序列上位者達の戦い 5
「顕現せよ。《空虚なる魔導書》」
グレイの呼び掛けに答えるように無色の魔力がグレイの周囲に集まり、形を成す。
現れたのは一冊の灰色の魔導書。その魔導書はグレイの近くに浮かび上がる。
「……本、だよな?」
「本でござるな」
「本、だね」
「本だな。間違いなく」
武器ではないアークに《ハーピィ》の四人はわずかに驚き、全員が確認を取る。
「それでどうやって戦うんだよ?」
「やりようはいくらでもあるだろ。それにアークを呼び出せば魔力も上がるしな」
ソーマの質問に、グレイは笑って答える。
先程までは余裕も無さそうな顔だったにも関わらず、今は生意気にニヤリと笑っている。余程そのアークの力が凄まじいのかと警戒心を強く持つ四人。
「ま、どれだけの力があったとして。制空権を持つおれ達に、お前が勝てるとは到底思えねえけどな」
「ははっ。なら試してみろよ」
「……上等だぜ、この野郎」
ソーマが魔力を大鎌に集め、地上に向かって全力で振り下ろす。
「《エア・カッター》!!」
「《リバース・ゼロ》」
だが、その一撃は裏拳で軽く弾かれただけで霧散した。
「なにっ!?」
グレイが魔法を消す力を持っている、という噂は聞いていた。が、実際に目の前で見ると驚きを隠すことは出来ない。
その隙を突くようにグレイが上空にいるソーマに向かって跳躍した。ソーマは一瞬怯み、魔力操作に致命的な隙を生んでしまった。
「やべっ──」
「食らいやがれっ!!」
アークを顕現させたことによりグレイの身体能力も大幅に上昇しており、低い場所を飛んでいたソーマに届き、拳を放つ。
「させんでござるよ」
だがグレイの魔法を既に知っていたシャルルのみがすぐさま行動を起こすことができ、ソーマの体を風で包み、更に上空へと吹き飛ばした。
その判断は正解だった。下手にソーマを守るために障壁を張ったり、グレイに攻撃を加えたりしても、《リバース・ゼロ》で消されていただろう。
「勝負を急いだでござるな。空でお主に勝機はないと言うに。これで──」
とどめだ。とシャルルの口がその言葉を発するよりも早く、グレイがシャルルを睨み付けた。その目は、笑っているように見えた。
シャルルの取った行動は正しかった。だがそれはソーマを救うという一点のみでの話だ。
シャルルは失念していた。グレイは先程と決定的に違うところがある。それは、アークを呼び出しているということだ。
「俺の狙いはお前だよ」
グレイは小さく呟き、《空虚なる魔導書》を足場の代わりとして空中で方向転換し、シャルルに向かって飛んだ。
そう。アークによって宙で身動きが取れないという確定的な隙が無くなっていた、そのことにシャルルは気付けなかったのだ。
無理もない。誰が浮かんでいる本を足場代わりに利用してくるなんてことをこんな短時間で気付けるというのか。
「くっ!? 《エア──」
「《リバース・ゼロ》!!」
咄嗟に魔法を発動させようとしたシャルルだったが、それよりも速くグレイの拳がシャルルの腹部にめり込んだ。
防御のために纏っていた魔力をも消し飛ばし、深く突き刺さった拳をそのまま高く突き上げた。
シャルルが肺の中にある空気を全て吐き出したのと同時にシャルルの体が風に包まれ、空高く飛び上がり、そのまま《ハーピィ》の陣地へと強制返還された。
「よっし!!」
「油断大敵だぞ。《ストレート・ストーム》」
「《ウィンド・アロー》!」
「《断ち風》!」
敵を倒した瞬間こそ、最大の隙が生まれるものである。そこにすかさず残った三人が同時に魔法をぶつけた。
一直線に向かってくる嵐を追い風とするように速度を高める風の矢と刃がグレイを襲う。
「油断? してねえっての。《ミラージュ・ゼロ》」
しかしその攻撃もグレイは読んでいた。グレイの体には霞が掛かり、三人の攻撃はグレイの体をすり抜けた。
確実に当たる。そう確信したはずの攻撃が外れ、言葉を失くしていた三人を尻目に、グレイは難なく着地した。
「あと三人」
宙にいる三人に向かってニヤリと笑い三本指を立てて見せつける。それは挑発だった。その挑発に乗ったのは意外にもコノハだった。
「よくもシャルちゃんを! 《タービュランス・アロー》!」
親友であるシャルルを倒されたため、普段は臆病な彼女が冷静さを欠いて安い挑発に乗り、暴風を纏う一陣の矢をグレイに向かって放った。
そのグレイは手をかざし、魔導書がその上で自らページを開いた。
「《特注顕現 蜃気楼の聖衣》」
グレイが《キーワード》を口に出す。すると《空虚なる魔導書》から無色の魔力が溢れだし、グレイの体を包み込む。
そして次の瞬間にはグレイは灰色の大きな帽子と聖衣を纏っていた。
その姿はまるでお伽噺に出てくる魔法使いそのものだった。
直後、グレイの立つ場所に嵐の矢が直撃し、大地を抉った。
