魔獣襲来 5
エルシアはやや距離を取り、争う二人に狙いを定めていた。
「こんっの、ヒラヒラヒラヒラ鬱陶しい!」
「優雅さが欠けてますわよアスカさん。《バブル・ポンプ》」
「うっさい! 《ファイア・ブレス》!」
アスカの二本の太刀による攻撃を、羽衣で包み込むように受け流した後、水流を噴出させて反撃するアルベローナ。しかしアスカも負けじと火炎で対抗する。
だが火と水では圧倒的にアスカが不利であり、瞬く間に火炎が消火されていく。
「ちぃっ!」
アスカは水流から逃れるように跳び上がる。その隙をエルシアが的確に狙い撃つ。
「貫け《ストライク・サンダー》」
「舐めんじゃないわよ! 《フレイム・スラッシュ》」
アスカはエルシアの放った一直線に飛来してくる白雷を二本の太刀を交差させて受け止める。威力はアスカの攻撃の方がやや上回っていた。
「いいえ。舐めてなんかないわよ。《スパーク・ブレッド》」
エルシアは左の銃で電磁砲を撃つ。アスカは再び二本の太刀で受け止める。だが、それは失敗だ。
「なに、これ……ッ!?」
アスカは全身が麻痺したかのように動かなくなり、受け身も取れないまま地面に落下する。
「いただきですわ!」
身動きが自由に取れないアスカにアルベローナがとどめを刺そうと特攻を仕掛ける。
「何言ってんのよ。貴女にはやらせないわ。《ホーリー・レイ》」
だが、エルシアがアルベローナの頭上から光の雨を降らせる。アルベローナはすぐにバックステップしてその攻撃を回避する。
「なんですの!? 邪魔しないでもらえますかっ!」
「最初に邪魔したのそっちじゃない。それとも人の獲物を横取りするのが貴族の正しい作法なのかしら?」
「こ、この……っ!」
エルシアはわざとらしく挑発し、アルベローナはまんまとその挑発に乗る。貴族は総じてプライドが高い。アルベローナはその典型だった。
「待ち、なさいよっ……。誰、が、獲物、ですってぇえええ!!」
そして、アスカもそうだった。アスカは全身から炎を噴き出し、エルシアの魔力を吹き飛ばして立ち上がる。
「狩られるのはそっちでしょ! 間違えてんじゃないわよ!」
「間違えてないわよ。それに今私が助けなかったら今のでやられてたくせに」
「別に助けてなんて頼んでないし! そっちが勝手にやったことでしょ! 恩着せがましいわね!」
「そっちは礼儀がなってないわよ!」
「加えてお二人は言葉使いまでなってませんわ。そんなだとお里の程度が知れますわよ?」
「「うるさいのよ! このコロワッサン!」」
「なんなんですのそれはっ!? コロネですの!? クロワッサンですの!? 例えどっちだとしても許しませんの!!」
三人はそれぞれ両手の銃に、太刀に、羽衣に魔力を集中させる。
「許さないのはこっちよ。二人まとめてぶっ飛びなさい! 《ライトニング・ボルテッカー》!!」
「どいつもこいつもしゃらくさいのよ! 燃え尽きろ! 《夕刻》!!」
「一度ならず二度までもわたくしの髪を侮辱した貴女達に一切容赦は致しませんの! 飲み込みなさい! 《激流蒼波》!!」
黎明の光と茜色の焔と激流の波がそれぞれぶつかり合いせめぎあう。
三人の攻撃はどれも凄まじい威力だったが、アスカの焔がアルベローナの激流に押され始めた。
均衡は今にも崩れそうになっていた。
そんな中アルベローナは今か今かとその時を待っていた。
この均衡状態ではアスカもエルシアも下手に動けない。これ以上ないと言えるこの隙を相棒であるラピスに狙い撃ちさせる。それがアルベローナの考えた作戦だった。
その作戦をラピスに伝えるのを忘れていたのだが、彼女なら絶対に理解してくれているという確信があった。
だが、予想していた遠距離狙撃はいつまでたっても行われず、その間にアスカが自分の不利を早々に悟り、攻撃を中断して足から炎を噴出し飛び上がった。
「やっぱりあんたから倒すわ! 《セイレーン》!」
「上等ですわっ! 返り討ちにしてやりますの!」
二人が再び対峙した、その時。
「「きゃあああああっ!?」」
近くで聞き覚えのある悲鳴が飛んできた。
「メイ!?」
「今の、ラピスですの?!」
その声はメイランとラピスのものだった。アスカは即座に声の聞こえた方に方向転換し、駆けていく。アルベローナも、少し思考してからアスカの後を追った。
「…………なにかしら。何だか、嫌な予感がするわね」
