血塗れの皇帝
楡木はアルスター城がどれほどの広さと大きさ、部屋の種類と数があるのか知らない。
しかし今ここに居る部屋が何の用途で使われる部屋かは大方の察しが着いていた。
おとぎ話の舞踏会が開かれるような綺麗でかつ広大な部屋。バルコニー付きの窓から照らされる日の光が金の装飾が施された純白の壁を際立たせている。
これだけならダンスホールだと思えるだろう。しかし部屋の最奥部に設置されている、細やかな装飾と煌びやかな宝石が組み込まれた豪華な椅子と、そこから入り口に掛けて一直線に敷かれたレッドカーペット。そして壁際で一定の距離に配置された甲冑に身を包んだ騎士達が、ここがなんの部屋なのか物語っていた。
玉座の間だ
それは権力者のみが座る事の許された椅子が置かれた部屋で、重大な式典や神聖な儀式が執り行われる部屋。
この玉座の間がどれほどの場所か楡木はピンと来ていない。
だが物々しい騎士達の存在や、ヴェロニカの緊張具合から、この部屋がどれだけ凄い場所かボンヤリと理解できた。
ヴェロニカは相変わらずの笑顔だが、口元が引きつり、その笑顔は何処かぎこちなく感じた。
馬車の中では勿論、城に入ってからもどうでも良いを話を饒舌に振って来たていたのに、今は人が変わったように黙りこくっている。
それだけここが恐れ多い場所なのか。それとも、もうすぐここに来る皇帝が恐れ多い存在なのか。
「楡木様」
「なんだ?」
ささやくような小声で話しかけてきたヴェロニカに驚きつつも、こちらも囁くように答える。
「そろそろ皇帝陛下がお見えになると思いますが、くれぐれも驚いて気を失わないでください」
「驚いて気を失うってなんだよ……」
ヴェロニカの忠告の意味が分からなかった。
動揺するなとか失礼が無いようになら分かる。だが驚いて気を失うとはどういう意味なのか。
「皇帝ってそんなに凄い人なのか?」
「フレイミア帝国の最高権力者ですから」
「いや、そりゃ皇帝なんだからそうだろ……」
レモ一個に含まれるビタミンの量はレモン一個分に相当するに匹敵する無駄な解説だった。
皇帝の容姿や雰囲気を聞いたつもりだったのに、斜め上の解答をされてしまった。
「とにかく。何があっても驚かないでください。あと合図が出たら身を低くしてください」
頭を低くしろの間違いだと言いたかったが止めた。
緊張の余り言葉の選択を間違ったのだろう。
「それは皇帝に対する礼儀か?」
「いえ。身の安全の為です」
無礼を働けばタダじゃ居られないと言う意味なのだろう。
楡木はヴェロニカの指示に、逆らうつもりは無かった。
変に抵抗して厄介な事になってほしくない。
どんな人間が来ようと決して動揺しないと楡木は決意したその時、入り口の扉が重々しく開く音が聞こえてきた。そして誰かが偉そうな口調で叫ぶ。
「皇帝陛下入場!」
その声が響いた瞬間、壁際の騎士達は直立姿勢を保ったまま身構えた。
そしてヴェロニカは床に膝をつき、頭を下げる。
楡木もヴェロニカの動きに習って膝間づく。
フレイミア帝国の最高権力者である皇帝とはどんな人物なのか。
気になった楡木は屈んだまま顔を後ろに向け、部屋に現れた人物を確認した。
輝く白銀の甲冑と青いマントで身を包み、腰に剣を差した騎士だった。
壁際に立っている騎士と違い、豪華な鎧を身に着けているが、他の騎士同様、ヘルムで顔を覆って居る為その素顔は分からない。
楡木は彼を見てカッコいいと思うと同時に同時に、似た様な人物がパッケージイラストになってるゲームの存在をとボンヤリ思い出す。
「ヴェロニカ。あれが皇帝か?」
「いいえ」
分かり切った問いかけにヴェロニカは小声で返す。
「あの方は宮廷護衛隊長のサリエス・ラングレン伯爵です」
「じゃあ訊くが皇帝は何処に居る?」
「もうすぐ飛んできます」
「は?」
言葉の意味を訊こうとしたその時。
「わああああああああ!」
叫び声と共に少女が、窓ガラスを割って部屋へと飛び込んできた。
