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私立探偵は異世界を嫌う  作者: 藤木智
16/25

決着。そして追跡

 とてつもなく長く感じる数メートルの戦場を駆け抜け、二人はリーデルの元に辿り着く。

 

 ポーラとハルベットのバックアップが功を成したのか、リーデルには脹脛に受けた矢以外の怪我は見当たらなかった。


「さあ早くリーデル陛下を担いでください。そしてBダッシュで逃げてください」


「分かってるよ!」


  襲い来る怪物の恐怖に怯えながら、楡木はリーデルを背負う。だがその瞬間


「臭っ!」


 飼育委員だった小学生時代に入った、鶏小屋を思い出させてくれる悪臭を嗅ぎ取ってしまう。

 そしてその匂いの元凶は何故かリーデルから漂っていた。


「何だよこの臭い!」


「何ですか?」


「リーデルメッチャ臭いんだけど!コイツかましたのか!」


 女性に対して言う最大級の暴言だと分かっているが口にせずには居られなかった。それ程強烈な臭いなのだから。


「どれどれ……」


 怪物と戦う傍ら、ヴェロニカはリーデルの頭に顔を近づけ、一嗅ぎする。


「これは……撒き餌と同じ臭いですね」


「撒き餌?」


「怪物狩りをするときに使用される薬品です。以前ポーラが作っている物を拝見した事があるます。と言うか、ポーラが作った撒き餌ですね……あ……成程そう言う事ですか」

 

 ヴェロニカは説明しながら何かわかっつあ用に頷く。


「どうしたんだ?」


「さっきから怪物が騎士や私達を無視して、リーデル陛下を優先的に狙って来ている様に見えていたのがおかしいと思っていたのですが、それが原因だったようですね」


「お前、何言ってるんだ?」


「探偵の楡木様なら容易に推理できると思いますが」


 煽る様な言い方が少しムカつくが、楡木もヴェロニカの言動から大方の想像が付いていた。

 

 恐らくリーデルは、ポーラから撒き餌を貰い、それを自分の身に振り掛けたのだろう。そして怪物達が自分を襲うように仕向けた。

 

 先程ヴェロニカは、『リーデルは戦う事が大好きと』と言っていた。

 もしその言葉が真実で、自らを追い詰める状況を作り出したと願っていたのなら、リーデルのその不可解な行為も頷ける。

 しかしそれ故に大きな問題が露見してしまった。


「どうするんだよ!コイツが臭ってる限り、化け物どもが群がって来るんだぞ!」


 リーデルに蒔絵の臭いが付きまとう限り、怪物がひっきりなしに襲い掛かってくる。そしてリーデルに怪物たちが近づき続ける限り、自爆スイッチで怪物を一掃することも出来ない。


「ポーラ!なぜ撒き餌の事を言わなかったのですか!?」


 事態を厄介なことにした元凶の元凶であるポーラを、ヴェロニカは笑いながら責めたてる。

 

 すると彼女は構えていたクロスボウを下ろし、首を少し傾け、作った拳で自分の頭を軽く小突いた。勿論少し舌をチョロりと出して。


「忘れていたという事ですね。まあ良いでしょう」


「全然良くねーよ!」


 ヴェロニカは身内にはトコトン甘いようだ。


 だがここでポーラに八つ当たりをした所でリーデルの臭いが消える訳でも無いし、怪物たちの襲撃が止む訳でも無い。


「こいつの臭いを消す方法とか無いのか!?」


「では臭いが付く装備品を全部剥がしましょう」


「つまり?」


「まず服を脱がします」


「却下!」


 日本では社会的に、この世界では物理的に死ぬことになる最悪な提案だった。


「御二方!早くこちらに!」


 水や風の魔法を放ちながらハルベットは叫ぶ。


「撒き餌の臭いを取り除く方法なら私に考えが有りますわ!」


「それ本当か!?」


「試してみる価値はあると思いますから、とにかくこちらに急いでください!」


 ハルベットの言葉を信じ、二人は走る。


ヴェロニカは怪物を、楡木は背中から漂ってくる悪臭と戦いながら。


「しっかりと守ってくれよ!」


「それはかの有名ロボットアニメのヒロインが言ったセリフを言えと言うフリですか?」


「勝手にしろ!」


 襲いかかる魔物を躱し、切り伏せ、クロスボウと魔法の援護を信じ、必死に走る。

 途中、死骸に躓き、死臭に咽ながらも、死に物狂いでハルベットの元へと走る。

 

