問題児達と灰色の少女 3
「お前らが白熱し過ぎたせいで結界の魔力が回復するまで俺の練習が出来なくなったわけだが、そのことについてどう思ってる?」
「ほんと脆い結界よね」
「根性のねえ結界だな」
「結界に文句を言えとは言ってない! 悪かったと反省をしろと言ってるんだよこんちくしょうが!」
あれからキャサリンは結界の魔力不足により、グレイの練習を延期することを決めた。
その時グレイは二人を恨みがましい目で見たが、二人とも目を逸らしたり口笛を吹いたりして誤魔化そうとした。
しかし、二人に怒りをぶつけたりキャサリンに駄々をこねたりしたところで意味は無く、結界の魔力は回復しない。
なのでグレイ達は少し早い昼食を取ることにした。
ちなみに他のクラスはまだ授業中なので食堂はガラガラだ。
でも相変わらず食堂の端の席にそれぞれ昼食を持ってきて定位置に座る。
エルシアはサラダをつつきながら、不満そうな顔をする。
「結界の魔力、午後には回復するのかしら」
「さあな。あの練習場自体結構古いし、回復するのも時間かかるんじゃないか? 放課後までかかったりするかもな」
グレイは蕎麦をすすりながら適当に返す。
「なら回復したら早速さっきの決着付けるわよアシュラ」
「いや~、やめとけやめとけ。どうせ負けるのはエリーの方なんだし。引き分けにしといた方がお得だぜ?」
「はは。笑えるジョークね。次はそのムカつく鼻っ柱撃ち抜いてあげるわ!」
アシュラは肉を頬張りながらエルシアを挑発し、それに見事に乗っかるエルシアをグレイが治める。
「待て待て。次は俺とミュウの練習の時間だろ。勝手に決めんな。なぁミュウ?」
「んむ? むうむう」
グレイは二人を宥めつつ隣に座るミュウに話を振る。
そのミュウはリスみたいに頬一杯にオムライスを詰め込んでいた。そのせいで何と言ったのかわからなかった。
それに口の回りがケチャップでベタベタになっている。
グレイは手拭いでミュウの口を拭ってやりながら、ゆっくり飲み込むよう指示する。そしてようやく話した言葉が「オムライス、おいしいです」だった。
マイペースな自分のアークを見て毒気を抜かれたのか、グレイはミュウの頭を撫でながら笑った。
そのグレイの顔を見てエルシアがまたぼそっと「ロリコン」と言ったせいで一悶着あり、それは授業終了のチャイムが鳴るまで続いた。
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「ほう。それはそれは。やはり彼らは特別だな」
「はい……。まさか、あの防護結界をあそこまで損壊させるなんて。結界の魔力が回復するまではまる一日かかってしまいます。本当に申し訳ありませんでした。これは私の監督不行き届きです」
キャサリンは今、先程の件について学院長に報告し、深く頭を下げて謝罪していた。減給も覚悟しなければならないと思っていた。
その報告を聞いたミスリル魔法学院の学院長であるリールリッド=ルーベンマリアは、椅子から立ち上がり、窓の外に見える旧校舎を眺めた。
リールリッドが纏っている豪奢なドレスが窓の外から差し込む日の光を浴びているその姿は、まるで美しい絵画のようであった。
そしてそのドレスにも負けないくらいの美しさを誇る彼女の美貌は満面の笑みを浮かべていた。
男なら、女でも魅了されるほどの気高く美しいリールリッドは視線を旧校舎からキャサリンへと戻す。
ただ見つめられただけなのに息が止まりそうになるキャサリンに、リールリッドはその美しさとは裏腹にとても親しみやすい、優しげな微笑みを返す。
「それくらい別に構わないよ。あの練習場は今や君達専用の場所なのだし、それにキャサリン先生にはあの厄介な生徒達の担当を無理矢理頼んでいるのだからね。だから今回、私から特に言うことは何もないから大丈夫。もう下がっていいよ」
リールリッドは笑いながら言って、キャサリンはそれに従い、もう一度謝罪を述べてから部屋を出ていった。
一人になった部屋でリールリッドは机から三枚の封筒を取り出して並べる。
一枚はこの国で最強だと謳われる魔術師団《シリウス》からの依頼書。
一枚は《慈悲の魔女》と呼ばれている伝説の魔女からの直筆の推薦書。
