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私立探偵は異世界を嫌う  作者: 藤木智
20/25

飲んだくれ

 カカシの様なハリボテが立ち並び、円の描かれた的が壁際に幾つも立てかけられた訓練場。

 普段は騎士や兵士たちの訓練に精を出し、騒がしい筈の場所も、いまは誰もおらず、訓練に使われる沢山のカカシが不気味に佇んでいるだけだった。


 だがここにはカカシ以上に不気味な物がある。


 それこそ楡木が今見上げている円柱の建造物。すなわちセシルとヴェロニカが待つ塔だった。


 遠くからでは分からなっかたが、その塔は真っ白なアルスター城の城壁と違い、汚れて黒ずみ、どこか禍々しい外観をしている。

 人ならざる者が巣食っていると言われたら、そのまま信じてしまいそうだ。


「どっちか連れてくれば良かった……」


知らなかったとは言え、気味の悪い場所に一人で来た事を後悔しながらも楡木は渋々と塔に入る扉に手を掛ける。

 入りたくないが、約束をすっぽかしたら尚更面倒な事になる。自分にそう言い聞かせながら扉をゆっくりと開けた。


「何者だ!」


「うわっ!」


 中から声が響き、楡木は思わず声を上げる。


「いきなり大声を出すんじゃない!バカ者が」


塔から出てきたのは一人の兵士だった。

 玉座の間や大広間に居た騎士と違い、簡素な鎧と槍で武装した、いかにも下級の兵士という感じの若兵士はズカズカと楡木に迫る。


「何だお前は!怪しい奴め!」


 兵士は楡木に槍を向けて来た。


 呼び出しておいてこの扱いは酷いと思った楡木は、イラつきながら答える。


「セシルの爺さんに呼ばれて来たんだが」


「呼ばれた……では貴方が異世界の賢者殿でしたか!」


 楡木の答えに兵士は態度を突如改め、は槍を納めて敬礼する。


「これは失礼しました!賢者殿!事前の来客予定が無く混乱して申し訳ありません」


「ああ分かれば良い。あと俺の事を賢者って呼ぶな」


 賢者呼ばわりにウンザリしながら楡木は分かり切った質問をする。 


「ヴェロニカと爺さんは上か?」


「はい。司令官とグラスマイヤー卿は塔の最上階に居られますのでどうぞお入りください」


「ありがと」 


 背筋を伸ばして敬礼する兵士の横をすり抜け、楡木は塔の中に入る。

しかし次の瞬間、何処か離れた所でガチンと何かが外れた音がして、楡木はその場で足を止める。


「ん?」


 何の音だと楡木は不審に思った瞬間、凄まじい音と共に目の前に何かが落下した。


 そして何かが崩れる音と共に砂埃が辺りを覆い尽くす。


「ひっ!」


「おいなんだ!」


 何が起こったか分からない二人は心臓が爆発するくらいの驚きを感じながら様子を伺う。


 敵が現れたのかと思い、兵士は槍を構え、楡木は無意識に姿勢を低くする。すると、


「うーん……」


 か細い呻き声が足元から聞こえて来た。


 自分と兵士以外この場に誰か居る。だが砂埃で視界が悪く、何も分からない。


「おい、扉を全開にしろ」


「はい!」


 兵士は慌てて扉を開け、砂埃を散らせた。


 その甲斐あってか視界はすぐクリアになり、状況が露わになった。

 

塔の上階へと続く階段は壁際に設けられ、中央に簡素なテーブルとイスがあったと予測できる。だが今は落ちてきた物の残骸が中央スペースを占領していた。しかも残骸の中には見慣れた女が横たわっている。


