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問題児達の稀少魔術《プレミアム・レア》  作者: いけがみいるか
二章 エレメンタル・トレジャーウォーズ
80/237

終結の轟音 5

 カインは閉じていた目をゆっくりと開いた。

 最初に視界に入ったのは灰色だった。

 よく見るとそれは先程まで戦っていた人物が纏っていた聖衣(ローブ)だった。


「よう。無事か?」

「……なん、で?」


 グレイは肩越しにカインの無事を確認する。魔力はかなり消費しているが、少し休めばまだ戦えるはずだ、と判断したグレイはカインの質問に答えた。


「何で、か。そうだな。気まぐれ?」

「き、気まぐれ?!」


 本当にそう思っていそうな顔をしているグレイを見て、カインは今の危機的状況を忘れてしまいそうになる。


「あっ、あとあの固そうな甲殻を壊してほしいってのもある。俺の魔法じゃあれは壊せないからな」


 グレイは魔獣と戦うのが苦手だ。その最たる理由が、これである。

 魔獣は人間とは何もかもが違う。戦い方、体の構造、身体能力。それら全ての基礎能力は魔獣の方が上だ。

 特に固い体を持つ魔獣を相手にするのは至難である。何せ彼は魔法を消す魔法と、攻撃を透過させる魔法しか使えないのだから。

 故に必然的にグレイには肉弾戦しか攻撃手段がない。いくら魔法を消し飛ばすことができても固い甲殻は魔法で出来ているわけではないので消すことはできない。

 そして固い甲殻を砕き割るほどの腕力もまた持っていない。


 そのためにグレイはカインを助けたのだが、カインが聞きたいのはそういうことではなかった。


「何でわざわざ危険な真似をする? 別にこの魔獣を倒さなくたっていいだろ。逃げればいいだけだ」

「あぁ……まあな。でも、ほっとけねえ理由があってな」


 その時、グレイの顔は前を向いていた。そのため、カインからはグレイの表情は確認できなかった。


「だから、助けられたなんて思わなくていい。俺には俺の目的があって、そのためにお前を助けた。利用するために、な」

「……そう、か。わかったよ。なら、僕もこの魔獣を倒すためだけに君を利用させてもらう」

「ならさっさと魔力を回復させて加勢してくれよ。助けただけの働きはしてもらわないと困るからな」


 そう言ってグレイは一人、ゴルロブスターと向かい合う。

 そして冷静に今の状況を再確認する。


 まず、ゴルロブスターは水属性のBランクであり、そして──調教されている。

 そのためBランクの中でもかなり手強い。そして現在のゴルロブスターを見る限り体力、魔力ともにまだまだ有り余っている。

 しかし、胸の辺りに亀裂が入っている。それはさっきカインが付けた傷だった。つまり、カインの魔力が回復すれば勝機は見える。

 だからカインの魔力の回復時間を稼ぐため、グレイは縦横無尽に駆け回り、ゴルロブスターを翻弄する。


 ゴルロブスターはそのスピードに目が追い付かず、がむしゃらに両のハサミを振り回す。だが、そんな攻撃がグレイに当たるはずもなく、逆に懐に潜り込まれた。


「おらっ!!」


 グレイは渾身の拳を亀裂の入った部分に叩き込む。その威力で亀裂は更に大きくなった。しかし──


「あぁ~くそ! かってぇ~な!」


 グレイはバックステップで下がりながら右手を振る。だが、填めてあるグローブはグレイの手を保護する役割も果たしており、骨には異常はない。


 そのグレイに向かってゴルロブスターはハサミから水の散弾を飛ばし、グレイはそれを見切って躱し続けるのだが、手数が多すぎた。

 グレイは水弾を二、三発攻撃受けてしまう。何とか地面を転がって斜線上から逃れるも、ゴルロブスターはグレイに合わせて向きを変え、再びグレイに水の散弾を放つ。


「くそっ!」


 グレイは両手を構えて防御姿勢を取る。

 だが目の前に突如風が吹き荒れ、向かい来る水弾を吹き飛ばした。


「これで借りは返した、ってことでいいのかな?」

「はっ、良いわけあるかよ。時間稼ぎの分が残ってんだろ」


 笑顔で尋ねるカインにグレイは皮肉混じりの微笑を返す。


 カインはゴルロブスターから視線を逸らさないままグレイにもう一つ質問する。


「どうしたんだい? さっき僕らと戦っていた時は攻撃を透過させていたのに」

「まだ使うべきタイミングじゃなかった、ってだけだ」

「……なるほど。魔力の限界が近いわけか」


 グレイはわざと遠回しな言い方をしたが、カインは魔力の限界が近いことをすぐに理解し、グレイを庇うように前に出る。


「なら今度は僕が君の回復時間を稼ぐよ」

「…………なら、三分だけ頼む。その間に何発か攻撃入れとけよ?」

「オーケー!」


 意地を張るよりも魔力の回復を取ったグレイはゴルロブスターをカインに任せ、《空虚なる魔導書エンプティ・グリモワール》に手を合わせながら全神経を集中させる。


 すると無色の魔力が魔導書から溢れだし、グレイの腕を伝ってゆく。


 これが《空虚なる魔導書》の二つ目の能力だった。そもそも《空虚なる魔導書》には《リバース・ゼロ》で消し飛ばした魔法の魔力を吸収し、新たな無属性魔法やアークを作り出す能力がある。

