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私立探偵は異世界を嫌う  作者: 藤木智
3/25

瑠璃

店に入り、ボーイに流されるがまま席に座った楡木は、話し相手の女の子、所謂キャバ嬢の到着を待っていた。


 店内は薄暗く、赤いソファーと黒いテーブルが設置されている内装は在り来たりな店だと思わせられる。

 楽しんでいる客も、接客のキャバ嬢も、不自然な所は無い。


 店の規模も嬢の質も及第点。

 ぼったくりの確率は極めて低い印象が見て取れる。

 内心安堵しながら楡木は店の品定めをしていると、担当となるキャバ嬢が声をかけてきた。


「初めまして。瑠璃と申します」

 

「あ、ああ。よろしく」

 

にこやかな営業スマイルで挨拶をしてきたキャバ嬢を見た瞬間、楡木はぎこちない笑顔を返しながらこう思う。


大当たりだ。


 丈が短く、露出度の高いドレスを完璧に着こなすプロポーションは圧巻と言える。

 身長は高すぎず、低すぎず、胸を強調するドレスの着こなしとそのスタイルは、モデル顔負けの光景だった。

 髪も軽くウェーブが入っているが、キャバ嬢にしては珍しく黒髪で、大人っぽいクールな目付きでありながらも、何処か幼さを感じさせる童顔から発せられる笑顔は今まで見たことなタイプの女性だった。

 

大当たりのキャバ嬢を引いた達成感に喜びながらも楡木は平静を取り繕う。そして瑠璃と名乗ったキャバ嬢を手招きした。


「まあ、とりあえず座りなよ」


「はい。失礼します」


 就職面接の様な丁寧口調の瑠璃は楡木の隣に座る。


「じゃあ乾杯しようか」


「はい」

 瑠璃と楡木は来る前に通された酒の入ったグラスをぶつけ合って乾杯する。何に対しての乾杯か決めてないが、二人は気にしなかった。


 細かい事を考えて居たら酒は美味しくない。そう思いながら楡木は酒を一気に喉へと流し込む。


「良い飲みっぷりですね」


「ありがとう」


「イエイエ。これ位のリップサービスで良ければ幾らでも言いますよ」

 

面と向かってリップサービスと言われ、楡木は思わずズッコケそうになる。


「失礼ですが、お客様は御名前はなんでしょう?何と呼べばよろしいでしょうか?」

 ヘンな事を口走る女性だと考える間も無く、質問を投げかけてきた瑠璃に、楡木は反射的に答える。


「名前?楡木だけど」


「ニレノキ?」


 珍しい苗字なのか、瑠璃は首を傾げながら尋ね返した。


「こう書くんだよ」


 楡木は上着のポケットからボールペンを取り出し、テーブルに設置されていた紙ナプキンにサラサラと自分の苗字を書く。そしてそれを瑠璃に見せた。

 

 苗字も漢字も珍しい故、初対面の人間に対し、このように説明するのは慣れた物だった。


「これで楡木と読むのですか?」


「そうだよ」


 大抵の人間ならここで興味は失せる。だが瑠璃は苗字の書かれた紙ナプキンに顔を近づけ、フンフンと興味深く頷いていた。


「そんなに珍しい?」


「いいえ……別にそう言う訳ではありませんが……」

 

瑠璃はゆっくりと落ち着いた口調で弁明を口にし、丁寧に紙ナプキンをテーブルに置く。

ここで楡木は瑠璃に僅かに違和感を感じ始めた。


 人の苗字をじろじろ品定めするし、何よりさっきから張り付いた様に笑顔を全く崩さない。

始めはにこやかなキャバ嬢だと思っていたが、次第にその笑顔が不気味な物に感じて来た。


『ルックスと性格は反比例する。奴らはルックスにステータスを振り過ぎ、故に性格にステータスを振れていない』


 なぜかネット掲示板で見た書き込みが頭を過り、楡木は底知れぬ不安を覚え始めた。


「ところで楡木様はどんなお仕事をされているのですか?」


「さま?」


 キャバクラとはいえ様呼ばわりされる事に楡木は引っ掛かり、思わず訊きかえしてしまう。

 すると瑠璃はコホンと咳払いをして改めて質問を投げかける。


「楡木さんは何をやってるんでしょうか?スーツを着ずにカジュアルな格好をしているから事務員や営業職で無い事は薄々分かります。かと言って工場勤めの割には身体的疲労は見られません。学生とも思ったのですが、学生ならキャバクラに行かず、合コンや飲み会に行きますもんね。何よりお金が勿体無いから性風俗に行く確率の方が高いです。非合法の仕事を生業にする御方とも考えたのですが、見かけ的にそれも無さそうだと思いました。薬を売る人にしては健康的に見えますからね。それで一体何をしてるんですか?」



