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少年はいずれNになる  作者: 猫飯
控えめな誕生
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 パチパチとまばたきをする大介のさまに、鯨は「しまった」と思った。パグは確かに犬だが、一般的には“不細工なところが可愛い”と言われる類の犬である。パグに似ていると言われて、喜ぶ人間は稀だろう。どうフォローしたものか、鯨は一人慌てるしかない。


 ――しかし次の瞬間、大介は輝くような笑みを浮かべた。


「ほんと!」


 嬉しそうだった。無表情な少年の、初めての笑顔だった。鯨が本当だとも嘘だとも言えぬ間に、大介は一人でウキウキして「パグ」と呟いている。とりあえず外していなかったようなので、鯨はそれ以上何も言わず、ただ笑みを浮かべて大介を見た。そして心の中だけで、「マジで変わってンなあ」と呟くのだった。



 大介を連れて繁華街を抜けた鯨は、そのまま北へ進んだ。高架下のあたりに小さな交番がある。窓から煌々とした光が漏れているそこを指差して、鯨は言った。


「あそこだよ」


 大介は、「もう歩き疲れた」と若干ぐったりした様子で言う。「あとちょっとだから頑張れ」と励ましつつ、鯨は交番へ向かう。引き戸をあけた。一見無人だったそこに扉の音が響いた瞬間、奥から警察官が一人、のそのそと顔を出した。


「鬼先輩、戻りました」


 鯨が言うと、相手――鬼と呼ばれた青年は、眠たそうに目を細めながら「おう」と答える。しかし、鯨のそばにいる大介に気付き、すぐに瞳が開いた。吊り上がった眉を訝るように歪めた鬼は、小さく首を傾げる。


「誰?」


「迷子ですよ」


「迷子? お前、繁華街のパトロール行ったンじゃねえの?」


「そうです。繁華街で迷子です」


「繁華街? そんなとこで迷子?」


 しげしげと見られた大介は、同様に相手をまじまじ見つめ返した。何だよ、と眉を寄せる鬼に、鯨は「何だよじゃないですよ」と肩を竦める。


「警察官でそんな髪してたら、そりゃ見られますって」


 ――鬼の髪色は、派手な桃色をしているのだった。それも、目がさめるような明るい桃色である。加えて、ワックスで毛先を四方八方に跳ねさせているのだから、制服を着ていなければ、警察官だなんて誰も思わないだろう。むしろ、繁華街の住民だと言われた方が納得がいく。


 大介が鯨を見上げた。


「鯨さん。警察官の人って、頭ピンクにしてもいいんですか」


 鯨は口をもごつかせたが、結局「物事には例外があるんだ」という理屈で逃げた。大介は不思議そうにしていたが、それ以上は問わない。内心安堵する鯨に、鬼はくつりと笑った。そして、改めて大介を見る。


「にしても、繁華街で迷子になって、よく無傷だったな」


 大介がきっぱりと「無傷じゃないです」と答えた。


「自転車も盗まれたし、高い水も買わされました」


「水? 何、悪徳宗教か占い師の話?」


「違います。ごはん屋さんです」


「は?」


「鬼先輩、違うんです。この子ちょっと“水商売”を勘違いしてるんです。説明すれば説明するほどこんがらがりそうなんで、そのままにしてるだけで」


「鬼先輩」



 鯨が警察官に対して言った呼び名を、大介が異国の発音でもするように、たどたどしく繰り返す。


「怖い名前。それもあだ名ですか」


「そうそう。この人は“鬼瀬”さんって苗字なんだ。だから一文字取って、鬼先輩って呼ばれてるだけ。オニセセンパイって、セが二回続いてて言いにくいだろ」


「なんだ。鬼みたいに怖い人なのかと思った」


「いや、それもあながち間違いじゃ……」


 うっかり口を滑らせかけた鯨の頭を、鬼の拳がどついた。痛ェ、と声をあげて後頭部を押さえる鯨をよそに、鬼がパイプ椅子にどっかり腰をおろす。


「とにかく、迷子なんだな?」


「はい」


「なら、とりあえず住所とか地図で確認するから。そこ座って」


「ありがとうございます」


 大介は言われるままに、鬼の正面に座る。鬼は、机の上に置きっぱなしになっていた地図帳を広げながら、「で?」と視線を大介に向ける。


「住所は?」


「春日中学のあたりです」


「は? ……春日中学!? 春日市ってことか!?」


 鬼は素っ頓狂な声をあげ、大介を見た。まだ頭を撫でていた鯨が、痛みのあまり涙目になりながらも二人のそばに寄る。


「その子、朝イチで春日市から自転車で来たらしいんですよ」


「チャリで!?」


「はい。で、帰ろうとして迷子だそうです」


「いや、帰ろうとしてっつうか……ここまでチャリで来ようと思ったら、片道三時間はかかるだろ」


「だから、片道三時間かけてきたんですよ」


「きました」



 無表情で頷いた大介に、鬼は口をぽかんと開く。そして深々と溜息をついた。


「……市民に対してマズイ発言だとは思うけどさあ」


 馬鹿だろ、お前。容赦なく放たれた警官からの暴言に、大介は「すみません」と謝った。


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