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大介は安心していた。犬好きが高じて、姉に嘘をついてまでサーカスに来て、挙げ句帰れなくなった時はどうしようかと思ったが、優しい警察官に助けられてことなきをえたのだ。自転車の盗難届を書くのも、一緒にしてくれた。有りがたいことだ。
やはりいざという時は国家権力だな、と思いながら、大介は鯨の隣を歩く。首に巻いたマフラーは、鯨が貸してくれたものだ。鯨さんはいいんですか、と問うと、彼は「警察官の服って暑いんだよ」と柔らかく笑ってくれた。
それから大介は、鯨と時折言葉を交わしながら、夜道を歩いた。今度は繁華街は通らずに、人気の少ない路地を抜けた。すると、すぐに駅の北口に出る。
「こんなところに駅が」
大介が言うと、鯨は「電車に乗って帰るからな」と答えた。
「電車代はどうしたらいいですか」
「いいよ。そんなに高くねえし、出してやる」
「すみません。何から何まで」
「気にすんな。……ああ、でも、どの警察官も出してくれるわけじゃないからな」
「大丈夫です。知ってます」
頷けば、鯨は「ならいい」と微笑んだ。
「多分、一時間くらい乗ることになると思う」
「そんなに」
「そんなにって、お前は自転車で三時間かけて来たんだろ」
変にガッツあるんだから、と呆れつつ、鯨は大介を駅の券売機まで連れていく。小さな駅は人気も少なく、閑散としていた。改札口のあたりで、老いた駅員が退屈そうにあくびをしている。
「帰宅ラッシュというのはないんですか」と大末が言うと、「もう過ぎてるな」と返事があった。そんなものかと思いつつ、大介は買ってもらった切符で改札を通った。警察官の服を着ている鯨に、駅員が驚いたような顔をしたが、何か問うてくることはしなかった。
階段をのぼってホームに向かい、電車を待つ。十分程で、電車が滑り込んできた。席は八割方埋まっている。帰宅ラッシュが過ぎたといっても、まだ乗客がいないわけでもないらしい。
大介は、鯨のあとについて電車に乗り込むと、ちょうど空席となったボックス席に腰をおろした。大介達と同じタイミングで電車に乗ったサラリーマンも、その席を狙っていたようだが、鯨の制服を見て違う車両に移動する。
「あの人、鯨さん見て逃げた」
大介の言葉に、鯨が苦笑する。
「よくあることだけど、でも、冷静に考えりゃ変な話だよな。これでも一応、正義の味方のつもりなんだけど。……ま、不祥事が絶えないのも事実だが」
鯨が本当に寂しそうだったので、大介は「俺は鯨さんにすごく感謝してます」と言った。鯨は一度目を見張ってから、「ありがとう」と照れた。