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「そう言ってもらえると、本当働く甲斐があるよ。正直、公務員ってだけで暴言吐かれるのも、珍しい話じゃないからな」
「なんで公務員だと、暴言吐かれるんですか」
「やっぱり、税金が俺達の給料になってるっていうのが、一番腹立つのかもしれねえな。それで警察官の横領とか、セクハラとかのニュースが出たら、やっぱり納得いかないんだろう」
「でも、鯨さんはそんなことしてないんじゃないですか」
「そりゃしてないさ」
「じゃあ、鯨さんが怒られる理由はないので、他の人がおかしいです」
主張すると、鯨は嬉しそうに笑った。そんなふうに笑うシーンだっただろうかと大介は不思議に思ったが、鯨は満足そうである。まあ本人が嬉しいならいいかと結論づけた大介は、興味本意で聞いてみる。
「警察官の人って、どういう仕事してるんですか」
「お。気になる?」
「暇なので」
「正直だな……」
鯨は若干落胆したようだが、すぐに説明してくれた。
「まあ、警察官ってひとくちに言っても、色々あるんだけど。地域警察とか、刑事警察とかな。俺は地域警察にあたるらしい」
「らしいって」
自分のことなのに、と呆れながらも、大介は尋ねた。
「刑事さんと警察は同じじゃないんですか」
「ああ。刑事は皆警察だが、警察は全員刑事ってわけじゃない」
「なるほど。鯨さんはどういうことをするんですか」
「色々だな。パトロールとか道案内とか……不審者がいたら職質かけたりもするし」
「職質」
「ああ、ごめん。職務質問のことだよ」
「へえ。“おぬし、何奴”とか言うんですか」
「なんで時代劇調なんだよ。普通に行き先とか聞いたり、あとは身分証の提示してもらったりとか、そういうのだよ」
「なんだ」
「え、そんながっかりする反応? いや、表情はあんま変わらねえけど」
「もっと、職務質問で戦いが始まるのかと思いました」
「なんだよ、戦いって」
「その不審者が本当に悪い人で、“ものども、であえー”ってなるやつ」
「……時代劇好きなのか?」
「好きです。前、歴史の授業で見ました」
この紋所が目に入らぬか、と大介は学生証を鯨に突き付けた。鯨は暫く沈黙すると、「お前、本当に春日中学校の生徒なんだよな?」と問うてきた。失礼な、と無表情で憤る大介に、鯨が肩を竦める。
「とにかく、そういう感じで働いてるんだよ」
「じゃあ、戦いはないんですか」
「……戦いねえ。まああることはあるけど、最近は少ないな」
「そうなんですか。あることはあるんですか」
「まあな」
「どんなのですか」
「それは秘密」
鯨が笑った。なんで、と大介がふて腐れると、「公務員は、秘密が得意なんだ」なんてふざけた響きの返事がかえってくる。
「なんでも教えてやれるわけじゃないんだよ。でも、大介君が考えてるようなやつで正解だぜ、多分」
「俺が考えてるのは、宇宙から侵略してきた謎の生き物を光線銃で倒すやつですけど」
試しにめちゃくちゃを言ってみると、鯨は「ああ、それそれ」なんて適当な返事を寄越した。絶対違う、と怒る大介に、鯨は愉快そうに笑っている。完全に子供扱いされていることに気付いた大介は、「警察官は優しいけど意地悪だ」と内心で思った。
「ていうか、大介君は何になりたいんだよ」
「ん」
「塾をサボったって言っても、春日中学の生徒なんだ。そりゃ、普通よりは勉強頑張ってるだろ? 何か目標とかないのか?」
「目標」
大介は目をまん丸にした。首を傾げる鯨を前に、大介は考える。
――目標。将来の夢。そういえば自分は、何になりたいのだろうか。特に浮かぶものがない。小学生の頃の作文で、何を書いたかも思い出せなかった。