 そしてそのもう一つの能力とは、魔法やアークを作り出すために蓄えている魔力を消費させることにより、自分の魔力をある程度回復させることができるというものである。


 しかし、それを行うには全神経を集中させる必要があり、また時間も必要となる。なので、一対一の状況では使うことは出来ない能力だが、今はカインが魔獣を引き付けてくれているので、容易に魔力を回復させることができた。


「よし。いいぞ!」

「やっとか。これで今度こそ貸し借り無しだ」

「わあったよ。ったく。あと、ここからは共闘だから貸しだの何だのは無しだぞ」

「了解」


 グレイは拳を、カインは槍を構えながら

ゴルロブスターと対峙する。そのゴルロブスターは敵が二人に増えたことにより、警戒心を強める。


 見ると、体の数ヵ所に亀裂が入っている。恐らく、グレイが回復に努めている時にカインが付けた傷だろう。


 これなら──とグレイは勝機を見出だし、カインに耳打ちをする。作戦を聞き、驚いたような表情を見せたカインだったが、グレイは半ば強引に頷かせた。


 それを確認したグレイは一人でゴルロブスターに立ち向かう。


「せいっ! はあっ!」


 グレイは亀裂の入った部分を狙い撃ちするように攻撃する。カインはそんなグレイをサポートするような形で風の刃を飛ばし続ける。


 そんな中、ゴルロブスターは異体の知れないグレイの攻撃に少し臆していた。


 魔術師とは、魔獣も、魔力を心の目で見て、それを色で判別する。

 しかし、グレイの魔力に色は無い。そのため、誰にもグレイの魔力を見ることも感じることも出来ない。

 そのため、ゴルロブスターはグレイのことを魔力を持たないただの人間だと誤認し、その魔力を持たない人間に自分の甲殻が割られ、押されていると誤認していた。

 それは未知への恐怖以外の何物でもなく、その恐怖がゴルロブスターに隙を作らせた。


「今だっ! カイン!」

「ったく! 無茶はするなよ! 《ストレート・ストーム》!!」


 カインはグレイに向かって風を放ち、グレイはその暴風を背に受けて加速し、ゴルロブスターへと迫る。

 だがゴルロブスターはすぐに冷静さを取り戻し、カウンターを狙って両腕を振り下ろした。


 次の瞬間。右のハサミは《空虚なる魔導書》に、左のハサミは見えない(・ ・ ・ ・)何か(・ ・)に弾き返された。


 何が起きたか理解出来ないゴルロブスターの胸元に、グレイの拳が突き刺さった。

 甲殻は砕け、拳と風の勢いに押されて後ずさる。

 何とか絶命するまでは至っていないが、魔力は著しく消耗していた。


「やった。あと少しだ……」


 カインにもようやく勝機が見え始めた時、グレイは逆に深刻な表情へと変わった。


「ど、どうしたんだ? 何かあったのか?!」


 カインはグレイが険しい表情をしていることに気付く。グレイはカインに向かって申し訳無さそうな顔で笑いかける。


「悪い……。この借りはいつか返すから──今は許せ」


 カインはその言葉の意味を理解出来ないまま、いきなり後頭部に走った衝撃により気を失った。

 そして魔石が発動し、カインは自分の陣地へと飛んでいく。それを見届けてから視線を元に戻す。


「それと、お前にも嫌な役を押し付けちまったな」


 そしてグレイは今までカインが立っていた場所にいる、灰色の聖衣(ローブ)帽子(ハット)を纏った少女に謝った。しかしそこにいた少女は小さく首を横に振る。


「いえ。わたしは、マスターの物、ですから」

「そ、そっか。でもその言い方は良くない誤解を生むから他の奴の前では絶対言うなよ。絶対だからなっ」

「……? はい。わかりました」


 小首を傾げながらも了承したミュウは視線をゴルロブスターを見る。


「マスター。あの魔獣、固いです」

「だな。それにしてもさっきの大丈夫だったのか?」

「はい。このグローブ、すごいです」


 ミュウは両手をまじまじと見つめる。グレイはそんな呑気なミュウの頭にポンと手を置いた。


「行くぞ。《ミュウ》」

受諾アクセプト


 グレイはミュウを顕現・ ・し、二人は同時にゴルロブスターに向かって走る。

 ゴルロブスターは得体の知れないミュウがいきなり出現したことに驚きを隠せず、思わず攻撃することを忘れていたが、二人が動き出したことでようやく我に返り、向かい来る二人に向かってハサミを降り下ろす。