ガラスの破片が派手な音と共に床へと飛び散り、少女は楡木の頭上スレスレ通過する。そして壁際に立つ騎士の一人を巻き込んで、床に転がるのだった。
何が起こったのか全く分からない。
楡木は得体のしれない恐怖に身を震わせる。
そんな楡木にヴェロニカは元気よくに話し掛けてきた。
「もう立っても大丈夫ですよ」
「へ?」
「皇帝陛下は身分を気にしない大らかな御方ですので畏まらなくとも宜しいですよ」
「けど身を低くしないと危ないって……」
「そうしなければ飛び込んでくる陛下とぶつかって怪我をする恐れがありましたから」
「身の安全ってそう意味かよ!?」
まさか物理的に危ないと言う意味とは思わなかった。
ましてやここは城の三階。それなりの高さに位置する玉座の間にある窓から人が飛び込んでくるなんて想像できる訳がない。
「まさかお前や騎士が妙に緊張していたのって……」
「ここに来て飛び込んでくる陛下に巻き込まれるか戦々恐々だったのでしょう。私も巻き込まれた経験があったのでヒヤヒヤしました」
「窓から飛び込んでくるのって今日が初めてじゃないのか!?」
「多忙な御方ですのでこんな事もあります。それより驚き過ぎですよ楡木様。驚かない様にと先程忠告したのに」
口に手を当ててくすくすと笑うヴェロニカに楡木は怒鳴り散らす。
「いや驚くだろ!窓から急に人が飛び込んで来たんだぞ!」
説明不足な上、考えが何所かずれているヴェロニカに怒鳴りつける楡木。
しかしそれとは別に、先程窓から飛び込んできた少女、もとい皇帝はガラスがあちこちに刺さった身体で起き上がった。
「イタタタ……」
少し転んだような口ぶりだが、負っている傷はとても一言で片づけられる物では無い。
体中にガラスが刺さり、至る所から出血していし、目も激しく純血している。
しかし皇帝は怪我など追って居ない様な素振りを見せ、頭から流れる血をまるで汗を拭うようにごしごしと腕で拭った。
そして飛び込んで来た拍子に巻き込んだ騎士に這いより、彼を勢いよく揺さぶる。
「ゴメン!大丈夫サイラス!?」
騎士は呼びかけに答えず頭が力なく揺れる。あの様子からして騎士は気絶しているのだろう。
「ヤバいよサリー!サイラス返事しない!」
「陛下。サイラスは先週陛下とぶつかった騎士で、その者はレオナルドです。あと私の事をその名で呼ばないでください」
「え?レオナルドは料理長でしょ?」
「料理長はローリンです」
「ローリンは宮廷魔導師だったと思うけど」
「宮廷魔導師はカルラです」
「そうだったんだ……取りあえずぶつかってゴメン!サイラス」
結局名前覚えられていない。
そんなかわいそうな騎士は苦悶の声を挙げながら力を振り絞り、腕を上げてきた。
「サイラス!大丈夫!?」
「俺……エドワード……です……」
それだけ言うと騎士の腕はガクリと力なく落ち、完全に気を失った。
運悪く激突された上誰一人名前を正しく覚えられてない騎士が少し不遇に思える。
「ねえ!誰かサイラスを医務室に連れて行って!」
「皆の者!レオナルドを連れ、玉座の間から去れ!私の許可があるまで如何なる者も玉座の間の立ち入りを禁ずる!行け!」
結局名前を間違えられたままの騎士を引き揚げさせる号令を挙げるサリエス。
今まで壁際に佇んでいた騎士たちは一斉に動き出し、ゾロゾロと部屋から出ていく。名前を覚えてもらえなかった可愛そうな騎士も出ていく騎士の一人に抱えられ部屋から姿を消した。
玉座の間に残されたのは楡木とヴェロニカ。そしてサリエスと窓から飛び込んできた皇帝らしき少女の四人となる。
只でさえ広い部屋が尚更広く感じてしまった。
「ヴェロニカ久しぶり!それでそっちが異世界の人なんだよね」
「はい」
血まみれの少女は何事も無かったかのような足取りで近づいて来た。
身長はヴェロニカと同じ位で小柄。上半身は白銀の鎧を着こみ、下はフリルが着いた黒いミニスカートを履き、脚は白銀のブーツを履いていた。動きやすさと防御性を求めた装いなのか。いずれにせよ両方取ろうとして変な恰好になってしまった感が否めない。
