序列上位者達の戦い 2
一方、ヴィンデルの森南東部。《イフリート》陣地のすぐ近くでは《イフリート》序列四位、ゴーギャン=バグダッド含む三人が苦戦を強いられていた。
そのゴーギャン達と相対したのは《ドワーフ》の序列三位と序列四位だった。
何とか他の《ドワーフ》の生徒を二人倒すことはできたが、こちらも一人犠牲を出し、残りのメンバーも限界が近付いてきていた。
「はあ、はあ、はあ……。くそ。大丈夫ッスか、皆……」
「なん、とか……。宝箱はしっかり持ってる」
「こんなとこまで来て負けられるかってんだ!」
仲間達は奮い立っているが、実際のところ、全員既に満身創痍だった。今は爆煙でゴーギャン達の居場所は相手に知られてはいないが、それも時間の問題だ。
おそらくレオンもまだ戦っているだろうことから援軍は期待出来ない。だからと言って諦めるわけにもいかず、黙って宝を渡すなんて論外である。
今、ゴーギャンが取れる行動は一つしか無かった。
「皆は、それ持って陣地まで死ぬ気で走って。陣地まで運べばこっちのもんッス。あいつらは、オイラが足止めするッス」
「なっ!? 何言ってんだよ! お前一人残していけるかっ!」
「そうだぜ! ただでさえ相手は三位と四位なんだ。全員でやった方が……」
「無理ッス! 例え全員でやっても勝ち目は薄い。だからせめて宝だけでもこっちのもんにするんス! ほら早く!」
ゴーギャンは大声で仲間達を叱咤する。それはゴーギャンの決死の覚悟を表している。それは仲間達にも伝わった。
「やっと、見つけたぁぁ!」
「くそ。見つかった! ほら早く走るッス!」
敵の声がすぐ近くから聞こえた。ゴーギャンは仲間の背を蹴飛ばし、声のした方を向き直る。
「行くッスよ! 《ギガナックル》!!」
ゴーギャンは気合いを入れ直し、自身のアークの名を叫ぶ。
ゴーギャンのアークは赤いパンチンググローブだ。拳どおしを打ち鳴らし、向かってきた少女の攻撃に真正面から迎え撃つ。
「《バーニング・ナックル》!!」
「《アース・ハンマー》!!」
炎の拳と大地の鎚が激突し、大きな衝撃を巻き起こし、辺りの木々を軋ませる。
「ぐっ、うおおおらあああっ!!」
「うわっ!?」
ゴーギャンの一撃はわずかに少女のものより勝っており、そのまま殴り飛ばした。
少女は身軽に空中で回転しながら難なく着地し、舌打ちを打つ。
「ちぃっ。まさかウチの攻撃が押し負けるやなんてっ!」
「でも仕方ないよ。ゴーギャン君の方が攻撃力高いんだから。それより、他の二人に逃げられちゃったよ?」
「やかましいわマルコ! あんたがシャキッとせんから逃げられたんやないかっ!」
「ご、ごめんよクリムちゃん……」
「クリムちゃん言うなや! 気色悪い!」
「痛いっ。痛いよクリムちゃんっ」
「反省の色無しかいなっ!?」
げしげしと少女に蹴られるのは大きな盾を持った気弱な少年、《ドワーフ》序列三位のマルコシウス=マルセーユ。そんな彼に蹴りを入れている鎚を持った少女は同じく《ドワーフ》の序列四位であるクリム=エンダイブだ。
二人とも、比較的に小柄な体つきをしているのだが、流石は土属性と言うべきか、一撃の攻撃は重く強い。逆にこちらの攻撃は軽々と防ぎ、岩のようにびくともしない。
そんな二人を相手にするのは大変骨なのだが、基本攻撃はクリムだけが行い、マルコシウスは防御にのみ専念するため、何とかギリギリ戦えているのである。
しかし、戦えているだけ、という意味もある。ゴーギャンは魔力もギリギリであるのに対し、二人はまだまだ余裕があるように見える。
「もうええわ。ウチが一人で宝箱かっさらってくるからあんた一人でこいつ止めときぃ」
「ええぇっ!? そんなぁ~」
「足止めくらいできるやろ! 男やろ!?」
「わ、わかったよ……」
序列はマルコシウスの方が上だというのに、顎で使われている感じが否めない。
