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「じゃあ、今はその子を保護してる最中ってこと?」
「そうだ」
「なんだ、つまんないの。なら、店に来てって言っても来てくれない感じ?」
「そりゃ、仕事中だからな。まあ、またボーナスでも出たら行ってやるよ」
「そんなこと言って、鯨は全然来ないじゃん。鬼は来てくれるのに」
「あの人は単純に女好きだからな。とにかく、また今度顔出すから。お前らも、あんまり立ち話して客引きサボってると、店長に怒られるぜ」
女達は唇を尖らせたが、すぐに笑って手を振った。「仕事頑張ってね」と言う彼女らに手を振り返して、歩き出す。ようやく鯨の背中から隣に並んだ大介に、声をかける。
「ごめんな、怖かっただろ。……ここは、ああういう人達がいっぱいいるような地域なんだ」
「怖くはないです。びっくりしただけで」
大介は無表情で答えると、そのあと小さく独り言を呟いた。
「……田舎者じゃないのに」
彼はふて腐れているようだった。苦笑いしか出来ない鯨は、黙って大介を連れて歩いた。
ふたつ目の角を曲がったところで、大介が鯨を見上げる。
「あの、おまわりさん」
「どうした?」
「そういえば、おまわりさんの名前は、鯨なんですか」
「え? ……ああ、さっき鯨って呼ばれてたからか?」
大介は頷いた。鯨は笑う。
「アレはあだ名だよ」
「あだ名」
「そう。ほら、俺って結構体大きいだろ?」
大介は改めて鯨を見上げて、「大きい」と答えた。
鯨の身長は、二百センチを超えているのだ。頻繁にトレーニングもしているため、太い木の幹ような見てくれになっている。顔立ちも、目鼻立ちのくっきりした精悍な男のそれだ。しかし、そこに浮かぶ表情は優しげで穏やかなものである。
そんな彼が、日々このあたりのパトロールをしているうちに、誰かに与えられたあだ名が“鯨”だったのだ。別にどう呼ばれようと構わないし、街の人間達が親しげに「鯨、鯨」と寄って来るのは悪いことではないと思うから、そのままにしている。知らぬ間に、彼の仲間まで鯨と呼ぶようになっていたことには、驚いたけれど。
「本名は金堂優馬っていうんだ。優しい馬って書いて、ゆうまなんだけど……なんか変だよなあ」
「変ではないですけど、鯨なのに本当は馬なのがなんか面白いです」
言って、大介はまた「ふふふ」と笑った。やっぱり表情は微動だにしていないわけだが、本当に面白いのだろうか。鯨は見ていて怖い。
「あの、鯨さん」
「早速鯨か。何だ?」
「俺もあだ名が欲しいです。俺にあだ名つけるなら、何の動物ですか」
「えっ」
面倒なことを言いはじめた――そんな思いで、鯨は大介を見返した。しかも、なんだかごく自然にあだ名を動物に絞られた気がするのだが――ほぼ初対面の子供相手にあだ名をつけるのは、あまり簡単ではない。どうしよう、と鯨は困り顔になる。犬が好きだと言っていたから、犬にしてやった方が喜ぶだろうか。しかし、子供相手に「犬」と呼ぶのは、いくらなんでも外聞が悪いのではなかろうか。
色々と考える鯨を、大介は期待をこめて見上げている。その視線に押されるように、鯨はあまり考えられないまま答えた。
「……パ、パグ?」