 そして奇跡的なことに楡木は無傷なままハルベットの元へと辿り着いた。


 ここまでの往復はほんの数分だったのに、とてつもなく長い旅路に思えてしまう。


「御無事ですね賢者殿」


「何とか!」


 眠るリーデルをそっと下ろし、大きく息を吐きだす。


「さあ早く臭いを何とかしてくれ!」


「分かっていますわ!」


 魔法を放つ手を止め、ハルベットは旅行トランクの中を漁りだす。

 その間も、ヴェロニカとポーラは魔物を迎え撃ってくれた。


 肉を切り裂く音に、弦がはじかれ矢が刺さる音と怪物たちの雄叫びや断末魔を聞きながら、楡木はにハルベットをひたすら急かす。


「何してるんだよ!早くしろ」


「急かさないでくださいまし」


 自分だけ何も出来ず歯痒い思いをする楡木は八つ当たりの如くハルベットを急かす。

 そして忙しなくガチャガチャとトランクの中身を漁るハルベットの動きが突如止まると、中から鉄製のタグがぶら下がった一本の魔剣を取り出した。


「何だそれ?」


「新たに開発した魔剣でございます。この剣で斬った物はとても良い香りを放つようになり、死臭が立ち込める戦場も忽ちフローラルな香りに包まれるようになります!名前はえっと……『消臭刀』ですわ」


 名前と効果の微妙っぷりはシュガー剣と引けを取らない一品だった。


 だがこの剣を使えばリーデルに着いた撒き餌の臭いを取り除き、魔物が群がるのを防ぐことが出来る。


「じゃあ早くその剣を使えよ」


「畏まりました」


 ハルベットはそう言い、即座になくリーデルの足に魔剣を突き出した。

 この世界の住人には躊躇と言った物は無いらしい。


「痛―い!」

 耳を劈く叫びと共に鳩尾に鈍い痛みが走る。


 リーデルが剣を刺された痛みで目を覚まし、楡木の鳩尾に拳を御見舞いしたのだ。

 

何という理不尽……


「何で俺なんだよ……」


 腹痛に身悶えながら自らの不運を呪う。

 

 剣を刺したのはハルベットなのに、この仕打ちは酷いと思う……


「賢者殿!分かりますか!陛下から撒き餌の臭いが消えましたわ!」


「知らねーよ……」


「そう言わずに!」


 興奮気味に、ハルベットは楡木の頭を掴でんリーデルに近づける。


「臭っ!」

 

リーデルの臭いを嗅いだ一声はそれだった。

 確かにリーデルから先程の獣臭さは消えている。だが代わりにトイレの設置される消臭剤を何倍も濃くした臭いが鼻を刺激した。

 花の香りとも何とも言えない強烈な臭いが鼻にまとわりつき、思わず悶絶してしまう。腹と鼻のダブルパンチは中々堪える。


「お早うございます皇帝陛下」


「お早う……あれ?妾何やってたんだっけ?」


「記憶にございませんか?」


「うん、怪物と戦ってる途中で眠くなったんだけど」


「お疲れでございますね」


「そうかな?」


「そうです」


「なんか花の匂いしない?」


「気のせいです」


「なんでハムの人は鼻声で話してるの?」


「気のせいです」


「なんで妾の足に矢と剣が刺さってるの?」


「気のせいです」


「……それは無理あるだろ」

 

 楡木は腹痛に耐えながら、ハルベットにツッコミを入れた。

 