「何言ってるんだアンタ?」


 笑いながら次々と捲し立てる瑠璃を気味悪がりながら、楡木はツッコミを入れた。


「申し訳ありません。時々私口に歯止めがきかない時があるんです。口下手なお客さんはそれが良いって

言ってくれるのですが、楡木さんは不快でしたね」


「不快って言うか少し驚いた」


 ここまで口が回る人間は関西人位だと思った。別に関西人に対して偏見を持っているわけでは無いが、瑠璃はそれ位口の回る女だと言える。


「話は戻りますが、楡木さんはどんなお仕事を成されているのですか?」


「探偵やってる」

 隠す事でもないと思い、楡木はあっさりと答えた。

 経験上大抵の女はこの職業を聞いたら瞬間、十中八九食いついてくる物だ。


「探偵!」

 

案の定瑠璃は食いついてきたが、それは今まで見てきたどの人間よりオーバーな反応と異常な程の食いつきだった。


「探偵がそんなに珍しいか?」


「は……い、いえそう言う訳では」


 笑顔は変わらないが、瑠璃からは何か後ろめたさを感じさせられる。

 

 この女は何を考えているんだ?


「それで!探偵ってどんな事やっているのですか?」


 瑠璃が美人のキャバ嬢から怪しいキャバ嬢に見えてきた楡木に思考wpする暇を与えないつもりなのか。

彼女は過剰なまでに質問攻めをしてきた。


「別に大した事やって無い。役所で調べるだけで済む情報収集や数時間かそこらで終わる尾行しかやって無いよ」

 しかし楡木は警戒しながらもあっさり答えてしまう。

酒が回ってきたせいか、判断力が鈍ってきたのが自分でも分かる。しかし人に知られてまずい事でも無いはずだ。


「何か面白い仕事じゃなさそうですね」


「キャバ嬢みたいに酒を飲みながらやる仕事じゃないのは確かだな」


 楡木は鼻で笑い更に酒を呷った。


 酔っぱらって来たのか次第に饒舌になって行く楡木。

 

しかしどんなに酔っぱらおうと、どんだけ判断力が鈍ろうが顧客情報だけは絶対に口にしない。あと黒歴史も。


「短大卒業して就活失敗して一時はお先真っ暗だったけど、話題作りに行ってた探偵養成所の経験が活かせて良かったよ。探偵なんか無資格でも出来るから俺にはもってこいの仕事だ」


「人生舐め切ってますね」


「そんな事無いぞ。尾行とか情報収集のノウハウはしっかりと身に着けたし、学生時代はミステリー研究会に入ってたから推理とかにも自信があるぞ」


「因みに楡木さんは幾つなんですか?」


「二十一だ」 


「一年で良く探偵になれましたね」


「確かに人生経験の浅い若造が起業して、成功するなんて有り得ない……けど俺は運が良かったんだよな。宣伝無しに客は来るし、そんな客もチョロイ依頼ばかりで欠伸が出そうになる」


「お金にはなるけど簡単すぎてやり甲斐のないという口ぶりですね」


「まさにその通りなんだよ……たまにはやり甲斐が欲しいぜ」


「例えば殺人事件の捜査とかですか?」


 にやりと笑いながら物騒な事を口にする瑠璃。


 しかし楡木は気にせず、よっぱらながら上機嫌に返す。


「探偵なら一度はそんな大事件解決してみたいがまず無理だ。そういうのは警察の仕事だからな」


「警察の管轄外の事件。ありますよ」


「……は?」

 瑠璃の言葉を聞いた瞬間、楡木は彼女の顔を見た。

 相変わらず笑顔のままだ。だが店の薄暗さも相まって、その笑顔はとてつもなく不気味なものに思えた。僅かだが狂気や恐怖と言った物すら感じる。


「警察,もとい衛兵隊の管轄外の事件は起こります。正に楡木様にうってつけの仕事ですね」


「お前何を言って……」


 そこまで言った瞬間、強烈な眠気が楡木を襲い、じわじわと意識が薄らいで行くのを感じるた。

 初めての経験だが、何となく分かる。

 

 薬を盛られたと。

 

 人に狙われるような事をしてしまったか……


 恨みを買うような事をしたか……


 ヤバい情報を掴んでしまったか……


 身に覚えのない様々な不安が次々と頭を過る。

 しかしそれらの思考は意識と共に失われていった。



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