顔は小さく、宝石のように綺麗な碧の瞳が印象的で、中学生辺りのあどけなさが見て取れた。
髪は見事な銀のロングヘアーで、窓から差し込む日の光がその輝きをより一層高めてくれる。
美しい生き物を『生きた宝石』と呼ぶことがあるが、少女もまさに『生きた宝石』と呼ぶにふさわしい容姿をしているように感じられた。
身体中から流血してオドロオドロしい姿になって居なければ見惚れていただろう。
「異世界の人。名前なんて言うか教えて」
「名前?楡木豊だけど」
「変な名前だし長いね」
腹を抱えて笑う少女に少しイラっと来た。
「俺からしたらお前らの方が変な名前だよ」
「じゃあリーデルって名前も変な名前に入る?」
「知らねーけど。入るんじゃないのか?」
「そっか……」
皇帝はがくんと肩をおろし落ち込んだ。この時楡木は思った。感情の起伏が激しい奴だと。
「ところでアンタが皇帝?」
一応の礼儀と思いながら、分かり切った質問を投げかける。
「そうだよ!妾が皇帝です」
ニコリと全力の笑顔を作った少女は、目元にピースサインを作ってポージングを取った。
こんな少女が帝国の最高権力者とは、今でも思えない。
信じられないと言わんばかりにヴェロニカに視線をやると、予想通りと言わんばかりの笑顔を浮かべながら説明をしてきた。
「この御方こそ神聖フレイミア帝国第十七代目皇帝リーデル・バズ・フレイミア皇帝陛下でございます」
「頭が高いぞ!平民!」
急にサリエルが楡木に迫ってきた。
知らなかったとは言え、皇帝に向かって馴れ馴れしい口をきいたことが耐えられなかったのか。
怒りだした騎士になんと言い訳するか思考しようとしたとしたその時、
「きゃん」
リーデルが飛び込んできた窓から棒状の何かが飛んできて、それがサリエルの頭に直撃する。
鉄と鉄が激しくぶつかる音が響き、頭を守るヘルムが大きく振動した。そして振動が止むと同時にサリエルは床へと崩れ落ちる。
「今度は何だ!?」
「妾の槍だよ。届けてくれてありがとうエーデルワイス!」
割れた窓に向かって何者かにお礼を叫ぶリーデル。
その槍はドリルのような円錐状の穂に柄が着いた槍だった。確かランスという名称で、馬に乗って戦う騎兵が持つ武器だったと思う。
それにしても槍を投げ込んできたエーデルワイスとは一体何者なんだ?
「リーデル陛下、そろそろ本題に」
「そうだね!まずスキンシップ!」
流れるような自然な動きで、リーデルはヴェロニカの胸に飛び込んだ。そして顔を埋めてその弾力を存分に噛みしめてる。
皇帝の権力があればこんな事も出来るのか。
楡木は少し羨ましく思った。
しかし次の瞬間、ヴェロニカは拳を振り上げ、リーデルの頭めがけて肘を振り下ろす。
「エンッ!」
奇声を挙げたリーデルはその場に崩れ落ちた。
「セクハラは止めてください陛下」
最高権力者でもセクハラはダメだったらしい。
しみじみそう思いながら、楡木はヴェロニカを咎めに入る。
「何やってるんだよ!」
「何か?」
ヴェロニカは何食わぬ顔で微笑んだ。
やはりこの女。頭のネジが跳んでいるらしい
「国の最高権力者ぶん殴っておいて『何か?』じゃないだろ!て言うか権力者じゃなくても殴っちゃダメだろうが!」
「では楡木様は私があのセクハラに耐えて居れば良かったと仰るのですか?恐怖で声も出せないうら若き乙女の肌を蹂躙する邪なる者の手が去るのを涙を浮かべ、歯を食いしばりながらひたすら耐えろと言う訳ですか?」
「痴漢被害者みたいな言い分は止めろ……」
そもそも常時笑顔のヴェロニカに恐怖の感情があるのか疑問だ。
「そうじゃなくて、殴らずに引き離す事も出来ただろ」
「その手がありましたね」
テヘっと舌を出し、頭をこつんと小突くヴェロニカ。
この女絶対分かった上で暴力に走ったな。
「大丈夫か皇帝!」
