問題児達と灰色の少女 4
時を同じくして食堂。グレイ達は既に食事を終え、四人でゆったりと朝の親睦会で余ったお菓子を摘まんでいた。
授業も終了し、ちらほらと他の生徒が食堂に集まり始めていた。
「それにしても、アーク持ってるだけで魔力の質が格段に上がるな」
「そうね。流石は別名『魔力増幅器』と言うだけはあるわ」
グレイとしてはまだ訓練すらしていないので、その二人の言葉に曖昧に頷き返すことしか出来なかったが、ミュウを外に出している時、魔力が高まっているような感覚を覚えていた。
アークは召喚にかなりの魔力を必要とするが、一度召喚すれば通常より少ない魔力量で通常以上の力を引き出すことが出来る。
そしてアークそれぞれに特殊能力があり、その能力は多種多様だ。
そこでふとグレイは隣で美味しそうにお菓子を頬張っているミュウを見た。
ミュウの存在は全てが謎でどんな能力があるのかまるで見当がつかない。
しかし全てが謎というのは如何にも無属性のグレイとそっくりで、妙な親近感も沸く。
だからこそ、彼女は嫌でも目立ってしまう。グレイがそうであったように。
そして彼女がアークである以上、グレイはこれから彼女の力を使うことになるだろう。
そうなれば遅かれ早かれ、いずれ彼女の存在が明るみに出ることはまず間違いない。
ならそれを最大限利用出来る場面になるまで黙っておく。それが朝に四人、キャサリンを含むと五人、で決めたことだった。
つまり、今はというと──。
「あ、あのぅ……。エルシア、さん……。この子って誰なんですか?」
珍しく、本当に珍しくエルシアの元に三人の少女が訪れ、ミュウの方を指しながらエルシアに質問していた。
制服の色を見るに、彼女達は《セイレーン》のクラスの者のようだ。
制服はクラスごとに色分けされている。
こちらも勿論魔力と同じく色で分けられている。
ちなみに《プレミアム》では、最初の頃に制服の色をどうするかで色々と論争があり、今は白い制服に黒いケープ。灰色の宝石が填まったブローチを留めている。
エルシアはしっかりと制服を着ているが、アシュラは常に制服の前のボタンを全開にして、中に黒いシャツを着ている。そしてグレイもアシュラほどではないが制服を着崩し、中には灰色のシャツを着ている。
《セイレーン》の少女三人は別段エルシアと親しいわけではなかった。
ただ、いつもは三人(たまにキャサリンが座るが)しか座らない席に、制服以外の服を着た見慣れぬ少女が座っていることに好奇心でも掻き立てられたのだろう。
エルシアは嘆息混じりにこう返答した。
「グレイの妹よ。見た目でだいたいわかると思うけど」
エルシアの言う通り、グレイ達はミュウのことを時が来るまで『グレイの妹』として扱うことになったのであった。
グレイもミュウの容姿を見た時、自分に妹がいたらこんな感じなのかもしれないと思ったくらいに、二人の特徴は一致していた。
「ほらミュウ。挨拶しな」
「はい。ミュウ=ノーヴァスです」
挨拶を促したグレイに従い、ペコリとお辞儀をするミュウを見て、三人の少女は目を爛々と輝かせた。
「「「可愛い~!」」」
ミュウはその反応に首を傾げるが、その仕草にも彼女達は反応し、その空気が他の遠巻きにこちらを見ている生徒に伝播する。
その空気は次の瞬間に破壊された。
「マスター。この人達は誰ですか?」
話題の中心である、ミュウ自身によって。
食堂全体が一気にざわつき始めた。いつも食堂はざわついてはいるが、それとはまた全く別のざわめきだ。
「えっ? マ、マスター? お兄ちゃんじゃないの?」
「まさか、妹にそう呼ばせてるとか……」
「何それキモすぎっ!」
「あ、あんな純粋そうな子に。下劣っ!」
グレイは大量に嫌な汗をかき始めた。
今ここでどう釈明してもどうにもならないのは明らかだった。が、言わずにはいられなかった。
「いやいや誤解だから! それはミュウの冗談だから! なぁ、ミュウ!?」
「……? マスターは、マスターです」
「やめて! それ以上言わないでっ! 俺という存在が人類最底辺まで格下げされてしまうから!」
周りからの視線が更に鋭さを増していく。
「そ、そんな目で見ないでくれぇぇ!」
そんな環境に耐えられずにグレイはその場を走り去っていった。
「マスター、いずこへ?」
「ミュウちゃん……。もう許してあげたら?」
「許す? 何をですか?」
エルシアも流石にグレイを不憫に思ったのか、ミュウにやんわり釘を刺そうとしたが、純粋無垢で本当に何を言われているのか理解していないミュウには全く刺さらなかった。
