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私立探偵は異世界を嫌う  作者: 藤木智
14/25

コレットの事情

 舞踏会が開かれてもおかしくない広大でかつ豪華だった部屋も、今は窓の殆どは割れ、白かった大理石の床は血に染まり、部屋のあちこちには魔物の死骸が打ち捨てられている。

 鉄の匂いと生臭さが入り混じった死臭。

 怒号と悲鳴、断末魔、武具がぶつかり合う音。 

 音が、臭いが、光景が痛々しく教えてくれる。

 この部屋は戦場だと。


「凄まじいな」


「そうですね」


 緊張して強張った声を上げた楡木に対し、ヴェロニカは素っ気無く返した。

 平静な態度から、このような光景を目にする事は慣れているのが分かる。


しかしそんな楡木にとって非日常的な光景の中でも、さらに理解できない光景が繰り広げられていた。


「所で……アイツ何やってるんだ?」

 

楡木は部屋の彼方、に見える人物達を指差して問いかける。


「リーデル陛下ですね。あの御方は戦う事が大好きですから」


 ヴェロニカの言う通り、部屋の中央に位置するであろう場所には、襲い来る怪物を次々と槍で刺し、突き、薙ぎ倒していくリーデルの姿があった。


 アクション映画の様な身のこなしで魔物の攻撃をかわし、重量感がありそうな槍を、まるで玩具を扱うよう軽々と振るい、一騎当千の如く魔物を倒している。


「いや……俺が言ってるのはリーデルの事じゃなくて……」


 楡木は指した指を少し右にずらす。


「アイツの方だよ」


 楡木が指差したアイツ。

 それは二十人前後の騎士と立ち回りをしているメイドだった。


 痛んだ長い金髪から覗く犬耳。凶暴そうな鋭い目付き。両手に持った二本の剣。彼女は間違いなくヴェロニカに仕えるメイドその一であるコレットだった。


「あいつお前のメイドだろ?」


「他人の空似です」


 ヴェロニカは露骨に視線を逸らす。

 分かり易い現実逃避だ。


「どう見てもコレットだろ。それともこの世界には二刀流の金髪犬耳メイドが大勢いるのか?」


「いいえ。コレットと同じキャラデザの人間はそう居ません」


「キャラデザ言うな」


恍けた割に認めるのは早かった。


「何であいつ、化け物じゃなくて人間と戦っているんだ?」


「皆目見当が付きませんね」


「私が説明する……」


 どこからか突然現れたのは、ヴェロニカに仕えるメイドその二であるポーラだった。


「では説明してくださいポーラ。なぜコレットは騎士の方々と戦っているのですか?彼女はこの状況を理解していないのですか?それとも私の言い付けを忘れたのですか?」


「言いつけ……有毒ガスは作らない……?」


「違います」


「押し売りに来た商人の背中を撃たない……?」


「他にもある筈です」


「あ……捕虜の拷問は質問をしてから……?」


「騎士や兵士とモメ事を起こさないことですよ。全く……それらは二度としないと約束したはずですよ。頭大丈夫ですか?ちゃんと覚えてるんですか?」


「大丈夫……キチンと全部言い付けは守ってる……」


 ヴェロニカがブーメラン発言をした事や、それらの前科がある事にツッコミたかった。

 

 しかし楡木が口をはさむ間もなく、ヴェロニカが間髪入れずポーラを攻め立てる。


「ではなぜコレットは騎士の方々と戦っているのですか?」


「深い事情がある……」


「簡潔に言ってください」


「皇帝の命令……」


「どう言う事ですか?」


「これ以上言うと簡潔じゃない……」


 ポーラは結構面倒臭いメイドだという事が分かった。

 だがそんな面倒な態度を取るメイドにイラつく事無く、笑顔でヴェロニカは質問を重ねる。


「一から説明してくださいポーラ。なぜ貴女とコレットがここに居るのか。なぜコレットは騎士の方々と戦っているのか。包み隠さず教えてください。そうしなければ三十六本ある歯を十八本に減らしますから」


 前言撤回。表に出さないだけで相当怒っているらしい。


「まず私とコレットは馬車を馬屋に預けてからしばらく休んでた……それから……――」


 ポーラの話を纏めるとこうだ。


 楡木たちと別れた後二人は馬車を城の馬屋に預け、ヴェロニカの指示があるまでそこで油を売っていた。思い思いに休みを取っていた時、件の怪物が大量発生する騒ぎが起きる。


 コレットとポーラは武装していた事から自主的に戦闘要員として怪物の討伐に出た。

 

正規の宮廷警護隊の兵士でない二人は特に持ち場の指示をされず、二人は思い思いの場所で怪物の討伐に当たる。

 

 順調に場内に居る怪物を倒し、大広間に居る怪物を倒そうと、そこに向かおうとしたとき、偶然リーデルと遭遇した。


 リーデルはストレス解消と称して怪物の討伐に志願したが、大広間で討伐に当たっていた騎士達は皇帝の身の安全を理由に、それを許してくれなかった。当然と言えば当然の対応だ。