楡木は倒れる皇帝、に近づき抱き起す。
頭頂部から血を流し、銀の髪が赤く染まりつつある。
「しっかりしろ!」
ここで皇帝であるリーデルが死んでもしたら、ヴェロニカ諸共死刑にされるだろう。
こんな訳の分からない所で死にたくない。
その必死の思いで楡木はリーデルを揺さぶり起こす。
すると楡木の思いが届いたのか、リーデルはゆっくりと目を開ける。
「気付いたか!」
「う……ん……」
「……!?」
意識を取り戻した事で安心した楡木。しかし突然。股間辺りに変な感触を感じ、声にならない悲鳴を上げてしまう。
見るとリーデルの手が楡木の股間を掴んでいたのだ。
虚ろな意識の中。手が勝手に動いたのか。
慌てながらも冷静に楡木が思考していると、リーデルが擦れた声で一言だけ呟いた。
「ジュウゴセンチ?」
その言葉を聞いた瞬間、楡木は吹っ切れ、抱きかかえるリーデルの頭を床にたたきつけるような勢いで落とすのだった。
「楡木様?国の最高権力者に何をしてるのですか?」
「権力者以前にコイツは人として生きていたらダメな気がするんだが」
「さっきと言ってる事がまるで違いますよ」
「さっきはさっき。今は今だ」
何がジュウゴセンチか知らんが、こんな失礼な事を言う女は少し痛い目に遭った方が良い。
「全く……毎度毎度悪ふざけが過ぎますよリーデル陛下」
ヴェロニカが苦笑いを浮かべると、リーデルは何事も無くムクリと起き上がった。
「ゴメンゴメン。久しぶりに会ってテンション上がっちゃって」
「それより早くその血を何とかしてください。床が汚れますし、何より見ていて気持ちが良い物ではありません」
「はいはい」
そう言ったリーデルは血に塗れた銀髪を振り回す。
すると脚や頭に刺さっていたガラスは音を立て抜け落ち、傷は跡形も無く消え去った。さらに赤黒い血痕も綺麗さっぱり無くなり、リーデルは怪我一つない健康体その物になっていた。
これも魔法の力か。
楡木はリーデルに起きた奇跡を前にしても、もう驚かなくなっていた。
慣れとは恐ろしい。
「それで、ニレはシショーを殺す犯人を見つけてくれるんだよね?」
「シショー?師匠ってセシルって言う司令官の事か?」
ニレと言うあだ名みたいな呼び方はあえてスルーした。
「そうだよ。フルネームは忘れたけど」
モブの騎士の名前を覚えてないのはしょうがない。だが皇帝なら国の重鎮の名前くらい覚えていても良いと思う。
そう内心呆れていた楡木を見たヴェロニカがリーデルに助け船を渡す。
「フレイミア帝国軍最高司令官。セシル・アーヴィング卿は陛下に槍術を叩き込んだ師でもあります」
「槍以外にもいろいろ教えられたよ。足腰立たない位ヒイヒイ言って死にそうになった事もあったし」
「リーデル陛下。戦士の修業をいかがわしく言わないでください。あとセシル総司令官が殺される事を
安々と口にしないでください。この事を知っているのは私達とポーラとコレット、セシル司令官本人だけなのですから」
「はいはい。もし話したら地下の部屋でたっぷりネットリイジメられちゃうんでしょ?」
「しませんし物事を一々如何わしく言わないで下さい。私はZ指定のゲームは好きですがR指定はやった事ないので」
薄々リーデルのことが分かってきた。こいつは下ネタ好きのムッツリだ。
そうでなければ初対面の人間にこんな事簡単に口走ったりしない。
「それはそうとニレはシショーを殺す犯人を見つけてくれるんだよね?神託ではそうあったみたいだし」
「神託は知らねーけど、そうしなきゃ日本に帰してくれないんだろ?」
「そうなの?」
それは初耳と言わんばかりの反応を示したリーデルはヴェロニカに顔を向ける。
「そうです」
「それは大変だね。まあ頑張って」
ポンポンと肩を叩くリーデルに楡木は少し殺意が沸いた。
この世界の女はどいつもこいつも他人事だと思って呑気に構えてやがる。
少しは同情して欲しい物だ。
「それはそうとヴェロニカ」
「なんでしょうか」
