定期テスト開始 3
テスト期間中にある休日、その二日目である今日。グレイ、ミュウ、エルシア、アシュラの四人はミーティアにある喫茶店「ハイドアウト」を目指して歩いていた。
今日は珍しく、しっかりと外出許可も取ってある。ここで下手に無断外出して大会出場禁止にされることを恐れたからである。勿論、キャサリンに言われたから、という理由も四割ほどある。
ともあれ、ミーティアへとやって来た四人だったが、町の様子が少しおかしいことにすぐに気が付いた。
どうにも町の人達の雰囲気がピリピリしているというか、背筋の寒くなるような気がするというか、何とも不気味な感覚がするのである。
しかし、彼らはこれに似た経験をしたことがあった。
この感覚は、ミスリル魔法学院に入学した当初に感じていたものとそっくりだったのだ。
嫉妬や嫌悪、底知れぬ畏れや恐怖というものが入り混じった感覚。
今の学院ではそういったものに襲われることは少なくなったのだが、まさかミーティアでまたその感覚に襲われることになるとは思ってもみなかった。
一体どうしたことかと思いながら歩いているとミュウがグレイの服の裾を掴んで引っ張ってきた。
「マスター。あれはなんですか?」
そしてミュウが前方に見える人だかりを指差す。
その人だかりを注視してみると、一人の男が群衆に向かって何かを話しているようだった。
「演説か? しかし何の……?」
と、その演説に耳を傾けてその男の言葉を聞いた。
「つまり我々こそが正しき人間の姿なのです。さあ、今こそ魔人の元を離れ、我々と共に歩もうではありませんか」
「んだありゃ? 魔人って何のことだ?」
「あんたね……。ついこの間まで勉強してきたでしょうが。忘れたとは言わせないわよ」
アシュラは男の演説の内容が理解出来ないようだったが、エルシアは理解しているようでやれやれと肩を竦めた。
「あれは《神徒》の連中よ。勉強したんだから覚えてるでしょ?」
「お? そういやそんなこと言ってたな。確か、魔力を持たない奴等のことだったか?」
「それじゃせいぜい三角の点数よ。それでよく赤点回避したわね全く……」
《神徒》とはその名の通り、神を信じ、自分は神の子であると信じる者達を現す言葉である。
その《神徒》である全ての人間は等しく魔力を持たない人間である。
その魔力を持たぬ者を一般的に《コモン》と呼称するが、全ての《コモン》が《神徒》というわけでもないので、アシュラの解答はエルシアの言う通り言葉が足りないのであった。
そして《神徒》らは魔法を外道の技、《精霊》や《妖精》を悪魔、魔術師を悪魔の子、魔人と呼び、恐れ、蔑み、嫌悪するのである。
しかし、それも無理はない。何せ《精霊》は尋常では計り知れない化物だと歴史では語られているし、《精霊戦争》という大災害をもたらした元凶でもあるのだから。
その大災害、《精霊戦争》では数えきれないほどの命が消え、大地は抉られ地形が変わり、世界には魔力が満ち溢れるようになった。まさしく、悪魔の如き所業と言っていい。
そして大戦後に世の中に体内に魔力を宿した者、魔術師が生まれ始めたのを境に誕生したのが《神徒》である。
神は人を創り、悪魔は魔人を産み落とす。そしてその魔人はいずれ、かつての悪魔のように再びこの世に戦乱を巻き起こす。
《神徒》の者達はそう信じている。そのため、今もこうして来たる戦乱を共に戦う同志を増やすため、各地でこういった宣教活動のようなものを行っているのである。
「でも、何でこの町でやるのかしらね。ここは魔術師団が統治してる町なのに」
エルシアの言う通り、ミーティアは魔術師団が統治している町だ。そのため、比較的魔術師の数は多く、魔力を持たない者達との交流も深い。
ミスリル魔法学院も近くに存在していることからもわかるとおり、この町は魔術師と深く関わりを持っている。
そのため、今更魔術師を見たところで恐怖や嫌悪する者は少なかったはずだ。
「いや。むしろその方が効果がある場合もあるんだよ。魔術師を身近に感じるからこそ出てくる不満や嫉妬なんかがあるだろうからな」