一人ポツンと残されたエルシアは、深刻な面持ちをしながら、言葉には言い表せない不穏な雰囲気を感じ取り、二人の後に続いた。
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「うぅ……も、もう無理です……」
「強すぎ……だよ。ていうか、せこい……」
ラピスとメイランは息を切らしながら走っており、魔獣の姿は確認出来ない。
二人はがむしゃらに走り回りながら攻撃を逃れてきたが、幾度も地中からの不意打ちを受け、体力的にも精神的にも疲労困憊の状態だった。
そこを非情にも再び地中からの不意打ちが襲い掛かる。
「「きゃあああああっ!?」」
地面から隆起してきた岩に突き上げられ、二人のアークは姿を消した。限界が来たのである。恐らく次の一撃で倒されてしまうだろうと二人は悟る。
「まず、い……。こんなの、どうしようも……」
「アル……。すみません。ここまで、みたいです」
どうしようもなく諦めかけていた二人の元に地面から魔獣が初めて姿を現した。
その姿を見たラピスは更に絶望の淵に追いやられた。
「リーグモール……」
ラピス達を襲っていた魔獣の名はリーグモール。でかい図体をしており大きな手から生えた、これまた大きな爪を使い、地中を自在に掘り進む土属性の魔獣だ。
そしてラピスの予想通り、この魔獣はBランクである。いくら序列上位の二人だとしても太刀打ち出来ないはずである。
そのリーグモールが倒れる二人に向かって腕を振り上げた。万事休すか、と強く目を閉じ身を強張らせたた。
「アタシの友達に何してんのよ! 《炎天牙》!!」
「わたくしの友人に手出しはさせませんのっ! 《キャナル・スラッシュ》!!」
そこにギリギリ間に合ったアスカとアルベローナによる火と水の攻撃がリーグモールの振り上げた腕に直撃する。
リーグモールは悲鳴を上げた直後、すぐさま穴を掘って地中へと逃れた。
「あ、アスカ……。おひさ。元気してる……?」
「こんな時に何ふざけてんの! 無駄元気だけが取り柄のあんたが何でそんなにボロボロになってるのよ!?」
「えぇっ……!? 他にも取り柄あると思うんだけどな……」
アスカの顔を見て安心したのか、メイランはふざけながらもアスカの手を握る。
「ラピス! 無事なのですねっ!?」
「えぇ、まぁ……一応は……」
「良かったですわ。本当に……」
アルベローナは感情が高まり過ぎているのか、目の端に滴を溜めながらウンウンと首を振る。
「アスカ。気を付けて……。あいつ、めっちゃ……強くて、セコいから……」
「アル。相手は、Bランクの魔獣で、加えて土属性です……。出来る限り、遠くへ、逃げ、て……」
メイランとラピスは最後の力を振り絞ってそれだけ言い残し、気を失った。
すると二人はそれぞれ自陣へと強制返還されていった。
それを見上げながらアスカはぼそっと呟く。
「……やっぱり、アタシがリーダーやってて良かったわ。あんたがリーダーやってたら今のでアタシまで強制返還されて──あんたの仇を討てなくなるところだった」
そう呟くアスカの隣ではアルベローナも同じように強い光を宿した瞳で地面を睨む。
「例え相手が土属性だとしても、わたくしの友人をここまで痛めつけた魔獣を見逃すつもりはありませんの。ましてや逃げることなど。だからごめんなさいラピス。貴女の言い付け、また守れそうにありませんわ」
その二人の背後からリーグモールが地中から飛び出して襲い掛かる。
「穿て。《フラッシュ・スプレッド》!」
だがその側面から光の散弾が飛来し、リーグモールの横腹に命中する。宙を何度か回転してから地面に落下したリーグモールを見つめながらエルシアが姿を現した。
「また土属性の魔獣……。何? 私土属性に呪われてるのかしら」
アスカとアルベローナはエルシアの言っている意味はわからなかったが、エルシアは、正確には《プレミアム》の三人は以前にもBランク相当の土属性魔獣と戦ったことがあるのであった。
「ていうか、女の子を狙うとか、女の戦いに水を差すとか、ほんっと良い度胸してるわね、リーグモール。勿論、ぶち抜かれる覚悟は出来てるのよね?」
「違うわ。こいつはアタシにぶった斬られるのよ。そして塵も残さずに焼き尽くされるの」
「いいえ。違いますわ。この魔獣はわたくしが駆逐致しますの。水の藻屑となりますのよ」
エルシア、アスカ、アルベローナの三人はまさしく鬼のような形相をしながらリーグモールを睨む。