 そこでリーデルは皇帝命令で手を出さないよう、騎士たちに命令したが、それでも騎士たちは言うことを聞かなかった。

 そこでリーデルは騎士ではないコレットにある命令(お願い)を下す。


 『妾の邪魔をする騎士の足止めをして」と言う命令を。


「そう言う事ですか」


 ポーラの説明を一通り聞いたヴェロニカは深く頷き納得した。だが楡木には理解できない。


「何で騎士は命令聞かなくて、コレットは命令聞いたんだよ。意味分からねー」


「言われてみれば確かにややこしいですね」


 苦笑いを溢しながらヴェロニカは説明する。


「騎士は皆、皇帝の身の安全を何よりも優先するよう徹底的に教え込まれているのです。機械的に遂行する程に」


「宮仕えの騎士……特に宮廷警護隊の兵士は特に強く教え込まれてる……」


「お前さっきリーデルぶん殴ってたよな?」


「教育される前に除隊しましたので」


 黒歴史を笑いながら語るヴェロニカには後悔と言った物は感じさせられなかった。


「それでコレットは命令聞いたんだ?」


「私の臣下ですから当然です」


「どう言う事だ?」


「グラスマイヤー家は代々皇帝家。細かく言えば皇帝個人に仕える家系……そのしきたりは仕える人間にも適用される……」


「律儀なんだな」


 日本だったらそんな事、態々守る人間は居ない。居たとしてもごく少数だ。


「主分かった?もう一度聞く?」……


「ここはいいえを選択しますよく分かりましたから」


「選択……?」


 ヴェロニカのゲーム脳が炸裂し、ポーラは首を傾げる。


 コイツの視界には恐らくテキストログでも表示されているのだろうな。


「とにかくコレットには落ち度は無いと分かりました」


「分かってくれて良かった……それに騎士も殺してないよ……」


「その様ですね」


 騎士たちと戦うコレットに目を移し、ヴェロニカは頷いた。


 コレットは騎士たちの攻撃をかわし、受け止め、反撃もしているが、その攻撃は全て鎧に当たっている。倒れた騎士も時折見かけるが、それはコレットが足を引っかけ転倒させているだけで、実質死傷者はまだ出ていない。

 グロ耐性が付いていない楡木にとって、その行動は有難い物だったがコレットにとってはマズイ状況だった。


「しかしコレットはあとどれ位持ちますかね?」


「分からない……騒ぎが収まるか……皇帝が大人しくなるか……それまで頑張ってもらうしかない……」


「お前らが助けに入るって選択は無いのか?」


「面倒だから嫌だ……」


「私も無理です。オーバーキルしてしまいますから」


「つまり?」


「手加減できず騎士を惨殺してしまいます」


 黒い事を満面な笑顔で言わないで欲しい。何度も思うが怖い。


「とりあえず陛下の気が済むまでコレットには頑張ってもらいましょう」


「その御判断は賢明とは言えませんわね。グラスマイヤー卿」


 呑気な提案を咎めて来たのはハルベットだった。

 シュガー剣の血の効果は切れ、その目には理性が戻っている。


「ハルベット所長。今までどちらに?」


「怪物たちを倒す傍ら、この騒動を起こした部下を探しておりましたわ」


「そうですか。ところでなぜ怪物の殲滅が不可能だと仰ったのですか?」

 

 ヴェロニカが問いかけるとハルベットはバツの悪そうな顔を作った。


「グラスマイヤー卿。城に放たれた怪物の数はどれくらいだとお考えですか?」


「そうですね……百匹位ですか?」


 ヴェロニカの答えを聞いたハルベットは黙って首を振る。


「ではどれ程の怪物が?」


「その二十倍。約二千匹の怪物が放たれました」


 答えを聞いた瞬間ヴェロニカは大笑いした。


「凄い数ですね」


「幸い、アルスター城に居る兵は精鋭ぞろい……被害は大した事無いにしろ、数に押されて、怪物が街に出る可能性があります事よ」


「街に被害が出れば貴女の責任問題になりますね」


 他人事だとはいえ、なぜそこまで陽気に話せるのか楡木には理解できなかった。ヴェロニカにはデリカシーが無いのか、はたまたイカレてるのか。この際どうでも良い。


「ですからこれを使いたいのです」


 そう言ったハルベットは何所からともなくスイッチの様な物を取りだした。小さな黒い正方形の箱に赤い半球体の物体が取り付けられた、誰がどう見てもスイッチと言える物体だった。何なら枕詞に「自爆」と付けても良い。


