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学生の本分 5

「一体何をやったんですか……?」

「いや、特に何もやってないんですが……」

「あえて言うならグレイが他所でフラグを立ててた」

「フラグ……? 何だかよくわかりませんが、学校の中にいても問題は起こるんですねぇ……」

「それが《プレミアム・クオリティ》だぜキャシーちゃん」

「そんなクオリティは望んでないのですよ。はぁ……」


 アルバイトから帰ってきたキャサリンは夕食時にエルシアの様子がおかしいことに気付き、小声で尋ねるとそのような答えが返ってきた。

 講師とメイドの両方の仕事を終えた後のこれである。溜め息も吐きたくなるのは仕方なかった。


 そんな三人の様子を横目で見ていたエルシアは、食事を早々に済ませて食器を片付けた後すぐに自室へと戻っていった。


「マスター。おかわり、ください」


 ずっと緊張感で張り詰められていた空気がミュウの全く持って空気を読んでいない発言によって少し弛緩し、三人はほっと息を吐いた。


 その後グレイ達も夕食を終え、グレイも自室へと戻った。ちなみにアシュラはこれからキャサリンとマンツーマンでの授業がある。

 その時アシュラは「キャシーちゃんと夜のマンツーマン授業だな」というセクハラ発言をしていたが、キャサリンが「じゃ皆さんおやすみなさい」と華麗にスルーしながら自室へと戻ろうとしたので、アシュラは即座に床に頭を打ち付けながら謝罪していた。


 自室へと戻ったグレイは自分の勉強を。ミュウはグレイが図書館から借りてきた絵本を読み始めた。

 だが、エルシアの怒った理由は何だったのかが気になってあまり勉強に集中出来ずにいた。


 やがて完全に集中力が切れたグレイは、ベッドに座りながら絵本を読むミュウに尋ねた。


「なあミュウ。何でエルシアが怒ったのか、原因ってわかるか?」

「……? わたしには、よくわかりません」

「まあ、そうだよなぁ~。そもそも怒られた俺自身ですらわかってないんだから」

「いえ。そもそもいつから怒っていたのかもわかりません」

「あ、そっか。お前あの時寝てたもんな」


 ミュウは通常時はいつもグレイの魔力中枢(エレメンタル・コア)の中で眠っている。たまに起きていたりすれば外の様子をグレイの目を通して見ることや、心の中でグレイと会話することも可能なのだが、生憎あの時ミュウはしっかり眠っていたので、エルシアが怒っている理由はおろか、どの時点から怒っていたのか、もしくは怒っていたことすら知らなかったのだ。


 なのでグレイは覚えている限りのことをミュウに説明した。するとミュウは首を傾げながらしばらく考えて、やがて一つの結論を出した。


「わかりました」

「えっ、マジで!?」

「はい。エルシアが怒っている理由は、マスターがエルシアに黙って美味しいものを食べに行こうとしていたからです」


 全ての謎は解けた、と言わんばかりのミュウ。無表情ながらどこか誇らしげにしているように感じた。

 しかし、残念なことにその答えはまるで違っている。どこに行くか、ではなく、誰と行くか、が問題となっているのだが、恋愛感情に乏しい彼女には難解過ぎる問題だったのかもしれない。そして──


「なるほど、それだっ!!」


 その彼女の駄目で鈍感な主はそれをまんまと信じるのであった。その主は腕を組んで何度も頷く。


「あいつ、あれでも結構食にはうるさいしな。どこに行くかは決めてないけど、飯好きのメイランなら旨い店だって色々知ってるだろうし、それを俺だけが食いに行くってことが我慢ならないんだな。やっとわかったわ。流石だなミュウ」

