終結の轟音 3
アシュラは空へと逃げようとしていたウッドベルガーに、連続で斬りつけ、動きを封じていた。
ウッドベルガーの鋭いクチバシも次第に欠け始め、翼をはためかせて風を起こして吹き飛ばす。
「ぐおおおっ!! 負けるかッ!!」
だが、アシュラは体が吹き飛ばされないように大剣を地面に突き刺して耐える。
負けじと更に翼を大きく羽ばたかせるウッドベルガーだったが、背後からの気配に気付き、上空へと逃れる。
「くそ! 行ったぞ。ウォーロック!」
攻撃を外したレオンだったが、すぐにウォーロックへと合図を送る。
「《アース・タワー》!」
すると地面から何本もの土の柱が立ち上ぼり、その一本の柱の上にはウォーロックの姿があった。
空を飛ぶことの出来ないウォーロックにとって、唯一空中にいる敵に攻撃を当てるための手段として、《アース・タワー》を足場代わりにしているのだ。
「《メタル・タックル》!」
ウォーロックはしっかりと足場を踏みしめてから、ウッドベルガーに向かって跳ぶ。全身鎧で纏っているウォーロックの突進はまるで動く城塞が向かってきているようだった。
しかし、ウッドベルガーもさることながら、迎え撃つようなことはせずに更に上空へと飛翔し、トンボ返りしてからウォーロック目掛けて急降下してきた。
またも先程と同じ攻撃を繰り出してきたウッドベルガーに、アシュラとレオンが《アース・タワー》の側面を蹴ってウッドベルガーに接近する。
「ワンパターン過ぎだろバカが!」
「これでとどめだ!」
影を放つ大剣と、炎を纏う聖剣が同時にウッドベルガーに襲い掛かる。
しかし、ウッドベルガーは翼を広げて回転し、アシュラとレオンはその翼に弾き飛ばされてしまう。そして、そのままウォーロックに激突し、地面へと叩きつけた。
「がああっ!?」
「ぐわぁあっ!!」
「かはっ!」
三人がかりでの攻撃を掻い潜り、全員を吹き飛ばしたウッドベルガーだったが、かなり疲労が見え始めていた。
あと一撃。高威力の一撃を当てることが出来たなら。アシュラはそう考え、非常に頭を悩ませた結果、渋々レオンとウォーロックに提案を持ちかけた。
「少しでいい。俺に魔力を練るだけの時間を稼いでくれ」
「何か良い作戦でもあるのか?」
「あぁ。ある」
「ふん。使われるのはあまり好きではないが、今は従おう。あやつを野放しにしてはおけん」
ウォーロックは自身のプライドより、目の前にいる魔獣の討伐を優先させた。
それは風の属性を持つ魔獣が、自分の仲間達を襲いに行かないようにここで仕留めておきたいという理由からだった。
レオンも神妙に頷き、ウォーロックと目配せした後、二手に別れる。
「《サンド・ショット》!」
「《ファイア・ブレス》!」
地上近くを飛んでいたウッドベルガーに向かって、砂の弾丸と炎熱が飛ぶ。
ウッドベルガーは力を振り絞るようにして上空へと飛んで回避し、羽のような形をした風の刃を地上に降り注いだ。
「ウォーロックもこっちへ! 《ファイア・ウォール》!」
レオンは風を苦手とするウォーロックを呼び寄せ、炎の壁を発生させる。
風で出来た羽は火の壁に当たっては消え去り、一切の攻撃がレオン達に届かなかった。
「すまん」
「今はそんなことより集中だっ」
わざわざ律儀に礼を言うウォーロックだったが、レオンは気にしてはおらず、今は敵を倒すことのみに集中していた。
それを見てウォーロックを更に気を引き締め直し、魔力を練った。
「《アイアン・ロケット》!!」
ウォーロックは鋼の弾丸を作り出し、それを全力で殴り飛ばす。まるで大砲の球のように飛来してきた鋼が、ウッドベルガーのクチバシに命中し、へし折れる。そのためクチバシの長さが半分以下となり、あの急降下攻撃も威力は半減されたと言っていい。
だが、自慢のクチバシを折られた怒りからか、ウッドベルガーは我を忘れたかのようにあちこちに風の羽を撒き散らす。
「まずいっ! 《ファイア・ウォール》!」
レオンは再び火の壁を発生させ、攻撃を防ぐ。何とか壁は貫かれることはないが、止まない攻撃が続き、反撃に転じることが出来ない。
「どうする……? このままだと、いずれ俺の魔力が切れる」
「致し方ない。我が鋼の防御力で突進するッ!」
ウォーロックが意を決して火の壁から出て、ウッドベルガーへと突進する。冷静な思考が吹き飛んでいるウッドベルガーだったが、向かってくるウォーロックに気付き、攻撃をウォーロック一人に集中させた。