「それはリセットボタンですか?」


「いいえ。これは自爆スイッチですわ」


 英語の参考書に乗る様なやり取りだった。


「つまりなんですか?」


「つまり自爆するスイッチです。このスイッチを押せば逃げ出した怪物の口内に施した爆裂魔法が発動し、怪物たちは爆散して死に絶えますわ」

 ハルベットは胸を逸らし、得意気に語る。


「こう言う事もあろうかと、備えておきましたの」


「じゃあ早くポチっと押してください」


「それは出来ません」


 得意気に取出したスイッチをすぐ引っ込める。


「なぜですか?」


「見ての通りでございますわ」


 ハルベットは怪物と戦っているリーデルを顎で指す。丁度廊下で楡木に襲いかかってきた、ライオンの頭を持つ鷲の魔物の群れと戦っている所だった。


「リーデル陛下が怪物と着かず離れず戦っているせいで無闇に魔法を発動させる事が出来ないのです」


「そんな強い魔法なのですか?」


「鎧を着けていれば問題ありませんが問題は皇帝陛下です」


「少し位なら大丈夫だと思いますよ。リーデル陛下も鎧を付けていますし」


 皇帝に仕える者とは思えない発言だった。


「撃たれ強さの問題ではございませんの。陛下が爆発に巻き込まれると分かった上で魔法を発動させれば私は反逆罪の疑いを掛けられてしまいますわ」


「それは大変ですね」


 他人事だと思い、ヴェロニカはケラケラと笑う。そこ笑う所じゃないと思うが。


「ではリーデル陛下を怪物たちから離れさせることが出来れば良いのですね?」


「仰る通りですわ」


「任せてください」


 そう言ったヴェロニカはおリーデルの方を向き、大きく息を吸い込む。そして叫ぶような大声で呼びかけた。


「リーデル陛下!そこは危ないので離れてください!」


「い・や・だ・よー!」


 襲いかかって来たミノタウロスの攻撃をかわし、頭を槍で貫いたリーデルが叫び返す。


「すみません。ダメでした」


「諦めるの早いな!」


 もう少し詳しく説得する気はなったのか。


「軽く言ってもダメならどう説明した所で無駄です。ああ見えて頑固ですから」


「単に聞き訳が良くないだけではないですの?」


「とにかく、言葉がダメなら強硬手段です……ポーラ」


「了解……」

 

ポーラは背負ったクロスボウを下ろし、矢を装填する。


「どうする気だ?」


「リーデル陛下には少しピヨって貰い、その隙に安全な場所に運ぼうと思います」


「……眠り薬を塗った矢を使う……これを首に討てば大抵の生き物は眠る」


イカレタ人間に使えるメイドもやはりイカレテいた。それともただのバカなのか?


「首に矢が刺さったら永遠の眠りにつくだろうが」


「それに騎士の方々に見られたら、今度はメイド殿が反逆罪を被る事になるのでは?」


 楡木とハルベットの言葉を受け、ポーラは舌打ちをし、構えたクロスボウを下ろした。


「じゃあまずコレットが戦っている騎士の方々の意識を奪う事からしなければなりませんね」


「……それが出来たらコレットはもう戦っていない」


「それもそうですね」


 一本取られたと言わんばかりにヴェロニカは笑う。


「ポーラの眠り矢で騎士を眠らせることは出来ないのか?」


「……そんなに矢は無い……それに全身鎧で固めているから矢なんか効かない……」


「眠りの魔法とか無いのか?」


「そんな便利な物ございませんわ」


「戦いの素人が口出す者じゃないですね楡木様」


 小馬鹿にするような口ぶりに少しイラッと来たがここはヴェロニカが正しい。戦場では極力口を挟まない方が良いと楡木は学んだ。


「しかし困りましたね……怪物を一掃するにはリーデル陛下を離さなければならず、リーデル陛下を離すには眠り矢を討ちこまなければなりませんし、「それをするには騎士達の意識を奪わなければならない……騎士たちの意識を奪う術があれば全て解決するのに……」


「有りますわよ。騎士を気絶させられる物」


 そう言ったハルベットは持っていたトランクを床に下ろし、一本の長剣を取り出した。柄にタグがぶら下がっている事から、先程ヴェロニカに渡したシュガー剣と同じ物に見える。


「それは?」


「新たに開発した魔剣の一つ。風の魔剣ですわ。名前は……えっと……」


 ハルベットはぶら下がったタグを凝視する。


「『ディクラインソード』ですわ」


「今度は真面な名前ですね」


 ヴェロニカは鼻で笑う。


「それで?その魔剣にはどんな効果が?」


「この剣を受け止めた敵に強烈な音を与えます。実験では鼓膜が破れたり、失神すると言ったケースは見られましたが、死亡例が無い、とても安全な魔剣ですわ」


「鼓膜が破れる時点で安全じゃないだろ……」


「しかしこれを使えば騎士を殺さず、意識を奪う事が出来るという事ですね」


「はい」

 ハルベットが返事をすると同時に、ヴェロニカは剣を引ったくり、コレット目がけて投げつけた。


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