遠い場所2
二人の男女が向かい合い、皿に盛られたポテトを咀嚼していた。
男がしばらく目の前の女を値踏みするように見る。
女は美しかった。
長い髪を一分の隙もなく結いあげて、きっちりと軍服を着た人形のように整った容姿をした女。
「グスタフ少尉、あちらの話でも聞きたいのだけど」
にっこりと笑う。
先ほどまでの固い印象が払拭されている。
ジャック・グスタフは目の前の女、ローレン・ブリジット・××・マイヤーに対し少々の興味がわいてきていた。
「おや、それでは私の身体の話でもしましょうか」
案の定誤解して眼を白黒させている。
「重力に適応させるためにこの身体がサイボーグ化されているのはご存じですか」
ぱちぱちときれいな紫の眼を瞬かせる。
「まあ、筋肉を少し置き換えているだけですがね、改造手術まで思い切るのは少々まれでしょうな、大抵はスーツをつかう。筋肉の筋に負荷のかかるように調整したスーツをね、まあたいがいその地点の重力に合わせたものですがね」
改造手術に踏み切る。それは縛りを受けるということだ。
一度改造してしまったらもう元には戻せない。
そして多額の費用のかかる改造手術を受けるということは、一生宇宙暮らしだということだ。
出世コースは地球にベースを置くことだというのが常識だ。つまり大枚はたいて出世コースからわざわざドロップアウトした人間だということだ。
それを目の前の女はどのようにみるか。
「それはまた、それほどまでに宇宙は魅力的なの」
本心からの言葉なのか、それとも適当に口裏を合わせたのか、どちらともつかないその言葉を、聞きながら、その表情を観察する。
「魅力的というか、出世さえあきらめれば、収入は安定しますからね」
それも事実だ、少なくとも改造手術を受けた人間はそれなりに重宝される。それに絶対数が少ないので、仕事にあぶれることはまずない。
そして極秘だが、筋力は弱めるだけでなく強化することも可能なのだ。場合によっては高重力地帯に行くことも想定してのことだが、そのことは、その危険性から門外不出になっている。
宇宙では貴重な生野菜。トマトのスライスを口に入れながら女は何度も咀嚼する。
「なるほど、周りにいるのが出世に血道をあげている連中ばかりだから、そういう考え方もあるんだ。」
感心したように豆のポタージュを口に入れる。
基本的に宇宙基地内で賄われる食材はすべて植物だ。
動物を飼うのはコストがかかりすぎる。今たんぱく質を培養する機器が開発されつつあるが、実用化は遠い。
そのため地球から持ち込んだ保存食か、さもなければ高たんぱくの大豆を食べるしかない。
「まあ、これから足場から作っていかなきゃならないしね」
ローレンはきれいに完食したサラの前でほほ笑む。
ほっそりとした体格からは想像もできない喰いっぷりだ。
ほぼジャックと同じ量を食べきっている。
「しかし少佐殿はどうして宇宙開発に興味をお持ちで」
「そうね、地球は今閉塞している、それに今地球にいたくない理由があってね」
その顔はどこかうんざりとしたものを漂わせていた。
「グスタフ少尉、貴方身内はいる?」
「いませんよ、いたら改造手術なんて許してもらえるわけがない」
「そうね、羨ましいわ」
「ええと、どういうことですか」
「いなくなればいいような身内なら、いないほうがいいと思わない?」
その目はとことん座っていた。
××に浪蓮と書かれていますグスタフ少佐は漢字が読めないので。