クリムが宝を持って逃走した二人を追い掛けようとするのでゴーギャンがそれを止めに入ろうとする。だが、マルコシウスに先回りされた。
「こらっ! そこどくッス!」
「ごめん。それは無理だよ。どいたら後でクリムちゃんに怒られちゃうよ」
「なら、押し通るッス! 《フレア・チャージ》!」
ゴーギャンは全身に炎を纏い、マルコシウスに向かって一直線に駆ける。
「わわわっ! あ、《アース・ウォール》」
マルコシウスは焦りながらも土壁を作り出し、ゴーギャンの突進を壁で完全に受け止める。土壁には一切傷を負わせることが出来なかった。それどころか、突進の反動でゴーギャンの拳にダメージを負った。
「ぐわっ! かってぇ~!」
「あ、あぶなかったぁ……」
「ちくっしょお!! 砕けろぉぉ! 《バーニング・ナックル》!! 」
今度は渾身の一撃を放ち、なんとか土壁を破壊したゴーギャンだったが、その壁の後ろに控えていたマルコシウスが盾のアーク、《イージス》を構えたままゴーギャンに逆に突進してきた。
壁を破壊するために力を使ったゴーギャンはマルコシウスの攻撃に対応できずに大きな盾に弾き返された。
「今だっ。《ロック・ブラスト》!」
「かはっ!?」
マルコシウスは盾から岩石砲丸を撃ちだし、ゴーギャンはその攻撃をまともに受ける。
ゴーギャンは攻撃を受けた腹部を押さえつつ後ずさり、片膝を地につける。
「く、くそっ……!」
「まだ倒せないなんて……。すごい頑丈なんだね」
驚いたような口調とは裏腹に、まるで魔力に揺らぎがない。まだまだ余裕であるという証拠だ。どうするべきか頭の中で色んな思考が錯綜する。
「そない呑気なこと言うとる場合かいな。倒すん遅すぎや」
「な、にぃ……!?」
そんな状況下に更に追い討ちを掛けるかのように姿を現したのは宝箱を抱えたクリムだった。
どうやらゴーギャンの仲間達はクリムから逃げ切れなかったようである。
「あ、宝箱! ってことは、やったんだねクリムちゃん!」
「しつこいやっちゃなあんたも。クリムちゃん言うなっちゅーに!」
「……あいつらは、どうしたッスか……?」
「ん? あぁ、あんたのお仲間は仲良く自分等の陣地に飛んでったわ」
最悪の状況だった。ゴーギャンはレオンをリーダーとした五人チームの一人であり、そのレオンも今は《ドワーフ》序列一位のウォーロックと戦闘中のはず。つまり、孤立無援となったわけである。
ゴーギャンは苦虫を噛み潰したような顔をしながら地面に向かって拳を降り下ろした。
「くっそおおお!! 《噴炎》!!」
「なっ!?」
「わぁああっ!?」
辺りには何本もの火柱が立ち上ぼり、マルコシウスとクリムは防御に専念した。
やがてその火柱が消え去り、クリムが辺りを見渡す。だが、ゴーギャンの姿はどこにも見当たらなかった。
「あの男、逃げよったんかいな。情けな」
「いや。それは違うんじゃないかな。すごい冷静な判断だよ。だって、ぼくら二人を相手にして勝機は無かっただろうし、それどころか倒されたらぼくらに得になることしかなかったし、それに仲間を助けにもいけなくなる。だから自分のプライドを圧し殺して逃げに徹した、ってことだと思うよ」
はんっ、と笑ったクリムだったが、マルコシウスの冷静な分析を聞き、自分がどれだけ視野が狭いのかを思い知らされたような感覚になり、悔しさで顔を赤くする。
「そ、それくらいわかっとるわっ! いちいち言わんでもええんじゃボケ!」
「え? でもさっきすごいどや顔してたのに……?」
「どや顔なんかしとらんわ! ほんまひっぱたくで!」
「痛いっ!? クリムちゃん痛いってば。しかもひっぱたくじゃなくて蹴りだしっ」
「あぁ~もうっ! どっちでもええやろ。細かいやっちゃな!」
「よくないよっ! それに細かくもないよっ!」
マルコシウスとクリムはぎゃいぎゃいと喧嘩(?)をしながら手に入れた宝箱を自分の陣地へと運んでいった。