挑発
楡木はセシルに対してあまり良い印象を持っていない。
玉座の間付近ではリーデル達を怒鳴り付け、中庭ではサリエスと一緒になってリーデルに戦いを挑んできた。
双方烈火の如く怒り、鬼のような強さと気迫で剣を振るう恐ろしい姿だった為、ピリピリした人間と言う印象を抱かざるを得なかった。
しかしその怒りっぽい老騎士とこれから対面しなければならない。
そう思うと楡木は愚痴とため息を反射的に吐き出してしまう。
「面倒くせえ……」
「我慢しろ。俺達だって面倒だよ」
「本当は私達も行きたく無い……」
メイド達も楡木同様、重い溜め息を着いた。
「お前らもあの爺さん苦手なのか?」
「ああ」
「正確には総司令官を含む騎士や兵士が嫌い……」
含みのある言い方だった。
「何かあったのか?」
「昔ちょっと……」
「そう!軽く揉めただけだから!お前に語るような事でも無いからな気にするな」
「そうか?」
このメイド達にも話したくない過去の一つや二つあるのかもしれない。
露骨に答えを濁した二人を楡木は察して別の話題を振る。
「そう言えば聞き忘れたけど、何でコレットが一緒に寝てたんだ?」
「ああ。疲れて寝てた」
簡潔過ぎる答えが返って来た。
「疲れたから俺と添い寝するってどういう事だよ」
「添い寝じゃねーよ。間違いを起こさないようキチンと上下逆に寝たぜ」
「その気遣いはどうでも良いな」
「じゃあ寝ている間にコレットがニレノキの顔に何発も二三発かました事もどうでも良いね……」
「それはどうでも良くねーよ!」
世の中知らない方が幸せだった事もある。今回の件が正にそれだろう。
「お前!人の顔に何してるんだよ!」
「だって目が覚めていきなり俺の顔が近くにあったら嫌だろ?」
「寝てる間に何発もかまされる方が嫌だよ!」
そもそも勝手に人の寝ている所に潜り込まないで欲しい。
「……ニレノキごめん」
「なんだよ」
「……コレットが二三発かましたのは嘘」
もう何を信じていいのか分からなくなって来たが、ポーラの発言は信じていいと思った。ポーラは面白がって嘘を付く人間には見えないのだから。
「本当は一発しかかましてない……」
「今まで聞いた中で一番意味の無い嘘だなそれ!」
前言撤回。ポーラの方が感情や表情が読み取れない分、信用するのが難しい。寧ろ信じてはダメな人間
だった。
「あとコレットも自信持って……アンタは顔もイケてるしお尻も良い形してるから……」
「ありがとう相棒!」
「もう勝手にしろ……」
二人のやり取りにウンザリしながらも廊下を歩く。そして中庭に出た時、一人の騎士と出くわした。
「あ」
「賢者……」
宮廷警護隊長のサリエスだった。相変わらず白銀の鎧で固めているが、マントは昼間見た青い物では無く、真っ赤なマントに変っている。
「げ、サリエス」
「面倒な奴に遭った……」
サリエスの姿を確認したコレットとポーラは一斉に嫌な顔をして呟く。
どうやら二人が嫌う騎士や兵士にサリエスも含まれているらしい。
「グールコレット……それにもう一人もグラスマイヤーのメイドだったな。ここで何をしている?」
「別に。ニレノキを塔まで案内していただけだ」
「主の命令……私達に構わないで……室内犬……」
「それとも鵜呑みのサリエスって呼んだ方が良かったか?」
「ほう……」
サリエスは静かに返すがその拳は震えていた。
コレットはともかく、ポーラも一緒になってサリエスを挑発することからこの三人には何かしらの因縁があるらしい。
「おーい何」
何かあったのかと問いかけようとした瞬間楡木は口を噤む。
コレットとポーラは人を殺す様な鋭い目付きでサリエスを見据えていた。そしてそれはサリエスも同様。兜越しに二人を睨みつけているのが感じ取れた。顔は見えないがコレットとポーラ似たし明確な敵意と殺意を持っているのがハッキリと分かる。
そしてこの三人を見て楡木は確信した。
三人には間違いなく只ならぬ因縁がある事を。もちろん悪い意味で。
そしてそれは殺し合いに発展するまでの関係で、三人は今正に殺し合いを始めようとしていると。
「不慮の事故でメイドが二人死んだ所で誰も気にしないな」
「それを言うなら鎧で固めた騎士の代わり何て幾らでも居る……」
「宮廷警護隊の隊長に成りたがっている奴も大勢いるから、お前一人居なくなっても誰も困らねーよ」
「ほざけ!」
サリエスは叫ぶと同時に剣を抜き、コレットに斬りかかった。だがコレットも予想通りと言わんばかりに剣を抜き、それを受け止める。
「楡木!ここは俺達が食い止める!」
「私達に構わず先に行って……」
「じぁあ遠慮なく」
バトル漫画でよく見るセリフを冷静に受け止めた楡木は、戦う三人の隣をすり抜け、中庭に出る。
戦いを見届ける必要は無いし、挑発したのはコレットとポーラの方だし、そもそもサリエスは道を阻んでも居ない。だが楡木は敢えて何も言わなかった。
あの戦わなければならないと言う空気と、血が頭に上った三人に何を言っても無駄だからだ。
それに目的地の塔も、中庭を真っ直ぐ進むだけで道案内は必要ない。
楡木は斬撃の音を背に、石柱に掛けられた松明が薄暗く照らす庭園を歩いて行った。
時々矢が飛んでくる音や気配を感じるが、それは気のせいだと言い聞かせながら。