 それをグレイとミュウはそれぞれ左右に分かれて回避し、即座に切り返すと、左右から同時に回し蹴りを放った。


 ゴルロブスターはグレイ達の左右同時攻撃にややたじろぎながらも両のハサミで受け止める。

 が、グレイの攻撃が先程よりも格段に上がっており、加えてミュウの攻撃もそれと同等の威力を誇っていたため、甲殻よりも固く強靭なハサミにすら亀裂が入った。


 そのことに驚く暇もなく連続で攻撃を叩き込まれ続ける。その二人の攻撃はまさしく、阿吽の呼吸とも言うべき見事な連携攻撃だった。


 全くの同時攻撃が続いたと思えば、今度は微妙に攻撃のタイミングをずらして翻弄する。

 グレイとミュウはそのままずっとヒット アンド アウェイを繰り返し、一撃も攻撃を受けることなく、逆にこちらの攻撃は確実に当てていく。


 連続で攻撃を受け続けたゴルロブスターはたまらず自身の全方位に水の壁を作り出す。

 しかし、それは今の状況では無駄と言う他ない。何せ相手は魔法を消し去る魔法を使うのだから。


 水の壁はすぐさまグレイに消し飛ばされ、水の壁に身を隠しながらジャンプしたミュウがゴルロブスターの右目に正拳突きを食らわせ、大きくのけぞらせた。


 目を潰された怒りから、地面に着地したミュウに向かってハサミを力任せに降り下ろす。

 だがミュウは冷静に紙一重で躱して、勢いを付けすぎて地面にめり込んだハサミを踏みつける。


「マスター」

「おう!」


 ミュウがゴルロブスターの動きを抑えている隙にグレイは背後に回り込み、全力で蹴りつけ背中の甲殻を破壊する。

 それによって注意が背中に向いた。その時を見計らってミュウもまた横腹を抉るように蹴り飛ばす。

 ゴルロブスターは二、三度地面を跳ねた後、木に激突する。


 このままでは確実に殺される。そう感じたゴルロブスターはなりふり構わず、残る全ての魔力を解き放とうとした。


 正にその時、遠くで禍々しい魔力と地響きが迸った。


 その魔力に気を取られたゴルロブスターは魔法の発動が一瞬遅れた。そしてその一瞬をグレイは決して見逃さなかった。


 初動が遅れたゴルロブスターは、三つのアークを顕現させているグレイの身体能力に追い付けず、防御も間に合わないまま渾身の拳を叩き込まれた。


 その拳の勢いは凄まじく、フラフラと後ずさるゴルロブスターは残った左目でグレイを睨む。そのグレイはニヤリと笑いながら人差し指を立てて空を指し示す。


「終わりだ」


 そのグレイの言葉が発せれたすぐ後、不意にゴルロブスターの頭部に見えない何かが激突し、頭部が陥没し、そのまま意識を失った。


~~~


「ふぅ。ようやく気絶したか。よくやったぞミュウ」

「はい。マスター」


 グレイはいつの間にか目の前に立っていたミュウを褒めた後、地に倒れて気を失っているゴルロブスターの腕を掴む。


「後は、こいつの中にある爆弾をどうするか、だが……」


 グレイはゴルロブスターの中に爆弾が埋め込まれていることに気付いていた。

 それは先程、カインと連携して甲殻を砕いた時にわかったことだった。

 そのため、最悪のケースを想定し、カインをリタイアさせたのである。


 まだ絶命してはいないが、頭部を激しく損傷している。時間はおそらくもうほとんど残っていないだろう。


 ここで爆発でもすれば近くにいる生徒まで巻き込む可能性がある。どうすれば、と考えていた次の瞬間、けたたましい砲撃の音と空を駆け昇る光の柱が発生した。


 それを見てグレイは一か八かの賭けに出る。


「ミュウ。手伝ってくれ」

受諾アクセプト


 グレイはまだ詳しい説明を何もしていない。にも関わらず、ミュウにはグレイの心が読めているのかと思うほど正確にグレイの思考を読み解いた。


 そしてグレイとミュウはゴルロブスターの両手を掴み取り、体全身のバネを使って真上に跳んだ。


 そう。グレイは遥か上空で爆破処理を行うことに決めたのだ。


「ミュウ! 手を離せ!」


 最高地点まで跳び上がったグレイはミュウに手を離すように指示を出し、ミュウはそれに従い、パッと手を離す。


「来い! 《空虚なる魔導書》!」


 そしてグレイだけ更に魔導書を足場として使ってもう一段高く跳び上がる。

 地上から遠く離れた空中で、グレイは固く拳を握り締めた。


「これで、終わりだぁぁあ!!」


 グレイの全霊の一撃はゴルロブスターの体に突き抜けるような衝撃を与えた。

 直後、ヴィンデルの森全域に響き渡るほどの強烈で暴虐な威力の爆発が起こった。

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