学生の本分 3
「キャサリンさん。これ、二番テーブルにお願いします」
「はいはいっ」
「すいませ~ん。注文いいですか~?」
「は~い。ただいま~!」
「お会計お願いします」
「しょ、少々お待ちをっ!」
頭に大きなリボンを付けた小さな少女──に見える《プレミアム》の担任講師であるキャサリンは、フリフリのリボンとエプロンドレスを揺らしながら店内を駆けずり回っていた。
「最近この店繁盛してるわね」
「そりゃ看板娘がまた一人増えたからな」
「キャシーちゃん。見た目はほんと『娘』って感じだもんな。ハハッ、マジウケる」
三人はそれぞれそんな感想を呟き、忙しさで目を回しているキャサリンを見る。
講師であるはずのキャサリンが、何故喫茶店で働いているのかというと、それには色々と面倒な事情と理由がある。
要約すると、彼女は先月の給料を学院に没収されており、特別ボーナスや特別手当ても、己のミスによりかなりの量を消費してしまっており、現在貯金残高が悲鳴を上げているのである。
しかも今月の給料支払日はテストより更に後。つまり、色々とピンチなのである。
キャサリンは《プレミアム》の生徒達と同じ寮に住み、食費などは学院から出てはいるが、彼女も立派な女性である。何かと出費が重なるものだ。
その分の金をなんとか稼ぐため、学院長に泣きながら懇願し、講師としての仕事に差し支えない程度のアルバイトの許可を得て、今、ここで働いているのであった。
キャサリンはあの事件の際、怪我を負った客や店員を回復させ、グレイ達に避難誘導するように指示を出し、結果的に店を助けたことがある。そのお礼として店長は快くキャサリンを雇ってくれた。しかし、ひとつだけ問題があった。
「にしても、すげえ似合うなメイド服」
「何でも絶対にメイド服を着ることが条件、って店長に言われたらしいわよ」
「わかってんな店長!!」
アシュラはカウンターに立つ店長に親指を立てる。すると店長も無言で親指を立てた。どうやら店員の制服は彼の趣味のようだった。
白髪混じりの頭をしているわりには以外と茶目っ気がある人だった。
「わかってんな、じゃないのですよ! あとアシュラ君はちゃんと勉強しなさいっ!」
「うわ、メイド長のキャシーちゃんに叱られた!」
「いらない称号が付いてるのですよ!? ていうか、わたしはここでは一番のしたっぱですよ!」
「いや、そこ関係なくないですか?」
勉強する手を止めて雑談を始めたアシュラをキャサリンが注意しにきた。どうやらピークを過ぎたようである。
「ていうかキャシーちゃん。俺のことはご主人様って言わねえとダメなんじゃね?」
「言わないのです! 確かにメイド服は着てますが、ここはメイド喫茶ではないのです。だからそんなオプションは付いてないのですよ。ですよね?」
「あぁ、はいそうですね。でもたまに『メイド週間』っていうのがあって、それこそメイド喫茶みたいになる時がありますよ」
「…………え?」
キャサリンは同意を求めるためにチェルシーに話を振ったのだが、墓穴を掘ったかもしれなかった。
その『メイド週間』という言葉に、アシュラが瞬時に飛び付いた。
「それっていつやるんだっ!?」
「いつ、か……。店長の気が向いた時、かな?」
「店長ぉぉぉっ!! 今すぐメイド週間とやらを始めてくれぇ!!」
「やめなさいっアシュラ君! というかやめてください店長!! 何ですかその顔!? 嫌ですよ!? ほんとお願いしますよ?!」
アシュラは勉強をそっちのけで店長のいるカウンターへ向かって全力で懇願し、キャサリンはそれを全力で妨害しながら店長に懇願していた。
今でこそ、メイド服に慣れたキャサリンだが、最初の頃は顔を赤くしながら接客していた。メイド服を着ているだけでそれなのだから、所謂萌え方面のメイドをやらされるとなると、キャサリンは考えたくもなかった。
「もう……。騒ぐなって言ったのに……」
「言ったでしょ。人の話なんて聞きゃしないのよ。あいつは」
「ふぁあ……。やば、なんか眠くなってきた」
「さっきコーヒー飲んだのにっ!?」
「無理……。軽く寝るわ……」
「ご自由に。帰るときに起きなかったら置いてくから、そこは自己責任でね」
「冷たい奴……だな……」
「本当に寝ちゃったぞ?」
「いつものことよ」
アシュラとキャサリンは未だ攻防戦を繰り返しており、他はそれぞれ、エルシアは勉強、グレイは睡眠、チェルシーは三人の問題児達の自由奔放な姿をそれぞれ少しだけ眺めてから空いた席の後片付けを始めた。
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「はい。キャサリンさん。これ、今日の分のお給料です。店長が渡しておいてくれって」
「あっ、ありがとうございますチェルシーさん! これで何とか一週間は持つのですよ」
「んじゃその金でどっか食いに行こうぜ」
「ぜっっったいに行かないのですよ!!」
キャサリンはチェルシーから受け取った給料袋を抱え込む。アシュラは冗談だって、と笑い飛ばすが、今のキャサリンに冗談は通じない。そのギラギラとした目は何が何でも金を死守するといっているように見えた。
そのあとグレイ達は「ハイドアウト」を出て学院へと戻る。すると校門の前にカーティスが立っていた。
「あ、カーティス先生」
「おや、キャサリン先生。お疲れ様です」
キャサリンは律儀にお辞儀をし、カーティスもキャサリンに習って頭を下げる。
「ところでどうしたんですか。こんなところで?」
「いえ。少し人を待っとったんですよ」
「へえ、誰をですか?」
「たった今戻ってきました。……で、無断外出は楽しかったですか? 《プレミアム》の皆さん?」
「「「はい。それはもう」」」
あまりに自然な会話だったせいで、キャサリンは事実に気付くのに数瞬遅れた。いや、思考がフリーズしていたといった方が正しかった。
キャサリンはそのフリーズした頭で、今のカーティスが発した言葉を再生させた。
無断外出。《プレミアム》の皆さん。
「………………ってぇぇええ!!? またですかっ!! またやったんですか貴方達はぁぁあ!?」
「いやいや。今更ッスよそんなの」
「ていうか気付くの遅すぎじゃないですか?」
「俺らが店に来た時点で気付かれてると思ってたわ。さすがはキャシーちゃんだぜ」
三人は何事もないように平然と無断外出したことを認めた。
ミスリル魔法学院には「生徒の無断外出を禁ずる」という校則がある。それは魔術師見習いである生徒が学外で魔法を暴走させないために作られた校則なのだが、この問題児三人はそれを無視して無断外出を続けているのであった。
「はぁ……。一体何のための校則なのかわからなくなってきますよ」
「まあまあ、落ち着いてくださいよカーティス先生。問題はなにもなかったですから。それに一応俺達キャシーちゃんの監視下にありましたから」
「当然、学外で魔法を使用したりもしてません。ただ勉強してただけです」
「そういう問題ではありません。ルールを破ったということが問題なんです」
「ルールは破るためにある、って俺の辞書には書いてある」
「その辞書こそ破り捨てなさい。いいですか? 次また無断外出したら罰を受けてもらいますからね」
「「「はい。今度はバレないように気を付けます」」」
「こらぁぁっ!! そういう問題じゃないのですよおおおっ!!」
まるで反省の色の見えない三人だった。
「…………キャサリン先生」
「うぐっ。……は、はい。今日しっかりと言いつけておきますぅ……」
キャサリンはカーティスの視線から目を逸らしつつ、少し涙声でそう言った。