お説教
もっと長生きしたかった……ニレノキはぼんやりと死を覚悟したその時、
「絡みつけ!怨鎖!」
女性の声が響き、それと同時にミノタウロスの紫のオーラを放つ鎖が現れ、ミノタウロスの四肢を拘束する。
動きを封じられたミノタウロスは荒々しい牛の鳴き声を上げながら、鎖をガチャガチャと鳴らしながら暴れる。だが化け物を封じ込めた拘束具は壊れそうにない。
「危ない所でしたわね。皇帝陛下」
拘束されたミノタウロスの背後から、細長い旅行トランクを持った一人の女性が姿を現す。
紫のフリルの装飾が目立つゴシック調の白いドレスを着た、横に広がる尖った耳を持つ女性だった。
さながら西洋ファンタジーに登場する亜人、エルフを連想させられる。しかしその女性の髪は黒く、小顔で鼻筋は高く整った顔には黒いアイシャドーに毒々しい口紅、薄らとしたリンゴほっぺといった厚化粧で塗り固められている。
エルフは金髪で化粧をしない物だと思っていた分、彼女はエルフでは無いと言う考えが頭を過った。
「あと少しで挽き肉になる所でしたわね」
「残念……もう少しでニレが驚異的な力に目覚め、妾を助ける所だったのに」
「目覚めねーよ!お前は俺を何だと思ってるんだ」
別次元から連れてきたしがない私立探偵にリーデルが何を求めているのか理解できなかった。
「まあ一応礼は言っておくよ。ありがとね」
「助けてくれてありがと。えっと……」
楡木が口ごもってしまう理由を察した黒髪のエルフは微笑んで自己紹介をする。
「私、ハルベット・ムティスと申しますの。御初の御目にかかります皇帝陛下と付き人の御方」
旅行トランクを床に置き、両手でスカートを摘み、軽く広げながら会釈をするハルベットからはお嬢様という感じが見て取れた。お嬢様と言う年齢かどうか分からないが。
「これはご丁寧に。けど俺はコイツの付き人じゃありませんよ」
「そうだよ。ニレは妾の付き人じゃなくてオモチ……異世界からの客人なんだよ」
「おい今俺の事オモチャって言おうとしなかったか?」
「気のせい気のせい」
笑いながらバンバンと肩を叩いてくるリーデルに少し殺意が沸いた。
「ところでハルベットって何所かで聞いたんだけど……何処だっけ?」
「お前はどれだけ鳥頭なんだよ……」
溜め息を着いた楡木が先程訊いた説明を反復する。
「新しく作った魔法やら兵器やら生物兵器やらをお前に見せに来た人だろうが。そんでもって連れて来た生物兵器がうっかり逃げ出してこんな騒ぎになった」
「ああ思い出した!あのハルベットか!」
パンと手を叩きハルベットを指を指すリーデルには礼儀と言う物は持ち合わせていない事が分かる。
「それでハルべ……言い難いから略してハムの人でも良い?」
「良い訳ございませんわ」
ハルベットは引き攣った笑顔を浮かべて即答する。
「良いと思ったんだけど……ハルベット・ムティス。名前と苗字の頭を取ってハムの人」
「私の名前が呼びにくいのであれば名前の前半を略してハルで宜しいのでは?」
「いや、ハルは竜舎係のハールのあだ名だから無理。ゴメンねハムの人」
「……もうそれでよろしくてよ……」
命を助けた代償に送られたのが変なあだ名とは報われない。
大きく溜め息を着き俯いたハルベットに楡木は同情せずには居られなかった。
「ところでハムの人が使ったこの拘束魔法ってあとどれ位持つの?」
リーデルは拘束を解こうと暴れているミノタウロスに槍を向け、問いかける。
「拘束時間は約二分ですわ」
「「二分?」」
リーデルと楡木は口を揃えて言った。
「二分じゃ卑猥な言葉を耳元で囁く遊びも出来ないね」
「お前何やろうとしてたんだよ!」
そもそも怪物相手にそんなことをするつもりだったのか……
「そうじゃなくてこいつ縛り付けてからそれなりに時間経つぞ!」
早く何とかしろと言おうとしたその時、興奮した牛の鳴き声と共にミノタウロスは全ての鎖を千切り、楡木たち目がけて斧を振り上げた。
今度こそ死んだ。
楡木は目を瞑り再びそう覚悟したその時、
「ハッ!」
しわがれた男性の掛け声と同時に、何かを斬りつけた音が廊下に響く。