にも関わらず、グレイは悠々とその場に立ち続けていた。
「……それが、その本の力か?」
「正解だカイン。さて、次はお前だ、弓兵!」
カインはグレイのアークが、アークを作り出す力があるということを見抜く。
能力を知られるのはいずれわかっていたことなのでグレイは特に驚くことなく、次なる標的であるコノハに向かって再び跳躍する。
アークをもう一つ顕現したことにより、身体能力は更に増した。なので先程よりもスピードも上がっていた。矢をつがえる暇もなく距離を詰められたコノハは咄嗟に腕でガードする。
「下がるんだコノハ!」
「てめえの好きにはさせっかよ!」
だが、コノハは頼もしい仲間の声を聞き、怯んだ心を奮い立たせて体を後ろに移動させた。
グレイの拳はギリギリ空を切り、コノハはそのまま遠く離れる。
内心で舌打ちをするグレイに向かって、上空から大鎌を構えながら回転して落ちてくるソーマが攻撃を繰り出した。
「《サイクロン・サイス》!」
だがまたしても攻撃はグレイの体をすり抜けた。それどころか、ソーマの体までグレイをすり抜ける。
グレイの《蜃気楼の聖衣》は魔法、《ミラージュ・ゼロ》を自動で発動させることが出来る。そのため詠唱を必要としなかったのだ。
グレイは魔導書をまた足場として使い、今は自分より下にいるソーマの背に向かって踵を降り下ろす。
「おらぁっ!!」
「ぐおっ!?」
アークによる身体強化を重ね掛けしているグレイの攻撃は尋常ではなく、ソーマはそのまま地面へと落下する。だが、地面に直撃する前にカインが風のクッションを出して救出し、ソーマはギリギリ脱落せずに済んだ。
「惜しい。あともうちょいだったんだがな」
「……こうなったら」
グレイはふう、と小さく溜め息を吐く。コノハはそんなグレイを見て、何かを決心して地面に降りた。
あえて頭上の有利を捨てたことにグレイは警戒する。
しかし地に降りてきたこのタイミングを逃すわけにもいかず、罠があることを承知でコノハに向かって走る。
「コノハッ!!」
「はいっ! 《ビーンズ・ウィップ》」
「うわっ!?」
カインの呼び掛けに答え、コノハが魔法を発動させた。すると突然、地中から蔓が生え、グレイの足を掴み取り、逆さ吊りにした。
「これは──派生型かっ!?」
派生型。例えば水属性の派生型には氷属性がある。そのように他の属性にもそれぞれ派生型があり、コノハの持つ魔力は風の他にもう一つ、木属性を持っているのである。
《プレミアム・レア》ほどではないが、派生型も珍しい魔力として見なされ、注目を浴びる。
「あまり見せたくはないんですけど、ね。今ですっ!」
恥ずかしがり屋のコノハにとって、この魔法はあまり見せびらかしたいものではなかった。それでも使ってきたのは、何としてもシャルルを倒したグレイを倒しておきたいという覚悟の表れであった。
コノハの声に弾かれるようにカインとソーマがグレイの両サイドから槍と大鎌を構えて向かってくる。
「うおおおっ!」
「うらぁあ!」
逆さに吊るされたグレイは焦りの表情をわざと見せた。
確かに派生型には驚かされた。が、これくらいのことは想定内だった。だからこそ、わざと《ミラージュ・ゼロ》を発動しないようにしていたのだから。
カインとソーマがグレイに接触するその直前に、グレイは足に《リバース・ゼロ》を発動させて蔓を消し去る。
続けて逆さのまま魔導書に右手を置き自分の体重を支えた後、カインの真っ直ぐに突き出された槍を下方に向けて蹴りつけて攻撃を受け流す。
「貰ったぁ!!」
だが、ソーマの攻撃にまでは対処出来ず大鎌を降り下ろした。
「甘い」
しかし、グレイの体は再び霞み攻撃を透過させた。
すると、ソーマの攻撃はグレイではなく、カインに襲い掛かることになった。
「「しまっ──」」
ソーマの風鎌とカインが咄嗟に構えた風槍が暴風を巻き起こして二人を吹き飛ばす。
一人、何事もなく着地したグレイは再度コノハに向かって走る。
「こ、来ないでくださいっ! 《リーフ・ストーム》!」
名の通り、木の葉舞う旋風を巻き起こしたコノハ。だが、グレイは左手を突きだし《リバース・ゼロ》を発動させる。
グレイの左手が風に触れた瞬間、吹き荒れていた風はパタリと止んだ。否、消えた。
コノハは無駄と悟りつつ再び魔力を練るために集中した
「戦場では常に周囲に気を配れ」
その時、いきなりグレイがそんなことを呟いた。次の瞬間、コノハは後頭部に鈍い衝撃を感じ、意識を失った。
その瞬間に魔石が発動し、コノハも自陣へと返還されていった。
「魔導書はこういう使い方も出来るんだぜ」
コノハの後頭部を襲ったのは宙に浮かぶ《空虚なる魔導書》だった。グレイは魔導書を自在にコントロール出来るようになっていた。
「あと、二人」