定期テスト開始 2
「始まったか」
「そのようですな」
リールリッドは学院長室の大きな椅子にもたれかかり、大きく息を吐きながら呟くと、カーティスはそれに返答する。
「しかし、今回もまた期限ギリギリでの提出でしたな。今度からもう少し早く仕上げていただけませんか? こちらもそこまで暇では──」
「わかったわかった。今度からはしっかりするさ。それに期限は守ったんだ。そこまでギャイギャイ言わないでくれ。そのせいで最近寝不足なんだ……」
そう言うとリールリッドは大きなあくびを漏らす。それもいつものお決まりの台詞だったのだが、流石にカーティスもこれ以上小言を言うのは申し訳ないように感じたので、手短に用を済ませて学院長室を去っていった。
「ふう。これでようやく落ち着ける……」
リールリッドは目を閉じ、今年度の一年生達のことを思う。
前年度よりも遥かにレベルの高い生徒が集まった今年度の生徒達。
しかし、それは魔法戦闘においてのみである。魔法知識の方に関してはお粗末なところが多く見られる。
しかし、それは仕方のないところもある。
なんせ魔法とは、まだまだ謎に満ちた神秘の学問なのだから。
そもそも魔法とは何なのか。それすら本当の意味で知っているものはこの世に一人としていない。当然リールリッドも知らないことだ。
簡単に説明すると、魔法とは魔力を使い、火や水や風や土の力を発動させるものである。
しかしそれは、生物が生きていく上で、必ずしも必要なものでは決してない。
確かに魔法があれば便利ではある。どこでも火を起こすことが出来るし、どこでも水を出すことが出来るし、風で荷物や自分を飛ばすことが出来るし、土で田畑を耕すことも容易く出来る。
そしてこと戦闘においては、魔力を持たない者との戦闘の際にはかなり大きなアドバンテージとなるだろう。
しかし、たったそれだけだ。魔法が、魔力がなければ生きていけないなんてことは全くない。
事実、体内の魔力が空になったとして、疲労することはあれど死ぬことはない。
他にも実際、魔力を持たずに生きている人間も多く存在する。それどころか、魔力を持たない人間の方が数は上である。
つまり、魔法は人間にとって必要な進化ではないということだ。
なら何故、この世のものに魔力が宿るようになったのか。
ある者は言った。それは《精霊》に愛されたからだと。
またある者は言った。それは進化ではなく昇華であると。
またある者は言った。それはこの世の呪いであると。
しかしどれも証明したものはいない。だからこそ、魔法という学問は面白い。リールリッドはそう思っている。
未知なる力。神秘なる力。それこそが魔法の真骨頂であり、未知で、神秘であるからこそ、その全てを知り尽くしたい。
魔法のことも。魔力のことも。《精霊》のことも。《妖精》のことも。そして、《プレミアム・レア》のことも。
四大属性以外の力を持つ者。
光属性を持つエルシア=セレナイト。
闇属性を持つアシュラ=ドルトローゼ。
無属性を持つグレイ=ノーヴァス。
彼ら以上に興味のそそられる者もいない。
知れば知るほどわけがわからなくなるこの世界の謎を、自分と共に、もしくは自分の代わりに解明してもらいたい。
だからリールリッドは学院長になった。よりよい生徒達を育てるために。
いずれこの世の謎を解き明かしてくれる、賢者の種を多く芽吹かせんがために。
自分と同じものに興味を抱き、共に戦う戦友を欲したがために。
魔術師は自分のために生きるものだ。
リールリッドもそうである。目的は、この世界の神秘を解き明かすこと。そのためには、今感じている苦労も甘んじて受けねばならなかった。
「あぁぁぁぁ……。疲れたぁぁ……」
いつもの凛々しさや不敵さはどこへやら、今のリールリッドはテスト作りの疲労でぐにゃぐにゃになっているのであった。
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定期テストは一週間かけて行われる。その内最初の三日間が筆記テスト。そして二日の休日を挟み、最後の二日で実技テストを行うというスケジュールになっている。
筆記と実技の間に休日を挟むのは、筆記で無理をした生徒達の体調を考慮してのことである。
優秀な魔術師なら、そのあたりの部分も考慮して勉強すべきなのだが、未だ彼らは魔術師見習いの域を出ないので、特別に休日を設けているのであった。
そしてその休日をどう過ごすかは、生徒達の自由である。
例えば、実技テストに向けての訓練。筆記テストでの疲れを取るために睡眠を取る。そして──町に息抜きをしに行くことなどだ。
筆記テストが終了した次の日の休日。生徒数が三人だけのクラス、《プレミアム》のみが生徒全員のテストの採点が終了し、その生徒達にテスト結果が伝えられた。
まず、エルシアはかなりの高得点だった。これなら学年上位は確実だ、というキャサリンからのお墨付きをいただくほどだった。
次にグレイもなかなかの好成績であり、難なく赤点を免れた。
そして最後に一番の問題であるアシュラだが、本当にギリギリで赤点を回避することが出来ていた。その発表を聞いた三人はどっと肩の力が抜けた。
しかし安心してばかりはいられない。今回の月別大会は総合成績で出場者を決めるのである。赤点すれすれのアシュラの場合、実技でかなりの高得点を出さない限り、出場するのは難しい。
だが、当のアシュラ本人は既に余裕の表情を浮かべていた。
本人曰く、「学年一位と渡り合った俺が実技でヘマするわけないだろ」とのことだった。自信過剰、と言いたいところではあるが、それは紛れもない事実である。
そのため、アシュラが大会に出場出来るかはさておき、実技テストではトップクラス入りは確実だとグレイとエルシアは思っている。
しかし絶対に口には出さない。なんせムカつくから。そして口に出すと絶対に調子に乗るからだ。
なので二人はアシュラの言葉を適当に流し、赤点回避出来た礼として飯を奢れと要求した。
赤点回避出来たことで機嫌が良いのか、アシュラはすぐさま了解した。
「んじゃ、明日久しぶりにまたハイドアウトにでも行くか」
「そうね。キャシー先生のメイド服姿もまた見たいですし」
「見に来なくていいのですっ! あ、あとどうしても来るというのなら、絶対に外出許可を得てから来るのですよ!」
「うぃッス。了解だぜキャシーちゃん!」
無駄にハイテンションなアシュラを見てグレイとエルシアは、明日は店で一番高い料理を注文しよう、と心に決めたのであったが、それをアシュラは当日になるまで知ることは出来なかった。
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同時刻。ミーティアにて。一人の男が、数人のお供を引き連れてミーティアを歩き回っていた。
「あの、すみません。今さらなんですが、ここは魔術師団のある町ですよ。こんなことしてもいいんですか?」
お供の二人が、前を歩く黒い服の男に話しかける。その男はゆっくりと振り返り、人の良さそうな笑顔で言った。
「ええ、大丈夫ですよ。私達の行為は国が認めていることであり、魔術師団の方達も下手に手を出してくることはありません。むしろ手を出してくれる方が色々とやりやすくなるくらいですからね」
そう言うとまた前を向いて歩き出す。
するとミーティアの噴水広場に出た。ここは人通りも多く、沢山の注目を浴びることが出来る場所だった。
「では、本日はこのあたりでやりましょうか」
黒い、神父のような服を着た男はお供の者達に呼び掛けて、準備を始めさせる。
町の住人達が何事かとその一団を遠目に見ていると、その神父が簡易式の壇上に上がり、こう叫んだ。
「魔術師とは、悪魔の産み落とした忌むべき存在であるっ!」