自分達が斧で叩き斬られたと思ったが違った。
ミノタウロスは斧を振り上げた姿勢のまま固まっていたからだ。
「二人とも油断のしすぎじゃ」
落ち着いた老人の声が聞こえると同時に、固まっていたはずのミノタウロスが大きな音を立てて、床へと崩れ落ちた。そして倒れたミノタウロスの後ろから現れたのは寺生まれのTさん……では無く一人の老騎士だった。
顔の半分を白く柔らかなひげで覆っている風貌はサンタクロースを彷彿とさせる。だがその目つきは刺さるように鋭く、サンタクロースの様な優しさは微塵も感じられない。目を合わせる事が数秒も叶わない程の迫力があった。そしてその迫力は決してハッタリでは無いだろう。
身に着けている鎧にはあちこち傷があり、はためくマントも返り血を浴びたようににどす黒く変色している。そして手に見えるのはミノタウロスを仕留めた、ギザギザの黒い刀身を持つ禍々しい見かけの長剣。
『僕の考えた最強のサンタクロース』と言うテーマのイラストから飛びできたような恐ろしい老人だった。
「陛下もハルベット君も、そこの君も修行が足りないのではないか?」
老人は剣を腰の鞘に収めながら叱責する。
「妾は忙しいから……」
「私も……」
「俺は関係ないぞ」
三人は老人から目を泳がせながら適当な返事をすると、
「いやー、流石は強運のユニークスキルを持って居るだけありますねリーデル陛下」
手を叩きながら能天気な声を響かせるのは、今まで玉座の間から修羅場を傍観していたヴェロニカだった。
仮にも国の最高権力者である皇帝が死にそうな目に遭っていたと言うのにこの態度である。
「いやーそれ程でも」
そんなヴェロニカの無礼な態度も全く気にすることなく、リーデル照れながら頭を掻く。
この二人の完成はやはりどこかずれてる気がする。
「ハルベット所長の見事な物でしたよ。魔導兵でないのにあれ程の魔法を使える方はそう居ませんよ」
「ありがとうございます。しかし訓練は受けなくとも、エルフの血を継ぐ者ならこれ位の魔法、多少の訓練で体得可能ですわ」
ハルベットもヴェロニカから賞賛を受けるが澄ました顔で受け流す。
「そしてセシル殿も、御年六十になる人とは思えないほどの身のこなし。お見事です」
「それは褒め言葉として受け取っておくかの」
老騎士はまんざらでもないのか、髭を無意味にいじり出す。
年寄り特有の照れ隠しであることは楡木にはすぐわかった。どうでも良い事だが。
「楡木様も御無事で何よりです。私てっきり赤子のように泣きじゃくり、失禁しながら謝り続ける姿を予想していたのですが。想像以上に精神力が強いようですね」
「何度も訊くがお前は俺を何だと思ってるんだよ……」
「聡明なる名探偵だと思っております」
満面の作り笑顔で平然と嘘を吐くヴェロニカ。
薄々気づいていたがこの女はイカれたサイコパスなのかもしれない。
感性がずれているだけでなく、平気で物を壊すし、平気で人を殴るし、平然と嘘を付く。しかもそれらを笑顔でやってのけるのだからサイコパスと思われてもおかしくないだろう。
「所で若いの。君は何者じゃ?見た所城の者では無いようじゃが?」
老騎士はまじまじと楡木を見ながら問いかけてきた。
その問いに楡木は反射的に返答しようとしたが、
「こちら楡木豊様。異世界からお連れした賢者様です」
ヴェロニカが代わりに紹介をしてくれた。探偵を賢者と言い変えたのは、異世界に置いて探偵と言う職業がなく、説明するのが難しかったが為だろう。
「ほう……異世界の賢者殿か……」
老騎士は楡木に近づき、左手を差し伸べてきた。
「儂はフレイミア帝国軍の最高司令官。セシル・アーヴィングと申す者。以後宜しく」
「初めまして」
篭手越しに握手を交わしながら楡木は思う。
この老人が今日殺される人間だと。
しかし同時に疑問も抱かずには居られなかった。
あの巨大なミノタウロスを倒す程の戦士が殺されるなんてあり得るのか。
少なくとも戦って殺されるような人間には見えない。
そうなると寝込みを襲われるのか、将又毒を盛られるのか。それとも弓矢などによる射殺か。