「異世界のお土産話色々聞かせて!もちろんニレにも訊きたい事沢山あるから!」
はしゃいだ口調でリーデルは両手を大きく広げてクルクル回りはしゃぎ出した。その時、玉座の間の外から怒号や悲鳴と言った声と鉄がぶつかる音が聞こえてきた。
「何だ?」
「何でしょう?」
「何だろうね?」
互いに尋ねあったその瞬間。
「グヮオオオオオオオ!」
廊下へと続く扉が勢いよく開き、二匹の獣が現れた。
それは一見狼に見えるが、体から黒い煙の様な物を発し、瞳の無い目は炎の様に真っ赤な色をしている。
「何だあれ!」
「怪物みたいですね」
「あれは普通の狼に闇魔法をかけて凶暴にした怪物、ヘルウルフだね。人間を見つけたら食い殺すまで追いかけ続けるよ」
リーデルが呑気な返事をすると、ヘルウルフは雄叫びを上げ、三人めがけて疾走する。
「こっち来たぞ!」
楡木はその場から逃げ出そうとするが、突然の出来事に足が言う事を聞いてくれない。
「やべーよ!あいつ何とかしてくれよ!」
「イイよ!」
焦りまくる楡木とは対照的にリーデルは満面の笑みを浮かべながらそう言った。
そして転がった槍を拾い上げ、大きく跳躍する。そして先導したヘルウルフの口にめがけて槍を突き刺した。断末魔を上げる事無くヘルウルフは絶命する。しかし、
「グオオオオオオオ!」
次鋒の怪物がリーデルにとびかかる。
だがリーデルそれを予測していたのか、ヘルウルフに突撃した勢いを殺さず、棒高跳びの要領頭上高く舞い上がった。
標的を見失ったヘルウルフは一瞬躊躇する。その隙が文字通り命取りになった。槍とともに天井高く舞ったリーデルがヘルウルフのセナ刊めがけて落下する。
「とお!」
「ゲフン!!……ガフ……ガフ……」
背中を貫かれたヘルウルフは口から血を吐き、もがき苦しんだ。
「しつこいね」
笑いながらリーデルは突き立てた槍をぐるりと捻った。そしてそれがトドメになったのはヘルウルフはピクリとも動かなくなる。
「グロイね」
ヘルウルフの感想を言いながら溜息を着いたリーデルは槍を引き抜き抜こうとする。だが怪物の身体を貫通し、床にまで達した槍は簡単に抜けない。
「死んだ後も面倒掛けるなんて何様なんだろうね」
「どうでも良いですが、その状態で振り回さないでください。血が飛び散ります」
「もうちょっと待って。今取れる……よいしょ!」
掛け声をあげ勢いよく槍を振り上げる。すると、刺さっていた死骸は弧を描きながら宙を舞う。楡木に向かって。
「わあああああああ!」
大した重さでは無かった。しかし惨殺された血まみれの死骸が飛んで来た事に驚いた楡木は悲鳴を上げて、尻餅をついてしまう。
「大袈裟だなニレは。もう死んでるんだから噛みついたりしないよ」
「そうではありませんリーデル陛下。楡木様は服が血で汚れる恐れがあったため悲鳴を上げたのですよ」
「どっちでもねーよ!」
死骸をどかせながら楡木は怒鳴りつける。
「いろいろ聞きたい事が出来た!まず一つ目!この世界こんな凶暴な化け物が居るのか!?」
「そちらの世界にも人を襲う動物は存在したでしょう?あれと似た様な物です」
確かにヴェロニカの言う通り、人を襲う獣という定義でくくれば日本にも怪物が居る事になる。
「けどここ城だぞ!なんであんなのが居るんだよ!」
「訓練用の怪物が逃げ出したんだと思うよ。良くある事だし」
「よくあるのかよ!」
牧場で家畜が逃げ出すならいざ知らず、戦闘訓練用の獣が放たれた上、城を徘徊するなんて一大スクープだ。しかもその獣が、国の最高権力者である自分に牙を剥いて来たのにこの落着き用。オカシイのは自分はこいつらか、それとも世界か……何が何だか分からなくなってきた。
「ねえ!誰か居る?」
「はっ!ただいま!」
リーデルは突如誰かを呼ぶと、それに答えて騎士が一人駆け込んできた。
「何でヘルウルフが城に居るの?怒らないから教えて」
