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学生の本分 2

「くっそ!! こんなんわかるかぁぁぁああっ!!」

「「うっさい」」


 頭を抱えながら大声で叫ぶ少年──アシュラ=ドルトローゼを、向かいの席に座るグレイ=ノーヴァスとエルシア=セレナイトが溜め息混じりに咎めた。


「あんたねぇ……。ここは基礎なのよ。これで躓けるとか逆にすごいわ……」

「ここ、基礎中の基礎だしな。これ以上前が無いからな。ここわからねえと先進めねえんだぞ?」

「わかってんだよそれくらい!」

「いや、むしろわかってないんだろ、問題が……」


 言葉の揚げ足を取りながら更にもう一度溜め息を吐くグレイは自分の勉強へと意識を戻した。


 彼ら三人は来週から始まるテストのための勉強会を開いていた。とは言うものの、エルシアは元々頭が良く、今回のテスト範囲なら余裕で学年トップクラスの成績を取れるくらいの学力を有している。

 加えてグレイも、日課として一日一冊の本を読み続けているため、これまた同じく今回のテスト範囲なら何とか点数を取れると踏んでいた。

 なので、机に突っ伏して頭から煙が上がっているアシュラのみが危機的状況に追い込まれているのであった。


「もういい……。この教科は捨てた」

「はい、三つ目入りました~」

「やかましい……。えっと次は──」


 アシュラは『魔術師の歴史』と書かれた教科書を手に取り、パラパラとページをめくり始めた。


 ──かつてこの世は戦乱で満ちていた。

 《精霊戦争》と呼ばれたその戦争は、四体の精霊と、その眷属が世界各地で争いあう凄惨なものだった。

 火の精霊《サラマンダー》とその眷属《イフリート》。

 水の精霊《ウンディーネ》とその眷属《セイレーン》。

 風の精霊《シルフ》とその眷属《ハーピィ》。

 土の精霊《ノーム》とその眷属《ドワーフ》。


 精霊達の使う魔法は世界を業火で焼き、洪水で飲み込み、暴風で荒し、地震で崩した。

 その被害を一番に受けたのは、魔力を持たない非力な《人間》だった。

 しかし、《精霊戦争》を終わらせたのもまた、その《人間》であった。


 やがて精霊は消え、眷属達も眠りに就いた。


 だが、世界は《精霊戦争》の傷痕を深く残し、世界は魔力が満ち溢れるようになった──



「──で、その魔力を体内に宿すことが出来るようになった人間を魔術師と呼んだ。……と」

「ド基礎ね」

「それくらい教科書読まないでも言えるようになれよ」

「うっせえよ!!」


 いや、うるさいのはお前だよ。というツッコミは二人ともしなかった。自重したのだ。なんせ──


「こらアシュラ。大声を出すなって言ってるだろ。他のお客さんに迷惑じゃないか」

「ちっ。わかったよ。俺が悪かったですよ~」

「そうね。頭がね」

「あんだとゴラァ!」

「もうっ、言った側から。エルシアも。少しは抑えてくれ」


 エルシアはは~い、と間延びした返事をした後、肩の疲れを取るように首を回しながら店内を見渡した。

 ここはミスリル魔法学院の近くにある大きな町、ミーティアにある喫茶店。名前は「ハイドアウト」と言い、かつてグレイ達が町で魔獣に襲われた際に訪れていた店である。


 その時に破損した箇所は今ではすっかり修復されており、事件は過去のものとなっていた。

 グレイ達はそれからよくこの喫茶店に来るようになっており、店員とはもはや顔馴染みになっている。

 そして今アシュラ達を叱りつけていたのはチェルシーという、この店で働いているメイド服の少女だ。彼女もその事件の時に現場に居合わせていた一人である。

 チェルシーは口調は男の子のようだが、それは親しくなったものにだけ使う口調なのだ。とはこの店の店長から聞いた。


 グレイ達と年齢も同じであるため、親近感が沸いた三人はちょくちょく顔を出すようになり、今では立派な常連客だった。