「……なるほどね」
だがグレイの言うことも一理あり、エルシアも納得する。魔術師の良い部分も悪い部分も知っているのが魔術師団が統治する町の住人達である。
そして《神徒》はその魔術師の悪い部分を知っている者をこそ求め、欲しているのだ。魔術師と戦うために必要な原動力、妬みや嫉み、恨みに似た感情。それらは何よりも強い武器になるのだから。
「だがよ。それなら何で魔術師団の連中はあいつらを拘束しないんだ? あいつらはつまり魔術師の敵を作ってるわけなんだろ?」
「確かに魔術師にとって、あいつらは目の上のたんこぶだろうな。でも、だからといって無理に拘束するのは逆効果だ。ただでさえ魔術師は魔力があるだけで高い権力を得ているっていう場合が多い。それだけでも一般の人達に不満を抱かせているし、そこに加えて自分達に都合の悪い集団を力で押さえ込むようなことを行えば、魔術師は自分達の利益のために力無き者を蹂躙する者として彼らの目に映る。そしてそれは更なる《神徒》を増やす原因になりかねない」
当然、やりすぎた宣教活動をすれば止められることはあるがな、と付け足しながらグレイは宣教師を見る。
神父のような服を着てモノクルを掛けている。とても人の良さそうな顔をしているのだが、魔術師のことはなかなか容赦なく貶す。しかし《コモン》のことは優しく包み込むように穏やかに語り、理解ある言葉を投げ掛ける。そんな彼の話術は群衆の心を掴んでいる。そういう演説に長けた人物なのだろうとすぐにわかる。
勿論聞いている人物全員が彼に心酔しているわけではないだろうが、ほとんどの者は彼の言葉に頷いたり、理解を示したりしているようだった。それはつまり、彼の言葉は少なからず町の人達の心に何らかの影響を与えていることになる。
現にグレイ達はここに来るまでに少なくない数の悪意の視線を感じた。恐らくその者達は宣教師の彼の言葉を聞き、感情を高ぶらされた者達なのだろう。とグレイは推測した。
そんなことを考えながら群衆を一通り見回してみると、見慣れた人物の姿を見付けた。
「……チェルシー?」
「えっ? どこよ?」
「ほら、あそこ」
グレイの指し示す方向を見ると、そこには確かにチェルシーの姿があった。いつもの従業員服、つまりメイド服だが、を着ており、手にはバスケットを下げている。買い物の途中なのだろうことが伺えた。
そのチェルシーの目はずっと宣教師に向けられており、自分が買い物の途中なことも忘れているのだろう。グレイ達はほんのわずかに躊躇いながらもチェルシーに話し掛けた。
「買い物の途中なんじゃないのか、チェルシー」
「うわっ!? な、なんだグレイ達か……。び、びっくりしたぁ……」
チェルシーはグレイ達が近くに来て話しかけるまで全く気付かなかったようだ。そこまで集中していたということなのだろう。
そしてグレイの言った買い物の途中、という言葉を遅まきながら気付き、ハッとする。
「あっ、しまった。急いで戻らないとっ」
「んじゃ、とっとと店行こうぜ。俺らも店に行くつもりだったんだ」
「そ、そうなのか。なら尚更急がないとな」
そう言ってグレイ達はチェルシーの後を追うようにその場を離れた。その時、周囲の者達の視線がかなり鋭く嫌な感じがしたが、あえて無視することにした。
グレイは一度だけちらりと後ろを振り向く。気のせいか、宣教師の男がこちらを見て微笑んでいたような気がした。
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「申し訳ない。そこの貴方。あのバスケットを持っていて可愛らしい服を着た彼女のことを知っていますか?」
「えっ……? あぁ、彼女はたしか──」
宣教師はお供にたった今この場を去った子供のことを聞くと、興味深い返答が返ってきた。
「ほう……。そうですか。ハイドアウト……。つまり隠れ家、というわけですか。ははは、それは中々に良いネーミングセンスですね」
宣教師は微笑を浮かべながら、その者に店の場所を尋ねた。