握手を終えながらも、楡木はセシルの殺害方法を考え続けた。だがその思考は急に終わる。
「さて……三人とも正座じゃ!」
突如セシルは烈火の如く怒りだし、楡木の思考は停止する。勿論思考が止まったのは楡木だけでは無かった。
リーデルもヴェロニカも、ついでにハルベットも声を出さず、反射的にその場に座り込んでしまう。
「まずハルベット君!君は敵にトドメを刺さ事を怠り。結果、陛下を危険に晒した!」
「それは完全な傲りと油断ですわ……深く反省申し上げます事よ」
しょぼんと俯きながら、ハルベットは反省の色を出す。
「次にヴェロニカ君!君はなぜ武器を持たず丸腰なのじゃ!」
「今日は戦いの予定が入って居りませんでしたので、武器の携帯は不必要だと判断しました」
「何時如何なる時でも皇帝陛下を御守り出来るよう備えなくてどうする!」
「申し訳ありません。以後気を付けます」
笑顔で言ったその言葉には反省は微塵も感じられない。きっとヴェロニカはこれからも武器を携帯する事は無いだろう。最もサイコパスに凶器を携帯して欲しくもないが。
「やーいやーい。ヴェロニカ怒られてる」
「陛下にも反省する点はありますぞ!」
今度は茶々を入れていたリーデルに矛先が向く。
「護衛も付けず真っ先に戦場に降りようとするとは何を考えておられるのですか!」
「偶には頭をからっぽにして思いっきり動き回りたいことだってあるんだよ」
偶にじゃ無くお前は年中頭空っぽなんじゃないのかと言いたかったが止めた。余計な口を挟んで怒りが飛び火したら溜まった物では無い。
「動き回るのは自由ですが、せめて護衛の騎士の一人や二人お付け下さい」
「ヴェロニカとハムの人が居たから良いじゃん。ね?」
二人に答えを振るがリーデルが期待する答えは帰ってこなかった。
「私、帝国軍に籍を置いていませんし、戦闘訓練も従軍経験も無い一端の魔導師で御座います。ですので護衛には向かないかと思いますわ」
「ヴェロニカ……」
リーデルは期待の眼差しを向ける。しかしヴェロニカは微笑み、
「私は三年前に帝国軍を不名誉除隊しましたので騎士ではありません」
好ましくない答えを口にする。
不名誉除隊とは……一体何をしやらかしたんだコイツは。
「まあ護衛なんかいなくても妾は強いから良いじゃん」
「そう言う事を言ってる訳では……」
言いたい事が上手く伝わらない事にセシルは頭を抱えだす。
そして大きく溜め息を立てたその時、セシルの背後から何かが飛びかかってきた。
「はっ!」
だが分かっていたのか、セシルは飛び掛って来た者に振り裏拳を食らわせ、撃退する。
篭手を装着していたとはいえ敵を殴り飛ばすとは、この老人、相当な強さを持っている。
楡木は改めてそう認識するのだった。
「人が説教をしている所に割り込んでくるとはとんだ無礼者じゃの!」
吹き飛ばされた者を見下ろしながらセシルは吐き捨てる。
セシルに襲いかかり、そして吹き飛ばされた者は、先程玉座の間で楡木達を襲うとしたヘルウルフと同じ形をしていた。と言うかヘルウルフだ。
「セシル総司令!」
慌てた声を挙げながら一人の騎士が駆けつける。そしてセシルの前に来ると即座に膝間着いた。
「お怪我はありませんか!?」
「それは良い。それよりもこの騒動は何時収まるのじゃ?」
「はっ!只今大広間に魔物を追いこんでおりますので、殲滅は時間の問題かと!」
「良い事聞いた!」
声を張り上げたリーデルは勢いよく立ち上がり、槍を手に、廊下を駆け抜けて行った。
「あ!陛下お待ちください!」
「待たない!」
「陛下!逃がしませんぞ!」
逃げるリーデルをセシルが追いかけて行った。そして先程駆けてきた騎士も、座り込むヴェロニカに軽く会釈したのち、二人を追いかけて行ってしまう。
残されたのは楡木と座り込むヴェロニカとハルベット。そしてミノタウロスとヘルウルフの亡骸だけだった。
騒がしい二人が居なくなり、少し静かになったその場にたたずむ楡木は、怪物の亡骸を見てこう思う。
こいつら動き出さないよな?