「そうだチェリー。俺のコーヒーは?」

「持ってきてるよ。あと、そのチェリーって呼ぶのはやめろって言ってるだろ」

「無駄よチェルシー。言っても聞きゃしないわよこいつは。私のことも未だにエリー呼ばわりだし」

「何だ? エリリンの方が良かったか?」

「気色悪っ!!」

「そんな肩を抱くようにして引かなくてもいいだろ! 傷付くんだよそういうの!」

「あ、案外ナイーブなんだな、アシュラは……」

「いや、あんなのほっとけチェルシー。それより頼んでたケーキを」

「あぁ、はいはい」


 グレイに促され、チェルシーはテーブルに三人分のコーヒーとケーキを置く。


「そういえば、あの子はどうしたんだ?」

「あの子……? あぁ、ミュウのことか」

「うん。いつも一緒に来てたのに、今日は来てないみたいだったから」


 チェルシーは普段なら必ずミルクとケーキを頼むはずの少女の姿が見えないことが少し気になっていた。


「まあ、今日は勉強しに来たわけだしな。ミュウには退屈だろうし、寮に置いてきたんだ」

「ふぅん。なあ聞いてもいい? ミュウってグレイの妹なんだろ? でも双子ってわけじゃないならまだ学院に入学出来る年齢じゃないんじゃ……?」


 チェルシーはミュウの背格好を思い浮かべながら尋ねる。ミュウはグレイと同じ灰色の髪と瞳を持った、グレイとそっくりの少女だ。しかし、グレイよりは幼く見え、どう考えても同い年には思えなかった。


「それは、ちょっと家の事情でな。実は俺らには親がいなくて、俺が学院に入学した時に知り合いに預かってもらってたんだけど、その知り合いにも事情が出来て、仕方ないから特例として学院で一緒に暮らせるようにしてもらったんだ」


 と、いう設定(・ ・)の話をチェルシーに伝えた。


「そ、そうだったのか……。ごめん、立ち入った話を聞いて」

「気にすることねえよ。それより他の客が呼んでるぞ」

「え? あっ、はい。ただいま~」


 グレイは神妙な面持ちとなったチェルシーに気に病む必要はないと伝え、意識を他に逸らさせた。


「……ペテン師」

「やめろよ。必要な嘘だって全員で決めたことだろが」


 グレイは小声で呟くエルシアに苦笑で返し、自分の中で眠る少女のことを思う。


 《ミュウ》。その正体はグレイの妹ではなく、魔術師のみが生成でき、使用できる魔法武器、エレメンタル・アークなのである。


 しかし本来、エレメンタル・アークとは全て武器の形をしているものである。

 少なくとも、生命を宿したアークなど、世界のどこにも存在しなかった。

 にも関わらず、グレイのアークは人の形をして生まれてきた。

 人間と遜色のない姿、思考を持ちつつ、計り知れない力を持つミュウを人間と呼ぶべきか、武器(アーク)と呼ぶべきかグレイには未だはっきりとした判断は出来ずにいた。


 そのような特異な存在であるミュウは、正体を知られれば確実に奇異の目に晒される。それだけならまだしも、悪意ある者がミュウを、そしてその主であるグレイを狙い、襲ってくる可能性も考えられる。


 勿論、いずれは確実に知られてしまうことでもある。グレイがミュウを使い続ける限り。

 なら、それを最大限利用出来る時まで、その事実は彼らの在籍するクラス、《プレミアム》の人間の心の中だけに留めようと決めたのだった。


 その《プレミアム》に在籍している生徒はここにいるグレイ、エルシア、アシュラの三人だけ。加えてこの間、学院長にはミュウの正体がバレているということが発覚したため、ミュウ本人を含めると、この事実を知る者は六人になったことになる。


 そして、残りの一人である彼らの担任講師、キャサリン=ラバーは今──


「いらっしゃいませ~。お一人様ですか? ではこちらにどうぞ~。お一人様入りま~す」


 ──何故か、可愛らしいメイド服を着ていた。

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