 流石にその怪我は気のせいでは済ませられない。


「気のせいと言うより怪物のせいですね」


「そっか。じゃあ仕様が無い無いかな……まだまだ修行が足りないのかな?」


 悔しそうに溜め息を着いたリーデルは両足に刺さった矢と剣を乱暴に引き抜く。見ているこっちが痛くなりそうだ。


「それで、もう怪物は皆居なくなっちゃったの?」


「そろそろ居なくなりますわ」


 ニヤリと口角を挙げたハルベットは自爆スイッチに手を掛ける。


「グラスマイヤー卿!魔物は進撃は収まりましたか?」


「大広間に侵入するミノタウロスを確認しました。数秒後に隣接すると思われます」


「では大丈夫ですね」


 ハルベットは突如リーデルの上に覆いかぶさった。


「何!?妾とスキンシップしたいの?ハムの人って結構大胆!」


「陛下しばし口を塞いでください!グラスマイヤー卿に賢者殿!メイド殿も息を止めて耳を塞いで身を低

くしてください!」


 ハルベットの指示に従い、ヴェロニカとコレットは床に伏せ、頭を抱える。因みに楡木は未だ鳩尾の痛みに悩まされていた為、さっきからずっと身を縮めている。


「行きます!」


 ハルベットは叫ぶと同時に自爆スイッチを押す。

 カチッという機械的な音と共に、ミノタウロスが悲鳴を上げる。ミノタウロスだけで無い、城の彼方此方から獣の悲痛な叫びが聞こえてくる。まるで地獄の様な凄まじい悲鳴の嵐。

 そして悲鳴は破裂音に変り、頭はスイカのように弾け、突風とも言える衝撃波を纏った肉片が炸裂する。

 びちゃびちゃと言う気持ちの悪い音と共に、肉片が飛んできた。

 飛んできた肉片は体に幾つか当たったたが、大して痛くない。小学生時代にドッジボールで味わった傷みと良い勝負だ。


「思ったよりも大した事ありませんでしたね」


 ヴェロニカは起き上がりながら期待外れと言わんばかりに言う。


「もっと派手な爆発を予想していたのですが」


「……別に良いじゃん……派手だったら服が汚れてた」


「それもそうですね」


 命の危険よりも服の汚れを気にするヴェロニカとポーラ。こいつらやっぱりタダ者じゃない。


「もう安全なのか?」

 

楡木は起き上がり、服の汚れを払いながらハルベットに尋ねる。 


「どうでしょう?」


「何で疑問形なんだよ」


「実験用の魔物は全て死に絶えた筈ですが、生物兵器用には爆裂魔法の術式を施しておりません」


「つまりまだ安全じゃないのか?」


「どさくさに紛れて実験用の魔物に捕食されるか騎士に殺されていれば安全なのですが、私には分かりかねますわ」


「じゃあ早く倒しに行こう!」


 リーデルはピョンと跳ね起きる。


 剣と矢が刺さり、出血して居た筈の脚はもう完治している。恐ろしく高い生命力を持っているのか、それとも目を離したすきに魔法で傷をふさいだのか……どっちにしろどうでも良い。