それに恐れを成したのかは不明だが、リーグモールは穴を掘って地中へと逃亡した。が、戦線までは離脱していなかったようで、魔力はまだ近くに感じる。
かと思った直後、三人の足下から石柱が何本の伸びてきた。
「ちょっ!?」
「きゃあ!?」
「危ないわね! このっ! 《フラッシュ・ボム》!」
アスカとアルベローナはその石柱に打ち上げられ、エルシアは何とか光速で回避しながら先程リーグモールが潜った穴に光の爆弾を放り込む。直後、穴から光が溢れだし、沈黙する。
だが、すぐさま地面が揺れ、砂の弾丸が無数に地面から放たれる。
それはまるで、地面から降る砂の雨のようだった。ほぼゼロ距離からの攻撃に三人は為す術なく防御を固めて攻撃を受ける。
「くっ……!? これが、メイの言ってた、セコい攻撃ねっ!」
「こちらからの攻撃が届かず、相手からは狙い撃ちされる……。最悪ですのっ!!」
「目眩ましが効いてない……ッ!? そうか、地中から攻撃してるんだもの。目なんか潰しても無駄なのね……!」
エルシアの読み通り、リーグモールは地中から相手の位置を視覚以外で察知することが出来る。
地中にいるリーグモールに攻撃を当てる方法がない三人は苦戦を強いられる。
「こうなったら!」
とうとうアスカが業を煮やし、リーグモールの穴の中へと飛び込んだ。
しかし、その穴の中はまるで迷路のように入り組んでおり、どこにリーグモールがいるのかわからなかった。
それどころか、満足に動くことすら出来ずに再びリーグモールの魔法によって地上に弾き飛ばされた。
「ああもうっ! 地上に出てきなさいよモグラ! ビビってんの!?」
「魔獣に文句言ってますわよ彼女……。流石はお子ちゃまツインテール」
「誰がお子ちゃまツインテールだっ!」
「何喧嘩してんのよ。今は魔獣を倒すのに集中しなさい」
火と水はやはりと言うか仲が悪いようである。それはまるで光と闇のようである。
エルシアは如何にしてリーグモールを倒すかを模索する。
リーグモール。すなわちモグラだ。モグラの習性や特性を思い出す。
「確かモグラは嗅覚が優れてるのよね……。そうか、その嗅覚で私達の居場所を把握してるのね。その臭いの通り道は…………あの穴ねっ! なら、全部塞ぐ! 《エレクトリック・ボルト》!」
エルシアはリーグモールが作ったいくつもの穴の全てに白い雷を降らせ穴を完全に塞ぐ。
すると攻撃が止み、沈黙が訪れた。
「次に穴が開いた場所に、リーグモールがいるはずよ。気を引き締めて!」
「上等よ。一発で仕留めてやるわ!」
「当然ですわ。もう二度と地中に潜らせませんの」
三人はそれぞれ背中を預けながら周囲を警戒する。
そして、アスカの前方に一つの大きな穴が開いた。
「そこかぁぁあ!」
一番にアスカがその穴へと飛びかかり、アルベローナとエルシアもそれに続く。
「うおりゃああああ──ってぇっ!?」
「い、いないですわっ!?」
穴へと飛びかかり、魔法をぶつけたアスカとアルベローナだったが、その穴の中にリーグモールの姿はなかった。
すると、その穴から少し離れた場所にも穴が開き、そこからリーグモールが姿を現した。
「魔獣がフェイント!?」
「そんなの反則ですのっ!!」
完全に不意を突かれた二人は咄嗟に防御姿勢を取った。だが──。
「それも読んでたわっ!!」
エルシア一人のみ、そのフェイントまでを警戒に入れていた。それはよくアシュラが取る戦法の一つだったからだ。
加えて先程リーグモールはメイランとラピスにとどめを刺そうとした時や、アスカとアルベローナが油断をしていた時に決まって地上に姿を現した。つまり、相手にとどめを刺すために必ず地上に出てくるのではないかと予測したのだ。そしてそれをあえて二人に教えず囮に使った。
「《レイジング・ライカ》!」
エルシアは光速でリーグモールの真下に移動し、両の銃を天へと向けた。
「光り輝き咲き誇れ! 《サンライト・フラワー》!!」
エルシアの純白の銃から放たれた光は真っ直ぐにそびえ立つ柱のようであり、そして空中で花火のように弾け飛んだ。
地上に落下してきたリーグモールは両腕の爪がボロボロに欠けていた。どうやら寸での所で爪を盾代わりにして防いだようである。
「ほんっとしぶとい。でも、これで地面に潜れなくなったわね」
エルシアは銃口をリーグモールに向けながら不敵な笑みを浮かべた。