「うえ……気持ち悪……」


「ヴェロニカ……お前何やってるんだ?」


 服は埃まみれになり、髪留めが壊れてツインテールがロングヘアーになっているヴェロニカ・グラスマイヤーだった。


「グラスマイヤー卿……ですか?」


「う……ん?」


 目を擦りながら、気怠い動作で起き上がったヴェロニカは眼をぱちぱちとして、楡木の姿を確認する。


「あ、おはようございます楡木様」


「おはようじゃねーだろ!何やってるんだよ!あとどうでも良いけど今は夜だ」


 コレット達の話でヴェロニカが塔に来ている事は分かっていた。しかし上から突然落ちてくるなんて聞いてない。


「えっと……セシル総司令官と一緒にワインを飲んでた所までは覚えているのですが……小船で揺られる夢を見ていた気がします……」 


「小船ってあれか?」


 楡木はヴェロニカのすぐ後ろに散乱する残骸を指差す。


「何ですかあれ?」


「階段に吊ってあったシャンデリアだと思いますよ」


 兵士が答えてくれた。


 恐らくは酔っぱらったヴェロニカはシャンデリアに上り、そこで酔い潰れた。そして数分後、ヴェロニカの体重を支え切れなくなったシャンデリアはあえなく落下し、今の状況に至ると言った所だろう。


「シャンデリアに上るなんてお前は何を考えてるんだ……」


「酔っぱらった人間に真面な思考が出来ると思っているのですか?」


「それもそうだけど……」


 おかしな物言いだが何故か納得してしまう。


「それに今回はマシな方ですよ」


「マシ?」


「以前城下町の噴水で酔いつぶれて水死体と間違えられかけた事がありましたし、そちらに世界の居た時も、高速道路の中央分離帯で目が覚めた事がありましたから」


「お前もう酒を飲まない方が良いんじゃないか?」


「御心配なく。肝臓は丈夫で意識が程酔う事など滅多にありません」


「健康面の問題じゃねーよ!」


この酔っぱらいはいずれ社会に多大な迷惑をかけるだろう。その前に断酒させた方が世の中のためだ。


「とにかくもう酒は飲むんじゃねーよ。飲んだくれ」


「辛辣ですね」

 

笑顔でそう返すヴェロニカ。だがその笑顔は急遽固まり、心なしか顔色が青ざめだした。


「どうした?」


 突然黙りこくったヴェロニカを不審に思う楡木。するとヴェロニカは勢いよく俯き、激しく咳き込みだした。そして。


「おええええええええ!」


「ぎゃあああああああ!」


「ひっ!」

 勢いよく嘔吐し、キラキラした物を床にぶちまけた。


 それに驚いた楡木は叫び、兵士も短い悲鳴を上げる。


「……オカシイですね……飲み過ぎた筈では無いのに……」


「実際飲み過ぎで吐いたんだろ!」


 誰がどう見ても飲んだくれの嘔吐である事は明白だった。

 しかしヴェロニカはかすれた声で否定する。


「私……樽三個分のお酒を飲んでも酔いつぶれない酒豪だと自負していたのですが……」


「これを機に自重しろ」


「それが……良いかも……知れませんね……」


 楡木の言葉を素直に聞き入れたヴェロニカは再び嗚咽を走らせる。

 そんな辛そうなヴェロニカを流石に放っておけないと思い、楡木は兵士に頼む。


「なあ。俺セシルの爺さんに呼び出されているから、あんたこいつの面倒見ててくれない?背中摩ってや

るだけで良いから」


「は、はあ……」


 年頃の娘の介抱をするのが恥ずかしいのか、それとも相手が侯爵で関わり合うのに遠慮があるのか、はたまた嘔吐してる人間に関わるのが面倒なのか、兵士は気の無い返事をした。

 だがヴェロニカの介抱を引き受けてくれた事には変わりない。

 

フラフラとする足取りのヴェロニカを塔の外に連れ出す兵士を見送り、楡木は気持ちを切り替えて上階に目をやった。


「結構高いな」


 薄暗いせいで上の階が見えないが、恐らくマンションの五階か六階はあるだろう。それを階段で登らなければならないと思うと少し気が重くなった。


 だが行かないと言う選択肢は無い。行かなければ老騎士を怒らせる事になりかねない。


「行きますか……」


 嘆息しつつも楡木は階段に向けて足を踏み出す。


 ブルークリスタルロッドは無いが最上階を目指して楡木はゆっくりと塔を登るのだった。

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