一枚は理事長に届いた差出人不明の《とある一族》についての調査書。
これらが《プレミアム》の生徒三人をこの学園に招いた大きな理由であった。
「やれやれ。本当に彼らは面白いな。なぁ諸君らもそう思わないか?」
リールリッドはそう言うと、いつの間にそこにいたのか、部屋にあるソファに座っていた四人の講師が口々に話し始めた。
「そうですか? 私の目には彼らはただの厄介者、問題児にしか映りませんが」
「これ。そう邪険にするものではないぞファラン先生。あの子らのあの力、他の学院に渡すのは惜しい」
「だが実際、防護結界を破壊しかねない程の力を持て余しているということも事実。奴等にはもっと厳重に監視を付け、隔離するべきではないのか?」
「まあまあ、落ち着いてくださいホーク先生。彼らもまた、我々の学園の大切な生徒なのですから。その囚人を扱うような言い方は控える方がよろしいかと」
《プレミアム》の生徒三人について、それぞれの想いを語る四人の講師。
《イフリート》の全体を取り仕切るうら若き代表女性講師ファラン=アラムスト。
《ドワーフ》の全体を取り仕切る巨漢の代表男性講師ガンド=メギル。
《ハーピィ》の全体を取り仕切る鋭い目付きの代表男性講師ホーク=スフィンクス。
《セイレーン》の全体を取り仕切る優しげな雰囲気を纏う代表女性講師イルミナ=クルル。
そんな彼らを順に見回しながらリールリッドは口角を上げて笑う。
「ふふ。皆それぞれ思うところありか。あぁ、そうだ。次の大会には彼らも出場させてみようと考えている。ちょうどアークも出来たようだしな。まあ……一人だけまだらしいが、話によればもうすぐ見付かるらしいし、大した問題はないだろう」
リールリッドの提案に難色を示したのはファランだった。
「しかし学院長。彼らは──」
「ファラン先生。彼らはこの学院の生徒だ。ようやくアークを得たことによって出場資格を持ったことになる。だから異論は認めないよ。それともこの話とはまた別の話かな?」
ファランの言葉を遮るように言うリールリッドは鋭い目付きでファランを見つめ、ファランはその目に気圧されたのか、大人しく座り直す。
「次の大会が楽しみだな。諸君」
リールリッドは無邪気な笑顔を見せ、四人の講師はそれぞれの思いを抱きながら理事長を後にした。
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「う~ん。結局嘘吐いちゃったけど、本当に良かったのかなぁ~」
キャサリンは長い階段を下りながら一人、先程の学院長との会話を思い返していた。
嘘。というのはグレイのアーク──ミュウのことだ。
キャサリンは学院長にグレイのアークはまだ出来ていないという報告をした。
理由は二つ。まず、そんな話、到底信じられないからだ。
アークは、その全てが武器の形をしており、剣や槍、斧や盾などのシンプルな形の武器が主であり、たまに珍しい武器が出来たりすることはあれど、人型のアークなどあり得るはずがない。
とは言え、実際に見て貰えばわかるのだろうが、そこは二つ目の理由が邪魔をした。
その二つ目と言うのが、そのアークの持ち主であるグレイ本人からの頼みであった。
グレイが言うには、ミュウを見世物にされたり、狙われたりするのを極力避けたいからだと言っていた。
確かに、ミュウという存在は異質であり、異常だ。どんな者から狙われるかわかったものではない。
それはミュウの危険であり、何よりそのマスターであるグレイの身も危険に晒されることでもあり、自分の受け持つ生徒達の危機でもあった。
故に彼女は学院長には嘘の報告をした。もしバレれば減給。酷ければ首が飛ぶかもしれない。
最悪、学院長だけには教えておくべきだったかなとも思った。
しかし、キャサリンはグレイの頼みを聞いた。そのことに後悔はなかった。
だが、自分の身が少し心配にもなるのは、人として当然の反応であるので、誰も彼女を責められるわけもなかった。
「もしクビになったらグレイ君に面倒見てもらおうかな、なんて。はは……」
キャサリン(彼氏いない歴=年齢)は、乾いた笑顔を浮かべながら食堂へと向かった。