「それほどでも、ないです」


 本当にそれほどではないのだが、この鈍感主従は呆れるほどに気付かない。

 グレイは自分が勘違いしていることにも気付かずに、無表情のまま照れるミュウの頭を撫でた後、再び勉強を再開させた。


~~~


「……何だか盛大に勘違いされてるような気がするんだけど」


 エルシアは妙な感覚に襲われたが、気のせいかと思い直し、勉強を続けた。

 しかし、さっきのグレイの話が頭をちらつき、どうにも集中出来なかった。


「ふぅ……。何で私が偉そうにしてるのよ。あいつと私はただのクラスメイトじゃない……。あいつが誰とどこに行こうがあいつの勝手でしょ」


 それは自分に対する叱責だった。

 自分がグレイのことをどう思っていようとも、それをグレイには伝えてすらいない。にも関わらず、グレイがメイランとデートをするという話を聞かされただけで言い知れない感情が込み上げてくる。その感情を誤魔化そうとしたのか、吐き出そうとしたのかは自分でもはっきりわからないが、どうしてか怒りとなって現れて、やや理不尽な怒り方をしてしまった。

 全く、自分は一体何様なのか。エルシアはそう思い悩む。


「こんなんじゃただの嫌な女。情緒不安定なだけじゃない……。はぁ……」


 それに、決めたはずだ。自分の目的を果たすまでは恋愛なんかに現を抜かしている場合ではないと。だがどうにも、上手く感情を制御出来ない。しかし得てして恋愛感情とはそういうものである。精神的にもまだ未熟なエルシアには尚更である。


 どうにも今日は勉強する気力が沸かない。だがそもそも今更勉強しなくてもエルシアには何の問題もない。

 エルシアにとっては復習程度の問題なのだから、今日勉強しなかったとしてもテストにそこまでの影響は与えないだろう。


 なので、エルシアは今日は早々に勉強を切り上げ、趣味で買った可愛らしいぬいぐるみが大量に並べられているベッドへと身を投げる。


 その大量のぬいぐるみの内の一つを手に取る。眠たげな瞳がどことなくどこかの誰かに似ている灰色のコアラの人形。名前は『グレネード』。そのぬいぐるみの顔を軽く引っ張りながら小さく呟く。


「……でも、あんたも鈍感過ぎなのよ。ばぁ~か」


 とんだとばっちりを受けるグレネード。しかしその時のエルシアの顔はどこか寂しそうだった。

 という理由があったからというわけではないが、ただのぬいぐるみであるグレネードは主人のエルシアにされるがままにもみくちゃにされるのであった。


~~~


「……おはよう」

「おはよう、ございます……。エルシアさん」


 朝。エルシアは寮の一階に降りてくると、珍しくエルシアよりも先にいつもの席にミュウが座っていた。

 キッチンの方から人の気配がするので、グレイは恐らくそっちにいるのだろう、という推測を立てる。しかし休日だというのにいつも遅くまで寝ているグレイとミュウがもう起きているのかと少し驚きながらエルシアは定位置であるミュウの隣の椅子に座る。


「どうか、したのですか?」

「えっ? どうして?」

「何だか、いつもより元気がないようなので」


 感情に乏しく少し天然なところのあるミュウにまで心配されるほど、今の自分は落ち込んでいたのか、とエルシアは今更気付く。

 ミュウに余計な心配をさせるわけにもいかないと、「何でもないよ」と微笑んで見せた。だがミュウは小首を傾げながら再度尋ねる。


「やっぱり、昨日のことで怒っているのですか?」

「えっ!? いや、そ、そういうことじゃ──」


 まさかミュウに自分の気持ちが見抜かれているのではと思ったエルシアは動揺を隠しきれずに両手を振る。しかし──


「マスターだけ美味しいものを食べに行くの、ズルいです。それで怒っているんですよね?」

「へっ? あ、あぁ……そういうことね」

「……? 違うのですか?」

「う、ううん。そう、その通りよ。本当ズルいわよねあいつだけ」


 きょとんとするミュウにエルシアは乾いた笑みを浮かべながら返事する。でも、そのミュウの天然な発言に少し強張った感情がほぐされたような気がした。


 するとそこに朝食を持ったグレイがやって来た。


「よっ。おはよう。もう起きたんだな」

「……朝が来たらそりゃ起きるわよ」

「はは……。それもそうだな」


 ほぐれたはずの感情をもう一度ツンとさせたエルシアの返事にグレイは苦笑しながら答えて朝食を並べる。

 そっぽを向くエルシアだったが、よくよく考えるといつも朝は遅いはずのグレイが何故もう起きているのかが少し気になり、横目でグレイを見る。


「なあエルシア」

「な、何よ?」


 するとちょうどグレイから声をかけられ、少し動揺を見せたがすぐに気丈に振る舞う。


「いや、今度テスト終わった後にでもまたどっか飯でも食いにいかね?」

「…………へっ?」


 予想だにしていなかった言葉を聞き、エルシアは思わず呆ける。まさか、そのことを伝えるために苦手な早起きをしたのかと動悸が少し速くなる。


「ほら。俺だけがメイランに旨い店教えてもらうのもアレだしさ。その後にでもまた全員で一緒にさ」


 しかしその全員発言に一気に頭が冷静になる。

 だが鈍感もここまで来ると色々通り越して笑えてきてしまい、エルシアは小さく笑う。

 おそらくグレイはメイランに特別な感情を持ってはいないのだろう。ただ単純に貸し借りのことしか考えていない。

 何だか一人思い悩むのが馬鹿らしくなったエルシアはにやりと笑う。


「いいわよ。でも、全額あんたの奢りだからね」

「げっ、マジで……? ま、まあ、いいけどよ……」

「よし。じゃ決定ね。覚悟してなさいよ。それじゃいただきます」


 そう言ってエルシアは朝食を食べ始めた。

 どうやら機嫌は治ったようだと安堵するグレイは、ミュウの向かいの席に座り、グレイとミュウも朝食を食べ始める。

 その後、一夜にしてかなりやつれたアシュラと寝ぼけ眼のキャサリンも降りてきて共に朝食を取る。


 そこにはもう昨日のような息苦しさはなく、普段の彼らの日常風景が戻っていた。

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