魔獣襲来 2
何度も立て続けに衝撃音が鳴り響く。その度にカインの不安が募っていく。また近くで一つ大きな音がし、悲鳴が飛び交った。
「この近くだ。急げ!」
「わあってる!」
《ハーピィ》のチーム編成はカイン達以外のチームは平均的な強さになるように調整されてある。そのため、ずば抜けて強いチームも弱いチームも存在しない。
にも関わらず、問答無用で何人もの生徒が凄まじい勢いで倒されているというこの状況は極めて不可解である。
可能性として考えられるのは自分達と同じく、序列上位者のみで構成されたチームがあり、そのチームに襲撃されているというものだ。
実際に自分達も考えた作戦だ。他のクラスも同じ作戦を考えていたとしても不思議ではない。
だが、カインの嫌な予感はその可能性を排除していた。それは聞こえてくる悲鳴が深刻なものだったからだ。
序列が上の相手とはいえ、同い年の生徒に向けるようなレベルの悲鳴とはまるで違っているのである。加えて先程の謎の影もまた彼の不安を助長していた。
すると突然前方から巨大な青い塊が飛来し、カインとソーマは左右に分かれてそれを躱す。
わずかに振り返ると、先程までは無かったはずの大きな水溜まりが出来ていた。
「水……? 《セイレーン》の奴か? でもこの区画はサンドボアの生息地だろ。わざわざ苦手な属性の魔獣がいるエリアに来てやがるのか?」
「いや、違う。あれだ!」
カインが指を差した方向を見ると、青い甲殻に身を固め、大きな鋏を持つ魔獣の姿があった。
「なっ……?!」
「ゴルロブスター!? Bランクの魔獣が出るなんて聞いてねえぞ!?」
ゴルロブスターと呼ばれた魔獣はBランク。Bランクを倒すには上級魔術師、つまり学院の最上級生、もしくは講師ほどのレベルの者が最低三人必要となる。
序列一位とはいえ、Bランクの魔獣との戦闘経験はないカインも流石に少し怯む。だが、その魔獣の近くに倒れている《ハーピィ》のクラスメイトを見て奮い立つ。
「《エアロ・ブースト》!!」
足に風を纏わせ、スピードを最大まで上げたカインは倒れていたクラスメイトを抱え上げてソーマに向かって放り投げる。
「ソーマ! 皆を安全な場所まで逃がすんだ!」
「おまっ!? あぶねっ! ってか、お前一人で何が出来るんだよ!?」
「時間稼ぎくらいは出来る! 急げ! 早く!」
切羽詰まったような声を出すカインを見てソーマは歯を食い縛りながら、受け止めたクラスメイトを抱え、他にも倒れていたクラスメイトを起こし、その場を離脱した。
「……ありがとう。ソーマ」
一人になったカインは小さく呟きながら目の前の敵に殺気を飛ばす。
「お前、よくも僕の仲間を……。絶対に許さないぞ!」
槍を構え、ゴルロブスターと対峙する。その時のカインの表情はグレイと戦っていた時には一切見せることが無かったほどの冷酷な顔をしていた。
「《疾風ノ刃》!!」
カインは凄まじい速度で連続攻撃を繰り出す。だが、ゴルロブスターの固い甲殻にはわずかな傷しか与えられない。
「なら、これでどうだ! 《疾風ノ砲弾》!」
槍の刃先に荒々しい風を凝縮させた砲弾を纏わせ、ゴルロブスターに直接叩き込む。すると、ゴルロブスターの体が少し軋み、甲殻に小さな亀裂が走る。
だが、同時にゴルロブスターも巨大な鋏を振るい、カインの脇腹を襲う。
強烈なカウンターを受け、カインはそのまま吹き飛んだ。意識だけは何とか失わずに済み、風をクッションのようにして体勢を立て直したが、受けたダメージは大きく、槍を杖代わりにしないと倒れてしまいそうになる。
それに引き替えゴルロブスターはまだ余裕があるように見えた。鋏をカインに向け、魔力を練り始める。カインにとどめを刺そうとしているようだ。
まだ回復が終わっていないこの状況で攻撃を受ければ確実に倒される。勿論、攻撃が当たった瞬間、首に掛けたネックレスに填まった魔石が発動し、自分は陣地へと強制返還されるので死ぬようなことはないはずだ。
しかし、そうなればリーダーのカインの巻き添えとしてソーマも同時に強制返還される。
そして同時に今ソーマが避難させているクラスメイト全員をその場に置き去りにしてしまうことになり、再び魔獣に襲われてしまうだろう。
そうなれば序列上位者全員が倒され、カイン達には拘束時間が発生してしまい、《ハーピィ》はほぼ壊滅してしまうだろう。
いや、それだけならまだいい。確かに宝箱は惜しいが運が無かったと諦めるだけだ。