「はっ!半分は訓練用の怪物が檻からが逃げ出した物で、残りの半分は魔法技術研究所の所長。ハルベット・ムティス殿が連れて来た物が逃げ出したとの事です!」
「誰だっけ?」
「ハルベット・ムティス。戦闘用の魔法や、魔剣を始めとする魔法兵器開発の第一人者で、現魔法技術研究所の所長です。今日は新たに開発した魔法生物兵器、及び魔剣のお披露目の為、帝都を訪れたようです」
台本を読み上げる様にヴェロニカが説明する。
「詳しいねヴェロニカ」
「先程サリエス隊長が倒れた際に落とされた手帳、所謂ドロップアイテムに書かれておりました」
「ドロップアイテム言うな。お前はゲーム脳か!」
「ドロップアイテムって何?あとゲーム脳って?」
リーデルがどうでも良い事に興味を示し出したが、二人は無視を貫いた。
「それで、この騒動はどれ位で収まりそうですか?」
「はっ!只今アルスター城内に居る全戦闘勢力を挙げ対処に向かっておられますので……二十分以内には魔物を完全に殲滅されると思われます!ただ……」
意気揚々と質問に答えていた騎士が急に息詰まる。
それを不審に感じたヴェロニカが問い詰めた。
「ただ?何ですか?」
「それが……ハルベット殿が連れてきた魔物の中に試作段階の生物兵器も居るらしく……対処に手間取っております」
「ではその生物兵器が出た際には ハルベット所長指揮の元、対処に当たってください」
「はっ!畏まりました」
ビシッと勢いよく敬礼をした騎士はガチャガチャと鎧の音を立てながら玉座の間を走りさって行った。
「ではリーデル陛下。魔物が排除され、状況が落ち着くまでここに居てください」
「イヤだね」
槍を軽く振ったリーデルがヴェロニカの提案を拒否する。
「みんな楽しんで居るのに妾だけお預けされるなんて不公平だよ」
「リーデル陛下。城内は今戦場と化しているのですよ。万が一陛下の身に何かあれば」
「万が一なんてある?」
リーデルの質問にヴェロニカは顎に手を当てて、二秒ほど考える。そしてあっさりと答えた。
「……ありませんね」
「無いんだ……」
皇帝に対する身の安全を全く気にしない返答に楡木は少し呆れてしまう。だが先程、部屋に入って来たヘルウルフに臆しなかった事や、一瞬で敵を仕留めた事から、リーデルは優れた戦士である事が分かる。そんな彼女の心配は要らない物だと言うのも納得できる物だった。
「じゃあチョチョイとヤリに行こうか。槍だけに」
「イイですが、一々如何わしい言い方をしないでください。あと全然うまくないですよ」
「よし。じゃあ行こうかニレ」
「は?」
リーデルは楡木の腕を掴み、玉座の間を出ようと走り出した。
「ちょっと待て!何で俺まで行くんだよ!」
「大事なお客さんを置いてきぼりにして危ない目に遭わせたくない」
「一緒に戦場に連れて行く方が危ないだろうが!」
「大丈夫。何があってもニレは妾が守るから」
「守らなくて良いから!適当に隠れてるから!守らなくて良いから!」
「そう言う臆病者に限っていざという時に奮い立ち、凄い力に目覚めるんだよね。ヴェロニカが異世界から持って来てくれたマンガって書物に書かれてたよ」
「漫画と現実を一緒にするな!」
今置かれた漫画の様な状況を現実と認めたくないが……
「とにかく戦わなければ生き残れないんだから行くよ!」
「隠れていても生き残れるだろうが!っておい!離せ!」
楡木の異議と抵抗を無視し、リーデルは意気揚々と玉座の間を突っ切った。
「リーデル陛下、部屋をいきなり飛び出しては危ないですよ」
ヴェロニカの忠告を無視してリーデルは勢いよく部屋を飛び出すと、
「あ」
「へ?」
入り口の角で待ち伏せをしていたミノタウロスが斧を振り下ろしてきた。
ギリシャ神話や西洋ファンタジーでお馴染みのミノタウロス。
ガチムチな男性の身体に、闘牛の頭を持つ全長三メートルはある怪物ミノタウロス。
架空の化け物であるそのミノタウロスが今正に二人の命を奪おうと斧を振り下ろしてきた。
この時楡木は悟った。
あ。こりゃ死んだな。