「はははっ。やっぱり《プレミアム》の連中は気持ち悪い奴等ばかりだなぁ。妹にマスターとか呼ばせてるとか変態の所業だぜ。まあ、そのお仲間も大概だけどなぁ」
その如何にもエルシア達を馬鹿にしたような声を発したのは赤い制服に身を包んだいけすかない男だった。
「あら? 何か用かしら。《イフリート》の汚物さん」
「おいおいエリー。そりゃ失礼だぜ。汚物に謝れよ。こいつより汚物の方がまだマシだぜ」
「そうね。それは悪いことを言ったわ。汚物に」
「て、てめえらっ!ふざけたことを抜かしてんじゃねえぞ!」
先に突っ掛かってきたことも忘れ、逆ギレを起こしたのは《イフリート》の一年。
つまりエルシア達と同学年の生徒、ギャバル=ジェンダーだ。その後ろには同じ制服を着た二人の取り巻きが控えている。
エルシアとアシュラは睨み返しはするものの、癇癪を起こすことなく平然と悪口を言い返す。
「おい! この《プロブレム・バカ》共がっ! ギャバル様に謝れ!」
「うるっさいのよ腰巾着一号」
「お前らなぁ! あんま調子に乗ってんじゃねえぞオラァ!」
「やかましいわ金魚の糞一号」
言い争いは徐々に(しかしエルシアとアシュラは適当に受け流していたが)ヒートアップし始める。
食堂がまたも違うざわめきが起こっていると、そこに慌てた様子のキャサリンが割り込んできた。
「こらこら~! 喧嘩しないで。落ち着きなさい」
講師の介入によりその場は収まりを見せ始める。
そもそもエルシアとアシュラは喧嘩というよりは目の前に飛び交う虫を追い払う程度にしか思ってはいなかったのだが、ギャバルはそうは思っていなかった。
ギャバルは貴族であり、属性至上主義者である。
属性至上主義者は貴族に多く見られ、自身の持つ属性こそが最高であるとする者達のことを指しており、その典型的な例であるギャバルにとって、《プレミアム・レア》という響き自体が気に入らないのであった。
勿論そう考えているのは彼だけではなく、彼と同じように考える者達からは言葉をもじり、問題児達という意味を込めて《プロブレム・バカ》などという幼稚な蔑称を使うようになった。
エルシアも初めはかなりこの蔑称を言われることに苛立ちを覚えていたが、今では既に慣れていた。苛立ちはするが、我慢出来るようになった。
何はともあれキャサリンの介入があったお陰で、これ以上騒ぎが大きくなることはないだろうと思った生徒達だったが、ギャバルの捨て台詞によって状況は一変した。
「ちっ! まあ、今日のところは見逃してやる。それにしても、そこの妹はほんと哀れだな。あんな気持ち悪い能無しのクズが自分の兄とはよ。いや、マスターだったか? はははっ!」
そのギャバルの言葉を聞いたミュウは椅子から立ち上がってギャバルの目の前に立つ。
ミュウの背は低いので、必然的に見上げるような形になる。
ミュウは相変わらず無表情ではあったが、わずかに怒気を帯びながらギャバルを睨む。
「私のマスターを侮辱するな」
その声は先程のほんわかしていた時とはまるで違い、底冷えするかのような冷たさと鋭さを感じさせた。
変わらずの無表情と眠たげな目が逆にその奇妙な恐ろしさを際立たせていた。
その恐怖に耐えきれず、思わずギャバルは手を振り上げてミュウの顔を叩く──その直前にギャバルの顔面と腹部に二つの蹴りが見事にヒットし、振り上げた手はミュウに当たることは無く、ギャバルはそのまま仰向けに蹴り飛ばされた。
顔面に入ったのはアシュラの蹴り。
腹部に入ったのはエルシアの蹴りだ。
そして二人とも先程とは打って変わって、怒りの形相を浮かべながら全身から魔力を放っていた。
「信じらんない……。大の男がこんな小さな子に手を上げようとするだなんて。ほんと死ねば?」
「てめえ。女の子の顔に傷がついたらどうすんだ、あぁ? 殺すぞ」
「ええ、エルシアさんっ! アシュラ君も、落ち着いて!」
キャサリンは二人の前に立ち、必死に宥めようとする。
ギャバルは顔と腹の激痛に呻きながら、取り巻き二人に抱えられつつ立ち上がる。
そして、喚き散らすように叫んだ。
「こ、このくぞ野郎共がぁぁ! この、異端の没落貴族風情がッ! ごみ溜めの蛮族風情がッ! 俺様に触れてんじゃねええぞおおお!!」
その言葉に二人は更に険しい表情になり、騒ぎを聞き付けた他の講師が集まり始めたその場で一人、ぽんっ、とギャバルの肩を叩く者がいた。
ギャバルは苛立ちながら振り向き、自分の肩を叩いた人物を見た。
「くたばれ」
ギャバルがまず見たのは灰色の髪と見覚えのある男の笑顔。
次に見たのは、食堂の白い天井だった。