「ぐ、おおおおおっ!!」
いくら鎧のアークで身を包んでいるとはいえ、弱点である風魔法を全身で受け続ければ然しものウォーロックもただではすまない。
ジリジリとウォーロックの体が押され始める。その時、ウッドベルガーはウォーロックの後方から黒い影がゆらゆらと立ち上るのが見え、底知れない恐怖を覚えた。
「待たせたな。《影ノ盾》」
その言葉と共にウォーロックの前方に影の盾が出現する。その影にぶつかった風は急激に威力が弱まり、やがて消えた。
「時間は稼いだ。これで倒せる方法がなかったなどとほざくようなら、まずお主から倒すぞ?」
「安心しな。俺様がバッチリ決めてやるよ。だから、あともうちょい付き合いな」
アシュラは大剣を両手で握り、目を閉じる。するとアシュラの人影がゆらゆら不気味に揺らめき出して、アシュラの体を這うように登り、やがて《月影》に絡み付く。
「影に決まった形はなく、月は日に日に姿を変える。《月影》形状変化。《下弦ノ剣》」
すると《月影》が大剣から脇差しほどの長さへと変わり、アシュラはそれを逆手に持った。そして目を開く。その目を見たウッドベルガーの行動は速かった。すぐに今出せる最大にして最後の突風魔法をアシュラ達に向かって放ち、自身は空高く飛翔した。
「逃がさねえ! 《十六夜ノ月影》!!」
ウッドベルガーの放った最後の一撃は、アシュラの高速で斬り刻まれ、散らされた。
「《ドワーフ》!! さっきの土の柱出してあいつを囲め!!」
「我は《ドワーフ》ではない。ウォーロック=レグホーンだっ!!」
そう叫んだウォーロックは地面を全力で殴り《アース・タワー》を発動する。
するとウッドベルガーの周りに四本の土の柱が現れ、ウッドベルガーの動きを一瞬止めた。
「うおおおおおっ!! 《ブレイズ・ブレイザー》!!」
その声に弾かれるように空を見上げるウッドベルガー。そこには土柱にしがみついていたレオンが全霊の魔力を解き放った。
ウッドベルガーは何としてでもその攻撃を回避しようと翼をはためかせるが、突如四方向から幽霊の手のようなものが伸びてきて身動きが取れなくなった。見るとその手は土柱から生えてきていた。
それはアシュラの魔法、《影霊》だった。完全に身動きが取れなくなったウッドベルガーにレオンの業炎の一撃を回避する方法は皆無だった。
強烈な業炎を全身に浴び、つんざくような悲鳴を上げながら燃えるウッドベルガー。そして、最期に見たものは自身を裁くための漆黒の巨大剣だった。
「《月影》形状変化。《上弦ノ剣》。そして、《奈落ノ月影》!!」
《羽影》により、ウッドベルガーの上を取っていたアシュラは《月影》を脇差しから巨大な大剣へと変化させる。漆黒の闇影を撒き散らしながら、ウッドベルガーの背に巨大剣を深く突き立てた。
皮肉にも、その攻撃はまるで、ウッドベルガーが最初に現れた時にアシュラ達に放った攻撃に似ていた。
断末魔の声を出すウッドベルガーに、アシュラは冷酷に言い放つ。
「黙って地に堕ちろ。このくそ鳥が」
するとウッドベルガーは断末魔の声すら出せなくなり、そのまま大地に突き落とされ、その衝撃が轟音となり大地は大きく揺れた。
「たお、したのか……?」
「……そのようだ」
もうほとんど魔力が残っていない二人はフラフラになりながらもアシュラが落ちた場所を見つめる。未だ砂煙が舞っていたが、それも晴れ、ようやくアシュラの姿が見えてきた。
アシュラは、ウッドベルガーに剣を突き立てながら、その亡骸の上に立っていた。全身に夥しい量の返り血を浴びながら。
そして、そのウッドベルガーは大地に、否。影に喰われ出した。
やがてウッドベルガーの全てを喰い終わった影は、ゆらゆらと薄れ始め、アシュラの人影に戻った。
そのあまりにも異様な光景を見て言葉を失う二人に、アシュラは血に濡れたような赤い瞳を向け、気だるそうに言った。
「興が削がれた。けど、決着はいずれ付けてやっから、覚悟、しとけ……」
アシュラがそう言い放った直後、《月影》が姿を消し、アシュラはうつ伏せに倒れ伏した。と、同時に魔石が発動し、自陣へと飛ばされていった。
残されたレオンとウォーロックはその場に座り込む。
「なん、だったんだ……?」
「わからん。だが、まともではないことだけは理解できる。あれも《プレミアム》故なのか、それとも……」
今の光景が目に焼き付いた二人だったが、その思考はすぐに掻き乱された。
天に向かって伸びる光の柱によって。