それより問題なのが後に生じるであろう精神的な障害だ。
Bランクの魔獣に挑むには、カイン達はまだ若すぎる。序列一位という実力を持っているからこそ、カインはまだ冷静でいられるが、これが他の、序列の低いクラスメイト達ならどうなるか。
魔獣に対して強烈なトラウマを植え付けられ、最悪その者の人生に大きく悪影響を及ぼす可能性すらある。
当然、魔術師だからといって全員が魔獣を討伐する仕事に就くわけではないが、選択肢の一つは確実に潰されるし、魔法そのものを恐れてしまうようになることだってある。
「負け、られないんだ……ッ!」
崩れそうになる足をなんとか奮い立たせ、再び槍を構える。
直後、ゴルロブスターの鋏から巨大な水砲が放たれた。
万事休すか、そう悟りながらも決して目を逸らすことなく水砲を見つめていたカインの視界は、急に目まぐるしく移り変わり、何が起こったのかを理解出来ずにいたカインは、気付くと空を飛んでいた。
より正確に言うなら自分以外の者が発生させた突風に空を飛ばされていた。
ふと視線を横に移すとそこには激しく息を切らしたソーマが同じように空を飛んでいた。
「ソ、ソーマ!? 何で!? 皆はどう──」
「陣地まで運んだっ! はあ、はあ……」
カインの言葉を遮るように乱暴にそう言って、ソーマはまた肩で息をする。
軽く言うが、ここから彼らの陣地まではそれなりに距離がある。その道をこんなわずかな時間で、クラスメイトを魔法で四人も運び、更に往復したのである。全くもって尋常ならないスピードである。
流石は本気を出せばクラスで最速だと言われているだけのことはあった。
「助かったよ。ソーマ」
「無駄口叩いてる場合じゃねえだろ。さっさと逃げるぞ。あんなの、おれらの手に負える相手じゃねえ」
ソーマは即座に撤退するべきだと提案したが、カインは首を横に振る。
「駄目だ。あいつをあのまま放置すればまた仲間が狙われる。ここで何としてでも食い止めないと」
「んなこと言ってる場合かよ!? お前もおれも、魔力をかなり消費してる。倒せるわけねえだろ!」
「倒せないまでも、足止めは出来る」
「またそれかっ!? いい加減にしろ。さっきはあいつらを逃がすために仕方なくお前の言う通りにしたが、今度ばかりはそうはいかねえ。奴と戦うにしたって一度退却──ッ!?」
ソーマが感情を露わにしながらカインの説得を試みていたが、それは突然終わりを迎えた。地上からゴルロブスターがソーマに狙いを定めて水砲を放ったからだ。
頭に血がのぼっていたせいで、一瞬魔獣のことを思考から消し去ってしまっており、完全に不意を突かれた形となったソーマはまともに攻撃を受け、ダメージ限界が来てしまい、陣地へと強制返還された。
「お前……やってくれたな!!」
目の前で仲間をやられたことで、カインはとうとうぶちギレた。槍を振り回し、巨大な竜巻を作り出す。
「うおおおおっ!! 《タービュランス・ヴォルテックス》!!」
カインの怒りの竜巻はゴルロブスターに直撃し、その体を空高くまで舞い上げる。
空中では身動きが取れないゴルロブスターは為す術もなく、地面に叩きつけられるだけのはずだった。
だが、カインは知らないがこの魔獣は調教されている。それは、一筋縄では倒せないということを意味している。
ゴルロブスターは地面に向かって勢いよく水を噴射させ、落下のスピードを殺した。完全に勢いを殺しきることは出来なかったが、その放った水により、地面がぬかるみ衝撃を上手く吸収し、ほとんど無傷のまま着地した。
「なん、だと……!?」
知能の低いはずの魔獣がこんな方法で今の攻撃を防ぐとは夢にも思っていなかったカインは動揺を隠しきれない。とうとう飛んでいられるほどの魔力もなくなり、地面に降り立つと同時に膝を地に突いた。
そのカインにゴルロブスターは鋏を向ける。それはさっきと同じ構図だった。違うところがあるとしたら、今度こそカインに取る術は無く、援軍も望めないということ。空にはなっていないが、防御するための魔力も、回避するための魔力すら残っていないということ。そして、悔しさと不甲斐なさのあまり、強く目を瞑っていたことだった。
ゴルロブスターは無慈悲にも、動けすらしないカインに向かって最大威力の水弾を放った。カインは目を閉じていたが肌でその魔力を感じていた。
心の中で仲間達に謝罪をしながら体を固くして訪れるであろう衝撃のために身構えた。
しかし予想していた衝撃がカインに襲い掛かることはなく、代わりに何かが砕ける音がした。