「お待ちください皇帝陛下!幾ら陛下でも危険ですわ」


「心配いらないって。どんな大きくて凶暴な怪物も妾にかかればイチコロだよ」


「生物兵器は小型で大人しいのですが、大変危険です事よ」


「何それ?意味分からない」


 リーデルは勿論、楡木もハルベットの口走った意味が理解できていなかった。


 そもそも生物兵器とは毒や病気をもたらすウイルス。つまり細菌兵器を示す言葉だ。


 だがハルベットが言う生物兵器は、凶暴な獣を示している様に思える。だがハルベットは真っ向からそれを否定していた。


「小型で大人しいのに生物兵器なの?」


「何も見かけが恐ろしいのが生物兵器ではありませんわ」


「つまり何が言いたい?」


「私が生み出した生物兵器は二種類。まず雷を纏う鼠。検体名ピカラットです」 


 またギリギリな名前が飛び出した。


「大きさは普通のネズミと変わりませんが、触れた者を瞬時に焼く程の強力な雷を纏っておりますわ」


 名前だけでなく体質も危なかった。色んな意味で。


「幾ら陛下が百戦錬磨の猛者でも、ピカラットに準備なしに挑めばたちまち黒焦げになってしま巣事よ」


「触れる前に刺し殺すよ」


 リーデルは雷。つまり電気の性質や恐ろしさを理解していないらしい。否、そもそもこの世界には電気が発達していないのだろう。


 馬車による移動や、火による照明器具が有る事から、文明レベルは十六か十七世紀辺りだ。電気は存在しなくて当然の文明レベルと言える。


「止めとけリーデル。お前死ぬぞ」


「賢者殿の言う通りですわ。先月も注意を聞かなかった研究所の警備兵がピカラットに触れて重症を負いましたわ」


「じゃあどうやって倒すの?」


「魔法での処理。もしくは……」


 ハルベットはまたもトランクを漁り、小さなナイフを取り出した。


「この投げナイフを使います。この投げナイフを投げれば、ピカラットを確実に殺せますわ」


 得意気に語るハルベットに対し、リーデルは苦い顔をする。


「妾、ナイフ投げは苦手……ニレは得意?」


「得意じゃねーよ。そもそも出来る事前提で訊くな」


 日本で投げナイフの練習をする人間は大道芸人か中二病を拗らせた人間だけだ。


「御心配なく。この投げナイフは特殊な鉱石で作らえた特注品で、ピカラットが放つ魔力に引き寄せられる性質を持っております。ですので明後日の方向に投げたとしても、ピカラットに向け軌道修正され、自動的に貫いてくれます」


「じゃあ今それを投げたらピカラットとやらを殺してくれるんじゃないのか?」


 楡木の提案にハルベットは首を横に振る。


「賢者殿。これは軌道修正をしてくれるだけで、自動追尾の効果はございません。一定の距離で投げないとピカラットを仕留める事は出来ませんわ」


「だろうな。言ってみただけだ」


 思った通りの答えが返ってきて、楡木は肩を落とす。


「ハルベット所長。それでもう一種類の生物兵器は何なのですか?」


 学校の先生に質問するようにヴェロニカが挙手して質問する。


「もう一体は音も無く風のように素早い盗賊の子鬼。検体名『グレムリン』ですわ」


 ハルベットが再びトランクから取り出したのは小人の絵が描かれた紙だった。絵の小人はナイトキャップを被り、尖った耳を持ち、皺だらけの顔でにやけた顔をしている。

 コレットの剣を盗んで行った奴らに似ている。と言うか奴らだった。


「この怪物は盗みを働く事を何よりも好み、武器や物資、貴重品を風の様な速さで盗んで行きますわ」


「あんな風にですか?」


 ヴェロニカがハルベットの後ろを指差す。

 

 そこにはイラストと同じ小人が三匹飛び跳ねていた。


 一匹はハルベットのトランクを担ぎ、もう一匹はリーデルが使っていた槍を担いでいた。小さい割に力持ちらしい。


「私のカバン!」


「妾の槍!」


 其々の所持品が盗まれた事を知り、二人は大声を上げる。


「返してよ!」


「返しなさいな!」


 リーデルとハルベットはグレムリンに跳びかかるが、グレムリンはヒラリ躱し、キャハハと小賢しい笑い声をあげた。完全に遊ばれてる。


「返さないと八つ裂きするよ!ヴェロニカが!」


「人任せかよ」


「御注文であればそれ以上も承りますよ」


「変な所でサービス精神旺盛だな」

 

 そんなやり取りをしているうちにグレムリン達は扉を潜り、逃げて行った。


「逃がさないよ!」


「何としても取り戻しますわ!」


「ご助力します」


 全速力で走りだしたリーデルの後をハルベットとヴェロニカが続く。


「元気な物だな」 


 あれだけの死闘を繰り広げて尚、怪物を追いかける体力が残っている事に楡木は呆れてしまう。 そんな異世界人の体力をしみじみ考えている矢先、何かが足を突いて来た。


「ん?」


 視線を下ろすとそこには、グレムリンが一匹居た。ニヤケた小人は見覚えのある白い板を手にしている。


それを見た楡木はズボンのポケットを反射的に漁る。そして反射的に叫ぶ。


「俺のスマホ!」


 自分のスマートフォンがスリ取られた事を即座に理解した楡木はグレムリンに飛びつく。だがグレムリンは思った通りと言わんばかりの反応で跳躍してヒラリと躱す。そして他のグレムリン同様、扉を潜り逃げて行った。


「返せ!」


 楡木もリーデルたちの後を追うように、スマホを盗んだグレムリンを追いかけて行った。



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