれなくてよかった」
楡木は安堵し、スマホを立ち上げる。そして画面を見た瞬間、苦い顔をして呟いた。
「……ふざけるなよ」
電波は圏外。もちろんインターネットも接続できない。
つまり現在地を知る事も、知り合いに電話して迎えに来てもらう事も出来ない。
「めんどくせえ……」
大きな溜め息を零し、楡木は気だるい動作で携帯と財布をズボンのポケットに押し込んだ。そして行動を起こすべく部屋を出る。
「やっぱりここホテルじゃないのか?」
廊下らしきフロアに出た楡木は、内装を見て確信する。
足元の赤い絨毯は左右の廊下に続き、壁沿いには楡木が出た部屋と同じ木製の扉が並んでいる。扉と扉の間には花が生けられた花瓶が置かれたサイドテーブルや、武器を持った鎧、風景画と言った物が飾られている。
それらの豪華な装飾品から只のホテルで無い事は一目瞭然だった。
「なんかホラーゲームの洋館みたいだな……て」
さり気無く溢した独り言に、楡木は背筋に冷たい物が走るのをを感じてしまう。
何者かに眠らされた主人公が見知らぬ洋館で目を覚ます。
自分が置かれている状況はホラーゲームのシチュエーションその物だった。
もしかしてこの洋館には人を殺す怪物が徘徊しているのかもしれない。
普段なら大笑いする妄想だが今回ばかりは笑えなかった。
「ヤバいよヤバいよ……」
リアクション芸人が言いそうなセリフを呟きながら楡木は二日酔いで吐きそうな体を引きずりながら洋館の出口に向かう。
出口が何処にあるか知らないし、そもそも出口があるかも分からない。
しかし何もせず立ち止まるよりかはマシだ。
立ち止まれば死ぬ。
そのような恐怖を抱えながら楡木はひたすら急いだ。
そしてその甲斐あっての事なのか、出口みたいな木星の両扉があっさりと見つかる。
しかしこの扉には鍵がかかっており、脱出するには洋館の何処かにある鍵を探してこなければならない。
そんな展開が容易に想像がついた楡木は半ば諦めながら、扉に手にかける。
そして引くと同時に扉はきしむ音を立て、そしてあっさりと開いた。
「開くのかよ!」
思わず扉にツッコミを入れてしまう。しかし開いた所で安心はできない。
携帯の電波が届かなった事から、ここは人里離れた場所である事は明白。洋館は絶海の孤島や、樹海の中心に立てられた場所で、自分はここから逃げられない。
その様なシチュエーションを想像し、絶望しながらも、楡木は重い足取りで外に身を投げた。
目の前に広がるのは果てしない海か樹海か……
楡木はそう考えていたが、目の前に広がる光景は全く違うものだった。
足元には白い石畳の道がまっすぐ伸び、左右に緑の芝と花が彩る綺麗な庭が広がっている。
屋敷と庭は鉄柵に包まれており、その鉄柵の向こうには街らしき建物が広がっていた。
「肩すかしかよ……」
楡木は半分、緊張しきった自分がバカみたいと呆れ、半分、命の危険はないと安堵する。
薬を盛られて何処かに連れて来られる言うシチュエーションから、命がけのやり取りが展開されると思っていた。
怪物に追い掛け回されたり、サイコパスに拉致された同じ境遇の者同士のデスゲームが展開されるとばかり思っていた。
だが実際は何にも起こっていない。
ここが何処で、瑠璃は何者で、自分はなぜここに居るのかは未だにわかっていない。
だがそんな謎は、肩すかしのホラーと二日酔いの不快感のせいで、どうでも良い事に成り下がる。
「……さっさと帰ろう……」
茶番に付き合わされたと無理矢理結論付けた楡木は鉄格子の門を押し開け、町へと踏みだそうとした瞬間、
「ヤバッ!」
胸にこみ上げる嫌な物を感じ、俯きながら口を抑える。
そして開けた門を閉じる余裕も無く走りだした。
朝っぱらから公衆の面前で嘔吐するなんて無様な姿を晒したくない。
そう思いながら楡木は必死に走る。
途中こちらを見てくる人間におかしな奴が映った気がするが今はどうでも良い。
早く人目が付かない場所に身を隠して、溜めこんだものを吐きだしたい。
楡木はその考えの身を頭に走り続けた。
そして建物と建物の間にある薄暗い道を見つけた瞬間、楡木はそこに飛び込む。それと同時に溜めこんだ物を、声をあげて吐きだすのだった。




